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3ー9

last update Last Updated: 2025-05-22 17:30:16

*   *   *

 九月下旬に修一郎は福岡支店の営業職として転勤することになったと発表された。事実上の左遷である。

 デザイン部から営業職に変わる人は社内では初めてらしい。

 修一郎が転勤する最後の日まで、私と言葉を交わすことはなかった。

 同じ会社で働いている限り、またどこかで会うかもしれないけれど、本当にこれで修一郎と別れることができると思えた。

 さようなら、修一郎。

 十月になり、岩本君がアメリカに飛び立つ日になった。

 有給休暇をもらって私は空港に見送りにいく。

「真歩さん。しばらく会えないと思うと寂しくなってきました」

 守る時は守ってくれて、しっかりしている時はかなりしっかりしていて頼れる存在なのに、こういう時に甘えてくるので私の胸はかき乱されてしまう。

 私だって会えなくなってしまうのはすごく寂しい。

 お泊りして、朝まで一緒に過ごしていたのだから。

「休みが取れたら会いに行こうかな」

「ぜひ!」

 私は手を差し出した。岩本君はかっちりと握手を交わしてくれる。

「頑張ってきてね」

「はい。毎日連絡します」

 そのまま手をぐっと引っ張って思いっきり抱きしめられた。そして公の場だというのに唇に優しくキスをされたのだ。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 彼は颯爽と歩き出す。こちらを振り返って何度も手を振りながら。

 岩本君がアメリカに行ってから一ヶ月後、私の作品は無事コンペで選ばれた。

 そして正式にゲームパッケージとしてクライアントに案を提出することになった。

 修正や予算案を詰めていく作業があり、連日残業続きだったけれど、夢を叶えるために私は奮闘していた。

 クライアントに無事に提出し、素晴らしいアイディアだと絶賛されて来年の春に発売されることになった。

『おめでとうございます』

 パソコンの画面に映っているのは、オンラインでつながっている岩本君だ。お祝いだからと彼はシャンパンを手に持っている。

 私が寂しくないように頻繁にメッセージを送ってくれて、時間が合う時はオンラインで話をしているから遠い地にいるという感じはしなかった。

『ご友人も喜んでくれていますね』

「うん。ゲームが発売されたらお墓に行ってこようと思ってるの」

『真歩さんが頑張っている姿が自分にもいい刺激になってますよ』

「私こそ、岩本君のおかげ」

『そうですか? では、ご褒
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  • 隠れ御曹司の溺愛に身も心も包まれて   3ー8

     その日の夜。引越し先が決まり荷造りをしていると岩本君が帰宅した。「裏で動いてくれていたんだね。本当にありがとう」「いえ。それで相野さんがコンペ用に最初に考えていた案を何とか使ってもらえないかとお願いしているのですが……」 私は首を横に振る。「あのことがあったおかげで、コンペに出せた作品がさらに洗練されたものになったと思うの。辛い経験だったけど、今はこれでよかったなと思っている」 彼は優しそうな表情を浮かべて頷いた。「そう言ってくれるなら安心しました。僕がアメリカに行ってからコンペの結果が出るのですね」 そうなのだ。どんな結果になったとしても受け止めるつもりでいたけれど、できればそばで見守ってもらいたかった。「本当に引っ越ししてしまうんですね」「無事に家を見つけることができたから、今までお世話になって本当にありがとうございました」 心から寂しいと言った目をする岩本君が急に後ろから抱きしめてきた。「ちょっと……」「嫌ですか?」「……ううん。でも、年の差もあるしふさわしい人がいるんじゃないかなと思って」「僕がふさわしいと思ったのは真歩さんですよ」「ありがとう」 岩本君が私の目の前に回ってきて、ずっと瞳を見つめてくる。「もし辛いなら一緒にアメリカに行きませんか?」「辛いけれど、必ずわかってくれる人がいる。私は自分の作り出したアイディアたちに様々な色を込めたの。『私を見て』って。もう少し頑張ってこの世界で勝負をしていきたい」 岩本君が深く頷いた。「その言葉を聞いて安心しました。僕も半年アメリカで頑張ってきます。戻ってきたら、その時はプロポーズさせてもらおうと思います」 まっすぐな彼の言葉が矢のように胸に突き刺さる。 彼の自分を見てほしいというアピールがものすごく強いかもしれない。「わかった。私も頑張ってるから」「ええ」 自分の会社の御曹司との恋愛というのは、かなりハードルが高いかもしれないけれど、御曹司だから好きになったわけではなく、好きになった人がたまたま御曹司だった。 様々な困難はあると思うけど乗り越えていきたい。 私と岩本君はゆっくりと顔を近づけてキスをした。

  • 隠れ御曹司の溺愛に身も心も包まれて   3ー7

       *   *   * 修一郎は元彼氏だったのかと思うほど、毎日のように私に冷たい視線を向けていた。 そんな中、就業時間が終わる頃、課長が号令をかけた。「残業中の方もいるかと思いますが、皆さんにここでお知らせがある」 そう言うと課長は岩本君に目配せをし、彼が立ち上がった。「アメリカへ飛び立つ日が迫ってきたので、岩本さんから一言挨拶があります」 あと二週間で岩本君はアメリカに行ってしまうのだ。当たり前に近くにいたからいなくなるなんて想像できない。「短い間でしたがいろいろ教えていただき心から感謝します。実は皆さんにはお伝えしていなかったのですが、僕は社長の息子です。身分を隠して現場に入り仕事をしてきなさいと言われこちらで働かせていただいておりました。デザイン部というのは我が社の中枢の部門であります。間近で働く姿を見て本当に勉強になりました。アメリカに行き経営のことを学びつつ、役員の一人として、来年からもお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします」 ほとんどの社員は驚いたようで目を大きく見開いていたが拍手が湧き上がった。 挨拶が終わると、課長は私と修一郎を呼び出す。 打ち合わせ室に行くとそこには岩本君と部長もいた。「事実を伝えるべく、調査報告を発表させてもらいます。こちらに関しては社長の決済も下りている案件です」 何が起きるのだろう。このメンバーが集まっているということは、私のアイディアが盗まれた件についてに違いない。「相野さんのデザイン案が使用されたという件についてです」 場の空気が凍りつき、修一郎は顔色がだんだん青くなっていく。 私はこの話はうやむやになるのではないかと思っていたが、会社としてしっかりと調査してくれていたということに感謝の念を抱いた。「ある日、就業時間が過ぎ人がいなくなった頃、僕は忘れ物を取りに部署に入りました。相野さんともう一人の社員が仕事をしているところでした」 それは修一郎のことを言っているのだろう。「僕と相野さんがコンビニに買い出しに行くことになって。ただなんとなく気になって僕だけもう一度部署に戻ったんです。すると相野さんのパソコンを真剣に見ている人がいました。ただ見ているだけではアイディアを盗んだかどうかなどは判断できかねます。そこで社内の監視カメラの解析と、パソコンのアクセス解析等を専門業者に確

  • 隠れ御曹司の溺愛に身も心も包まれて   3ー6

     それでも気持ちを切り替えて仕事に励んでいると、社長室に呼び出しされた。 一体何が起きてしまったのかと不安になりながら訪れると、そこには岩本君の姿もある。 私と岩本君は並んで座り目の前に社長が腰をかけた。岩本君とそっくりで年齢を重ねるとこういう風になるのだろうと想像できる。ダンディで素敵な社長だ。 社長賞をもらったこともあり、何度か話をしたこともあるが、こうして呼び出しされたことはない。「相野さん、君は優秀な社員だということはわかっているんだが……」 含みを持たせた言い方だ。「うちの息子に手を出しているそうだな」「そ、そんなことありません」「家に転がり込んでいるという話を聞いた」「ですから先ほどから説明している通りで」 岩本君が必死で弁解しているが、社長は私に対しては厳しい視線を向けていた。「まだ息子は若いんだ。これからの将来だってある。たぶらかさないでくれ」「私はそんなこと」「父さん。今の僕があるのは相野さんのおかげなんだ。そうでなければこの会社を継ごうと思っていなかったんだから。相野さんは僕のことをどう思っているかわからないけれど、僕は彼女しかいないと思っている」 自分の父親の前でそんなにはっきり言う人を見たことがなかったので私は言葉を失ってしまった。 いつもどちらかというと冷静なのに、今はかなり必死で話をしている。それだけ私のことを思っていてくれるという証拠なのだ。「社長のおっしゃる通り、年上の私が家にいると知られたら心配で仕方がないと思いますが、健全なのでご安心ください。家も見つかっているので今週末にはに引っ越しするのでご安心ください」 私が言うと社長は顎を擦りながら何か考えているようだ。「圭介、お前も将来があるんだからしっかりと考えろ」「……」 岩本君は悔しそうに黙り込んでしまった。  その日の夜家に戻ると、岩本君はすごく落ち込んでいるようだった。「ごめんなさい。父が失礼なことを言って」「親として心配するのは当たり前のことだと思うよ。私も頼ってしまって本当にごめんなさい」「相野さん。僕、必ず立派な男になって認めさせますから。ですからどうか待っていてください」 なぜかわからないけれど愛しい気持ちが胸の中をいっぱいに満たしていく。元彼には感じなかった感情で、これは母性なのかとも思ったが、もっと大きくて優しくて

  • 隠れ御曹司の溺愛に身も心も包まれて   3ー5

     しばらくして私と修一郎が課長から打ち合わせ室に呼び出しをされた。そこには部長まで座っていた。「田辺君、単刀直入に聞くが素直に答えてほしい。昨日出してくれて通った案は相野さんのアイディアたったと聞いたが?」 驚いたような顔をした修一郎だったが、首かしげている。「何の話ですか?」 しらばっくれるつもりでいるのだ。ここまで最低なことをする人とは思っていなかったので強い衝撃を受けてしまった。「ちょっと待ってください。自分が疑われてるってことですか?」 修一郎は納得できないというように発言したのだ。 部長と課長は目を合わせて言葉に詰まっているようだった。「どちらかが嘘をついていることになると思うが、問題のある作品であればクライアントに提出することはでない。急遽別案でいくことにする」「待ってください。何でですか?」「万が一のことがあったら困るからだよ。うちも大事なお客様の商品に傷をつけることができないからね」「……そうですね。了解しました」 修一郎は怒りを飲み込むような顔をしていた。 部長と課長との話し合いはあっという間に終わり、部署内に急遽通達がされた。すると修一郎が近づいてきて私のことを思いっきり睨みつける。「何か言いがかりでもあるのか?」 あえて周りに聞こえるかのような言い方だった。「俺のことを陥れたい目的でもあるのかって聞いてるんだよ」「違う、そんなわけないじゃない」「せっかく考えて作ったデザインなんだ。俺が盗んだとでも言いたいのか?」 まるで私が嘘の告げ口でもしたというような口ぶりだ。今のやり取りを聞いている人たちは、私が悪者だと信じてしまうだろう。 岩本君が立ち上がって修一郎を睨みつけた。「相野さんが悪者みたいな言い方をするのはいかがなものでしょうか?」「新入社員のくせに生意気だ。この女に惚れてるのか?」 周りにいる社員も立ち上がって、険悪なムードを止めようとしている。 岩本君が味方してくれたのは嬉しかったけれど、変な噂を立てられたら困る。彼は将来の社長候補の人間なのだ。「二人で休日も歩いているところを見たという人がいるんだぞ。好きな女を庇いたいのはわかるけど、罪をなすりつけるのはどうかと思う」「ここの会社は恋愛禁止ではないと思いますが。しかし、プライベートのことを話す必要はないです」「ったく、ふざけんな」

  • 隠れ御曹司の溺愛に身も心も包まれて   3ー4

     自分も素敵だと思っている人からの言葉で嬉しいが、身分差とか年の差とか考えるとリスクが多すぎる。バッドエンドの結末しか見えない。「答えはすぐにとは言いません。この問題が片付いた後に返事を聞かせてください」「……はい」 真剣な眼差しだったので私は素直に頷いてしまった。「僕がアメリカに行っても、もしよければここで住んでいてもいいですよ」「まさかそんなわけにいかない。これだけお世話になったし、きっと家も見つかるから大丈夫」「大丈夫じゃありません。お願いですから心配させないでください」「そうは言っても、家主がいないのにここにいるわけにはいかないの」「まぁ……そうですね」 少しだけ強い口調で言うと岩本君は残念そうにする。「いろいろと真剣に励ましてくれてありがとう。やる気が出てきた。盗まれたアイディアのもので提出することは厳しいと思うけど、もう一つ考えていたデザイン案があるから頑張って作業してみる」「応援してます」 見送られて私は部屋にこもった。『もっと自分を見てとアピールしてみてもいいと思いますよ。LOOK AT MEですね』 岩本君が言っていた言葉を思い出す。 商品が自分らしく、アピールする。他の商品のように奇抜な色を使ってとか、なんとか目立とうとしなくても、自分らしさを表現していくことができれば必ず人には伝わる。 私がアルバイトをしていた時、自分らしくデザインの楽しさを伝えることができたから少年時代の岩本君の胸に届いたのだ。 このテーマに大切に胸に抱いて、今後も制作していきたい。 結局、私は朝までデザインを詰めていたのだった。 ほとんど眠ることができなかったけど、朝食に岩本君の特製ハニートーストを作ってもらったのでエネルギーが湧いてきた。 家を出て会社に向かって歩いていた。 一生懸命考えたアイディアは自分の分身と同じだ。それを自分が考えたかのように扱う修一郎の行動は許すことはできない。 出勤すると課長に本当のことを話そうと深呼吸し、彼もとへ向かう。「おはようございます。課長にお話をしたいことがあるのですが、お時間いただけますか?」 不思議そうな顔をされたけど課長と私は打合せ室に入った。「昨日の会議室で通った案なんですが、私のアイデアが盗まれたんです。本当は本日締め切りのコンペに出そうと思っていたものでした」「何だって?

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