パーティー当日。貴族達が続々と入場してくる。私は控えの間で待たされていた。
「身に着けている宝石が豪奢過ぎる。所詮はお前もお貴族様だな」 そこに王太子殿下が難癖をつけてきた。 「高価なルビーを贅沢に使っていながら、民の為を思っていると言えるのか?慈善事業など建て前の偽善で、結局は我が身が一番可愛いのだろう」 責め立ててくる王太子殿下の方こそ豪奢な装いなのだけど、ここは控えておくべきね。 「これはルビーではなく、上質ではございますがレッドスピネルを代用した物でございます」 レッドスピネルはルビーの代わりに用いられる事が少なからずあり、美しさのわりにルビーよりも安価なのよ。 でも、王太子殿下はかえって鼻白んだ様子だわ。 「お前は私を軽んじてるのか?私との婚約披露の場で安物を身に着けるとは」 叱責するような勢いで揚げ足を取ってきた。 「質素倹約を美徳としております、レッドスピネルも美しさではルビーに劣りません」 私は物静かに受け答えした。 「何の宝石を着けるかではなく、己の身に似合う宝飾品を作らせる事、そこに驕りがない事が大事と考えます」 「つくづく食えない女性だ、私に口答えするとは己が随分偉くなったと思い込んでいるようだが勘違いするな、生意気過ぎる」 王太子殿下は文句を言うばかりね。言い返す事も面倒になっていた、その時に私達が入場する時が来た。 王太子殿下も外聞だけは整えようという気持ちがあるのね。腕を差し出され、見た目だけは寄り添い腕を組んで入場する。 入場を済ませると、さっそく貴賓が挨拶に来る。外国からの者も多いわ。 『ごきげんよう。ドラッド夫人、この度はお越し下さり誠にありがとうございます』 『まあ、私の名を知っているだけでなく、国の言葉もお話し出来るのですか?嬉しいわ』 『まだ未熟でお恥ずかしい限りですが、ご挨拶だけでもと勉強してまいりました』 すると、他の人も話しかけてきた。 『王国の王太子妃となる方は勉強熱心ですのね、私ともお話しして下さるかしら?王国について聞きたいですわ。織物がとても繊細だと聞いていますのよ』 『ありがとうございます、ファスト皇女殿下。我が国の織物は本日の私のドレスにも用いておりますわ。刺繍のように細やかな模様を織り込めますの』 主要国の言葉なら会得しているわ。相手に合わせて言葉を使う事で、喜んでもらえたようね。皆さまとの会話も弾むわ。 「私はワインを取ってくる。ガネーシャは得意の言語学を披露しているといい」 パーティーの華となっている私を嫉んだのか、王太子殿下は婚約者の私から離れてしまった。冷たく言い残し背を向けて、貴賓への心配りもしないわ。 『殿下は昨夜も遅くまでお仕事をなされておいででしたので、少々お疲れなのです。ご無礼をお許し下さいませ』 それをフォローしながら、私は、いよいよダリアが動き出す時が来たと考えた。 果たして、銀のグラスに手を伸ばした王太子殿下に、ダリアが正面からぶつかりに行ったわ。 「大変申し訳ございません、王太子殿下に非礼を働いてしまいましたわ……」 不快そうにする王太子殿下から批難の言葉が紡がれるより早く、ダリアは瞬時にアクアマリンに触れながら真っ直ぐ王太子殿下を見つめて詫びる。 すると、王太子殿下が態度をがらりと変えた。 「怪我はないか?こちらの不注意でもある、気にするな」 「ご寛容なお心に感謝申し上げます……」 「大した事でもない。──そなたの名は?」 「……ダリア・ダント・フォクステリアです」 問われて、ダリアがか細い声で答える。 「公爵家の娘なのか」 「名ばかりですわ。私は卑しい腹違いの妹ですので、このような華やかな場には不釣り合いなのですが……」 悲しげな面持ちを作るダリアの芋くさい様子といったら、見ていると胸焼けしそうよ。 「……ですが、王太子殿下をひと目拝見したく、どうしても参加させて頂きたかったのです」 「私にか?」 「はい……ドレスも憧れている王太子殿下の瞳の色に合わせて作って頂きました」 本来の王太子殿下ならば、身の程知らずだと罵るところよ。でも、魅惑の力が確かに働いているようね。 「愛い事を言う。そなたに思い出を与えよう。──私と一曲踊らせてやる」 王太子殿下は、やに下がっているわ。傲岸な態度こそ崩さないものの、ダリアにファーストダンスの誘いをかけたのよ。 婚約者を差し置いて、婚約者の腹違いの妹と踊る事に好奇の目と白眼視する目が集中するのは当然ね。でも二人共、全く気にも留めないわ。 ダンスを終えると、ダリアは猛攻に出た。 「拙いステップで申し訳ございませんでした。参加出来る事になって二ヶ月の間、必死に練習しましたが……お姉様のダンスには遠く及びません」 控えめを装って厚かましく言うダリアに、王太子殿下は慰めの言葉をかけた。 「二ヶ月でここまで踊れるなら大したものだ」 もう、王太子殿下はアクアマリンの力が発揮されて、ダリアに魅了されているようね……。 ダリアは王太子殿下が手の内に落ちた事を喜んでいるのが、ありありと見て取れるわ。 「あの、叶う事でしたら……あと一曲、王太子殿下との思い出を重ねたく存じますが……」 すっかり図に乗って二度目のダンスをせがむなんて、この場のマナーを完全に無視してる。元より理解していないのかしら? いくら国の王太子とは言え、婚約者がいながら他の未婚の女性と二曲続けて踊るなど許されないのよ。礼儀に反するにも程がある。 「……曲が始まる。手を」 なのに、王太子殿下は受け入れてしまう。 喜ぶダリアをよそに、場内はざわついて二人に注目が集まっているけれど、完全に二人の世界に浸っているようね。 ダリアに対して不快そうに眉をひそめる令嬢と夫人達の囁きが聞こえる。男性陣も、はしたないと言葉を交わしているのが伝わってくるわ。 「信じられない話だ。婚約者のガネーシャ嬢とさえまだ踊っていないのに」 「あの令嬢は確か、ガネーシャ様の妹ではなくて?姉の婚約者を相手に、何て厚顔無恥な振る舞いをなさるのかしら……」 「──何をしている、演奏を始めないか」 言い交わす声に耳を傾けもせず、不遜に言いつける王太子殿下は、ダリアの操り人形と変わらない。ワルツが始まると、ゆったり楽しげに踊り始めてしまった。 ダリアのステップは下手だけど、それも初々しいと王太子殿下が思い込んでいるのも伝わる。 二ヶ月しか練習出来なかったのは、姉である私の底意地悪い企みのせいだろうと勘違いしている事も、後から思い知らされたのよ。 もちろんダリアは王太子殿下がそう考えるように誘導しているから、ダリアの思うつぼね。 ダンスを終え、王太子殿下の側近がたまりかねて忠言しに入った。 「殿下、ガネーシャ嬢を置き去りに致しましては、場の空気がよろしくないかと……」 「またガネーシャか、手のかかる女だな。──ダリアと言ったな、今夜の事は覚えておこう」 王太子殿下はダリアを見つめて言葉をかけ、ダリアは頬を紅潮させて上擦った声を出した。 「許されるのでしたら、王太子殿下の瞳の色の便箋でお手紙を書かせて下さいませ」 何て事かしらね、婚約者の居合わせる場所で略奪宣言したわよ。 「可愛い事を言う。許そう、待っているぞ」 王太子殿下は気安く受け入れてから、仕方なさそうに私の元に向かって来たわ。 私は予め予測していたので動じない。でも、それも王太子殿下にとっては、自分を軽んじる態度に見えて気に食わないのが見え透いているわ。 正直に言えば私も気乗りしないけれど、王太子殿下は「一応は婚約者だからな」と渋々ダンスを踊った。 一曲踊り終えると、「もう十分だろう」と言い放つ王太子殿下は、相変わらず公の場でも変わらないわね。自分の立場を考えなさいよ。 「お前は外交に専念していろ、貴賓への対応を務めるといい」 そう言い捨てて、仲間内の輪に入りに行ってしまった。 「これから生涯を共になさる方を蔑ろにするとは、王太子殿下も残酷ですこと」 こうなると、会場に集った全員の視線を浴びながら、健気な令嬢を演じて務めを果たすしかないわね。周囲からの慰めの言葉にも慎ましく答える事にするわ。 「夫婦というものはパートナーですもの、恋愛感情をいだく以上に連帯感をもって、パートナーの代役も務め上げることを第一と考えておりますわ。今は皆さまに、王太子殿下をお祝いする為に設けられた今宵の場を、どうかお楽しみ頂きたく存じますの」 「まあ、ガネーシャ様は何て健気なご令嬢なのでしょう」 ざわつく女性達をなだめ、人の熱気や儀礼的なやり取りにも疲れて、段々と新鮮な外の空気が吸いたい気持ちになってきた。 「皆さま、引き続きお楽しみ下さいませ。少しだけ離れますわね」 「ええ、外交に接待にと務めておいででお疲れでしょう。ガネーシャ様も休息が必要ですわ」 「お気遣いありがとうございます」 茶番劇にも飽き飽きした私は、夜風に当たってこようと、バルコニーに一人で出てみる事にした。 「やっぱり新鮮な空気は甘くて良いわね……」 「──ガネーシャ嬢、失礼ながら挨拶させて欲しいのだが……」 息をついていると、若い声で話しかけられる。声の方を見ると、なぜかしら、街へ出た時に会った少年が正装で立っているじゃないの。心底驚いたわ。 ──ベリテ。彼の装いと身に着けた紋章を見て。王室の王子殿下よ。見た目の年齢からして、王妃陛下の二人目の王子殿下かしら。 「ああ、あの利発な事で知られるウィンリット王子か。これは面白い事になってきたね」 ──面白がっている場合じゃないわ、挨拶しなければ。 「王国の輝ける星にご挨拶申し上げます」 私は慌ててお辞儀をして挨拶を述べた。対して彼は、温厚に受けとめている。 「気にしなくていい。ガネーシャ嬢、頭を上げてくれないか」 ウィンリット王子殿下は、一部始終を見て思うところがあったようだわ。 「あまりにもガネーシャ嬢が酷い扱いを受けている事に、憤りを禁じ得ないよ。兄上に私からも一言言っておこうか」 「今宵の私をご覧頂けたのでしたら、お分かりになるかと存じますが、民の命を預かり国を背負う女性の戦場は殿方の腕の中ではございませんのよ。ですが、お心遣いは心よりありがたく受け取らせて頂きますわ」 ウィンリット王子殿下が口を挟んだら、それこそ王太子殿下が「不貞を働いたのだろう」といきり立つわ。私は、やんわりとお断りした。 「あなたが兄上を許しているのなら、口は挟めないが……そうだ、止血に使ってくれたハンカチだが、洗わせても汚れが落ちきらなかった。返せなくてすまない」 「お気になさらず。ハンカチ一枚ですもの」 「ハンカチの代わりと言っては何だが……王室所有の鉱山から採掘される水晶のブローチを贈らせてもらえないだろうか。この水晶はあらゆる災厄から身を守ると言われているから……」 「そんな、そのように貴重なお品を頂く訳にはまいりませんわ」 立場上は固辞したものの、王子殿下は引かなかった。 「これから、あなたには今夜のような災厄が降りかかるかもしれない。その時に、味方も居ると思えるものを持っていて欲しいんだ」 「……そこまで仰せ下さるのでしたら……ありがたく頂戴致しますわ」 王子殿下が受けている貴族派からの支持も知っているので、使えるものは何でも使わないとと思って、受け取る事にしたわ。 「このブローチに女神のご加護が宿る事を祈って。──兄上もいつかは、あなたの心根の良さに気づくに違いない。だから、挫けないで欲しい」 「はい、ありがとうございます」 王子殿下は温かい言葉を私にかけて、「誤解を受ける前に」と私の元から立ち去ってゆく。 ダリアはというと、冷たい視線を浴びる事を避けて、「もう用はない」と言わんばかりに、さっさとパーティー会場から離れて帰宅してしまった。 そして自室にこもり、「一人にしておいて欲しい」と言い張り父親からの説教も聞こうとしない構えを見せたわ。 私はベリテと共に、「これも作戦の内なのだから」と話して、周りを取り込む事を進めてゆくと決めた。 腹違いの妹に婚約者のダンスを奪われたていの私は、悲劇のヒロインとして切なさをにじませ、儚く哀愁を漂わせながらも王太子殿下を信じ慕っているふうを装うのよ。 それに乗せられてくれる周囲の人々には感謝ね。 でも、王太子殿下はそれに怒り心頭よ。 王太子殿下はすっかりダリアに骨抜きにされていたから。 そして当てつけのように、王太子殿下とダリアの文通が始まったわ。スカイブルーの便箋でやり取りされる手紙。ダリアの字は上手くはないのだけど、それも愛嬌があると思うようね。 拙い字と文章は、卑しい腹違いの庶子だからと、まともに教育を受けさせてもらえなかったのだろうと憐れんでいるわ。 それだけじゃないのよ。王太子殿下は、ダリアをそうさせた私は罪深いと憤っている。偏った考えには呆れるしかない。 こうしてダリアの企みは初めて成功したのよ。私とダリアの多角的な戦いが幕を開けた事になる。 ダリアは、「女性というものは男性を立てて従うものだと亡くなった母から教わってきました」と嘘をついて平然と同情を誘った。 いとも簡単に騙され、「お前の母は真っ当な教えを娘に施したのだな、それこそ理想の女性像だ」と、ほだされてしまう王太子殿下は、すっかりダリアの虜よ。 こうした事や、ダリアがベリタを褒めそやし喜ぶさまを、私は白い世界からベリテと共に、冷ややかな目で見ていたの。 ──ここからが正念場よ。私にも考えがある。 ダリアは相変わらず、「社交界では身の置き場もないのですもの」と王太子殿下に向かって嘆くわ。自分が撒いた種でしょうに。 ダリアの虚言にまみれた哀れな身の上に、いよいよ庇護欲を掻き立てられる王太子殿下は、私を冷酷な姉だと責める心持ちになってしまった。 でも、私も忙しいのよ。婚約披露パーティーを終えて、王太子妃教育が本格的に始まったもの。 もっとも、言語学や礼儀作法の基礎は幼い内から覚えさせられたから、熟度を上げる為の勉強になるけど。 すると、何て図々しいのかしら。その隙に王太子とダリアは、隠れて逢い引きするようになってしまったわ。 そうした情報は、簡単に手に入るのよ。何しろダリアは癇癪持ちな上、お父様の手配で傍付きのメイドが出来ても、些細な事で気まぐれに近い解雇をしてしまう。 理不尽に屋敷を放り出されたメイド達を、ミーナに追わせて再就職の手助けさえしてあげれば、皆感謝してダリアに関して見聞きした事を打ち明けてくれるわ。 だけど、ダリアの大胆不敵な振る舞いは私の予測を上回る程に大胆ね。 まあ、私も教育で王城を訪れるようになった事で、ウィンリット王子殿下と顔を合わせる機会が増えたけども……それでも不義なんてしないわよ。 常に優しい紳士的な王子殿下には癒されるものの、不貞の誤解を受けないよう、慎重な態度は崩さないよう、挨拶以上の言葉は交わさないと決めて徹底した。 なのに、王太子殿下は私が王子殿下と挨拶する事さえ気に入らないのよ。事あるごとに「お前は誰と婚約している身だと心得ているんだ、我が弟に色目を使うとは」と責めてくる。 どうやら、利発で鍛錬の成果もあげている王子殿下に対して、対抗する努力もせずに劣等感を抱いている事も、疑念をいだく要因の一つらしいわね。 王室も、ここまで怠惰な人を立太子するなんて、皆さま揃って目が節穴なのではないかしら? その王太子殿下は、我が身を棚に上げて、私について「弟を誑かす悪女だ」と吹聴するようになってしまった。 王太子殿下には、ダリアという絶対的な賛同者がいる事から、傲岸不遜な考え方に磨きがかかって手がつけられない程よ。 こうなると、「王太子殿下はガネーシャよりもダリアに執心している」と噂が立つのも時間の問題だわ。 ──でもね、私は思うのよ。 それでこそ私が陥れるべきダリアよ、と。パーティー当日。貴族達が続々と入場してくる。私は控えの間で待たされていた。「身に着けている宝石が豪奢過ぎる。所詮はお前もお貴族様だな」そこに王太子殿下が難癖をつけてきた。「高価なルビーを贅沢に使っていながら、民の為を思っていると言えるのか?慈善事業など建て前の偽善で、結局は我が身が一番可愛いのだろう」責め立ててくる王太子殿下の方こそ豪奢な装いなのだけど、ここは控えておくべきね。「これはルビーではなく、上質ではございますがレッドスピネルを代用した物でございます」レッドスピネルはルビーの代わりに用いられる事が少なからずあり、美しさのわりにルビーよりも安価なのよ。でも、王太子殿下はかえって鼻白んだ様子だわ。「お前は私を軽んじてるのか?私との婚約披露の場で安物を身に着けるとは」叱責するような勢いで揚げ足を取ってきた。「質素倹約を美徳としております、レッドスピネルも美しさではルビーに劣りません」私は物静かに受け答えした。「何の宝石を着けるかではなく、己の身に似合う宝飾品を作らせる事、そこに驕りがない事が大事と考えます」「つくづく食えない女性だ、私に口答えするとは己が随分偉くなったと思い込んでいるようだが勘違いするな、生意気過ぎる」王太子殿下は文句を言うばかりね。言い返す事も面倒になっていた、その時に私達が入場する時が来た。王太子殿下も外聞だけは整えようという気持ちがあるのね。腕を差し出され、見た目だけは寄り添い腕を組んで入場する。入場を済ませると、さっそく貴賓が挨拶に来る。外国からの者も多いわ。『ごきげんよう。ドラッド夫人、この度はお越し下さり誠にありがとうございます』『まあ、私の名を知っているだけでなく、国の言葉もお話し出来るのですか?嬉しいわ』『まだ未熟でお恥ずかしい限りですが、ご挨拶だけでもと勉強してまいりました』すると、他の人も話しかけてきた。『王国の王太子妃となる方は勉強熱心ですのね、私ともお話しして下さるかしら?王国について聞きたいですわ。織物がとても繊細だと聞いていますのよ』『ありがとうございます、ファスト皇女殿下。我が国の織物は本日の私のドレスにも用いておりますわ。刺繍のように細やかな模様を織り込めますの』主要国の言葉なら会得しているわ。相手に合わせて言葉を使う事で、喜んでもらえたようね。皆さまとの会話も弾むわ。
婚約披露のパーティーを目前に控えて、私は公爵家主催で十五歳の誕生日を迎える事のお祝いとしてパーティーを開いてもらう事になった。当日は華やかにお祝いする事になるそうで、屋敷の中も活気づいているわ。その流れを断ち切るように、ある夜の晩餐でダリアが切り出した。「お父様、私はガネーシャお姉様へのお祝いとして、公爵家で働く全ての者に栄養豊富なスープを振る舞いたいと思うのです」お父様はダリアが珍しく可愛げのある事を言うから、頷きながら顎髭を撫でているわ。「ああ、下働きの者でもスープに与れるようにしてやりなさい」「ええ、お父様。皆の喜ぶ姿は何よりのお姉様への贈り物に出来ますわ」「まあ、ありがとう。ダリアがそんなに私を思ってくれているだなんて、本当に愛しい妹ね。あなたの優しさと思いやりを誇りに思うわ」私は内心では、どうせ何か企んでいるでしょうけど全て潰してやるわと嘲笑いながら、表ではなごやかに微笑んで晩餐を済ませた。それから事業についての書類を部屋で片付けて、その夜は何かと慌ただしく過ごした。その後、遅めの入浴を済ませてベッドに入り、眠ってしまったけれど……どうもダリアの発言に気が立っていたようで、翌朝は早めに目が覚めてしまった。それを待っていたかのように、ベリテが語りかけてきたわ。「ガネーシャ、多分そこには血が一滴仕込まれている。対策を考えよう」──仕込まれるのが一滴のみだと、なぜ分かるの?「お茶会での失敗を、ダリアは繰り返したくないだろうからね。何より、悪魔の力を借りた血は一滴でも大量でも、効果は同じはずだよ」──なるほどね。でも、全員が飲むスープに一滴で効くのかしら?「そこは仕方ないと思ってるだろうね。何しろ全員分のスープが入った大鍋に混ぜるから、効果は強くならない。まあ、味がおかしくなるほど鍋に入れても結果は変わらないから、つまりは少しでも自分を良く思わせたいだけだろう」──そうなのね。でも、これは血で中和したとても、ダリアがスープを振る舞った事実は消せないでしょう。そこが問題よ。スープを屋敷の厨房で働く者達に作らせるつもりなら、こちらは更なるうわ手に打って出るしかないわね。「それなら食事を振る舞えばいいよ、ガネーシャの涙が混ざった食事をね」──涙?血ではなくて?「ガネーシャの場合、血よりも涙の方が効果的なんだ。聖女の涙は万能薬にな
それから忙しい日々を過ごしている中でも、時間を取って取引先の者や、慈善事業の協力者を屋敷に呼んだ時の事よ。石鹸や洗髪粉の事業報告と、慈善事業についての進捗具合の報告を受けている中で、貧民街に感染病が起きていると知らされたの。「貧民街では医者にもかかれませんし、発熱して衰弱する事を嘆きと諦めで受け入れているようです」「そんな……貧民街の者達だって国の民なのに」きっと衛生面に気を遣う余裕のない貧しい人、栄養が行き届かない弱者から病は始まったんだわ。「それでは、貧民街と救済院宛てに、廉価版の石鹸の他、食糧は穀物だけでなく干し肉や果物も送るようにしてもらえるかしら」「石鹸は庶民に広めた廉価版と仰られても、香料の製造もアロエベラの仕入れも追いつきませんが……」「香料とアロエベラは二の次でいいわ。アロエベラは入れずに、香料は廉価版の半分以下、いえ、三割程度に減らしてもらえるかしら。その代わり、庶民が使う廉価版は品質を落とさないで」「はい、それでしたら可能です。かしこまりました」「ありがとう、よろしくお願いね。あと、麦が高騰しているわ。関税のかけられていない他国から仕入れて流通させて欲しいの」何しろ、国の未来が掛かっている働きだもの。病はぽつぽつと感染が始まったばかりだったのも幸いしたかもしれない。その甲斐あって、前世では国中に蔓延したと記憶している病だったものの、今生では早めに収束させる事が出来たわ。「ガネーシャお嬢様は私達貧民を救って下さった、まるで女神様のようなお方だ!」「本当だよ、こんなに素晴らしいお方が王太子殿下の婚約者様なんだから、国の未来は明るくなるに決まってるね」「貧民街でも、寄贈された石鹸を使って手や体を洗えたり洗濯に使えたりして、そのおかげで病人が減ったって話を聞いたぞ!」「石鹸だけじゃないよ、栄養のある食べ物まで下さったそうじゃないか。痩せこけて土気色だった顔が、薔薇色の頬に変わったって話も聞いたからね」「ガネーシャお嬢様は我々庶民の救世主だ!籠に一杯の麦が銀貨二枚してたのも、銀貨一枚に値下がりしたよ!」そう言って、私を崇敬をもって讃える民も増えた。私は前世で、カビ臭い不潔な牢屋に投獄された。その経験から衛生面や栄養面の大切さを知っていて、行動に出られたのだけれど、それは生き直しを知るベリテにしか話せない。──本当に
日は過ぎて、王太子の立太子と婚約を披露するパーティーを王宮で開催する事になり、準備で王宮も公爵家も慌ただしくなってきた。私には、王室御用達のデザイナーがドレスを作りに来る事になったわ。「まあ、何て美しいデコルテなのでしょう!ウエストも細く締まっておいでで、ドレスが素晴らしく着こなせますわね。敢えてボリュームを出さなくとも、お肌と体形を活かしたドレスで魅せるのもよろしいかと存じますわ」それをダリアは羨んで、何かと「お姉様は特別なお方ですものね、何でも叶うんですわ。それに比べて私の身の上ときたら……」と、嫌味を口にする。完全に妬んでいるわ。「本当に身に余る光栄に浴しているわ。でも、私はあくまでも殿下に添えられた一輪の花よ。分相応な弁えを忘れてはならないわね」こうして私がどこまでも謙虚な態度を崩さないから、攻めあぐねて今度は周りに八つ当たりするようになってしまった。おかげで使用人達は最近、ダリアに近寄りたがらないわ。人間というものは善意と悪意を併せ持っているものよ。そして相反するそれらを葛藤しながらコントロールして他者と向き合い、より良い関係を構築してゆこうとする。けれど、ダリアには善意が欠落しているようね。だからこそ私も、躊躇なく復讐を果たそうと思えているのだけど。──そういえばダリアはお茶会を開きたいとか言い出さなくなったわね。「ガネーシャの目がある場所では無駄だと知ったからだよ。僕が居るからね。向こうは僕の正体を知らないものの、だからこそ警戒しているんだよ」──なるほどね。でもおそらく、パーティーに出られれば暗躍するわ。「何とかして出てくるだろうね」ベリテとそんな言葉を交わした後の晩餐で、ダリアはお父様に甘えた口調でねだったわ。「私もお姉様のご婚約をお祝いする為にパーティーに出たいです」「だが、それにはマナーやダンスを学ばなければ難しいぞ」お父様は難色を示したけれど、ダリアは諦めない。「ならば、お姉様にそれらを教えた家庭教師を私に付けて下さいませ」明らかに企んでいるわ。おおかた、幼い頃からの私について聞き出し、尚かつ自分の可哀想な話をしてみせて、何らかの私に関する悪評を広めさせようと考えているのでしょうね。「私がお世話になった家庭教師というと、サヴァリン夫人ね。夫人からは、基礎から始まって何年もかけて教わったのよ」私は遠回しに
庶民の暮らしぶりを見に行くにも、高位貴族と気づかれないようなドレスは持っていない。まずは馴染みのデザイナーを呼んで、お忍びで出かけられる、装飾をほとんど施さない質素な外出着とローブを作らせた。その際には、宝飾店の者も呼んでメリナとミーナへの贈り物のデザインも考えて依頼しておいたわ。出かける日には間に合うようで、少し嬉しくなった。そして市街地におもむく日になり、お付きのメリナとミーナを伴って私達は屋敷を出たの。メリナとミーナの右手の小指には金細工の指輪がはめられている。細身ではあるものの、細工は一流の指輪よ。市街地の入り口までは馬車で行ったのだけど、メリナもミーナも大切そうに自分の小指を左手で包んでいて、語調も明るい。「ここが、民の暮らす場所なのね……思っていたより活気がないわ」すると、ミーナも首を傾げた。「私めがご奉公に上がる前は、もっと賑やかだったのですが……」街を歩いていると、出店に並ぶ野菜や果物、肉の類が乏しく見える。すると、野辺に咲く花を小さな花束にして売っている女の子がいて、「お花はいかがですか、お花をどうぞ」と声を出して、どこか一所懸命な様子に心を打たれた。「可愛いお花ね、一つ頂くわ」「ありがとうございます、高貴なお方。銅貨二枚です」銅貨という物は見た事もないわ。困惑していると、メリナが代わりに支払ってくれた。「ありがとう、メリナ。金貨しか持っていないのも準備不足だったわね」「お気になさらず、私が賜った一生の宝物へのお礼の、ささやかな手始めでございますので」花は可憐だけれど、摘んで時間が経っているのかしら、どことなく萎れてきている。ミーナは花束を見つめ、また首を傾げた。「私めが洗濯の下女として雇って頂ける事になった頃は、花売りといえば銅貨一枚でしたが……周りの出店を見ても、どれも値上がりしておりますし、致し方ないのでしょうか」──ベリテ。もしかして、野辺の花でさえ貴重になってきているの?「そうだね、枯れた地に咲ける花は少ない」──このお花に元気がないのも、その影響なのかしら?「だろうね。萎れるには時間が早いよ」状況は思いのほか深刻なようだわ。屋敷に戻ってから、出来る事を考えてもいいわね。そう思いながら、その場を離れかけた時、すぐそばの露店から悲痛な声が聞こえてきた。「籠に一杯の麦が銀貨二枚だって?!また値
真っ白な空間で戸惑っていると、光と共に美しい女性が現れた。「新しき導きの星の光に選ばれし乙女、ガネーシャ。私はあなたをずっと見てきたわ」「あの、お美しいお方……あなた様はどなたですか?」躊躇いがちに問いかけると、彼女はふと微笑んだ。「私は先代の聖女だった者であり、輪廻転生から解脱し女神として天界に迎え入れられた者」言われて良く見てみると、波打つ淡いブロンドの髪とラベンダーアメジストの瞳をしている。これは私も同じだわ。聖女の特徴なのかしら?「ここは天界と下界の狭間にある世界。あなたには苦労をかけてきたもの、今生こそ覚醒出来るよう手助けするわ。──ご覧なさい」女神様の言葉と同時に、私達の足元は鮮明な下界の姿が見えるようになった。「ダリアと……これはどういう事でしょうか?黒い羽の……禍々しい者が見えます。これはベリタでしょうか?」「ええ、そうよ。ここでなら下界で見えない悪魔の姿も見えるし、ダリアとベリタのやり取りも聞き取れるわ。相手に気取られる心配もなく」それが本当なら、ベリタの謀略もダリアの言動も全てお見通しになる。有利に事を運べるわ。私が下界の様子を注視すると、ダリアとベリタが話しているのも明確に聞き取れるようになった。「ベリタ!ベリタ、どういう事なの?!なぜティーポットにガネーシャの血が混ざってるのよ!それにガネーシャの血であなたの力が無効化するなんて聞いてない!」「ガネーシャは普通の人間ではないらしいな。本人からも周りからも尋常じゃない気配を感じる。おそらく、これからもお前の血を使ってみたとしたところで、何らかの手を打たれるだろう」「それじゃ動けないじゃないの!何の為にあなたを召喚したのよ!」「召喚した時はベリタ様と呼んで崇めていたのに、打って変わった態度だな。傲慢な人間の醜い感情は見物するには面白いものだが、それを俺に向けられるのは業腹だ」「あの、ごめんなさい……でも、あなたの力が役に立たなかったのは事実じゃないの。血の他に使えるものはないの?」ダリアの高圧的な態度が、指摘されて萎れる。ベリタは少し間を置いてからダリアに言った。「何か青い石はないか?アクセサリーがいい。それも王太子の瞳の色と出来るだけ似ている色だ」「王太子殿下の?お会いした事もないわ。何色なの?青と言っても色々あるじゃない」「そうだな、透明感のあるスカイ
悪魔と契約出来たダリアは、さっそく動き出した。晩餐の席で、「私も友人と呼べる方が欲しくて」と、お茶会を開かせて欲しがったのだ。お父様も、内心ではダリアの去就に思うところがあったようで、「ガネーシャ、お前が一緒になって開催してやりなさい」と言ってきた。私が招待でもしてやらなければ、ダリアに人脈などないからお茶会は開けない。内心では面倒な事を言い出したものだと、ダリアやお父様に舌打ちしたい思いだったけれど、今生では完璧な令嬢を演じなければならないわ。「はい、お父様。ダリアにも親しみやすい方々を招待させて頂きますわ。友人が出来れば、ダリアも社交界に出やすいでしょう」従順に頷いた後、お父様が撫でる顎髭を憎たらしく思いながら、ダリアが同席するお茶会の招待にでも応えてくれる令嬢を考えた。何しろ公爵家に卑しい出自の兄妹が家族として迎え入れられた事は知れ渡っている。本来ならばダリアはそれを逆手に取って哀れに見せて味方を増やすのだけど、そうはさせない。私を好意的に見ていて、同情してくれている令嬢達を念入りに選んで、私は三人の令嬢達へ招待状を送ったわ。それを知ってか知らでか、ダリアは「失敗してガネーシャお姉様にご迷惑をおかけする訳にはいかないもの」と、勇んで茶葉や茶菓子に茶器まで、自ら進んで下女へ指示を出していた。そうして迎えてしまった、お茶会当日。私は何としてもダリアの目論見の通りにはさせまいと思案していた。「メリナ、今日のお化粧は薄くチークを使ってちょうだい」「かしこまりました、ガネーシャお嬢様。昨夜は良くお眠りになれなかったのでございますか?顔色が優れませんわ」「大丈夫よ。心配してくれてありがとう」気鬱さも感じながら身だしなみを整えていると、仕上げの段階でダリアが私の部屋を訪れた。「ガネーシャお姉様、失礼致します。お出迎えの場までご一緒なさいませんか?」「──ええ、もちろんよ」途中でダリアが何かを企んでも、見落とさないように。けれど、一足遅かった。「ガネーシャ、お茶会のティーポットにダリアが血を一滴仕込んでる」ベリテから耳打ちされて私は焦った。「お嬢様、ご令嬢の皆様の馬車は既に到着して来ておりますので、お急ぎ下さいますように」そこで部屋に来た執事に告げられて窮地に立たされた思いがした。ここで私が離れてティーポットのある所に行くのは無理よ。
いわゆる、お見合いとも呼べる顔合わせの日。お父様と同乗していた馬車を降りて案内の者に従って歩き、お父様と謁見の間に待機していると、国王夫妻と立太子されたばかりのウィリード王太子殿下が厳かに入室して各々の席についた。私は最上級の礼儀でお辞儀をして、玉座から声をかけられるのを、かしこまって待つ。国王陛下は想像していたよりも親しみをこめて語りかけて下さった。「そなたは商いで得た収益で孤児院に多額の寄付を行なっていると聞くが、その若さで大した才覚だ。今後の展開はどう考えておるか?」「恐縮でございます。幸いにも販路は順調に広まっておりますので……今後は貧民街の救済院へ寄付をし、就業支援に着手しようと考えております」「慈善事業も、そこまでゆくと国政で対応するような領域だな。民を案じる心根は美しいと見るぞ」「誠にありがたいお言葉と存じます、国王陛下」すると、王太子殿下が苦々しい口調で水を差したわ。「慈善事業を理由としても、貴族の令嬢が商いで稼ぐ事を考えるなど、少々品位に欠けると思われるが。しかもまだ齢十四にすぎない少女の考える事となると、早熟に過ぎる」なるほど……と私は思った。前世ではダリアが殿下を誑かしていたけれど、そうなる素養が殿下にはあるのだわ。どうやら私は、ダリア抜きにしても殿下から好意的には見られないようね。そこに落胆と諦念、そして達観を交えて無難な言葉を探していると、国王陛下が先に殿下へ問いを投げかけた。「そのように言うお前は、王家の者として民の為に力を尽くした事があるのか?」もっともな言い分だわ。けれど、王太子殿下はつまらなさそうに言い捨てた。「今はまだ力及ばずとも、いずれ王位を継げば私は国を治める為に尽力致します。それで十分でしょう」王妃陛下が扇子で溜め息を隠すのが見えて、私は国王夫妻の苦労を垣間見た気持ちになったわ。仮にも立太子された身なのだから、王太子として国を案じなさいよ。まあ、実際に貧しい国民へ施している私を、身分や性別と年齢にそぐわないと言って蔑む時点でお察しだけれど。「ウィリード、お前はまだ青い。しかし王太子となったからには、王子だった頃のように城を抜け出し、平民を装って市街を見て歩く事は許されなくなる事は覚えておくように」国王陛下が苦虫を噛み潰したような面持ちで告げると、王太子殿下はあからさまな不満顔になった
──気を揉んでいるうちにも季節は移ろい、夏を迎えようとしていた。私が考えた洗髪粉と石鹸は貴族の間で定着し、廉価版が庶民にも広まりつつある。おかげで慈善事業も順調だ。私の名声は称賛をもって広まっていた。その間にも、ダリアは何とかして私に害をなそうとしていたものの、ベリテの力と私が持つ前世の記憶で防げていた。ダリアにはマストレットの他にまだ味方がいないから、出来る事は悪戯じみた悪さだけだ。前世を憶えている私を超える程の知識も経験も持たないダリアでは、太刀打ち出来ない。失敗する度に癇癪を起こすダリアはお父様にとっても頭痛の種ではあったものの、私のお母様を差し置いて愛した、愛人の子が残した娘だ。邪険には扱えないようだった。マストレットといえば、使用人にも卑屈な態度をとっていたが、お父様には誰に対しても謙虚で気遣いある接し方をする息子と捉えられていたらしい。あばたもえくぼとは、この事だ。そうして、ある日の朝餐で、ついに恐るべき時が来た。「マストレット、朝食を終えたら私の執務室に来なさい」「はい、父上。分かりました」二人のやり取りを見たベリテが難しい面持ちで私に告げた。「ガネーシャ、父親はどうやら書庫の鍵をマストレットに渡すつもりらしい」──鍵を?ついにこの時が来てしまったの?出来るだけ先延ばしにしようと頑張ってきていたのに。「マストレットはダリアに自慢するよ。何しろ公爵家の子息として認められたって事を意味するからね」──そんな事をしたらダリアが黙っていないわ。「だろうね。羨むだけじゃ済まない」ダリアも禁書のある書庫に入りたがるはずよ。公爵家の一員として、堂々と。これまでダリアは知り合いも作れずに引きこもっていたけれど、おとなしくしていてくれる訳がないわ。果たして、私が危惧する事は現実となった。その日の晩餐、ダリアが口を開いた。「お父様、マストレットお兄様が書庫の鍵を頂いたと聞きましたわ。ガネーシャお姉様もお持ちですし、私だけ頂けていないのは家族として認められていないようで悲しいです」「ダリア、お前にはまだ難しい書物や扱いの難しい物が多いんだ。理解しなさい」お父様はたしなめたけれど、ダリアは黙らなかった。「ですが、鍵のいらない書庫にさえ私はガネーシャお姉様に同伴して頂かなくては入れないままなのですもの……」ダリアがカトラリーを置