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第685話

Auteur: 小春日和
「じゃあ私のオフィスは今、浅井が使っているってこと?」

「……はい」

大塚は真奈の表情を直視できなかった。冬城グループを見逃すと決めた彼女の気持ちを、彼は誰よりもよく知っていた。

だが今、冬城が裏切った。この事実は真奈にとって、あまりにも大きな打撃だった。

「彼女は今どこにいるの?」

「上の階です。社員たちはみんな、力のある方に擦り寄るばかりで……社長、お怒りはごもっともですが、今は冬城家をどう追い出すか、それと白石の件が重要です」

「白石の件は私が何とかする。彼を危険にさらしたりしない」

真奈は顔を上げて大塚を見た。「出雲家の方はどうなっている?」

「出雲はまだ八雲を失脚させられると考えているようです。今朝から多額の資金を投じていますが、心配いりません。私たちの広報は止めていませんし、事前に準備もしていたので、八雲へのネガティブな影響は最小限に抑えられています」

「分かった」

真奈はうなずいた。「ここはしばらく任せるよ。私はまだ退職中の扱いだから、ヘタに目立たないようにして」

「かしこまりました」

真奈は軽く頷き、部屋を出ようとドアに手をかけた――その瞬間、目の前に現れたのは浅井の顔だった。

以前とは打って変わって、浅井は真っ白な高級ブランドのミニドレスに身を包み、足元は7センチのハイヒール。顔つきはやや痩せたものの、全体から漂う雰囲気は別人のようで、かつての清楚な雰囲気は影を潜め、まるで本物の令嬢のような堂々たる佇まいだった。

浅井はにこやかに言った。「さっき社員たちが、『瀬川さんが大塚のオフィスにいる』って言ってたので、まさかと思ったが……本当にいらっしゃったのね」

真奈は正面に立つ浅井をじっと見つめ、わざとらしく眉を上げて、薄く笑った。「……浅井さん?」

その言葉に、浅井の笑みがわずかに引きつった。「浅井みなみなんて名前、懐かしいわね。瀬川さんに言われなかったら忘れていたかもしれない。でもここはMグループだから、これからは田沼社長とお呼びいただけると」

浅井が口の達者な女に変わっていたのは、真奈にとって予想外だった。

真奈はわずかに笑って言った。「田沼社長がその席にいられるの、いつまでかな?」

「私がどれほど務めるかは、浅井さんに関係ないわ」

そう言いながら、浅井はバッグから一通の書類を取り出した。「これをお渡しに来た
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