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第430話

作者: ぽかぽか
真奈は意味深に微笑んだ。1000億という数字が何を意味するのか、それを知っているのは、この場でただ一人──彼女と出雲だけだった。

この時、出雲の顔から笑みが消えた。

傍らで様子を見ていた朝霧が、小声で呟いた。「瀬川、正気じゃないんじゃない?自分を何様だと思ってるの?踊るだけで1000億の価値があるって本気で思ってるの?」

「出雲総裁にあんな口のきき方して……もう終わりね、あの子」

練習生たちはみな、真奈がこれで完全に終わると確信していた。しかし当の本人は、そんな空気などまるで感じていないように、ただ静かに出雲の反応を見つめていた。

やがて、出雲が淡々とした口調で言った。「今日はあまり気が乗らないようですし、瀬川さんも足を痛めているとのこと。今回はこれで結構です」

その言葉に、清水会長はようやく安堵の表情を浮かべ、額の汗をそっとぬぐった。

真奈の背後には冬城がいる。そして出雲蒼星は、出雲家の実権を握る人物。どちらも、下手に敵に回せる相手ではない。

「出雲総裁、瀬川さんが踊らないなら、私が踊ります。私の方が、ずっと見応えありますよ」

その状況をまったく読めていないのか、清水が再び一歩前へ出て、自信たっぷりに言った。だが今回は、出雲は彼女に目もくれず、ゆっくりと立ち上がった。「今日の練習室視察はここまでにしましょう。午後は練習生たちのトレーニングがあると聞いています」

「ええ、まあ……ただ、ハードトレーニングは基本的に午前中に行っています」

「それでは今日の午後は午前中のハードトレーニングをモックしてください。私は見学します」

そのひと言に、周囲の女性練習生たちは一斉に顔色を変えた。

まだトレーニングするの?

ハードトレーニングは、素顔で臨むのがルール。今さら寮に戻ってメイクを落とす時間なんてあるはずもない。

練習生チームの中で、ただ一人だけノーメイクだったのは真奈だった。ほかの全員が化粧をしていたため、突然のトレーニング命令に全員が戸惑いを見せていた。

天城も本来は素顔で臨むつもりだったが、今日は男女合同の練習だと聞いて、ほんのりとメイクを施していた。そのため、今の彼女も表情が冴えなかった。

これからトレーニングでたくさん汗をかくから、化粧が崩れてしまうだろう。

「問題ありません!すぐに全員をトレーニング場に集合させます!」

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