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第67話
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離婚カウントダウン、クズ夫の世話なんて誰がするか！ 第789話
悠良は顎をわずかに上げて伶を見た。その瞳はまだ消えきらない恐怖を湛えながらも、どこか澄んでいる。「大丈夫、私に任せて」彼女の余裕ある態度を見て、伶は意味深な笑みを浮かべた。「最初から仕掛けてたのか？」「別に。ただ千景をここに呼ぶなんて無理に決まってるし。あんな長時間、誰も待ってられないわ。それにこんな炎天下、清恵さんが自分から飛び降りる前に熱中症で倒れるでしょ」悠良は細めた目で、じりじりと照りつける太陽を一瞥する。伶は聞きながら思わず眉を寄せ、しゃがみ込んでそっと彼女の背に手を添えた。「姿を見せなきゃ、あいつは諦めないぞ」「見るだけなら、ビデオ通話だって見るのうちでしょ？あの人の条件は『会う』であって、『直接』とは言ってない。触れない、近寄れないだけで、要求は全部叶ってるわよ」その瞬間、伶は腑に落ちたように彼女を見つめ、感心したように頬を軽くつまんだ。「すごいな、悠良。弟子になりたいくらいだよ」付き人発言に悠良は飛び上がりそうになり、慌てて手を振った。「無理無理。それに、どっちが弟子になるかはまだわからないわ」このお坊ちゃまの性格は、ここ最近でほぼ理解している。生活は常に完璧主義で、服は一皺すら許さず必ずアイロンがけ。浴槽には髪の毛一本落ちてちゃダメ。服も常に無垢そのもの。生活の細部まで気にする男が、人に使われるなんてありえない。結局こっちが潰されるのがオチだ。少し離れたところで様子を見ていた清恵は、二人がまだ談笑しているのを見て堪えきれず怒鳴り出した。「娘に合わせて！何してるのよ！」その声に悠良はハッと現実に引き戻され、ゆっくりと立ち上がる。「今すぐ電話するから」そばにいた警官は暑さで汗をぬぐい続けていた。気温はもう三十八度を超え、体感では四十度近い。そんな中、清恵はバルコニーで直射日光に晒され続けている。彼女自身もすでに頭がクラクラしてきており、もっと別の方法にすべきだったかと一瞬思う。だが考え直しても、飛び降り以上に効果的な方法はなかったのだ。悠良は急いで律樹に電話をかける。「そっちはどう？こっちはもう溶けそうなんだけど」「準備できました。今ちょうど電話しようと。これからそちらにかけてもらうから、スマホを彼女に渡してください。一分後です」
離婚カウントダウン、クズ夫の世話なんて誰がするか！ 第788話
「......ああ」伶もよく分かっていた。こんな状況で警察にいくら言っても意味はない。清恵が「問題だ」と思っている核心をどうにかしない限り、この騒ぎは終わらない。彼はもう一度前に出て、できるだけ穏やかな声で話しかけた。「叔母さん、少し落ち着こう。今ここで飛び降りたら、一生千景には会えない。あいつのしたことだって死刑ものじゃない。長くて一年か二年で出てくる。終身刑になるわけじゃない」ここまで言われても、清恵は全然納得しない。「嘘よ！そもそもあんたたちが訴えたりしなきゃ、こんなことになってない！それに小林悠良は無傷じゃない！」伶は繰り返して諭す。「今さら俺が取り下げても無駄だ。警察はもう事件として受理してる」「なにですって？もう取り消せないってこと！？あの子はもう刑務所行き......？」その言葉を聞いた瞬間、清恵の感情は一気に弾けた。両手で頭を抱え、苦しげに叫ぶ。「全部あんたたちのせいよ！伶、あんたは千景を潰した！だったら私もあんたを潰してやるわ！」叫ぶやいなや、清恵は身を翻して飛び降りようとした。伶の瞳孔が一瞬で開き、反射的に手を伸ばす――しかし空を掴んだ。誰もが「もう終わった」と思ったその瞬間、白く細い腕が清恵の身体を掴んだ。伶の視線が鋭く収束する。掴んだのは――悠良。彼はほぼ即座に駆け寄り、悠良の身体ごと抱き留めて怒鳴りつけた。「バカか君は！」悠良は必死に清恵の腕を掴み、声を出すのもやっとだった。「文句は後で言って。先に引き上げてからにして......」伶は冷たい目で彼女を一瞥する。「あとで必ず締めるからな」他の警官たちも加勢しようと動くが、清恵は聞く耳を持たない。「娘に会わせないなら今すぐ飛び降りるって言ってるのよ！」そう怒鳴り、悠良の手を振りほどこうともがき始める。悠良は慌てて声を張った。「方法がある！まずは上がって！娘に会わせる方法があるから！」その言葉に、清恵の目がかすかに光を取り戻す。「ほんとに？会わせてくれるの？どのくらいで！？」「すぐ。上がったら今すぐ会わせるから！」その答えに、伶は驚いたように悠良を見やる。清恵は一瞬戸惑い、疑うように問い直す。「本当なの？また騙してるんじゃないでしょうね？さっき伶は言
離婚カウントダウン、クズ夫の世話なんて誰がするか！ 第787話
「実はあれ、女優とかじゃない。写真の子は悠良だ」伶が急にこの話を出したのは、自分が千景と一緒になる意思なんて最初からなかったことを清恵に理解させるためだった。清恵はしばらく返事もできず、呆然と伶を見つめる。「な、何ですって......？あの写真の女の子が芸能人じゃなくて悠良？でも......でもその時、伶は大学に入ったばかりだったじゃない」「ああ、そうだよ。大学に入ったばかりだけど、恋愛しちゃダメなのか？」その言葉に、伶はふっと低く笑った。その驚きは、悠良も同じだった。彼が自分のことを早くから意識していたのは知っていたが、まさか大学時代にもう自分の写真を持っていたなんて思いもしなかった。この男はそんな昔から自分を好きだったってこと？悠良はその場に立ち尽くし、頭の中はぐちゃぐちゃにかき乱される。清恵は、まるで色々繋がったかのような顔になりながらも、ぶつぶつと呟き続けた。「そんな昔から？何年も密かに思ってたのね！」そう言いながら清恵は、伶を見る目を急に惜しむような色に変えた。「伶はこんなに優秀なのよ？雲城には伶を狙ってる娘が山ほどいるわ。どうしてそんな若いうちから人生全部この女に捧げるのよ。彼女以外と付き合ったこともないじゃない。どうしてそこまで『一生の相手だ』なんて決めつけられるのよ」その言い分にも、一理はある。事実、伶は家柄も能力も将来性も、周囲とは比べものにならないほど抜けている。誰にでも手に入る男ではなかった。それなのに、彼は悠良を選んだ。このことについて、伶自身も長いあいだ考えてきた。彼は横目に悠良をちらりと見て、吐息まじりに言葉を落とす。「たぶん、縁ってやつなんだろうな。理由なんてないし、『誰だから』ってこともない。ただ、そうとしか思えなかった」別に女を知らないわけじゃない。けれど、ほとんどの女は一目で中身の汚さが透けて見えた。だけど悠良だけは違った。相手が善人でも悪人でも、寄りかかることを考えない。自分の足で上がろうとする。そのしぶとさは、自分の若い頃とよく似ていた。それに、彼女もまた子どもの頃に傷を抱えている。でも閉ざすことなく、傷だらけの自分の心で、他人の痛みまで包もうとする。彼女自身も満身創痍なのに、伶の傷まで癒そうとする。けれど悠
離婚カウントダウン、クズ夫の世話なんて誰がするか！ 第786話
警察はすぐに声をかけて宥めた。「奥さん、落ち着いてください。その娘さんは今、別のところで拘留されています。向こうの手続きが終わってから、こちらに送致されることになります。時間が必要なんです。たとえ今すぐ移送の手配をしても、飛行機だって二時間はかかります。着いてからで三時間は見ておかないと」ところが清恵は、警察の説明などまるで耳に入っていない。ただ自分の要求だけを繰り返す。「そんな話、聞きたくない！どうでもいいから、とにかく娘を連れてきて。二、三時間？一日一晩だって待てるわよ！」警察官たちはその言葉に思わず顔を見合わせ、呆れ気味につぶやく。「いやあの......娘さんは事件を起こして拘留されてるんですよ。拘留された人間を『出せ』って言われて簡単に出せるなら、世の中めちゃくちゃになります」「そんなの知らない！娘に会わせてくれないなら、今ここから飛び降りるから！」そう怒鳴り終えるなり、清恵は身を乗り出して飛び降りようとする。「ちょ、ちょっと待って！落ち着いて！話し合いましょう、そんなに突っ走らないで！」警官たちは慌てて制止した。清恵はようやく動きを止めるが、態度は断固としていた。「三時間。三時間以内に娘に会わせないなら、私が飛び降りる。連れてこられるかどうかはそっちの問題よ！」その時、悠良がそっと一歩前に出る。「聞いてください。漁野は法律を犯したんです。寒河江さんが望んだからって簡単に連れてこられる相手じゃありません」悠良の姿を認めた瞬間、清恵の感情はさらに荒立つ。喉を震わせて怒鳴った。「全部あんたのせいよ！小林悠良！よくもぬけぬけと私の前に現れたわね！あんたさえいなければ、私は娘と引き離されることなんてなかった！うちを壊したのはあんたよ！」悠良は無駄に言い合うことはせず、淡々と続ける。「言っておきますけど、法律は寒河江さんの感情で動くものじゃないし、私の言い分が通るものでもない。今できることは、現実を受け入れることです。ここで騒ぐより、漁野に中で真面目に更生するよう促す方が、母親として正しいと思います。命を投げ出して警察を脅すなんて間違ってます。寒河江さんも教育受けてきた人でしょう？今日ここから飛び降りたとしても、娘さんが釈放されることなんて絶対にないと分かってるはずです。それに、誰
離婚カウントダウン、クズ夫の世話なんて誰がするか！ 第785話
悠良には律樹に説明している暇などなかった。「今はその場合じゃないでしょ。まずそれ持って動いて。できるだけ穏便に済ませるのが一番。でもどうしても無理なら、その時にあれを見せればいい」「了解です」律樹はすでに自信満々だった。このネタさえあれば、千景を清恵と電話で話させるどころか、磯崎を土下座させることだってできる。通話を切ると同時に、悠良はすぐさま上階へ駆け出した。だが入口に着いた途端、警察に行く手を塞がれた。悠良は身分を伝える。「彼女は私の知り合いです。行かせてください。止められるかもしれません」警官二人は目を合わせ、小さく頷いた。「わかりました」「ありがとうございます」悠良は足早に中へ進み、屋上に着いた瞬間、その高さを目にして膝がふわっと力を失った。清恵は千景に対して、ある意味ここまでよく尽くしたと言うべきだ。本来実の娘でもないのに、ここまでやるなんて。彼女が一歩踏み出そうとした時、不意に腕を掴まれた。振り返ると伶がいた。鷹のような鋭い瞳で信じられないという表情を浮かべ、押し殺した声で言う。「なんでここにいる」悠良は眉をひそめ、清恵の方を不安そうに一瞥する。彼女はすでに縁に腰掛けていて、他の者たちは少し離れた場所で固唾を飲んで見守り、誰ひとり軽はずみに近づこうとしない。刺激するのを恐れているのだ。「こんな大事、私に隠し通せるって思ったの？」「来ても意味がない。早く戻れ」伶は彼女の背を押し、下に戻そうとする。悠良は振り返って彼の手首を掴み、澄んだ瞳で真剣に向き合った。「信じて。私なら下ろせる。今は私のことなんて気にしてる場合じゃないでしょ。もしあの人が飛び降りたら、人命問題になるのよ。寒河江さんがどんな立場になるかわかってるの？」その結末は、とても誰か一人で背負えるものじゃない。会社を丸ごと失っても足りないくらいだ。伶はその目を見据えた。「本当に手があるのか？」「ある。だから信じて。私に声をかけさせて。説得できれば、全部解決するから」悠良の申し出に、伶は迷いを見せる。今の彼にとって最優先は悠良の安全だ。加えて、清恵は初めから悠良を嫌っていた。自分と千景が結ばれなかったのは悠良のせいだと思い込んでいる。この状態で姿を見せたら、恨
離婚カウントダウン、クズ夫の世話なんて誰がするか！ 第784話
伶はその言葉を聞いた瞬間、まるで何かがふっと解けたような表情を見せ、最後にこくりと頷いた。「ああ。早く寝よう。今夜はしっかり休んで、明日に備えて力を蓄えないと」悠良は手を上げて、また伶の胸をコツンと叩いた。「何それ」二人は抱き合ったまま眠りにつき、お互いとてもよく眠れた。伶にとっても、物語も歌も薬も頼らずに眠れた初めての夜となった。翌日。伶はけたたましい着信音に叩き起こされた。まだ誰からの電話かも確認していないまま、寝ぼけた目で声を低く落とす。「どうした」「社長、大変です！すぐ会社に来てください。社長の叔母が、今うちの会社のバルコニーに立って飛び降りようとしています！雲城中のメディアももう押しかけています。死人でも出たら大事になりますよ！」伶は一気に覚醒し、ガバッと目を見開いた。「今行く」電話を切ると同時に、急いでベッドから起き上がり、素早く上着を羽織る。動きで目を覚ました悠良が、まぶたを開き、少しかすれた声で訊いた。「何かあったの？」「大したことじゃない。ちょっと会社に行ってくる。君は寝てて」そう言いながら、もう服を着終えた伶はドアを開け、そのまま出て行った。悠良は、付き合っている期間こそ長くはないが、彼の性格はそれなりに理解している。彼がここまで慌てるということは、相当な事態に違いない。さっきの声に、明らかな動揺が混じっていた。何が起ころうとも冷静沈着な男が、あんなふうになるなんて、よほどのことだ。悠良もすぐにYKへ向かった。会社の建物に入るどころか、車を降りた瞬間に人だかりができているのが目に入る。皆が一斉に上の方を見上げている。彼女もすぐに視線を上階へ向け、うっすらと人影を認識した瞬間、瞳孔がきゅっと縮んだ。寒河江清恵――本当に会社に押しかけて大騒ぎして、しかも自殺未遂まで？正気？！何かを思い出したように、慌てて律樹に電話をかける。先日ついて来てもらった時は役に立てず、途中で帰らせていた。通話が繋がるなり、悠良は急いで言った。「律樹、何とかして、今すぐ漁野千景と連絡を取って」律樹は呆然とした声を返す。「悠良さん、忘れたんですか？彼女はとっくに送致しちゃいましたよ。今さらどうやって探せって言うんですか。あそこは普通の場所じ
