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第5話

Author: 福招き猫
美羽が再び目を開けると、そこは長谷川家の屋敷だった。

彼女が起き上がろうとした時、リビングから大きな物音が聞こえてきた。

竜也が、手に持っていた花瓶を床に叩きつけた音だった。

「どんな手を使ってでも、必ずあの連中を探し出せ。俺の妻が辱められたんだぞ。この件を誰かが漏らしたら、タダじゃ済まないぞ!」

楓は竜也の肩に寄り添い、優しく彼の背中を撫でた。

「竜也さん、もしかしたら長谷川先生も被害者なのかもしれないわ」

美羽の名前が出た途端、竜也の顔は恐ろしいほど険しくなり、ガラスのテーブルに力いっぱい拳を叩きつけた。

「あいつが被害者だろうが関係ない。事が起きてしまった以上、俺が、汚れた妻を受け入れることなどありえない。

今のあいつは、紬と何が違う?」

部屋の隅に立っていた美羽は、ぎゅっと手を握りしめた。竜也の言葉は鋭い刃物のように、心をえぐり、血を流させた。息もできないほどの苦しみに、彼女は打ちのめされていた。

この男は、自分に何があったかすら聞こうともせず、汚されたと決めつけている。

翌朝、美羽は、竜也が彼女の家族のために開いてくれた葬式へ向かった。

ホールの正面には、二人の遺影が飾られていた。ほんの1ヶ月前までは、すぐ目の前で笑っていたのに。

美羽は祭壇の前に立ち尽くし、固く目を閉じ、ひたすら合掌を続けた。そうでもしないと、心が張り裂けそうだったから。

朝の8時から昼の12時まで、弔問に訪れる人は誰一人いなかった。

二人を盛大に見送ると約束してくれたはずの竜也さえ、姿を見せなかった。

美羽は時間を確認した。もうすぐ納骨の時間だ。誰もいないホールを見渡し、彼女は一人で母親と妹の骨壷を抱えて外へ出た。

式場の外へ出た途端、大勢の記者たちが現れて、あっという間に美羽を取り囲んだ。

「長谷川先生!昨日、路地裏で数人の男に襲われたって聞きましたけど、長谷川隊長はこのことをご存知なんですか?」

「無理やりだったんですか?それとも合意の上で?長谷川先生の方から誘ったって話も聞きましたけど。もしかして、亡くなった妹さんみたいに、元々そういう奔放な方なんですか?」

「まずはお母さんが当たり屋をして事故死、次に妹さんが男遊びの末に自殺、そして今度はあなたが男を誘うなんて、あなたたち家族は、揃いも揃ってみんなそうなんですか?」

棘のある言葉が、無数の針のように美羽の心に突き刺さる。彼女は憎しみに目を充血させ、記者たちを睨みつけた。

「黙って!白黒もつけられないくせに、私の家族を侮辱するなんて許さない!」

美羽はその場から逃げようとしたが、誰かに強く腕を引かれて引き戻された。

「長谷川先生、図星ですか?あなたが男と密会していたことは、もう街中に広まってますよ。長谷川隊長に追い出されるのが怖くないんですか?」

美羽は足元がふらつき、地面に倒れ込んでしまった。その拍子に、抱えていた骨壷が手から滑り落ちた。

混乱の中、誰かが骨壷を蹴飛ばした。蓋が外れ、中にあった遺灰が地面に散らばってしまった。

美羽はは正気を失ったように這っていき、震える手で散らばった遺灰をかき集めようとした。

「どいて!どいてよ!」

しかし記者たちはわざとらしく、遺灰を踏みつけ続けた。美羽は完全に打ちのめされ、絶望の淵に立たされた。

「踏まないで。お願いだから、やめて……」

だが記者たちはその声が聞こえないかのように、みっともなくうずくまる美羽に、いっせいにカメラを向けた。

美羽が立ち上がろうとした時、誰かに強く突き飛ばされた。彼女は後ろに倒れ、後頭部に鋭い痛みが走った。

直後、人混みの中から誰かの悲鳴が上がった。「血!血がたくさん!」

次の瞬間、数台の車両がゆっくりと近づいてきた。車が完全に止まる前に、竜也がドアを開けて飛び出してくる。

「お前たち、何をしているんだ!」

竜也は、血の海に倒れている美羽を見て、痛ましげな表情を浮かべた。彼女を抱きかかえようとしたが、その手は途中で止まる。そして、彼は部下・山崎裕也(​やまざき ゆうや)の方を振り向いた。

「君が妻を病院へ」

裕也は困ったように竜也を見た。

「それは……ご自身で奥さんを運ばれた方が……」

しかし竜也は背を向け、美羽の方を二度と見ようとはしなかった。

「汚らわしい」

その一言は、巨大な岩のように、美羽の心に重くのしかかった。
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