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第704話

Author: 小春日和
その様子に、真奈は呆れたように黒澤を睨みつけた。

今日は彼女にとって、久しぶりにすっきりとした一日だった。浅井が面と向かって罵倒され、そのまま追い出されるなんて、本人はきっと悔しさで気が狂いそうになっているに違いない。

一方その頃、少し離れた場所で、幸江と伊藤は目と目で合図を送り合った。幸江がぼそりと尋ねる。「で、私たち……今、何すればいいの?」

「いやもう、あの二人がイチャつきモードだし……先に退散した方がいいんじゃない?」

先ほどのドタバタ劇では、二人ともまったく口を挟む隙すら与えられなかった。

そのとき、大塚が彼らのもとに歩み寄ってきて、礼儀正しく言った。「伊藤社長、幸江社長、黒澤様が、二人とも上にお呼びです」

「……いつ言ったんだよ?あの人の目には真奈さんしか映ってなかったぞ……」

伊藤はもう呆れすぎて、ツッコミを入れる気すら起きなかった。

恋愛する前は、あんなに無骨な鉄のような男だったのに、今じゃまるで羽を広げた孔雀。

朝からずっと振り回されたと思えば――蓋を開けてみれば、ただの浅井潰しショーだったなんて。

大塚は伊藤をなだめるように言った。「伊藤社長、どうかお気を悪くなさらず。黒澤様が、あとでお話したいことがあると仰っていました」

「……わかった。今回はあいつの顔に免じてやるよ」

長年の付き合いがなければ、さっさと帰るところだった!

階上。真奈はすでに片づけられているオフィスを一瞥し、つぶやいた。「残念。ここ、浅井がペンキ塗り替えちゃったのよね。このクリームっぽい雰囲気、どうも好きになれないの」

「君がそれを嫌うのは知ってる。だから昨日、別の部屋を用意させておいた」

「別の部屋?」

真奈は一瞬、驚きに目を見開いた。

黒澤は彼女の手を優しく引き、廊下の先へと歩き出す。そして最上階――一室の扉が開くと、そこには改装が終わったばかりの空間が広がっていた。それは、まさに真奈の好みにぴたりと合った、ミニマルでアーティスティックなスタイル。デスクも、シャンデリアも、細部に至るまで丁寧に選ばれ、空間全体に洗練された調和が感じられた。

しかもこの部屋は、先ほどのオフィスの倍近い広さがあり、温かみのある木製フローリングが敷かれ、どこか暮らしの気配すら漂っている。

真奈はデスクに腰を預け、目を細めながら楽しげに言った。「いい芝居を見せて
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