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第3話

Author: 福招き猫
割れた花瓶の破片が床一面に散らばり、美羽の額からは真っ赤な血がゆっくりと流れ落ちていた。

遥は、鬼のような形相で彼女を睨みつけていた。

「あんた!手術の時に何か変なことしたんでしょ?なんでこんなに胸が痛むのよ!」

美羽は、ぎゅっと拳を握りしめ、ベッドに横たわる女を冷たい目で見つめた。

妹を失い、12時間かけて手術をして助けた相手から、目覚めて一番最初に浴びせられたのが、まさかその言葉だったとは。

「術後の痛みは正常な反応ですよ。それに、そんなに元気に人を罵れるんですから、もう心配ないでしょう!」

美羽がそう言って立ち去ろうとすると、楓がその行く手を阻んだ。

「長谷川先生、母を診てくれないなんてことになったら、竜也さんになんて報告しましょうか?」

美羽は離婚を前にして、これ以上事を荒立てたくはなかった。

胸に込み上げる怒りをなんとか抑え、ベッドへ歩み寄った。彼女が聴診器を取り出した瞬間、遥が突然手を振り上げ、その頬を強く打ちつけた。

「本当に診る気あるわけ?留学帰りの天才だかなんだか知らないけど、聴診器ひとつでごまかそうだなんて、馬鹿にしてるの?」

赤く腫れあがった頬を押さえながら、美羽は怒りを露わにしてベッドの女を睨んだ。

「私の腕が信用できないのなら、担当医を変えてもらってください。でも、こう何度も暴力を振るわれるのは、さすがに看過できません」

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、乾いた音が響いた。

遥が、再び彼女の頬を打ちつけていた。

「私があなたを叩いて何が悪いの?訴えるつもり?あなたの妹がどうして死んだか、もう忘れたのかしら?次はあなたがホテルで男とみだらなことをして、死ぬ番かもしれないわね」

遥は、勝ち誇ったような笑みを浮かべて美羽を見つめた。

「そうよね。あなたの母は当たり屋だし、車に轢かれて死んで当然。あなたの妹は恥知らずにも体を売っていたし!きっとあなたもろくな人間じゃないんでしょ!」

家族を死に追いやった元凶である遥にそこまで侮辱され、美羽は我を忘れて遥の首に手をかけた。

「母と妹を殺したのはあなたたちのくせに、二人を侮辱する資格なんて、あなたたちにあるはずがないでしょう。​私があなたを生かしてあげたんだから、殺すことだってできます!」

その言葉を言い終えるか否か、強い力で突き飛ばされた。美羽はベッドサイドのキャビネットに体を強く打ちつけ、全身に鋭い痛みが走った。

病室に現れたのは竜也だ。彼はベッドの前に立ちはだかり、楓と遥を背後にかばいながら、軽蔑に満ちた眼差しを美羽に向けていた。

「美羽、紬の一件で少しは反省したと思っていたが、まさか病人に手を上げるなんて、前よりひどくなっているじゃないか!お前には本当にがっかりさせられる!」

楓は、さも悲しげに竜也の胸に顔をうずめ、しくしくと泣き始めた。

「竜也さん、長谷川先生がなぜ急にあんなことをしたのか、私にはわからない。でも、母は大きな手術を終えたばかりなの。こんな仕打ちに耐えられるわけがない!」

涙に濡れた瞳で訴える楓を見て、竜也はたまらず彼女を強く抱きしめた。そして、冷え切った視線を美羽に向けた。

「美羽、謝れ!」

美羽はぐっと拳を握り、目に溢れそうな涙を必死にこらえた。そして、負けまいと竜也をまっすぐに見つめ返した。

「どうして私が謝らないといけないの?私の家族を殺した人たちに、謝る理由なんてないわ!」

竜也は冷たい表情で美羽を見据え、背後に控えていたボディーガードに軽く手をあげて合図した。

「地下室に連れて行って反省させておけ。心から反省するまで、そこから出すわけにはいかない」

「地下室」という言葉を聞いた瞬間、美羽の瞳孔が恐怖できゅっと縮まった。

地下室は長谷川家では禁じられた場所だった。そこでは、竜也が番犬として二頭の大型犬を飼っているのだ。

その犬は非常に獰猛で、これまでにも何人もの人間が襲われて大怪我をしていた。

美羽は、恐ろしさのあまり震えながら竜也を見つめた。

「竜也、やめて!私を地下室に連れて行かないで!」

だが、竜也は彼女に視線を向けることすらなかった。

美羽は、ボディーガードに引きずられ、地下室へと連行された。

中に放り込まれた途端、二頭の大型犬が、飢えた目を光らせながら美羽を睨みつけた。

美羽は振り返って逃げ出そうとしたが、ボディーガードは躊躇なく重い扉を閉ざしてしまった。

「竜也、そんなことしないで!こんなところにいたら、私、死んでしまう!」

美羽の額の傷はまだ手当てされていなかった。漂う血の匂いに気づいた犬たちが、その瞬間に猛然と襲いかかってきた。

一頭に右手を固く噛まれ、もう一頭は体の上にのしかかり、美羽は身動きがとれなくなった。90キロを超える大型犬が、圧し潰すかのように覆いかぶさってくる。息さえ、できない。

激痛に耐えながら、美羽は必死で地下室の扉を叩き続けた。

「竜也、助けて!犬たちがおかしいの、襲ってくる!」

しかし、扉の向こうから聞こえてきたのは楓の甘い声だった。「竜也さん、あの二匹の犬をあなたにあげた時、あんなに賢かったのに。人を傷つけるなんてないわ」

楓の言葉を聞き、竜也の声も冷たくなった。

「美羽、くだらない芝居はやめろ。いつ自分の過ちを認めるかだ。認めれば、出してやる」

やがて二人の足音が遠ざかっていくのが聞こえた。美羽は、まるで氷の底に突き落とされたかのような絶望感に襲われた。

そう、竜也にとって、自分が助けを求める声ですら、ただのずる賢い芝居に過ぎなかったのだ。

次の瞬間、ゴキッという鈍い音が響いた。噛みつかれていた手首が砕けたかのような、引き裂かれるような激痛が走り、美羽は意識が遠のいた。助けを呼ぶ声さえ、もう出なかった。

どくどくと流れる真っ赤な血とともに、美羽の意識はだんだんと薄れていった。

意識を失う直前、竜也が血相を変えて飛び込んできて、自分を強く抱きしめてくれた、そんな気がした。

「美羽、すまなかった!」
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