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第442話

Author: ちょうもも
伊吹があくびのスタンプを送ってきた。

【勝手に盛り上がってろ。俺はもう寝るわ。そんなにハイになってないし】

他の連中も「もう限界だ」と次々に落ちていく。

伶は鼻で笑った。

【本当は羨ましいだろうが】

そう書き込むとスマホを置き、ベッドへ戻り、布団をめくって柔らかい身体を抱き寄せる。

珍しくその夜は悠良に「物語」をせがむこともなく、そのまま眠りに落ちた。

翌朝。

悠良が目を覚ますと、腰が折れそうなくらい痛く、頭もぼんやりしていた。

隣に眠る男へ視線をやる。

くっきりとした輪郭、長い睫毛、整った顔立ち。

そして彼だけが纏う冷ややかな気配。

悠良は額を押さえ、昨夜なぜあんなに飲んで人の顔すら見分けられなくなったのかと後悔した。

そっと布団をめくり、顔を洗って落ち着こうと浴室へ。

だが水道をひねった瞬間、鏡に映った自分の姿に息を呑む。

首筋から鎖骨、胸元にかけて、大きな赤い痕――

いわゆる「キスマーク」が無数に残っていた。

視線を落とした彼女の瞳が一気に細くなる。

あの男......何十年も飢えた狼か何か?

胸元も、首も、肩も、大腿に至るまで容赦なく......

思い返せば、確かに昨夜の彼は異常なほど精力的だった。

ネットで見たことがある。

男は長く独り身だと機能が衰える、って。

......あれ、嘘だったの?

それに、部屋のカードキーを渡してきたのは柊哉のはず。

なのに来たのは、どうして伶だったのか。

聞きたいことは山ほどあった。

浴室を出ると、伶はもう起きていて、ソファに腰かけ煙草をくゆらせていた。

一瞬、気まずい沈黙が流れる。

骨ばった指に挟まれた煙。

腕をだらりと垂らし、灰を落とす仕草すら絵になる。

「痛むところは?」

彼の言う「痛む」の意味は分かりきっていて、答えるのが恥ずかしい。

悠良は無理やり言葉を絞り出した。

「......大丈夫、です」

「悪かったな。昨日はちょっと加減を誤った。次は気をつける」

まるで当たり前のことを告げるように淡々と。

だが彼女はその言葉の中に引っかかりを覚えた。

「『次』?」

眉をひそめる。――まさか、まだやる気?

返事を聞く前に、チャイムが鳴った。

彼は立ち上がってドアを開ける。

光紀が立っていて、手にした袋を差し出した。

「ご入用の物があれば声を
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