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遠き海原に揺れる灯火

遠き海原に揺れる灯火

Par:  クチナシ Complété
Langue: Japanese
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瀬戸美夕(せと みゆ)はまる一年間「失明」していたが、どんな目の見える人よりも物事を見抜いていた。 たとえば、婚約者の須藤準一(すどう じゅんいち)が、つい先ほど別の女性と婚姻届を提出したことについても―― …… 美夕はベッドの端に腰を下ろすと、その美しい瞳はうつろに前方を見つめていた。まるで本当に何も見えていないかのように。 ところが、準一のスマホの画面が新しいメッセージで光った瞬間、彼女の視線はぴたりとその内容を捉えた。 【準一!嬉しくて一秒だって待てない。ずっと一緒にいたい】 送信者は河野玲子(かわの れいこ)だ。 心底では冷ややかな笑いがこみ上げる。彼女は手探りで準一のスマホを取り上げ、さりげなく指先で画面をタップした。音もなくロックが解除されると、そのまま彼と友人のトーク画面を開いた。 ほんの一瞥しただけで、頭の中がゴーンと爆発するような衝撃に襲われ、全身の震えが止まらなくなった。 【体が回復したばかりなのに、こっそり玲子さんと婚姻届を出したなんて、美夕さんに申し訳ないと思わないのか!】

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Chapitre 1

第1話

瀬戸美夕(せと みゆ)はまる一年間「失明」していたが、どんな目の見える人よりも物事を見抜いていた。

たとえば、婚約者の須藤準一(すどう じゅんいち)が、つい先ほど別の女性と婚姻届を提出したことについても――

……

浴室の中から、絶え間なく水の音が響いている。

美夕は静かにベッドの端に腰を下ろすと、その美しい瞳はうつろに前方を見つめていた。まるで本当に何も見えていないかのように。

ところが、準一のスマホの画面が新しいメッセージで光った瞬間、彼女の視線はぴたりとその内容を捉えた。

【準一!嬉しくて一秒だって待てない。ずっと一緒にいたい】

送信者は河野玲子(かわの れいこ)だ。

心底では冷ややかな笑いがこみ上げる。それでも彼女は、従順で無垢な表情を崩さなかった。

彼女は手探りで準一のスマホを取り上げ、さりげなく指先で画面をタップした。音もなくロックが解除されると、そのまま彼と友人のトーク画面を開いた。

ほんの一瞥しただけで、頭の中がゴーンと爆発するような衝撃に襲われ、全身の震えが止まらなくなった。

【あの時、もし玲子にそそのかされて暴走運転なんかしなければ、お前が脊椎を損傷して丸四年も寝たきりになることはなかったはずだ!】

【お前が事故を起こした直後、あの女はすぐに海外へ逃げたんだ。ずっとそばで看病してきたのは美夕だぞ。お前を救おうとして彼女は視力まで失ったんだ!】

【ようやく身体が回復したばかりなのに、こっそり玲子と入籍するなんて、美夕に顔向けできるのか!】

相手の怒りに満ちた言葉が今にも画面から飛び出しそうだった。だが、準一の返信は冷ややかで、あまりにも当然のようだった。

【もう、これでいいんだろう?玲子は俺の子を身ごもってるんだ。彼女に立場を与えねばならない……だが、これからも俺はずっと美夕のそばにいるよ】

【一週間後には、これ以上ないほどの盛大な結婚式を挙げてやる。それでも、この四年間の償いにはなりやしないというのか?】

【そもそも、あいつは目が見えないんだ。俺以外の誰が受け入れるというんだ?】

美夕の目はその数行の文字を釘付けにし、やがて視界が霞んで、それ以降の会話は一切頭に入らなくなった。指先から力が抜け、携帯電話がばたりと柔らかい布団に落ちた。彼女の体はぐったりとその場に崩れた。

――まさか、自分の婚約者がすでに別の女性と籍を入れ、しかも子どもまでいたなんて。

じゃあ、私はいったい何だったの?

この四年間、昼夜を問わず寄り添い続けた日々は一体なんだったのか?

一週間後に控えた結婚式に、今さら何の意味がある?

浴室から響いていた水音が、ぴたりと止まった。

美夕は、胸を抉るような衝撃からまだ立ち直れずにいた。そこへ、腰にゆるくバスタオルを巻いただけの準一が現れ、濡れた上半身にはまだ水滴が残り、そのまま一歩、また一歩と彼女に近づいてくる。

彼の温もりを宿した手のひらが、そっと彼女の頬に触れた。懐かしいその感触なのに、今は全身がこわばってしまった。

準一が口を開こうとしたその瞬間、特別な着信音が突然響き渡った。

彼は画面を見下ろすと、表情をほころばせて柔らかく微笑んだ。そして美夕の隣に腰を下ろし、指先をせわしなく動かして返信を打ち始める。すぐ傍で彼女に起きている異変など、全く目に入っていない。

画面には、玲子からのメッセージが浮かび上がり、美夕の目に焼きついた。

【準一!お腹の中の赤ちゃんが、パパに会いたがっているみたい。いつになったら私たちに会いに来てくれるの?】

美夕は両手を無意識に握りしめていた。爪が掌に深く食い込み、鋭い痛みがこれが夢ではなく現実であると、容赦なく突きつけてくる。

準一は返信を終えると、口元にまだ微かな笑みを残したまま、焦ったような口調で言った。

「美夕、ちょっと急用ができた。夜には戻るから、何かごちそう買ってくるね」

彼は言い終わらないうちに服をつかみ、慌ただしく身にまとうと、振り返りもせずに部屋を出ていった。

美夕は、がらんとした寝室に一人取り残された。閉ざされたままの扉を眺めながら、彼女はふっと、嗤うように低く笑った。その笑い声には、自嘲と悲しみがにじんでいた。

彼女の失明が最初から全部演技だということ、準一はまったく知らない。

彼女が準一に密かに思いを寄せるようになったのは、大学一年生のときからだ。

四年前、彼が事故に遭ったと聞きつけるや、彼女はすべてを投げ打って彼の元へ駆けつけ、その後、昼も夜も側を離れず看病に明け暮れた。

彼女は毎日決まった時間に準一の身体を拭き、薬を飲ませ、マッサージを施し、少しずつ彼の氷のように閉ざされた心を溶かしていった。

時が流れるにつれ、二人の心は少しずつ近づいていった。

その後、準一の容体は落ち着きを見せ始めたが、過酷なリハビリが彼を幾度も絶望の淵へ追いやった。

彼は自信を失い、絶望し、何度も心が折れ、命を絶とうとしたことさえあった。

その痛ましい姿を見るたびに、美夕は彼の苦しみをすべて自分が代わって背負いたいと願った。

一年前、準一が階段から転落したとき、助けようと身を挺した美夕の額は、階段の角に激しく打ちつけられた。

その瞬間、彼女の胸をひとつの思いがかすかに掠めた――

もし私も障害者になれば、準一は少しばかり慰められるだろうか。

そう思った美夕は、視力を失って、もう何も見えないと嘘をついた。

案の定、準一は彼女の手を握りしめ、目に涙を浮かべ、声を詰まらせながら言った。

「美夕、これからは俺がお前の目になる。一生、お前を見守っていく……」

その日を境に、彼は再びリハビリへの闘志を燃やし、半年後には奇跡のように健康を取り戻し、普通に歩けるようになった。

その瞬間、美夕はこれまでのすべての努力が報われたのだと感じた。

だが、今になってようやく悟った。四年間のひたむきな想いと、数えきれない夜の見守りは、準一が回復した途端、かつて彼を見捨てた玲子の存在に、あっけなく敗れてしまったのだ。

胸の奥が鋭く痛んだ。息が詰まるほどに。頭の中には一つの思いが渦巻いている――ここを離れよう、準一から離れよう。

美夕は深く息を吸い込み、震える指先で自分のスマホを取り、通話ボタンを押した。

「先生、この前お話があったミラノの仕事、挑戦してみたいです」
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瀬戸美夕(せと みゆ)はまる一年間「失明」していたが、どんな目の見える人よりも物事を見抜いていた。たとえば、婚約者の須藤準一(すどう じゅんいち)が、つい先ほど別の女性と婚姻届を提出したことについても――……浴室の中から、絶え間なく水の音が響いている。美夕は静かにベッドの端に腰を下ろすと、その美しい瞳はうつろに前方を見つめていた。まるで本当に何も見えていないかのように。ところが、準一のスマホの画面が新しいメッセージで光った瞬間、彼女の視線はぴたりとその内容を捉えた。【準一!嬉しくて一秒だって待てない。ずっと一緒にいたい】送信者は河野玲子(かわの れいこ)だ。心底では冷ややかな笑いがこみ上げる。それでも彼女は、従順で無垢な表情を崩さなかった。彼女は手探りで準一のスマホを取り上げ、さりげなく指先で画面をタップした。音もなくロックが解除されると、そのまま彼と友人のトーク画面を開いた。ほんの一瞥しただけで、頭の中がゴーンと爆発するような衝撃に襲われ、全身の震えが止まらなくなった。【あの時、もし玲子にそそのかされて暴走運転なんかしなければ、お前が脊椎を損傷して丸四年も寝たきりになることはなかったはずだ!】【お前が事故を起こした直後、あの女はすぐに海外へ逃げたんだ。ずっとそばで看病してきたのは美夕だぞ。お前を救おうとして彼女は視力まで失ったんだ!】【ようやく身体が回復したばかりなのに、こっそり玲子と入籍するなんて、美夕に顔向けできるのか!】相手の怒りに満ちた言葉が今にも画面から飛び出しそうだった。だが、準一の返信は冷ややかで、あまりにも当然のようだった。【もう、これでいいんだろう?玲子は俺の子を身ごもってるんだ。彼女に立場を与えねばならない……だが、これからも俺はずっと美夕のそばにいるよ】【一週間後には、これ以上ないほどの盛大な結婚式を挙げてやる。それでも、この四年間の償いにはなりやしないというのか?】【そもそも、あいつは目が見えないんだ。俺以外の誰が受け入れるというんだ?】美夕の目はその数行の文字を釘付けにし、やがて視界が霞んで、それ以降の会話は一切頭に入らなくなった。指先から力が抜け、携帯電話がばたりと柔らかい布団に落ちた。彼女の体はぐったりとその場に崩れた。――まさか、自分の婚約者がすでに別の女性
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第4話
どれほど眠っていたのかもわからないまま、美夕はかすかな物音に目を覚ました。ゆっくり目を開けると、寝室はもう暗くなっていて、窓の外から差し込むわずかな明かりが床に細い光の筋を作っていた。そのほのかな光が、部屋の片隅をかすかに照らしている。美夕はがらんとした部屋を見つめながら、まるで胸の奥まで少しずつ空洞になっていくような感覚を覚えた。そのとき、静まり返った寝室に突然、スマホの着信音が鳴り響いた。準一からの音声メッセージだ。その声には、どこか不自然で、作りもののような優しさがこもっていた。「美夕、昼間は怒らせて悪かった。お詫びにサプライズを用意したんだ。迎えの者を手配したから、もうすぐそっちに着くよ」音声が途切れるとほぼ同時に、外から騒がしい声が聞こえてきた。美夕がリビングへ向かうと、準一といつもつるんでいる友人たちが勢いよく部屋へ押し入ってくるのが見えた。彼らは美夕を真ん中に囲み、からかうような笑みを浮かべた。「瀬戸さん、ぼうっとしてないで。準一さんが向こうで待ってるぞ!」美夕は着替えをしたいと言う間もなく、左右から二人に腕を取られ、半ば引きずられるようにして玄関の方へと連れ出された。腕を掴まれたところが痛くて、彼女は必死にもがき、振りほどこうとした。しかし、そのうちの一人が苛立ったように彼女を押した。「ぐずぐずすんなよ、瀬戸さん。準一の気持ちを無駄にするな」車は猛スピードで走り抜け、瞬く間に豪奢な内装の会員制クラブの前で止まった。車から引きずり降ろされると、男たちは美夕の抵抗を押し切り、そのまま個室の前へと連れて行った。次の瞬間、そのうちの一人が勢いよく扉を開け、美夕の背を押して中へと押し込んだ。状況を理解する間もなく、耳元で一斉に破裂音が炸裂した。風船の破片がぱらぱらと顔に降りかかり、その音は鼓膜を突き破るかのように響いた。美夕はその場に凍りつき、耳鳴りの中に人々のどっと湧く笑い声が混ざり合った。「ようこそ、瀬戸さん!これは俺たちが特別に用意した歓迎のプレゼントだ!」準一が口元に微笑を浮かべながらゆっくりと歩み寄り、指先で彼女の髪に絡んだ破片をそっと取り除いた。「みんながただふざけてるだけだよ。お前が穏やかな性格だって知ってるから、つい調子に乗ってしまったんだ。気にしないで」その言葉が終わ
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鼻腔を刺すような消毒液の臭い。手の甲に鋭い痛みが走り、まるで細い針で皮膚を繰り刺されているようだ。美夕は苦しげに眉をひそめ、重く閉ざされた瞼をようやくこじあけるように上げた。朝の光がカーテンの隙間から差し込み、準一の顔をやわらかく照らしている。ぼんやりとした意識の中で、美夕の思いは一年前へと引き戻された――あのとき、彼女は準一を受け止めた直後に意識を失った。目を覚ましたときには、まだ癒えきらぬ身体を引きずりながら、彼が頑なに傍を離れずにいる姿を見た。彼の真剣な、時に誤解を招きかねないほどの気遣いを見て、美夕はふとした衝動から、盲目を装うことにしてしまった。彼女の「失明」を知ったとき、準一はその手を強く握りしめ、涙をこぼしながら見つめて言った――「美夕、どうしてそんなに馬鹿なんだ。安心してくれ。俺たちのために、これから必ず真剣にリハビリを続ける。これからの日々は、俺がお前の目になるから」だが今、その喜びはもう跡形もなく消えていた。美夕の視線がゆっくりとベッド脇をなぞった。そこには、準一の腕が点滴のチューブを押しつぶすように載っている。透明なチューブの中を、暗紅色の血が管壁を伝ってじわじわと逆流し、小さな塊を作りつつある。胸の奥がぎゅっと締めつけられ、美夕はそっと手を伸ばして、押さえられていたチューブを腕から抜き取った。動作は極めて慎重だったが、それでも眠っていた準一を覚醒させてしまった。準一ははっと目を見開くと、瞳に溢れんばかりの心配を浮かべて言った。「美夕、目が覚めたのか?どこか痛むところはない?」準一の言葉が終わらないうちに、スマホの特殊な通知音が突然鳴り響いた。美夕はその音を聞いても、心には何の動きもなかった。確かめようとする気持ちもなく、ただ虚ろな目で天井を見つめている。まるで何も聞こえていないかのように。準一は届いたメッセージを見て、一瞬だけ目を泳がせた。ためらいがちに病床の美夕をちらりと見ると、口早に言った。「ちょっと食べ物を買ってくるね」彼はそう言い終わると、上着をひっつかんで大股で病室を去った。その間、美夕の手の甲が逆流した血で腫れ上がっていることには、最後まで気づかなかった。その慌ただしい背中を見送りながら、美夕は深く息を吸った。点滴針の刺さっていない方の手で必死に体を起こし、枕元の
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第6話
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第7話
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第8話
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第9話
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第10話
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