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第2話

作者: トフィー
芙美子はすぐに実験に没頭した。

しかし始めて間もなく、外から喧騒が聞こえてきた。

一人の学生が慌てて駆け込み、叫んだ。

「せ、先生!大変です!外に大勢の人が来て、私たちの論文が盗作だって非難してます!」

芙美子の表情が一瞬で凍りついた。

彼女は無言でドアへ歩み寄り、外を覗いた。

研究室の外は、大きな張り紙と横断幕で埋め尽くされていた。

そこには、敗訴した彼女を罵り、雲雀の研究を盗んだという非難が書き連ねられている。

「お前が葉山芙美子ね?」

数人のチンピラのような男が彼女に向かって歩いてきた。

その顔に見覚えがあった。一審の後、彼らが雲雀と一緒にいるのを見たことがある。

男が冷笑した。

「やれ」

その命令とともに、数人が研究室に乱入し、木の棒を振りかざして目につくものを次々と破壊し始めた。

燃やせそうなものには、ためらいなくライターで火をつけた。

芙美子と学生たちは、必死に身体でデータや資料を守ろうとした。

彼女は震える手でスマホを取り出し、夕星の番号を押した。

数秒後、ようやく通話が繋がる。

「ゆう――」

言葉を続けようとした瞬間、電話の向こうから甘ったるい女の声が聞こえた。

「夕星さん、もう……腰が痛くなっちゃった」

芙美子の表情が一瞬で硬直した。

何かを言おうと口を開いたその時――背中に鋭い衝撃が走った。

木の棒が容赦なく彼女を打ち据え、次の一撃で携帯が粉々に砕け散った。

「これが盗んだデータね?恥知らずめ、人のものを奪っておいて、よく平然としていられるな!」

男の怒号とともに、ライターの炎が点いた。

火はたちまち資料棚へ燃え移り、次の瞬間、炎が巨大な蛇のように広がって、研究室を飲み込んだ。

芙美子は火の熱さも忘れ、痛みに耐えながら燃え上がる資料に手を伸ばした。

しかし、それらの資料は、すでに灰となって崩れ落ちていった。

そのとき、上から物音がして――巨大な棚が一気に落下し、彼女の身体を押し潰した。

割れた後頭部から血が流れ出し、白衣は瞬く間に真紅に染まった。

外では、人々がざわめきながら集まり始めていた。

朦朧とする意識の中で、芙美子は遠くに夕星が駆けてくる姿を見たような気がした。

声にならない声で、彼女はかすかに呟いた。

「……あれは、母が……残してくれた……もの……」
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