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第33話

Author: 桜夏
「どこにも行かない、ただもう好きじゃなくなっただけ」

透子は無表情で言った。

その言葉を聞くと、蓮司の緊張していた背筋が緩み、彼は大輔に命じた。

「ついでに下のスーパーで布団と寝具セットを買ってきてくれ」

大輔は頷いて出て行き、蓮司もリビングに戻った。

透子は自分で荷物をまとめ始めた。物は大体揃っていたが……

彼女はふと立ち上がり、以前使っていた部屋に向かった。鍵を使って開けようとしたその時、後ろから誰かが来て、代わりに引き出しの一番下を開けた。

中が空っぽなのを見て、透子は呆然とした。そして振り返ると、美月の口元が不敵に吊り上がっていた。

「私のノートはどこ?」

彼女は問い詰めた。

「ノート?私、何も分からないわ」

美月はとぼけた。

「引き出しを開けたの、あんたでしょ?」

透子は歯ぎしりしながら言った。

美月が答える前に、部屋の入り口にいた蓮司が近づいてきて、眉をひそめながら聞いた。

「何を騒いでるんだ?」

透子が口を開こうとしたが、美月が先に答えた。

「何でもないの。ただ、透子が忘れ物がないか確認してただけよ」

その後、彼女は身をかがめ、透子の耳元で声を低くして囁いた。

「透子、そのノート、私がゴミ箱に捨ててあげたわよ。あんな気持ち悪いこと書いて、蓮司に見せるつもりだったの?」

その言葉を聞いて、透子は一気に背中が冷えたようになり、全身が緊張した。そして美月を睨みつけた。

「私に感謝すべきよ。あれを彼に見られたら、どんな目で見られると思う?」

美月は続けた。

「彼が好きなのは私だけ。あなたなんて、ただの気持ち悪い存在よ」

透子は拳を握りしめ、唇を噛みしめながら震えていた。ただじっと美月を見つめ、何も言い返せなかった。

その通りだ。蓮司は最初から彼女を好きじゃなかった。ただ嫌悪と憎しみしかなかった。

彼に知られて恥をかくより、いっそ捨てられた方がマシだ。どうせ、もともとも処分するつもりだった。

「何を忘れたんだ?」

ドアの外から、彼女たちがひそひそ話しているのを見ていた蓮司が尋ねた。

「何でもない」

透子は低い声で答え、立ち上がってうつむいたまま、蓮司のそばを通り過ぎた。

美月は微笑みながら彼の腕に絡もうとしたが、その時彼が言った。

「身分証明書はいつできるんだ?」

その言葉に、美月の笑顔が一瞬で凍
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Comments (2)
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タチコマ
ホント!イライラするね、さっさと離婚して自由になろうね透子ちゃん。
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阿部三枝子
本当にレンジは、バカとしかいえない。じる
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