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第23話

Author: 匿名
水月ノ庭事件の被告、鎌田源次郎が警察署に自首したのだ。

テレビの映像には、メディアや記者に取り囲まれた源次郎の姿が映っている。

「鎌田さん、当時法廷で原告が売春をしていたと証言しましたが、なぜ一年以上経って態度を変えたのですか?」

「鎌田さん、今回の自首は会社の財務状況と関係がありますか?」

記者が問い詰めても、源次郎は頭を下げてただ前へ進むだけで、一言も発しなかった。

晴佳はこの出来事が異様に感じた。

源次郎は計算高い実業家であり、無法者でもある。

なんとか罪から逃れたのに、どうして一年経って突然、自ら自首したのか。

彼女は馬鹿ではない。これが悠貴と関係していることを察した。

悠貴に電話したが、応答はなかった。

彼の秘書にかけると――

「長瀬さんは今日は会社に来ていません。実家にいるはずです。母親が先日風邪をひいたので、看病しているかもしれません」

晴佳は思い切って長瀬家へ向かうことにした。

長瀬家の旧宅は、山と川に寄り添う静かな屋敷だった。白い土壁に灰色の瓦屋根、どこか懐かしい、昔ながらの和風建築が佇んでいる。

冴子は庭園のあずまやでお茶を飲んでいた。

晴佳が近づいた。

「奥さん、風邪じゃなかったんですか?中に入りましょう。風に当たって悪化してはいけません」

冴子は立ち上がり、優しく微笑んだ。

「今まで多くの娘さんを見てきたけど、君ほど気配りができる子はいなかったわ。だから悠貴も君を大切に思うのよ」

晴佳は少し戸惑いながら答えた。

「長っ……悠貴さんとはただの友達です」

しかし冴子はにっこり笑って言った。

「もう『長瀬』さんとは呼ばないの?どうやら悠貴のこのところの努力は無駄じゃなかったみたいね」

冴子が自分たちの関係を誤解している気がして、話題を変えた。

「悠貴さんは家にいませんか?」

冴子はわからない様子で言った。

「朝早く出かけたわ。どこへ行ったのか謎のままよ」

晴佳は疑問に思った。

悠貴が家にも会社にもいないなら、どこにいるのか。

彼女は冴子と一緒に屋内に入った。

長居するつもりはなく、帰ろうとしたとき、冴子が言った。

「晴佳さん、数日前に誰かが茶葉を持ってきたわ。悠貴の書斎にあるから、取ってきてくれない?」

年長者の頼みを断るのは失礼だと思い、晴佳は仕方なく了承した。

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