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第216話

Author: 桜夏
「構わないさ。専門的な解説など求めていないし、提携内容については会議で十分に理解した」

透子は言葉を失った。

「私は他の部署にはほとんど行ったことがなく、社内の配置もよく存じ上げません」

透子は言った。

「ああ、そうか」

聡は納得したように頷き、何か考えているようだった。

「ですから、経験豊富な社員にご案内させた方が、よりご満足いただけるかと存じます」

透子は続けた。

傍らで、柚木側の社員たちは、また社長が他社の女性社員をからかっているのを見て、助け舟を出したいものの、口を挟めずにいた。

一方、旭日テクノロジー側では、公平や他の社員たちがその様子を見て口を開いた。

「柚木社長、透子は確かに新入社員で、まだ不慣れな点も多いかと。私どもの誰でも、社内のご案内はできますが」

駿までもが口を挟んだ。

「柚木社長、私は今手が空いておりますので、私どもでご案内いたします」

透子は彼らが助け舟を出してくれたのを聞き、心の中でほっと息をついた。

会議中は仕方なく耐えたが、終わってからもわざと自分を標的にし、悪趣味にからかってくる。本当に自分をキャバ嬢か何かとでも思っているのだろうか。

これで解放されるだろうと思っていたのに、あの性悪男が口を開いた。

「会社に不慣れなのは、かえって好都合だ。一緒に詳しくなればいい」

透子は呆然とし、憤慨し、彼を睨みつけた。

なんて男だろう、面の皮が厚すぎる!

両社の社員たちも驚いて固まり、一秒後には一斉に透子に視線を向けた。

聡は本当に……しつこく食い下がる。

駿はその様子に唇を引き結んだ。聡は明らかにわざと透子を困らせている。しかし、大口のクライアントの要求を無下にはできず、こう言った。

「柚木社長、では私と透子でご案内します」

「いや、桐生社長はご自身の仕事に戻られるといい。私はただ、気ままに見て回るだけだ」

聡はそう言って断ると、二歩前に出た。

「行こうか、透子」

聡は透子の肘先ほどの距離に立ち、腕を組んで、悪戯っぽい視線を送った。

透子はパソコンを抱きしめ、顔を上げて彼を睨みつけたが、何も言わなかった。

彼女が動かないのを見て、二秒後、聡はさらに挑発するように言った。

「君は旭日テクノロジーの社員ではないのか?それとも、これが貴社の客へのもてなし方だとでも?」

透子は言葉を失った。

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