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第203話

Author: いくの夏花
「関係ないと言ったはず!」遥香は語気を強めた。養父母の遺品のことなど説明する気はなかった。それは彼女の胸の奥深くに隠した秘密であり、誰にも知られたくないことだった。修矢ですら例外ではなかった。

二人は互いに一歩も譲らず激しく言い争い、空気は一気に凍りついた。

結局、遥香は「私のことに口を出さないで」と言い捨てて背を向けた。

修矢はその後ろ姿を見つめながら、胸を巨石で押し潰されるような痛みと怒りに苛まれた。

数日後、鴨下家の本宅。

広間には緊張が張りつめ、分家の者や徳望ある重鎮たちが揃っていた。

雄大は黒いスーツに身を包み、上座の横に立って得意げな笑みを浮かべていた。

「諸兄、ご尊長の皆様」雄大は咳払いをして声を張った。「おじいさまが病に臥し、長兄も不幸にして行方知れず。このまま鴨下家が主なきままというわけにはいきません。

鴨下家の未来のために、この雄大がその重責を引き受ける所存です……」

鴨下家の継承を高らかに宣言しようとしたその時、広間の扉が勢いよく開かれた。

質素なドレスに身を包んだ遥香が、まだ顔色は青白いものの鋭い眼差しを宿した保を支え、一歩一歩、堂々と進み出てきた。

瞬く間に全員の視線が二人に集まり、広間は水を打ったように静まり返った。

雄大の笑みは凍りつき、まるで幽霊でも見たような顔で叫んだ。「保?……お前、死んでなかったのか?」

保は冷たい視線を向けた。「残念だったな」

「てめえ……!」雄大は驚愕と怒りに震え、「こいつを捕まえろ!」

数人の護衛がすぐに取り囲む。

「誰が手を出すっていうの!」遥香は一歩踏み出して保をかばい、「雄大、祖父に毒を盛り、従兄を追い詰め、なお当主の座を奪おうというのか。鴨下家のご先祖様が見ているわ!」

「でたらめを言うな!」雄大は虚勢を張って叫んだ。「おじいさまはただ病に倒れただけだ!保は自分から姿を消したんだ!」

「でたらめかどうかは、おじいさまご本人に語っていただくわ!」遥香は声を張った。「おじいさまに会わせて!私には救う手立てがある!」

「救うだと?むしろ殺そうとしているんだろう!」雄大は遥香を指差し、長老たちに訴えた。「皆様、この女は保と結託しておじいさまを殺害しようとしています!ただの彫刻店の女に医術などわかるはずがありません!これは明らかに、この機に乗じて毒を盛ろうとしているのです
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