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第415話

作者: ちょうもも
史弥は悠良の服装が乱れていないのを見て、ようやく安堵の息をついた。

だが、その表情は依然として重苦しい。

「ここで何をしている」

悠良は、まさかこの場で史弥に会うとは思ってもみなかった。

五年前にも、彼が伶の家に来ているところに何度か鉢合わせしたことがある。

その頃の自分は立場が違っていて、彼を避けなければならなかった。

だが今は違う。

彼女は独身で、誰と一緒にいようと、誰の家にいようと、彼には一切関係ない。

悠良は、相変わらず史弥に冷たい態度を見せた。

「あんたに関係ある?」

史弥は眉をひそめ、悠良の手首を掴む。

瞳の奥には荒れ狂う波のような感情が宿っていた。

「悠良......忘れるな。俺たちは夫婦――」

「もう離婚したでしょう?今さら夫婦だなんて......あんた、酒で頭やられた?」

悠良はこれ以上時間を無駄にしたくなかった。

彼の顔を見ているだけで気分が悪くなる。

「くだらないこと言ってないで。相手してる暇ないの」

そう言って、彼女はドアを閉めようとした。

だがその瞬間、史弥は素早く手を伸ばし、ドア枠を押さえた。

「勘違いするな。俺はお前に会いに来たんじゃない。寒河江社長に用がある」

悠良は伶が自分の叔父であることを知っているかどうか――

彼にはまだ確信がなかった。

だが、もし知らないのなら、あえて暴く必要もない。

彼は悠良の仕事の能力をよく知っていた。

伶に至っては言うまでもない。

この二人が組んだら――

まさに「虎に翼」というものだ。

それでも、悠良に頭を下げさせる方法は一つしかない。

なぜなら今の彼には、孝之というたった一人の親族しか残っていないのだから。

もし他に選択肢があれば、わざわざ孝之を狙うこともなかった。

悠良は、伶に用があると言われては、無理に追い返すこともできなかった。

ここは自分の家ではないのだから。

彼女は身を引いて、仕方なく中に入れる。

史弥は口の端をわずかに上げ、得意げな笑みを浮かべた。

踏み入ろうとしたそのとき、どこからともなく犬が飛び出し、一直線に史弥に突進した。

勢いは凄まじく、史弥はそのまま床に叩きつけられる。

犬――ユラは激しく吠え立てた。

ユラは大型犬。

普段は子羊のように大人しいが、本気で牙をむけば、人を怯ませるのに十分だ。

史弥は顔を歪め
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