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酔夫人
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Novels by 酔夫人

隠された愛 ~ 「もう少し」ってあとどれくらい?

隠された愛 ~ 「もう少し」ってあとどれくらい?

藤嶋陽菜は夫である蒼と恋愛結婚をしたが、蒼は二人の結婚はしばらく秘密にしたいという。 理由は、「いまは言えない」。 繰り返される、「もう少しだけ」。 表向きは他人の二人。 そんな二人の前に白川茉莉や李凱が現れる。 いまは言えない「秘密」を陽菜が聞く日はくるのか。
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Chapter: 幕間3-3(※)
「違いますけれど……その、久しぶりで……それに……」想像以上に大きい。あれ?こんなに大きなものだっけ? 「んっ!」「なるほど、大学4年のときだったか……だから狭いのか……」多分、違うと思う。「力を抜いていて、ゆっくり慣らすから」こういうところに慣れを感じるけれど、ありがたくもある。痛いのが好きというマゾではない。 藤嶋さんは腰を動かし、角度を変えて中を探りながら、私が息をつめれば腰を引いて、痛みから気を逸らすようにキスをしてくれる。宥めるように大きく動く舌に捕まって、ちゅうっと吸われる感触にゾクリとすると、また少しだけ奥に進む。 少しずつ。丁寧に。優しく。痛くないように。 性行為は、やることは単純。体の機能と生理的反応を利用して、刺激して濡らして入りやすいようにして、入れたら刺激して射精を促す。生理的反応は感情に直結し、気持ちいいと感じることで受ける刺激が強くなり、気持ちよさがいっそう増える。「んっ……よく濡れてる」まるで褒めるように、それでいて嬉しそうに言われれば、体の奥がまた開き、それを待っていたかのように熱いものが押し進む。性行為は本能的なものだから本性が出やすいと聞いたことがある。私の反応を探る目にも、より強く感じるところを見つけ出す指にも、女性の体に慣れた雰囲気は私の想像していた藤嶋さんらしいもの。でも、たまに壊れ物を扱うような慎重な手つきになったり、私の快感を引き出せたと喜んでくれるところは熟練ぽくなく、むしろ不慣れで……。 「陽菜!?」この人の最初の|女《ひと》になりたかった。
Last Updated: 2026-01-02
Chapter: 幕間3-2(※)
「んんっ」不慣れで拙い反応をする私に焦れたのか、藤嶋さんの舌が私に動き方を教えるように、リードするように舌を動かしはじめる。口内に溜まる二人分の唾液。くちゅくちゅと聞こえる厭らしい水音に、頭が茹りそうになる。 「ひうっ」耳に触れていた藤嶋さんの指が耳の穴に入り込むと、ぐちゃぐちゃという水音が脳で響く。それに合わせるように指が動いて、耳なのに、穴を圧迫される感触はまるでアレの疑似行為。気づけば私の頭は枕の上。背中には柔らかいベッドの感触。そして目の前には、私を見降ろす藤嶋さん。……いつの間に? 「赤だ」……赤?今日の私に赤いところなんて……っ!シャツのボタンがすべて外されていて、下着がお披露目されていた。いつの間にと驚きは増したが、予想以上にガン見している藤嶋さんに驚きは瞬く間に消えて、代わりに不安がダッシュでやってきた。どうしてだろう。この先、何があるか分かっているし、知ってもいるのに体が強張る。 「……怖い?」流石、髪の毛をちょっと切っただけでも分かる人はよく気づく。そう内心茶化してみるけど、頬を撫でる藤嶋さんの手が冷たくて、反射的に体が震える。 「これ以上はやっぱりやめたい?」これ以上……この先に進むことで、私と藤嶋さんの関係は確実に変わる。性行為が全てではないのだけれど、繋がることで生まれるものは確かにあって、繋がったことで一歩先に進み、その先で知れることもあれば、知りたくないことを知ることもあるだろう。「続けて、ほし……」「……ん」そう言うが早いか着ている自分のシャ
Last Updated: 2026-01-02
Chapter: 幕間3-1
なんで一人にしないでなんて言ってしまったんだろう。脱いだ蒼のスーツの上着が、蒼が履いている革靴の近くで丸まって、それを見ていたら体が蒼との距離が10センチも離れていないことに気づいた。私も蒼も肥満体形ではないけれど、成人二人で使うのは狭い場所。でもこの狭さが、安っぽくはないけれど高級感のないバスルームのシンプルな内装が、あのマンションを思い出させた。蒼と住んでいた青山のマンションではなくて、社会人2年目で引っ越した一人暮らしのマンション。……そういえば、あのときもこんな風に、狭いなって距離でくっついていたんだっけ。  *  【 過去 】いつもの居酒屋でいつも通り10時まで飲んでいた。恋人同士になってからは短くてもそれまで二人きりで飲み食いしていた期間をカウントすれば蒼との仲はそれなりに長くて、そうなりたくて、関係をすすめると決めていた。連れてきたのは私の部屋。それなのに、これまでのやり取りから何となく藤嶋さんにお持ち帰りされた気分になった。玄関扉を開けて、二人で中に入ったときから思っていた。狭い。私も藤嶋さんも肥満体形ではないのに、成人二人が並んで立つには狭い玄関。 「ここにはずっと住んでいるのか?」「社会人2年目に引っ越してきました」「それより前は?」「大学の近くのアパートです」何か気になるのかな?「最後の彼氏は、大学4年のときだっけ?」「卒業、就職で忙しくて、仕事に慣れるのに忙しくて、慣れたら暴君な上司がきてかなり忙しかったんです」モテないみたいな言われ方をしたから、事実モテはしないけれど、忙しいから彼氏を作る余裕はなかったのだと主張する。「忙しくさせてよかった」なんで?「この部屋に来た男は俺だけってことだろう?」「……そんなことを気にしていたんですか?」
Last Updated: 2026-01-01
Chapter: 54
「蒼……」陽菜の泣き声がピタリと止まった。「……蒼?」迷子の幼子を想像させる陽菜の声に俺のぐうっと喉が締めつけられると同時に、助けられたという安堵の思いが俺の体から力を奪う。この場にしゃがみ込んで泣きたくなった。「ああ、俺だよ」「蒼!」ガタンッとバスルームから大きな音が立ったと思ったら、ガタガタとドアノブが揺れた。壊れて、ぐらぐらのドアノブ。状況がどれだけ切羽詰まっていたのか、陽菜がどれほどの恐怖を感じていたかを垣間見えた。 「蒼っ!」扉がガタガタと揺れたあと、目の前の扉がどんどんと叩かれて揺れる。ぐらぐらになったドアノブが何度も大きく揺れる。「陽菜、落ち着いてくれ」「ドアを開けて、蒼。ここから出たいの」「もちろん、出すさ。でも、外からではこの扉が開かないんだ」俺の言葉に少し落ち着いたのか、陽菜はストッキングと肌着で扉とトイレを固定していると教えてくれた。「カッターを用意します」「……お願いします」動揺している陽菜に刃物を持たせることに迷いはしたが、扉を壊せばその大きな音で陽菜を怖がらせてしまう。「陽菜。いまドアの下からカッターを入れる」「分かった」カッターを差し入れると向こうから引っ張られた。カチカチと刃を出す音のあと、ジャッという音がした。扉が微かに揺れる。「ゆっくりでいいから、落ち着いて」……返事がない。ただジャクジャクと切る音だけが聞こえる。切る音が終わったとき、ドアがカタッと小さく揺れると同時に、どさっとバスルームで大きな音がした。「陽菜っ!」ドアを引いて空けて、目の前の光景にひゅうっと喉が絞まった。バスルームの床
Last Updated: 2026-01-01
Chapter: 53.呼ぶ声
『開かねえ、鍵をかけてやがる』『ふざけんな! 俺らを騙したのか?』ドアを蹴る暴力的な音に受付のスタッフの女性は顔色を青くしたが、俺たちを見て何かに気づいたように奥のスタッフルームに向かった。戻ってきた彼女の手には警察のものとは少し違う、警備員が来ている様な防具。「お使いください」「「ありがとう」」戸田刑事が「このホテルのスタッフは優秀ですね」と苦笑しているところを見るに、戸田刑事は俺と李凱に危険を理由にここで待機をさせたかったのだろう。でも、こんなヒナの悲鳴を聞いて、ここでジッとなんてしていられない。 「令状が取れました!」スタッフはすでに用意していたのか、15階の部屋番号を告げた。「男性二人に女性一人、お探しの情報に合っているのはこの部屋だけです。車椅子に座って眠っている女性を連れて男性がお二人でチェックインされました」戸田刑事は頷くと、ホテルのマネージャーに案内を頼んだとき……。  ガキンッさっきまでの重い音とは違う、少し軽い音、鍵が壊れる音にザッと血の気が下がった。『手こずらせやがって』『いやあっ』「陽菜っ!」「ヒナッ!」 『このアマッ!』『なにやってんだ、開けろ!』『扉が開かねえんだよ』『ふざけんなっ! かしてみろ』「……何かあったようですね」「陽菜がドアを押さえているのか?」「男二人の力相手にそれは無理でしょう。タオルかなにかを使ってドアを固定しているのではないでしょうか」戸田刑事が感心したような声を出したとき、エレベータが目的の部屋がある15階に着いた。 「こちらです」ホテルスタッフに先導される形で走っていたが、その男の足の遅さに焦れた李凱が彼の襟首をつかみ引き摺りながらスピードを上げた。
Last Updated: 2025-12-26
Chapter: 52.救出
俺と李凱に同時に届いたのは位置情報付きの陽菜からの|メッセージ《SOS》。「行きましょう」という戸田刑事の合図で俺たちは部屋を出て地下駐車場に向かった。 大勢の移動は社員の目を引き、大勢の目が向いたことに李凱が顔をしかめた。「この社内にはシラカワのスパイがいるだろう? 警察が来ていることを知られてらどうする?」「それは……「ご安心ください」」黒崎妹が割り込む。「李社長が副社長室で大暴れしたため警察を呼んだと説明してあります」……合っている様な、合っていない様な……。「おい……俺の評判はどうなるんだ?」「異母妹の為、そんなものドブに捨てられなくてどうするんです」言い切った……思わず俺は兄である黒崎を見た。スッと視線を逸らす黒崎にいろいろ察した。 GPSの示したのは都内のホテル。戸田刑事の指示で覆面パトカーが周辺を包囲していくらしい。ホテルまであと少しというところで、李凱のスマホに陽菜から電話がかかってきた。李凱がスピーカーにする。陽菜と、男二人の声が聞こえた。 『李凱の女のストリップだ』 「……全員殺してやる」「ヒナに触れたら殺してやる」俺と李凱の口から同時に漏れた声と冷たい怒りが車内を満たした。 「藤嶋さん、李さん。|警察《我々》の手前、そのような発言はお控えいただけると……「「そっちが耳を塞いでくれ」」」 私服の警官が封鎖している入口を通ってホテル内に入る。物々しい雰囲気にロビーにいた人たちの顔が好奇心に駆られたものになるのを横目に見ながら、俺たちは戸田刑事を先頭にフロントに向かった。このホテル
Last Updated: 2025-12-26
知らないまま、愛してた

知らないまま、愛してた

新月の夜、花嶺桔梗は純潔を失い、家族と婚約者に捨てられた。そして彼女は家政婦の東国美香として生きていくことを決めた。
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Chapter: 44
「少し失礼します」それに気づいたのは桔梗のほうが早くて、彼女は俺から離れると少し急ぎ足で一人の女性のもとに向かった。桔梗の唇の動きから、掛けた言葉は『大丈夫ですか?』。声をかけられた女性はさっきまでの困り顔に安堵を浮かべる。桔梗が行くのが見えたのだろう。母さんや祖母さんは動かず、それまで通り、そこで談笑を続けていた。 30分ほど前から、こんなことがよく起きている。異変を感じ取るのは桔梗のほうが早く、あちこちに行ってトラブルを解決し、そして俺のもとに戻ってくる。解決できたという顔は誇らしさよりも大事でなかったことを安堵していて、そんな桔梗の姿を俺は誇らしく感じる。数分前よりさらに俺を惚れさせる桔梗。そんな彼女が当たり前のように、俺のところにまっすぐ戻ってくる姿に嬉しくなる。 「さっきからよく動き回って」「よく気がつくお嬢さんね」「気遣いも細やかで、蓮司さんもいいお嫁さんをもらいましたね」「はい、私には勿体ない女性です」俺たちの会話が聞こえたのだろう。少し離れたところにいた、過去に自分たちの娘を俺の嫁にと進めてきた夫婦が悔しげに顔を歪める。今日この場で桔梗を貶めるのは無理でも、いつかどこかでと桔梗の悪いところを探していたのだろう……ふんっ。 「花嶺家のご長女の桔梗さんといえばあまりいい噂を聞かなくて、あの明美さんのお嬢さんがと思ったけれど」「どうしてこんないい子にあんな噂が流れたのかしら」「それは気になりますね」好奇心とは人を動かすエネルギーであり、ここに集う文化界の人たちのその好奇心はとても大きく、探究心は並外れている。 噂には、それが流れて得をする者と損をする者がおり、誰が何のためにと考えると、“誰が”は得をした者であることが多い。
Last Updated: 2026-01-02
Chapter: 43
「桔梗、大丈夫か? 何か手伝うか?」台所で動き回る桔梗に声をかける。正直に言えば俺が台所で戦力になるとは欠片も思えないが、だからと言ってボーッと見ているのも気が引けてしまう。「大丈夫です。それよりも誠司の様子はどうですか?」「ぐっすり寝ているよ」俺の言葉に、良かったと笑う桔梗の顔はとても楽しそうだ。彼女の顔に陰りがなくなったことは喜ばしいが、これを引き出せたのが朋美や母さんであったことに悔しさを覚える。 「お兄、すっごくいい匂いがするんだけど」「食いたいならお前も参加しろ」「今日の参加者の前で食事をする勇気なんてないよ」ラスボスから始めず村人Aとの会話から始めなよと、ぼやく朋美に苦笑しつつも内心は同意する。 ―― お客様を選んでうちのお茶会に招待して、少しずつ桔梗さんという人を知ってもらいましょう。これが母さんの今回の計画。 桔梗には素行が悪いという噂と、婚約者のいる俺を寝取ったという不名誉な噂がある。桔梗を表に出しつつも、この噂を始めとして話題を完璧にコントロールし、なおかつ桔梗にとって好ましくないであろう人物を近づけない方法。それが桐谷邸でのお茶会の開催。参加者は俺たちが厳選し、桐谷家の当主である祖父・桐谷勝司の名前で招待状を出した。ここで俺たち夫婦を紹介し、少しずつ桔梗の人柄を知ってもらおうという作戦。祖母さんが威圧し、母さんが睨みをきかせている会場で桔梗に無礼な態度をとれる度胸のある者はおらず、その状態で桔梗がもてなせば絶対に堕ちるというのが祖父さんと父さんの意見だった。 社交には3つの派閥がある。財界・企業・投資家を中心としたこの国の金を握る経済界。国会議員や官僚その他に地方の名家を中心とした伝統や権威を背景にした政界。芸術家や大学教授など精神的権威を持つ文化界。この3つが基本的には対立し、均衡を保っている。 
Last Updated: 2026-01-02
Chapter: 42.
「朋美、今週の金曜日の夜の予定は空いているか?」「どうして?」取引先のセレモニーに呼ばれたのだと説明したら、朋美は奇妙な顔をした。「私?」「ああ。武美は外せない勉強会があるらしくてさ」「武美ちゃんねえ……武美ちゃんが無理なら秘書を連れていけば?」「そう思ったんだけど、武司にやめとけって言われた」なんだ?さっき武司にも「武美が無理だから秘書ってか……やめたほうがいいぞ」と言われた。 「お兄、マジで分かってないの?」「何が? 言いたいことがあるならハッキリ言え」「それじゃあ言うけど、桔梗さんと離婚するならお兄がこの家を出ていってね」「はあ?」「当たり前でしょう。桔梗さんは食の女神、誠ちゃんは癒しの天使。要らないのはお兄だけじゃん」「いや、そもそも離婚ってなんだよ」「離婚されるのも時間の問題だって言っているの。武司兄さんだって気づいているのに、なんで気づかないかな」  * 出社して武司に朋美とのやり取りを話したら、「マジで言ってる?」と武司に呆れられた。 「お前さ、イベントには桔梗さんじゃなくて武美や秘書を同伴しているだろう?」「当たり前だろう」 彼女は父親の花嶺辰治がきたあの日、彼女は頭痛を訴えて意識を失った。心療内科医に相談したら、何か記憶を揺さぶることがあったのかもしれないと言われた。彼女が病気、全てを忘れてしまった理由はあの夜だろう。だから、彼女が記憶を戻すなら、そのキッカケはあの夜に関係することに違いない。 彼女が全てを思い出す日がくることを、覚悟できていた……はずだった。でも、どこかで彼女はずっと思い出さないんじゃないかなと思っていた。あの日、彼女が思い出しかけたと知って、心底
Last Updated: 2026-01-01
Chapter: 41.
1年にも満たない私の記憶の中で、蓮司さんに何度「無理はするな」と言われただろう。妊娠中や出産直後は、「無理はするな」は私を気遣ってくれる蓮司さんの優しさなのだと、「無理はするな」という言葉に素直に頷けた。何でとか、何のためにとか、無理な何かが分かっていたから。 でも、いまは?何が無理なのだろう? 子どもは生まれた。もう妊婦じゃない。誠司が生まれて6ヶ月もたった。出産後の回復は順調って言われたし、生理がくれば完全ではなくてもほぼ妊娠前の体に戻ると言われていた。その生理は、もう3ヶ月前に来た。 何もさせてもらえないわけではない。家の中でのことなら「無理はするな」という言葉でダメとは言わない。「無理はするなよ」と心配してくれるのは同じだけれど、私の希望を受け入れてくれる。 家に閉じ込められているわけではない。買い物だって、「無理はするなよ」と心配されて誰かが一緒にいくけれど自由に行っている。テレビをみていきたいお店があれば、蓮司さんが休みを取って一緒にいってくれる。 会社や桐谷家の対外的なお付き合いのときのことだけ「無理するな」と言われる。そして「武美がやるから大丈夫」と言う。武美さんが無理なら、「秘書がやるから大丈夫」。秘書さえも都合がつかない場合は「朋美が頑張るから大丈夫」。 頑張れば私だってと思うのは、私の奢りだろうか。  * 「ねえ」聞いたことのない声に振り返ると、見たことのない若い女性がいた。そういえば朋美さんが今日は友だちと家で課題をやると言っていた。彼女がその友だちだろうか。「どうかしましたか?」「朋美の部屋が分からなくなったのだけれど、どこかしら?」やはり朋美さんの友だちだったらしい。
Last Updated: 2026-01-01
Chapter: 40.
「あっ、あー」 抱っこしながら体を揺らすと、腕に抱いた赤子が機嫌のよい声をあげた。 桐谷|誠司《せいじ》。 いま桐谷家はこの生後6ヶ月の誠司に支配されている。 特に、彼得意の「あっ、あー」については、蓮司さんはパパ、お義母様はバーバ、誰を呼んでいるかの熱い議論を交わしている。私としてはママじゃないかなと思っているのだけど……。 「何か楽しいことがあった?」! 「蓮司さん」 振り返ると蓮司さんが戸口に立っていて、口角をあげて私たちを見ていた。口角が上がっている。WEBミーティングと聞いていたけれど、なにか良いことがあったのだろうか。 「終わりましたか?」「ああ」頷きながら蓮司さんが差し出した手に、誠司が早速そっちに行きたいって暴れるから、苦笑しながら蓮司さんの手に誠司を委ねる。 「今週の金曜日、帰りが遅くなる。取引先のセレモニーに呼ばれた」蓮司さんの言葉に思わず顔が強張る。「どうした?」そう尋ねる顔には何かを探るようなものはなく、これは自分の邪推で、何でもないのに私が穿った見方しているのだと痛感させられた。でも……。「あの……っ」スマホの着信……蓮司さんのスマホだ。 「すまない、ちょっと待っててくれ……なんだ、武美?」 ……武美さん。「ああ、読んでくれたか? そう、今週の金曜日……うん」やっぱり、セレモニーには武美さんを誘っていたんだ。「無理? ……いや、急にごめん。いや、大丈夫。武美が無理なら秘書に頼むから」まずは武美さんで、武美さんが無理なら秘書。「え? まあ、急だからな。ああ、うん。まあ、それなら最悪、朋美に頼むから」最悪が、朋美さん?それなら、声をかけられない私は何だろう? 「ああ、じゃあな」 電話を終えたスマホ
Last Updated: 2025-12-31
Chapter: 39.
「困ります!」廊下の向こうで看護師の女性の慌てた声がして、蓮司さんと顔を見合わせて、同時に扉のほうを見たとき――。「桔梗」突然扉があいて、中年の男性が入ってきた。誰? 「花岡辰治だ」「……ああ」花嶺辰治は花嶺桔梗の父親、つまり私の父親。……それにしても。 「父親に向かってなんだその目は」「……申しわけありません」本当に、事実がそれに相応する感情を湧かせるとは限らないと実感する。父親という事実を知っても、父親だからと慕う気持ちは湧いてこない。 心療内科医の先生によると、好き嫌いという感覚は記憶を失おうと変わらないらしい。人間の本質は変わらないからと言っていいとのことで、ノックもなく、私の顔も見ずにスマホを眺めながら歩いてくるこの人を私は好きになれない。だから、『私』もこの人がきっと嫌いだった。 「相変わらず生意気だな」相変わらずだというこの人の中で、私と『私』は同じ。いま私が向けている感情を『私』もこの人に向けていたのだろうという証。 感情の問題は難しそうで、意外と単純そうだ。嫌いなものは、やっぱり嫌い。好きなものは、やっぱり好き。  * 「ノックくらいしたらどうですか?」私たちの会話に割り込んできたのは蓮司さん。蓮司さんに気づいて、花嶺辰治は私に向けた苛立たし気な表情を驚きに変えた。 「ど、どうしてここに?」「面白いことを言いますね」面白いことと言っているけれど、口角はあがっておらず、声は平坦で目は冷たい。「私は彼女の婚約者ですから。父親気分で来ているあなたに『どうして』と問われる理由があ
Last Updated: 2025-12-31
幽霊聖女は騎士公爵の愛で生きる

幽霊聖女は騎士公爵の愛で生きる

十七年前のあの日、「聖女」は死んだ。 でも「私」は生きている。 私は父伯爵に異母妹ラシャータの代わりに彼女の婚約者アレックス・ウィンスロープ公爵に嫁げと言われた。 彼は異母妹の自慢の婚約者だったが、魔物との戦いで呪われたという。 二十歳、初めての外の世界。 そこにはたくさんの「愛」があった。
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Chapter: 45.侍女ロシェットの観察②
「お義姉様が作られたこのクッキーは絶品ですわ。いくらでも食べられますわ」「ありがとうございます。オリヴィアが食べてくれると思うと、作るのもとても楽しいのです。いつでも作りますからね」オリヴィアは義妹の特権とかいう訳の分からないものを振りかざしてレティーシャに甘えまくっている。レティーシャも甘えられることが新鮮なのか、嬉しそうにオリヴィアを甘やかしている。甘やかされてメロメロになるオリヴィア。 メロメロのオリヴィアは可愛いとさらに甘やかすレティーシャ。無限ループに陥っている。二人は朝から晩まで一緒。 一緒に寝ることもあるので、晩から朝までも一緒。そんな二人にアレックスは焦れている。 この状態なので、ほぼ毎日焦れている。先ほどもレティーシャにクッキーを作ってもらうのだと自慢するオリヴィア相手に狡いと騒ぎ、「そのクッキー、絶対に残しておけよ! 当主命令だ!」などと言っていた。(……まあ、守ってはおりますけどね)当主命令だから、オリヴィアはそれを守ってちゃんと残していた。 一枚だけ、別皿に取り分けてある。これは「たくさん食べて下さいね」とレティーシャが言ったからだ。当主命令も聞きつつ、レティーシャのお願いも同時に適える見事さにロシェットは感心していた。同じ大きさの二枚の皿の上、一方は山盛りなのにもう一方は一枚ちょこんと乗っているだけ。少なさが妙に際立つ嫌がらせである。 先日、主要な使用人がオリヴィアによって集められ『奥様に旦那様と離婚したいと思わせないための作戦会議』が開かれた。ネーミングセンスは問いたいがテーマは分かりやすかった。レティーシャが離婚したい、つまりウィンスロープ邸を出ていきたいと思うとしたら原因は二つ。「一つは住み心地が悪い。でもこれは問題ないと思うの。お義姉様は毎日満足そうだもの。そうなると問題はもう一つのほう、アレク兄様との結婚は嫌とお義姉様が思ってしまうことだわ」そうならないために、初めのうちはレティーシャが好みそうなロマンスを演出するなど意味のある話し合いが行われた
Last Updated: 2026-01-02
Chapter: 44.侍女ロシェットの観察①
「奥様、鼠が数匹邸内に入り込みました」「まあ、また?」(首を傾げる奥様、とても可愛らしい) 「鼠を駆除するため、邸内が騒がしくなります。しばらくオリヴィア様と温室でお過ごしくださいませ」「分かりました。それでしたら、お茶の用意も……お、お願いするわ」(使用人に命令することを慣れようとする奥様、たどたどしさが尊いわ) 最近、ウィンスロープ公爵邸には|不届き者《鼠》の侵入が増えている。屋敷の周りにいる奴らに対して「目障り」「奥様の目に留めるわけにはいかない」「先手必勝」などと使用人の意見がアレックスのもとに殺到したため、アレックスはわざと隙を作って鼠たちを迎え撃つ形に作戦を変更することになったことも一因である。鼠たちは大した手練れでもないため、その駆除は手の空いている者が担当することになった。だから、多くの使用人がその「手の空いている者」になるため、毎日せっせと働き自分のノルマを一生懸命こなしている。レティーシャの聖女の力で肩こり、腰痛、失恋の痛みなど、いろいろなものを治してもらった者たちの恩返しだった。使用人たちの良い働きにグレイブやソフィアたち幹部職は非常に満足している。 (今回も大勢参加しているわね)温室から見える屋敷は貴族宅とは思えないほど賑やかである。剣が金属製の何かにぶつかる甲高い音、小規模ながら魔法を使っている音もした。(次回からは拳のみ使うように進言いたしましょう。切り傷や焼け焦げた跡のある場所を奥様に歩かせるわけにはいかないもの)そんなお祭り騒ぎの邸はレティーシャにも見えているはずだが、レティーシャは「大変ね」の一言ですませている。「私、よく効く殺鼠剤の作り方を知っているから、あちこちに置いてみたらどうかしら」(奥様……大変お可愛いらしい)レティーシャの可愛さにロシェットの内心はくねくねと悶えているのだが、表面上はスンとした無表情で凛とした立ち姿である。 「お義姉様、大丈夫でしたか?」数人の騎士に囲ま
Last Updated: 2026-01-01
Chapter: 43.妹の突撃訪問②
「何するのです!」「何って、お前が突然こっちに来るからだろう。俺は【いい人だから心配するな】と報告したじゃないか」「食べ物につられるケヴィン兄様は信用できません」ぷいっとそっぽを向いたオリヴィアに『はあ?』とケヴィンは思い、アレックスを見た。「兄貴もオリーに何か言って……兄貴?」「食べ物につられる、な」「……兄貴、あのサンドイッチの件は謝ったじゃないか」アレックスはふうっとため息を吐いた。弟に引き続き妹ともかなり久し振りの再会となるのだが、突然過ぎるし、慌ただしいしで、全くジンッとこなかった。「何か言ってやりたいのは私のほうですわ。 アレク兄様もアレク兄様です!」「……確かに連絡を遅れたのは悪かったと思う。あの怪我ではお前にもずいぶん心配をかけてしまったな」「お兄様……」回復は絶望的だという報告を受けたときの悲しみ、回復の可能性が出てきたと報告を受けたときの希望、そして完治の知らせを受けたときの歓喜。あの日々を思い出したオリヴィアは胸がぐっと詰まる思いだった。「でも【妻のことは心配ない】と連絡しただろう?」アレックスの『妻』発言に、グッと胸を詰めたものは消えた。「妻! あの女と呼んでいたお兄様はいつから妻と呼ぶようになったのです。天地がひっくり返ってもあの女と結婚することはない、心配するなと仰っていたのに」「あのな……」「分かっておりますわ。お兄様は相手が『中身がどんな性悪であっても器がよければやることやれる』ところりと共にベッドに寝転がる、外見至上主義の極致なようなお考えの持ち主ですものね。あの女、顔だけは確かにお兄様の好みど真ん中ですものね」さすが三花、過去に絡んできた女性たちから伝え聞いたアレックスの艶聞から、ラシャータの中身は嫌いだが見た目は実は好みであることをオリヴィアは見抜いていた。そのあたり、聞いた数が多いから精度も高い。「&
Last Updated: 2025-12-28
Chapter: 42.妹の突撃訪問①
「あの悪女がいい人ですって……ケヴィンお兄様……ミイラ取りがミイラ取りになりやがりましたわ」アレックスのラブラブ王都デートの新聞記事に驚いたのは彼の弟のケヴィンだけではない。妹のオリヴィアも「どうしちゃったの、お兄様!」となった。オリヴィアは滞在している婚約者の領地(ウィンスロープ領の隣)から急いで実家にいき、領主代理のケヴィンの胸倉をつかみ、兄妹はその日は深夜まで話し合った。そして、機動力の高いケヴィンが王都に行くことで話がついた。ケヴィンは「義理を感じてあの女を追い出せないに違いない。俺があの女を追い出してくる」と言い、そんな次兄の姿に頼もしさを感じ、王都に行くならとついでにいま王都で人気の化粧品をお土産に頼んでケヴィンを送り出した。そしてようやく、首を長くして待っていたケヴィンからの報告の手紙を手にしたわけだが――。「【いい人だった。安心しろ】ですって!?」オリヴィアはケヴィンからの手紙をぐしゃりと丸めた。「オリー、落ち着いて。仕方がないよ、ケヴィン兄さんにとって美味しいものをくれる人は漏れなく全員“いい人”だから」オリヴィアを宥めるのは隣の領地を治めるピッカート伯爵家の長男ソーン、彼女の婚約者。ウィンスロープ領を間に挟んで両隣にあるグロッタ領とピッカート領の領主三家は仲がよく、子どもたちの交流も昔から盛んで、ケヴィンはグロッタ領主のご令嬢と婚約している。ソーンはオリヴィアと同じ年、彼女の兄たちであるアレックスとケヴィンを自分の兄のように慕っている。慕っているが、ケヴィンに対する評価はなかなかもの。それはそれ、ソーンは公平な評価ができる人なのである。「ソーン……あの兄って、そんな?」「ざっくり言うと、そんなだよね。それで、アレク兄さんからも手紙がきたんだろ? そっちにはなんて?」「心配かけたことを詫びる内容と……【妻のことは心配ない。いい人だから】って」「兄弟だ
Last Updated: 2025-12-27
Chapter: 41.弟の突撃訪問②
「結論から先に言う。あの女性はラシャータではない」「やっぱりな。変身魔法で誰かにラシャータの振りをさせているんだな」誰が用意したか分からないが、ずいぶんと下手な役者を用意したものだとケヴィンは思った。「ラシャータではないが聖女だ」「は? 新しい聖女が生まれたなんて聞いてないぞ」「……あのな。お前の目には彼女が赤子に見えたのか?」「いや……大人の女だった」年齢はオリヴィアと同じくらいで、ラシャータに似ていた……厨房で見た女を思い出しながらケヴィンが両手で女性の体を象ってみせると、目の前にアレックスのペンが飛んできた。「危なっ」「下品な目で彼女を見るな」「だからって……弟を殺す気か?」止めた万年筆を呆れたように回して見せると、グレイブがふうっとため息を吐いた。「いま旦那様は初恋の続きでウッキウキなのです。冗談は通じません」(まさか……)「聖女レティーシャ? あの、三歳で亡くなった? え、生きていたよな?」「当り前だ」「え…………ええええ。」「驚かせて……」「やったじゃん、初恋の君! 兄貴の初恋か、あの兄貴の初恋か。食い散らかしてポイ捨てがデフォルトの兄貴の初恋かあ……え、ちゃんと初々しいの?」「……大事なのはそっちか?」 そしてケヴィンはアレックスたちからこれまでの経緯を聞いた。スフィア伯爵がラシャータを養女にしてまで表舞台に出そうとしていることを聞いて、莫迦だなとケヴィンは思った。「で、これは誰のシナリオ? ……といっても、できたのは一人しかいないか」「そうだな。この国で王命を出せる
Last Updated: 2025-12-26
Chapter: 40.弟の突撃訪問①
ケヴィンにとってアレックスは自慢の兄。仲がよいから気心も知れていて、誰よりも強くて頼りになる|当主《上司》だ。スタンピードの最前線に立つと聞いたときも、心配ではあったがアレックスなら大丈夫と心のどこかで思っていた。実際、最初の数日は予想通りの報告を受けていた。不眠不休で戦っている。三面六臂の活躍をしている流石は兄貴とケヴィンは思っていた。そのアレックスが倒れたと聞いたとき、始めは冗談だと思った。もしかしたら疲れたのかもしれない。休めば治ると、まさかアレックスが死線を彷徨うことになるなど思ってもいなかった。目が覚めたという連絡がすぐに来るはず。そんなことを思いながら、ケヴィンは領主代理として周辺の領主たちと国境線の維持に努めた。アレックスの不在を知った周辺各国や蛮族たちがいい気になり始めていたから。すぐにいい報せがくる。そう信じるケヴィンを嘲笑うようにアレックスの容体はよくならない。それどころか悪化するばかり。グレイブから「いつでも王都に来られるように準備をしておいてください」と連絡を受けたときは、、アレックスが死んでしまうに違いないとケヴィンはオリヴィアと一緒に泣いた。アレックスが倒れて半年、国王が王命を出した。スフィア伯爵家に出されたものだったが、ケヴィンからしてみれば「アレックスと結婚させてやるから治せ」というもの。ラシャータを公爵夫人として受け入れろというウィンスロープへの命令に思えた。当時のアレックスは体のあちこちを腐らせ、かろうじて生きてはいるという状態だった。そんな状態のアレックスをあのラシャータが治すだろうか。なにしろ聖女なんて肩書だけ、ラシャータはアレックスを殺して自由になるのではないか。グレイブにはラシャータを厳しく監視し、小まめに報告するように言いつけた。そして、報告にケヴィンは目を疑った。ラシャータはアレックスの傍を離れず、治癒力を使うだけでなく少しでもアレックスが心地よいようにと腐臭のする体を拭いて清めているという。ラシャータの豹変についてはオリヴィアのほうが冷静だった。何が目的であってもアレックスを治すならいいではないか。つまり、アレックスを治せ
Last Updated: 2025-12-25
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