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第177話

Author: ちょうもも
「悠良の顔も立ててくれないなんて......」

悠良はただ口元を少し引きつらせただけで、何も答えなかった。

ふと顔を上げると、木のそばで煙草を吸っている伶の姿が目に入った。

彼女の胸中はまたしても複雑な感情で満たされた。

さっき、彼は確かに見ていたはずだ。

前回も彼は助けてくれた。

広斗も言っていた――

前のスキャンダルは伶が暴いたと。

それなのに、なぜ今回だけは見て見ぬふりをしたのか。

伶という男は、本当に思考が読めない。

彼とはしばらく一緒にいたのに、彼のことをほんの少しも理解できていない。

まったくと言っていいほど、掴みどころがない。

伶は、史弥よりもずっと恐ろしい男だ。

葉は悠良を支えながら、外へと歩いていた。途中、疑問を口にする。

「どうしてあんたと石川が、こんな人目につかない場所にいたの?彼女が誘った?」

「ううん。偶然出くわしただけ」

悠良はそれ以上、葉に詳しく話そうとはしなかった。

話したところで、意味がないと思ったからだ。

山を下りた後、葉は悠良の傷の手当てをしてくれた。

だが、悠良の脳裏には、広斗が彼女を襲った場面が何度もよぎっていた。

それでもどうしても理解できなかったのは――

伶が止めることができたのに、なぜあのとき黙って見ていたのか、ということ。

理性では理解している。

伶はそういう人間で、決して「いい人」ではない。

彼にそんな役割を求めること自体が間違っている。

それは、自分自身の思い込みが自分を縛っているだけだ。

でも、その「理性」が吹き飛んでしまったとき、やはり彼の行動を理解することはできなかった。

葉は黙ったままの悠良を見て、不思議に思った。

ぼんやりとした表情の彼女に、手をひらひらさせる。

「悠良?」

ようやく悠良が我に返った。

「......なんでもないわ。ちょっと考えごと」

葉は少し心配そうに彼女を見つめる。

「何か隠してるんじゃない?本当は何があったの?

それと、あんたの首にある痕......誰かに掴まれた?」

葉は手を伸ばし、悠良の襟元を少し引いて赤くなった痕を見た。

それは目を背けたくなるほど痛々しかった。

悠良の肌は白く透明感があるぶん、わずかな傷でもすぐに目立ってしまう。

さらに、彼女が震えを抑え込んでいるのを、葉はしっかりと見ていた。

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