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第73話

Author: いくの夏花
「もういい、無駄なこと言わなくていい!」

遥香が取り合おうとしない様子に、父はついに堪忍袋の緒が切れ、目に鋭い光を宿した。「今日は絶対に行ってもらう。お前の意志なんて関係ない!」

母も口を挟み、もっともらしく言い訳をつけた。「遥香、私たちを責めないで。全部あなたの幸せを思ってのことなのよ」

「村であれだけ暮らしてきたあなたが、うちの名前で城戸家の御曹司と結婚できるなんて、運がいいにもほどがあるわ」

「聞いてて気分悪くなる」

遥香が背を向けて出ていこうとしたその時、母が声を張り上げて叫んだ。「遥香!まさか養父母の遺品、いらないって言うつもり?」

その言葉に、遥香は足を止めた。

振り返った彼女の目には、抑えきれない憎しみが浮かんでいた。

母は歩み寄りながら、その怒りと悔しさを噛み殺した表情を見て、妙に快感を感じる。「お見合いに行く約束さえすれば、遺品は無事なままよ」

「脅してるの?」

母の笑みを浮かべた顔を見つめながら、遥香の胸には怒りと無力感が同時に広がっていた。

「素直にしていれば、遺品に何かするようなことはしないわ」

父も横から口を挟んだ。「もう住所は送ってある。相手はいい男だ、ちゃんとチャンスを掴め。無駄にするな」

彼が言い終わると同時に、遥香のスマホがチーンと鳴った。

彼女は唇を噛み、しばらく黙り込んだ後、低く言った。「わかった。会いに行く」

「会ったら、遺品を返して」

「急がないで。じっくり付き合って、もし気が合えばすぐにでも結婚を考えましょ。その時には、遺品をちゃんと返すわ」

母の言葉には、露骨な脅しの色が滲んでいた。

結婚しなければ、遺品は手に入らない。

遥香は視線を落とし、何も言わず家を出た。

両親の言葉なんて、一文字だって信じる気はない。この状況を逆手に取って、やつらが自ら手放したくなるよう仕向けてやる。

家の中で、母は少し不安そうに眉をひそめた。「あの子、本当に行くかしら?」

「あの死人たちを、あれだけ大事にしてるんだ。行かないわけがない」

父は母の肩を軽く叩いて、うなずいた。

「まあ、早く結婚の準備を進めろ。あの子が城戸家に嫁げるだけでも、上出来だ」

「どうせ、他には何の取り柄もない子だしね」

その言葉に、母もようやく安心したようで、急いで答えた。「すぐ準備するわ」

一方、遥香は指定されたレス
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