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第19話

last update Last Updated: 2025-05-15 18:47:21

婚約披露のパーティーを目前に控えて、私は公爵家主催で十五歳の誕生日を迎える事のお祝いとしてパーティーを開いてもらう事になった。

当日は華やかにお祝いする事になるそうで、屋敷の中も活気づいているわ。

その流れを断ち切るように、ある夜の晩餐でダリアが切り出した。

「お父様、私はガネーシャお姉様へのお祝いとして、公爵家で働く全ての者に栄養豊富なスープを振る舞いたいと思うのです」

お父様はダリアが珍しく可愛げのある事を言うから、頷きながら顎髭を撫でているわ。

「ああ、下働きの者でもスープに与れるようにしてやりなさい」

「ええ、お父様。皆の喜ぶ姿は何よりのお姉様への贈り物に出来ますわ」

「まあ、ありがとう。ダリアがそんなに私を思ってくれているだなんて、本当に愛しい妹ね。あなたの優しさと思いやりを誇りに思うわ」

私は内心では、どうせ何か企んでいるでしょうけど全て潰してやるわと嘲笑いながら、表ではなごやかに微笑んで晩餐を済ませた。

それから事業についての書類を部屋で片付けて、その夜は何かと慌ただしく過ごした。

その後、遅めの入浴を済ませてベッドに入り、眠ってしまったけれど……どうもダリアの発言に気が立っていたようで、翌朝は早めに目が覚めてしまった。

それを待っていたかのように、ベリテが語りかけてきたわ。

「ガネーシャ、多分そこには血が一滴仕込まれている。対策を考えよう」

──仕込まれるのが一滴のみだと、なぜ分かるの?

「お茶会での失敗を、ダリアは繰り返したくないだろうからね。何より、悪魔の力を借りた血は一滴でも大量でも、効果は同じはずだよ」

──なるほどね。でも、全員が飲むスープに一滴で効くのかしら?

「そこは仕方ないと思ってるだろうね。何しろ全員分のスープが入った大鍋に混ぜるから、効果は強くならない。まあ、味がおかしくなるほど鍋に入れても結果は変わらないから、つまりは少しでも自分を良く思わせたいだけだろう」

──そうなのね。でも、これは血で中和したとても、ダリアがスープを振る舞った事実は消せないでしょう。そこが問題よ。スープを屋敷の厨房で働く者達に作らせるつもりなら、こちらは更なるうわ手に打って出るしかないわね。

「それなら食事を振る舞えばいいよ、ガネーシャの涙が混ざった食事をね」

──涙?血ではなくて?

「ガネーシャの場合、血よりも涙の方が効果的なんだ。聖女の涙は万能薬になる程だよ。まだ覚醒していなくとも、ダリアのスープを飲んだ者の洗脳くらい解けるし、君への忠誠心も生まれる」

──なるほどね。ベリテが居てくれて良かったわ。ありがとう。

「ガネーシャお嬢様、お目覚めでしょうか?」

そこで朝の支度にメリナとミーナがやって来たので、私達の会話は一段落つける事にした。

「ねえ、メリナにミーナ。いつも使用人の人達は頑張って働いてくれているもの、決めたわ。屋敷の使用人全員にお祝いへの感謝をこめて食事を振る舞う事にするわね」

目覚めの紅茶を頂きながら話すと、メリナが少し心配そうに言った。

「お屋敷で働く全ての使用人に食事を下さるのですか?それは大変な量のお料理になるのではないでしょうか……」

もちろん、そこも考えがあるのよ。私は朗らかに笑んで答えたわ。

「屋敷の厨房に勤める人達は、私のお祝いの料理の他に、ダリアが振る舞うスープまで作らなければならないのですもの、これ以上仕事を増やせないわ。取引先の者から食事を提供出来るレストランを紹介して頂く事にしたいの。お料理は当日届けられるから楽しみにしていてちょうだい」

すると、メリナは感心して喜色満面になり、声を弾ませたわ。

「さすがはガネーシャお嬢様です、ダリアお嬢様に仕事を増やされて、厨房の者達は悲鳴を上げてましたから」

「まあ、それは大変そうね……特別に労いたいわ。厨房の人達にはワインも追加しましょう。メリナ、取引先の人を呼ぶ手はずを整えてくれるかしら?」

「はい、かしこまりました。お祝いの日は迫っておりますからね、本日の午前中には来て頂けるように申し伝えさせます」

「ありがとう、助かるわ」

「ガネーシャお嬢様、お茶が済みましたらお支度をお手伝いさせて頂きます」

「頼むわ、ミーナ。あなたの髪をセットするセンスは素敵だもの。メリナはお化粧をお願いするわね、身支度も二人に任せれば間違いないから助かるわ」

──あとは料理が届いたら、ベリテの力を借りて私の涙を混ぜられる隙を作ってもらえばいいわ。出来るかしら?ベリテ。

「任せて、ガネーシャ。空白の時は十五分程度なら作れるよ。全員が口にする料理の鍋に落とせばいい。ビーフシチュー辺りがお勧めかな。使用人は普段口に出来ないからね」

──それは妙案だわ、ぜひそうしましょう。

何しろ私にはダリアにない財力があるのよ。この程度の事は可能にしてみせるわ。

それに、屋敷の者を働かせて苦しめるなら、レストランのスタッフに仕事を与えて報酬を十分に支払った方が互いに良い事となるし。

──そうそう、レストランは仕事量を思えば一軒では大変でしょうから、複数繋いでもらうといいわね。

「良く考えたね、ガネーシャ。儲かる仕事をもらえるレストランは多い方が喜ぶ人も増える」

──ビーフシチューに涙を仕込むなら、お料理はレストランごとに分けて担当してもらいましょうか。その方が効率的だし、レストランのスタッフも作業が単純で済むわ。

「それがいいよ、そうしよう」

そして私はさっそく行動に出て、取引先の人に相談し、いくつかの美味しいと評判のレストランに、話を通じさせてもらえる事が決まった。こうした人は商談や接待のおかげで良いお店を知っているものなのよね。助かったわ。

こうして根回しを済ませて、ダリアにこちらの手の内を読ませないようにしながらパーティー当日を迎えた私は、屋敷の全員と来客者達から祝福を受ける準備を整えられたわ。

「ガネーシャ、涙を仕込むのに苦労してたね」

ベリテが笑いながら言って、私は苦笑いした。

──幼い頃に死に別れた愛犬との最期を思い出して涙を流すのも、なかなか大変だったわよ。お母様との別れを思い出すのは悲しすぎて、パーティーどころの気分ではなくなってしまうしね。

その愛犬との別れは、物心つくかどうかの頃だったから、記憶があまり無い。

それでも泣けたのは、本当に良く懐いてくれていた賢い犬だったからよ。姉兄のいない私を常に守ろうとしてくれていたと、亡くなったお母様から聞かされていた事も泣けた理由にあるわね。

「ガネーシャ様、お誕生日おめでとうございます。お招き下さり心より感謝致しますわ。ガネーシャ様の慈しみ深い活動は、どこの集まりでも有名ですのよ」

「まあ、ありがとうございます。でも、恥ずかしいわ。殿方に混ざって事業を進めているのですもの。はしたなくはないかしら?」

「そのようなご心配は無用ですわ、皆さまガネーシャ様の心遣いを貴族の鑑だと話しておりますのよ」

「そうですわ、ガネーシャ嬢の働きは国益に通じるものばかりですもの。貧民に広まりかけた病が国を覆う事なく済みましたのも、ガネーシャ嬢による早期の対処が素晴らしかったからだと、どなたでも存じ上げておりますのよ」

「まあ……皆さまにお褒め頂けて嬉しいですわ。けれど、私はただ夢中で人々を守りたく思っただけですのよ」

「その思いを行動に変える事の尊さは計り知れないですわよ。ね、あなた」

「そうですとも、ガネーシャ嬢は己を誇って良いでしょう。私のような年寄りでは考えつかない程の迅速な対応には、本当に関心しましたからね」

「そうですわ、ガネーシャ様。ガネーシャ様が王太子殿下とご成婚なされましたら、きっと国の未来もより一層明るくなりますわね」

「王太子殿下が羨ましい程の優れた令嬢にお育ちになられて、世の令息達からもガネーシャ嬢に恋い焦がれる声を聞きますよ」

「そうですわよね、美しさと賢さだけでなく、気品にも優れて優しさまで兼ね備えておられるのですもの」

「皆さま……ありがとうございます。褒めすぎですわ、身に余る程のお言葉です。今後も家名を穢さぬよう慎んで努力を重ねたく存じます」

パーティーは老若男女を問わない貴族達の来訪がとても多くて、私の慈善事業などでの働きについて、その素晴らしさを皆が褒め称えてくれたわ。

そして将来はどれだけ期待出来る事かを口々に言われ、私が立つべき未来の地位の輝かしさを讃える言葉で終わったのよ。

ダリアのスープを飲んだ者達にはダリアの影響が及んだけれど、その後すぐ私の食事を口にして我に返ってくれたわ。なぜ私の事を快く思わなかった記憶があるのだろうと不思議がっていたようね。

「何でだろう、ダリアお嬢様を素敵だと思った気がするし、ガネーシャお嬢様を出しゃばりなお嬢様だとも思ってしまった気がする」

「ダリアお嬢様のスープは、厨房の奴らが仕事を増やされて、徹夜までして苦労して作った物なのに、それと比べてガネーシャお嬢様のお料理には、厨房にも負担をかけずに……俺達皆への配慮がこめられているよな」

「そうよ、こんなに美味しい物は初めて食べたわ。おかげで力が漲るようよ。さすがガネーシャお嬢様は人となりが違うわね」

皆が皆、口々に語り合っていたようで、食事を用意した甲斐があったわ。

メリナやミーナをはじめとして、父親の傍で働く立場の強い者達には、初めからスープを飲まずに下々の者達に譲るよう言っておいていて、それはそれで正解だったわ。代わりに食事とお酒を振る舞うと告げておいた事もね。

おかげでダリアは自室で癇癪を起こしているのが白い世界から見て分かる。

「何なのよ、あの女!私の考えをことごとく台無しにして!ベリタだって出し抜かれて悔しいんじゃないの?!腹立たしいのは私だけじゃないでしょ!何か考えてよ!今すぐガネーシャを陥れて!」

これにはベリタもうんざりした様子だわ。

「そりゃ、ガネーシャの動きには腹立たしさもあるさ。だけど、問題はこれからだろ」

「問題?何よそれ?」

「忘れるなよ。何しろ、アクアマリンの力があるんだからさ」

「……そう……そうね、あのアクアマリンがあれば、ガネーシャものほほんとしてる内に名誉も何も失うのよね……」

ダリアの部屋の中、二人で頷き交わす姿は陰残で、気色が悪い程だったわ。

そして、日が過ぎて、いよいよ婚約披露パーティーの前夜になった。

ダリアはアクアマリンと王太子の瞳の色に合わせて、淡いスカイブルーのドレスを作らせたと聞いた。

まだ細い胸元は三段のフリルでボリュームを出し、スカート部分の両サイドには白色の太く長いリボンをあしらったという。

宝石もアクアマリンが映えるように小粒の真珠をふんだんに使ったアクセサリーを揃えたようね。

私は対照的に攻めたわ。深い真紅のドレスも華やかさがありながら、赤の持つ派手派手しさは出さない上品な仕上がりになった。

落ち着いた印象に見せる為、パニエやドロワースは使わず、ペチコートをスカートの内側に着けて、上半身はコルセットでウエストをきつく締める。

アクセサリーも敢えて高価なルビーは用いず、代わりに上質なレッドスピネルをメインにし、こうして宝飾品も揃えられた。

他にも、私のはからいで洗髪粉と石鹸の売り上げから、国民に炊き出しを行なう事も決まっている。

アロエエキスの飲む美容液も初めこそ髪や肌に使う物を口にするとはと敬遠されがちだったけど、お茶会でフルーツティーにアロエエキスを混ぜてみたら好評だったし、私自体の評判が上がってゆく事で売り上げは好調になった。

そのおかげで炊き出しも、貧民街にまで行き渡らせる事が可能になったのよ。これは喜ばしいわ。

世間では、こんなに優しくて賢く、善良な令嬢と結婚出来る王太子は幸せ者だと評判が立っている。

でも、王太子殿下はそれも気に入らないようね。婚約の主役は自分だと考えているから仕方ないわ。

何しろ立太子された事を公にするのだから、もっと持て囃されるべきなのだと思っているのよ。

王太子殿下は王子時代から、身分と見た目で言い寄ってくる人間に事欠かなかったものね。

太鼓持ちのような人達に囲まれてきたから、空虚な自尊心は人一倍強いわ。

「あんな子供のくせに商売をするような下品な令嬢が褒めそやされて、これでは私が添え物みたいではないか!先になって、国を率いてゆくのは私だろうが!おい、ブランデーのボトルがからだぞ、代わりを早く持たないか!」

「王太子殿下、祝いの前日でございます……お酒はどうか控えめに……」

「うるさい、私に指図する気か?!私を誰と心得る!」

こんなふうに荒れる王太子をよそに、ウィンリット第三王子殿下は、王太子の婚約者──私の事が可哀想に思えていたらしい。せめて自分は新しい家族として温かく迎えようと思って下さっていたそうなの。

その婚約者である私が、街で会った不思議な令嬢だとは、まだ知らない。

私は砂糖菓子の力を借りて、女神様の導きでベリテと共に白い世界にいて、全てを見ていたわ。

王太子殿下をアクアマリンで虜にしようと考えながら、薄気味悪くほくそ笑むダリアの事はもちろんだけれど……。

翌日に己が果たすべき務めを考えもせずに、深夜になっても構わずブランデーを呑んで、お酒で鬱憤を晴らそうとする王太子殿下の事も、溜め息をつきながら全て見ていた。

それらを把握して、改めて翌日に臨むと心に決めたのよ。

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    悪魔と契約出来たダリアは、さっそく動き出した。晩餐の席で、「私も友人と呼べる方が欲しくて」と、お茶会を開かせて欲しがったのだ。お父様も、内心ではダリアの去就に思うところがあったようで、「ガネーシャ、お前が一緒になって開催してやりなさい」と言ってきた。私が招待でもしてやらなければ、ダリアに人脈などないからお茶会は開けない。内心では面倒な事を言い出したものだと、ダリアやお父様に舌打ちしたい思いだったけれど、今生では完璧な令嬢を演じなければならないわ。「はい、お父様。ダリアにも親しみやすい方々を招待させて頂きますわ。友人が出来れば、ダリアも社交界に出やすいでしょう」従順に頷いた後、お父様が撫でる顎髭を憎たらしく思いながら、ダリアが同席するお茶会の招待にでも応えてくれる令嬢を考えた。何しろ公爵家に卑しい出自の兄妹が家族として迎え入れられた事は知れ渡っている。本来ならばダリアはそれを逆手に取って哀れに見せて味方を増やすのだけど、そうはさせない。私を好意的に見ていて、同情してくれている令嬢達を念入りに選んで、私は三人の令嬢達へ招待状を送ったわ。それを知ってか知らでか、ダリアは「失敗してガネーシャお姉様にご迷惑をおかけする訳にはいかないもの」と、勇んで茶葉や茶菓子に茶器まで、自ら進んで下女へ指示を出していた。そうして迎えてしまった、お茶会当日。私は何としてもダリアの目論見の通りにはさせまいと思案していた。「メリナ、今日のお化粧は薄くチークを使ってちょうだい」「かしこまりました、ガネーシャお嬢様。昨夜は良くお眠りになれなかったのでございますか?顔色が優れませんわ」「大丈夫よ。心配してくれてありがとう」気鬱さも感じながら身だしなみを整えていると、仕上げの段階でダリアが私の部屋を訪れた。「ガネーシャお姉様、失礼致します。お出迎えの場までご一緒なさいませんか?」「──ええ、もちろんよ」途中でダリアが何かを企んでも、見落とさないように。けれど、一足遅かった。「ガネーシャ、お茶会のティーポットにダリアが血を一滴仕込んでる」ベリテから耳打ちされて私は焦った。「お嬢様、ご令嬢の皆様の馬車は既に到着して来ておりますので、お急ぎ下さいますように」そこで部屋に来た執事に告げられて窮地に立たされた思いがした。ここで私が離れてティーポットのある所に行くのは無理よ。

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    いわゆる、お見合いとも呼べる顔合わせの日。お父様と同乗していた馬車を降りて案内の者に従って歩き、お父様と謁見の間に待機していると、国王夫妻と立太子されたばかりのウィリード王太子殿下が厳かに入室して各々の席についた。私は最上級の礼儀でお辞儀をして、玉座から声をかけられるのを、かしこまって待つ。国王陛下は想像していたよりも親しみをこめて語りかけて下さった。「そなたは商いで得た収益で孤児院に多額の寄付を行なっていると聞くが、その若さで大した才覚だ。今後の展開はどう考えておるか?」「恐縮でございます。幸いにも販路は順調に広まっておりますので……今後は貧民街の救済院へ寄付をし、就業支援に着手しようと考えております」「慈善事業も、そこまでゆくと国政で対応するような領域だな。民を案じる心根は美しいと見るぞ」「誠にありがたいお言葉と存じます、国王陛下」すると、王太子殿下が苦々しい口調で水を差したわ。「慈善事業を理由としても、貴族の令嬢が商いで稼ぐ事を考えるなど、少々品位に欠けると思われるが。しかもまだ齢十四にすぎない少女の考える事となると、早熟に過ぎる」なるほど……と私は思った。前世ではダリアが殿下を誑かしていたけれど、そうなる素養が殿下にはあるのだわ。どうやら私は、ダリア抜きにしても殿下から好意的には見られないようね。そこに落胆と諦念、そして達観を交えて無難な言葉を探していると、国王陛下が先に殿下へ問いを投げかけた。「そのように言うお前は、王家の者として民の為に力を尽くした事があるのか?」もっともな言い分だわ。けれど、王太子殿下はつまらなさそうに言い捨てた。「今はまだ力及ばずとも、いずれ王位を継げば私は国を治める為に尽力致します。それで十分でしょう」王妃陛下が扇子で溜め息を隠すのが見えて、私は国王夫妻の苦労を垣間見た気持ちになったわ。仮にも立太子された身なのだから、王太子として国を案じなさいよ。まあ、実際に貧しい国民へ施している私を、身分や性別と年齢にそぐわないと言って蔑む時点でお察しだけれど。「ウィリード、お前はまだ青い。しかし王太子となったからには、王子だった頃のように城を抜け出し、平民を装って市街を見て歩く事は許されなくなる事は覚えておくように」国王陛下が苦虫を噛み潰したような面持ちで告げると、王太子殿下はあからさまな不満顔になった

  • 闇より冥い聖女は復讐の言祝ぎを捧ぐ   第12話

    ──気を揉んでいるうちにも季節は移ろい、夏を迎えようとしていた。私が考えた洗髪粉と石鹸は貴族の間で定着し、廉価版が庶民にも広まりつつある。おかげで慈善事業も順調だ。私の名声は称賛をもって広まっていた。その間にも、ダリアは何とかして私に害をなそうとしていたものの、ベリテの力と私が持つ前世の記憶で防げていた。ダリアにはマストレットの他にまだ味方がいないから、出来る事は悪戯じみた悪さだけだ。前世を憶えている私を超える程の知識も経験も持たないダリアでは、太刀打ち出来ない。失敗する度に癇癪を起こすダリアはお父様にとっても頭痛の種ではあったものの、私のお母様を差し置いて愛した、愛人の子が残した娘だ。邪険には扱えないようだった。マストレットといえば、使用人にも卑屈な態度をとっていたが、お父様には誰に対しても謙虚で気遣いある接し方をする息子と捉えられていたらしい。あばたもえくぼとは、この事だ。そうして、ある日の朝餐で、ついに恐るべき時が来た。「マストレット、朝食を終えたら私の執務室に来なさい」「はい、父上。分かりました」二人のやり取りを見たベリテが難しい面持ちで私に告げた。「ガネーシャ、父親はどうやら書庫の鍵をマストレットに渡すつもりらしい」──鍵を?ついにこの時が来てしまったの?出来るだけ先延ばしにしようと頑張ってきていたのに。「マストレットはダリアに自慢するよ。何しろ公爵家の子息として認められたって事を意味するからね」──そんな事をしたらダリアが黙っていないわ。「だろうね。羨むだけじゃ済まない」ダリアも禁書のある書庫に入りたがるはずよ。公爵家の一員として、堂々と。これまでダリアは知り合いも作れずに引きこもっていたけれど、おとなしくしていてくれる訳がないわ。果たして、私が危惧する事は現実となった。その日の晩餐、ダリアが口を開いた。「お父様、マストレットお兄様が書庫の鍵を頂いたと聞きましたわ。ガネーシャお姉様もお持ちですし、私だけ頂けていないのは家族として認められていないようで悲しいです」「ダリア、お前にはまだ難しい書物や扱いの難しい物が多いんだ。理解しなさい」お父様はたしなめたけれど、ダリアは黙らなかった。「ですが、鍵のいらない書庫にさえ私はガネーシャお姉様に同伴して頂かなくては入れないままなのですもの……」ダリアがカトラリーを置

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