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隠された愛 ~ 「もう少し」ってあとどれくらい?
隠された愛 ~ 「もう少し」ってあとどれくらい?
Author: 酔夫人

1.

Author: 酔夫人
last update Last Updated: 2025-11-17 14:41:38

『大丈夫か?』

隣にいる男、李凱(リー・カイ)から異国訛りのある日本語で気づかわれた。

170cm弱あるから私も日本人女性としては背が高いほうだけど、190cmを超える凱の顔は遥か上にある。だから凱の顔を見るときは首の後ろがキュッとなるのだけど、こうして見上げる角度に慣れているのもは·も同じくらい背が高かったからだろうか。

いや……そうじゃない。

いけない。

浮かびかけた彼とのいい思い出を頭を振って追い払う。

『陽菜、無理ならやめよう』

頭を振った理由を凱には無理だと勘違いされた。でも、そうではない。大丈夫。だって、こんなチャンスは次はいつくるか分からない。

『大丈夫ですよ、···

“支社長”と役職をつけたことがトリガーとなって、凱の表情がやや硬くなった。英国に本社のある世界的に有名な建築事務所キャメロットの日本支社長に相応しい顔だ。

凱はこのパーティーに上客として招待されているから、おそらく·が自ら挨拶にくるだろう。

『大丈夫か?』

『うん』

『それなら、行こう』

凱の表情は“上等”と言わんばかりに満足気だったけど、その腕は“傍にいる”というように優しくて、私はこの腕に安心させられる。

 *

『しかし、周りの目が少々鬱陶しいな』

凱は不満げだけど、こんな視線に慣れていることを知っている。

品の良い顔立ちにアウトローの雰囲気を併せ持つ男。危険な魅力に満ちた凱に老若男女は目を奪われる。

特に女性。

彼女たちの視線は凱を搦めとらんばかりにギラギラと熱いし、その隣にいる私には鋭利は刃物のように鋭く刺さる。

『視線の主は美女たちよ?』

『美女なんてどこにいるんだい?』

わざとらしくキョロキョロとフロアを見渡した凱は私にウインクをする。

『俺がいまエスコートしている女性以上の美女を連れてきてくれないか?』

『馬鹿ね』

気障な台詞。

でも、凱にはよく似合っている。

『……ありがとう』

緊張をほぐしてくれた凱に感謝しながら、私たちはフロアを横断してバンケットホールに向かう。

ちらほらと見知った顔が増えてきた。

目的地が近い。

緊張が戻ってくる。

『俺を見て、My Dear』

凱の優しさと、甘さの籠った声に周囲が騒めく。向けられたのは私なのに、周囲の女性が被弾して顔を真っ赤にしていた。

うん、素晴らしい。

今日のパートナーに本当に相応しい。

 *

周囲の視線を独占しながら、凱と共に騒めきを引き連れてホールの入口に立つ。

扉の前にいたスーツ姿の男性がこちらを見た。

『ごめんなさい、靴のストラップが取れてしまったわ』

屈みこんで俯くと。しばらくしてきちんと磨かれた艶やかな黒い革靴が俯いた視界に入ってきた。

飾り気のない実直な靴。

とても彼らしい。

『Iお越しいただき光栄です、李社長』

『盛況ですね、黒崎さん』

『ありがとうございます。また改めて副社長とともにご挨拶に伺います』

頭上の挨拶をストラップを弄りながら、タイミングを見計らって顔をあげる。

『お連れの方も……』

私と目があった黒崎さんの目が驚きに見開かれた。

流暢だった英語がピタリと止まり、「え?」と抑えきれない驚きが音になった。

大手ゼネコン藤嶋建設の副社長の秘書を長年務める黒崎秘書室長。彼はゴシップになど興味はないから、凱が誰をエスコートしていようと気にしなかっただろう。でも、凱がエスコートしているのが私なら別の話。

そう思って仕掛けた。

でも予想以上に驚いた顔が見られて、満足しつつも驚いた。

「おく……陽菜さん」

……さすがは·の忠臣。

驚いていても·····『陽菜さん』と呼ばれたことに苛立つ。

でもそれを見せる場面ではない。

黒崎さんはまだ驚いたまま、その衝撃は去っていないからまだ私のほうが優位に立っている。

 *

『お久しぶりです』

笑って、首を傾げてみせる。

『意外なことですけれど、またこうしてお会いできて嬉しいです』

私の言葉に黒崎さんの顔が引きつる。

彼が悪いわけではないけれど、彼との最後はあまりよくなかったからここは許してもらいたいと思う。

『ミスタークロサキ。俺の連れに見惚れるのは構わないが、そろそろ仕事をしたらどうだ?』

凱の言葉に黒崎さんはハッとする。

彼にも言いたいことはあるだろう。

でも、そのどれもがこんな衆人環視の場では言うことはできないこと。

ちょっとした意趣返しだ。

そしてそれを黒崎さんも分かっている。

『愛しの彼女にいいところを見せたいんだ。満足にエスコートできないような男にしないでほしいな』

満足にエスコートできないような男……か。

周りにはどう聞こえたか分からないけれど、私と黒崎さんにはその意味が分かる。

ずいぶんと比喩のきいた強烈な皮肉だ。

凱、頼もしいくらいキレッキレ。

『大変申しわけありませんでした』

いろいろな意味に取れる謝罪を聞いたあと、凱の手を借りて着ていたコートを脱いで真っ赤なイブニングドレス姿になる。

これは勝負服。

目立たないよういつも地味な色の服ばかりを選んで着ていたのに、そんな私が初めて着たドレスが炎のように燃える赤だなんてね。

周りが騒めいた。

狙い通りだけど……ちょっと騒めき過ぎじゃない?

勝負服だからと勧められて着たけれど……柄でもないことをしてしまった?

かなり恥ずかしい。

黄色い悲鳴まで…………黄色い悲鳴?

『ヒナ、大丈夫、とてもよく似合っているから』

……そう言う凱に周りの視線は突き刺さっている。

凱ほど『お似合い』ではないよ。

艶やかな黒いスーツは華やかな風貌の凱にとてもよく似合ってる。

ファッション雑誌から抜け出てきたみたい。

私のイブニング姿よりもよほど見る価値ありますよ。

私は準備に三時間はかかったのに?

凱の準備なんて三十分もかからなかったのに?

『どうした?』

『凱の美ボディには神メイクも敵わない』

『なんだ、それ』

楽しそうに凱が笑うと、黄色い悲鳴の数が増した。

そう言えば、『氷の暴君』の異名を持つクールな凱が人前で笑うことは滅多にないんだっけ。笑ったとしても人を馬鹿にするような冷笑だとか。

つまりこの楽しそうに笑う顔は大変貴重なもの。

それを向けられている私の価値も上がる。

『うん、凱が味方なら何でもできる気がする』

『つまり?』

『予定通り先制パンチは続行よ』

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