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第8話

作者: トフィー
芙美子は新しい研究室に移り、研究に没頭した。

幸い、あの火事の際に自ら身を挺して守ったおかげで、焼失したデータはごく一部だった。

彼女はその後、寝る間も惜しんで実験に打ち込み、ついに全てのデータを復元することに成功した。

データが揃った夜、芙美子は最も信頼する学生を呼び出した。

「この資料を小林製薬に届けてください。必ず安全に、確実に渡してね。二審の勝敗は、これにかかっているから」

彼女の瞳には、揺るぎない決意の光が宿っていた。

その頃、夕星は彼女の住まいを突き止め、毎日のように贈り物を届けさせていた。

添えられる言葉はいつも同じ、たった二言だけ。

――【ごめんなさい】

――【戻ってきてくれ】

ある晩、帰宅途中の芙美子は、自宅前にふらつく人影を見つけた。

「芙美子……」

夕星は彼女の抵抗も構わず、強引に抱きしめた。

「許してくれ……もう怒るな。な?子どもなら、また授かればいい」

酒の臭いが鼻をつく。

芙美子は眉をひそめ、力強く彼を押しのけた。

――もう二人の間に子どもは生まれない。なぜなら、彼らに「未来」はないのだから。

「俺と一緒に戻ろう。欲しいものは何でも与える」

「それなら、仲程に私の論文を返させてください」

その言葉に、夕星は一瞬沈黙した。

そして、疲れたように答えた。

「……それだけは無理だ。金ならいくらでも出す。買い取らせてくれ。約束する、この件が片付いたら、雲雀とは縁を切る。二人でやり直そう」

芙美子はかすかに笑ったが、瞳には微塵の温もりもなかった。

本当は問い詰めたいこともあった。

だが――もう交わることのない二人に、言葉を費やす意味などなかった。

「お前が持って行ったものは、すべて新しく買っておいた。戻りたいときは、いつでも戻っておいで」

その声には、絶対的な自信と支配欲がにじんでいた。

まるで、芙美子が自分から離れられるはずがないと信じ切っているように。

彼女はもはや争う気力もなく、静かにうなずいた。

正式に離婚できるまでは、余計な波風を立てたくなかった。

「……分かった」

その言葉に、夕星の表情がほんのり明るくなった。彼は彼女の手を取った。

「まだ怒っているのは分かっている。裁判には出ても構わない。終わったら気分転換に海外へ行こう。どうだい?」

芙美子は長い間、彼の瞳を見つめた。

きっと、彼の中では彼女の敗訴は当然の結末なのだ。

彼にとって、彼女が積み重ねてきた努力など、子どもの遊び同然なのだろう。

「夕星……結婚式のとき、私に何を誓ったかまだ覚えているの?」

喉を詰まらせるように、彼は答えた。

「一生、愛するのはお前だけだ。芙美子、俺の気持ちは変わっていない」

――その言葉を口にする本人でさえ、この馬鹿馬鹿しい誓いをもう信じていないだろう。

開廷の数日前まで、夕星は執拗に贈り物を続けた。

莫大な費用をかけて新しい研究室を建て、「芙美子」の名を冠して。

一方、雲雀は姿を見せなくなったが、時折手紙を送りつけては彼女を嘲笑するような言葉を並べていた。

そして開廷前夜、夕星は再び彼女を訪ねてきた。

「芙美子、明日は開廷だ。前回と同じ弁護士を手配した。どうあがいても、お前の負けだ。もうやめてくれないか?」

二審の準備で憔悴した彼女の目の下には、深いクマが刻まれている。

それを見た彼の目に、一瞬だけ哀れみの色が浮かんだ。

――本当は、争いたくなどないのだ。

「夕星」

静かな声で、芙美子は言った。

「もし明日、私が負けたら……あなたの言う通りにする。研究をやめて、家庭に入る。あなたのそばで、ただの妻として生きる」

一瞬の沈黙の後、夕星は微笑んだ。

「そうしよう。すべてお前の望む通りに。判決が出たら、迎えに行く」

その背を見送りながら、芙美子は穏やかに笑った。

きっと彼は知らない。この約束を、彼女が一生果たせないということを。

二審の当日。

夕星と芙美子は、法廷に並んで現れた。

彼女は原告側として、彼は被告側の証人として。

法廷で雲雀を弁護する夕星を見つめながらも、芙美子の顔には何の感情も浮かばない。

愛が消えれば、心もまた、何も感じなくなるのだ。

予想通り、前半の証言は彼女にとって不利なものばかりだった。

そして判決が下されようとしたその時、芙美子が口を開いた。

「当方は、証人の出廷を請求します」

夕星の眉がわずかに動いた。

彼女が誰を呼んだのか、見当もつかなかった。

やがて、一人の男性が現れた。気品ある佇まいで、歩みに迷いはない。

その男性は夕星の視線を感じ取ると、挑発するように微笑んだ。

「小林製薬の社長?なぜここに?」

「知らないの?彼、葉山さんと仕事だけの関係じゃなくて……恋人同士なんだって!」
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