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第609話

Author: 桜夏
そして「なぜ電話に出なかったのか」と彼はすぐに思った。

だがすぐに、スマホが機内モードになっていることを思い出した。苛立っていて、誰にも邪魔されたくなかったからだ。

スマホを取り出し、機内モードを解除すると、いくつもの不在着信通知が届いた。

海外の代理人、大輔、雅人のアシスタント、そして執事からまで。だが、病院からの着信は一件もなかった。

蓮司は大股で外へ向かいながら尋ねた。「医者からお前に電話があったのか?なぜ直接俺に連絡しない?」

大輔は、ようやく息を整えて答えた。「国内の医者からではありません。海外の特効薬が、すでにこちらへ輸送中なのです」

蓮司は執事からの不在着信を思い出し、尋ねた。「お爺様が手配したのか?」

自分より効率がいい。やはり、お爺さんの方が人脈が広い。

大輔は答えた。「いいえ、違います」

それを聞いて、蓮司は眉間の皺をさらに深くした。大輔が続けようとしたが、それより先に蓮司が口を開いた。

「まさか、橘のことじゃないだろうな?」

大輔は、まさか蓮司が知っているとは思わず、頷いた。

蓮司はすぐに足を止め、踵を返して再び搭乗しようとした。

大輔は慌てて振り返り、その腕を掴んで言った。「えっ、社長!どこへ行かれるんですか?特効薬はもう手に入ったのでは?」

蓮司はその手を振り払い、怒りを帯びた冷たい声で言った。「あいつの世話になんかなるか!」

大輔は言葉を失った。今、意地を張っている場合か?透子の命が何より大事だろう!

大輔は両手で彼の腕に抱きついて行かせまいとしながら、必死に説得した。

「社長、どうか冷静に!命がかかっているんですよ!如月さんが助けを待っているんです!

橘社長と確執があるのは存じていますが、今は感情的になっている場合ではありません。

まず如月さんを助けてからにしてください!」

そんな理屈、蓮司が分からないはずがない。――クソッ、これでもう十分我慢してきたのだ。

あのデビッドとかいう奴が1億5千万ドルをふっかけてきても、払うつもりだった。

それなのに、あの野郎が売るのを許さず、自分に恩を売ろうとしやがっている。

蓮司がそう言うと、大輔は驚いて固まった。そんな込み入った事情があったのか?

蓮司は怒鳴った。「橘の野郎、きっと何を企んでるんだ!まず高値で俺をからかって、それから屈服させようって魂胆だ
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