Share

第408話

Author: 似水
「何の話?」里香は一瞬、戸惑った表情を浮かべた。

雅之は冷たく彼女を見つめている。部屋の空気はひんやりしていて、ベッドの掛け布団も乱れたまま。さっきまでの二人の熱が、今や冷たい気配に変わって、じわじわと里香の中に染み込んできた。

「昨夜は酔っぱらっちゃって、何があったのか覚えてないの」

雅之は冷笑した。「酒に弱いくせに、一人で飲みに行くなんて無謀だな」

まるで大失態でも犯したかのような、責めるような口調だった。

里香は傷ついた顔で、毅然と言い返した。「ちゃんと事情を調べたわけ?なんで飲みに行ったのか、どうして聞かないの?何の立場で私を責めるつもり?」

その瞬間、彼女の表情がピンと張り詰め、まるで毛を逆立てた猫のようだった。寝室の空気は張り詰め、緊張が極まったその時——

雅之のスマホが鳴り、無言の冷戦を一瞬で断ち切った。

彼はスマホを取り出し、通話ボタンを押した。「何か用か?」

桜井が気まずそうに声を落として報告し始めた。「社長、調査の結果が出ました。コウシン不動産のプロジェクトマネージャーの井上慎司が、図面の変更の件で小松さんを呼び出し、その後帰さず、他の連中も一緒に彼女を引き止めたうえ、無理やり酒を飲ませたんです。それだけでなく......」

声がだんだん小さくなり、最後は言葉を飲み込んでいるかのようだった。

雅之は冷たく言い放った。「全部話せ。何で止まるんだ?」

桜井は一瞬ためらったが、すぐに続けた。「......さらに、彼女を侮辱するようなことも言い放ったようです。以上が報告内容です。どういたしましょうか?」

「俺に指示されなきゃわからないのか?」雅之の声がさらに冷たくなった。

桜井はしばし沈黙したが、内心で動揺していた。

指示を伺わないほうがいいんでしょうか?社長はこの件を追及しないつもりなのか、それとも、小松さんのために復讐をするつもりなのか?だって社長と奥様の関係、本当に読めませんよ......

雅之は冷たい視線で里香を見つめ、静かに命じた。「全面協力停止だ。暴けるものは全部暴け」

「かしこまりました!」

桜井は答えると、電話を切った。雅之の狙いは、奴らを完全に締め出すことらしい。調査内容によると、あの連中のやり口も決して潔いものではない。

通話が終わると、寝室の空気は一層冷え込んだ。里香は一瞥もくれず、その場を立ち
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 離婚後、恋の始まり   第1043話

    「え?面白い話?」里香はぱっと目を輝かせ、身を乗り出すようにして景司を見つめた。景司はにやりと笑みを浮かべながら少し距離を詰め、小声で囁いた。「賢司のことなんだけどさ、今日兄さんが――」「コホン!」話の途中、控えめな咳払いが空気を裂いた。振り向けば、賢司がいつの間にか背後に立っていて、無言のまま景司の腕をがしっとつかむと、そのまま強引に引っ張っていった。「会社の件で、少し話がある」「ちょ、ちょっと待ってくれよ兄さん!俺、まだ里香と話の途中なんだけど!」必死に抗議する景司をよそに、賢司は歩みを止めず、そのまま階下へと向かった。それを見た里香は、慌てて二歩ほど後を追いかけた。「ねぇ賢司兄さん、どうして逃げるの?せめて話を終わらせてから行けばいいのに!」賢司は振り返らずに言った。「景司はすぐに南アフリカに行くことになってる。仕事が優先だ」「……え?」景司は呆然と立ち止まった。なんで南アフリカ!?そんなの聞いてないぞ!ぽかんと口を開ける景司を見て、里香も首をかしげた。「南アフリカ?うちの会社って、そんなプロジェクトあったっけ?」そのとき、背後から楽しげな声が響いた。「里香ちゃん、まだ気づかないの?」振り返ると、秀樹が笑みを浮かべながら近づいてきた。「賢司が景司にゴシップをしゃべらせたくなかっただけさ」「え?どうして?」首をかしげる里香に、秀樹は両手を背中に回し、少し意味深な表情で答えた。「そのゴシップ、たぶん賢司自身のことだろうね」「えっ!」驚いた里香の目が丸くなった。賢司のゴシップ――それは滅多に聞けない、どころか、今までそんな話を耳にしたことすらない。冷静沈着で厳格、自制心の化身のような男だった。里香はいてもたってもいられず、すぐにかおるのもとへ駆け寄った。「ねぇ、かおる、さっきの話、もしかして知ってるの?」りんごをかじっていたかおるは、少し間を置いて曖昧にうなずいた。「……たぶんね。舞子が関係あるかもしれない」「舞子と?」思わぬ名前に、里香は目を見開いた。「えっ……なにそれ、詳しく教えてよ」そのとき、背後から秀樹も現れて加勢した。「そうだよ、かおる。気になるじゃないか、ちゃんと話してよ」「うわっ、おじさん、いきなり後ろ

  • 離婚後、恋の始まり   第1042話

    「お前、暇そうだな」賢司は冷ややかな視線で景司を見下ろした。しかし景司は怯むこともなく、軽やかに歩み寄って彼の肩をポンと叩き、興味津々に口を開いた。「これからどうするつもり?さっき暇でさ、ちょっと桜井家のこと調べてみたんだよ。そしたら驚いたことに……なんと、あの桜井家って、かおるの実家だったんだよね!でも、彼女はだいぶ前に家を出て、自分の力でやってきたみたいだ」にやりと意味深な笑みを浮かべながら、景司は続けた。「それでさ、兄さんと一夜を共にしたあの子……舞子って言ったっけ?彼女、桜井家で大事に育てられた箱入り娘らしいよ」その目にはどこか探るような色が宿り、唇には揶揄を含んだ笑みが浮かんでいた。「舞子とかおるって、雰囲気もどことなく似てるし……まさかとは思うけど、もしかして――」「消えろ」賢司は一言、冷淡に遮った。無駄な戯言に耳を貸す気はさらさらない。彼はそれ以上何も言わず、足を踏み出し、階下へと向かった。景司は後を追いながら、さらに声を張った。「おい、兄さん、待ってくれよ!まだ話してないことあるってば、なあ、おい!」だが、賑やかな階下に足を踏み入れた瞬間、話題は無理やり打ち切られるしかなかった。何しろ、まだ多くの賓客が残り、パーティーは続いていたからだ。その場の賑わいの中で、里香はふと気づいた。かおるの視線が虚ろで、どこか上の空だ。「どうしたの?」そう声をかけると、かおるははっとして顔を上げ、しばし黙ったあと、小さく口を開いた。「……舞子も来てた」「誰?」その名を聞いて、里香は一瞬戸惑った表情を浮かべた。かおるは小さく息を吐いた。「妹だよ」その言葉を聞き、里香はようやく思い出した。そういえば、かおるには双子の妹がいた。小さい頃はとても可愛がっていたはずだが、いつの間にか疎遠になっていた。二人は同じ顔で生まれながら、育った環境も、扱われ方も、まるで違っていた。「彼女が、あなたを探しに?」そう問うと、かおるは首を横に振った。「桜井家は錦山でもそれなりに地位があるから、瀬名家が礼儀として招いたんでしょ」「それで……どうするつもり?」里香の問いに、かおるはまた首を振った。「何も。あの家には戻りたくない。あそこは、私の家じゃない」それどころか、この話を綾

  • 離婚後、恋の始まり   第1041話

    白くてすらりと伸びた美脚が空気中にさらされ、男の指先はわずかにその余韻を残していた。太ももを掴んだときの感触が、まだ皮膚にこびりついているようだった。賢司の瞳はさらに深く沈み、表情は一層冷たく引き締まった。鋭い輪郭と整った顔立ちは無愛想そのもので、どこか人を寄せつけない空気を纏っている。冷たく、まるで氷のように。「覚えておく」低く言い残すと、彼はソファに腰を下ろし、脇にあった電話を取ってかけ始めた。「えっ?」舞子は瞬きをしながら彼を見つめた。「覚えておく」……って?つまり、見返りはあとで決めるってこと?でも、よく考えてみれば、この男、必要なものなんて何一つなさそうだ。今さら何かを欲しがるとも思えない。なら、それでいいか。舞子はベッドからゆっくりと体を起こし、「服を一式、持ってきて」と一言。そう言って布団をはらりとめくり、不快感を堪えながら、ゆっくりと浴室へと足を運んだ。賢司の視線は、静かに彼女の後ろ姿に注がれていた。完璧に引き締まったプロポーション、細い腰に丸みのある尻、長い脚。そして白い肌のあちこちには、彼の痕跡が散りばめられていた。本来なら、薬の効果を打ち消し、事を収めるだけのつもりだった。それなのに、一度触れてしまえば、自制心など意味をなさなかった。彼女が正気に戻り、「やめて」と言ったとき、普通ならそこで止まるべきだったのだ。だが、あの時の彼は、何もかも構わなかった。言葉も、懇願も、理性すらも。浴室のドアが閉まり、ようやく賢司は視線を逸らした。舞子はシャワールームの鏡の前に立ち、ぼんやりと映った自分の姿にしばし呆然とした。……なにこれ、人間のやること?首も、鎖骨も、胸元も――目につく場所という場所に痕跡が残っている。まるで彼女の身体をキャンバスにして、スタンプでも押したみたいに。最っ悪。舞子は唇を歪め、不機嫌そうに顔を背けた。そして、勢いよくシャワーを浴び始めた。だが、不運なことに、浴室には予備のタオルがなく、彼女はびしょ濡れのまま、裸で出るしかなかった。一方そのころ、賢司は整ったスーツを身にまとい、最後のボタンを腹筋のあたりまで留め終えたところだった。シャツの隙間からは鍛えられた胸筋と、薄く浮き出た腹筋が覗いていた。ベッド脇には、すでに女性用の衣服がきちんと揃

  • 離婚後、恋の始まり   第1040話

    薬の効果がようやく切れ、舞子はすでに力尽きて、ベッドの上にうつ伏せになっていた。汗に濡れた肌はしっとりと艶を帯び、美しい蝶のような背筋には、かすかに赤いキスマークがいくつも残されていた。肩と背中に落ちる重い吐息が、彼女のかすんだ視界に溶け込むように揺れていた。「……私、もう大丈夫……だから、終わらせて」掠れた声で、舞子は苦しげに言葉を絞り出した。けれど、さっきまでの狂気の余韻はまだ体内を渦巻いており、心も身体もまだ冷めきっていなかった。無意識のうちに捕まえた男の体力に、驚きを覚えていた。それでも、背後の男は動きを止めなかった。何も言わず、ただ無言で、彼女の細い腰をまるで壊れもののように強く、しかし容赦なく握りしめていた。「ん……やめろって言ってるの、聞こえてる……?」舞子の声に焦りが混じる。何なの、この人……助けるだけって、約束だったはずでしょう? もう平気なんだから、止まるべきじゃないの?必死に抵抗しようとしたが、薬の影響と長時間の消耗で、身体は言うことを聞かず、すぐに力尽きてしまった。それでもなお、彼女は必死に首をひねり、男の顔を確かめようとした。だがその瞬間、意識が再び濁り、まるで津波のように理性が押し流されていった。くそっ……!何も言わず、止まりもせず、限度すら知らないなんて……!抑えきれない甘い吐息が、舞子の喉から漏れた。もう、疲れ切っている。これ以上は無理だ。過去に見た数少ない映像から得た知識を頼りに、彼女は残る力を振り絞った。ぐっと力を込めた瞬間、大きな手がぎゅうと締めつけられ、男の口から低いうめきが洩れた。すべてが静まり返った。ただ、互いの呼吸だけが交互に響いていた。舞子は目を閉じたまま、動かない指先に力を込め、懸命に体を仰向けに返した。目に映ったのは、隣に倒れこむ男の姿だった。短く整えられた髪は汗で濡れ、深く整った顔立ちは伏し目がちで、その表情を読み取ることはできなかった。眉間には、まだ消えない情欲の痕が残っていた。彼はまだシャツを着ていたが、乱れた前立てはボタンが二つしか留まっておらず、大半は汗に濡れて肌に貼りついていた。「……あなた、って……」舞子はようやく思い出した。かつて、かおるに想いを寄せていた――そう、確か瀬名家の長男だったはずだ。その記憶が

  • 離婚後、恋の始まり   第1039話

    賢司は一言も発さず、そのまま電話を切った。「んっ……」背後から、少女のくぐもった苦しげな声が漏れた。彼女はベッドの上で身をよじらせ、その柔らかな肌は淡く紅潮していた。賢司の表情はさらに曇り、緩んでいたネクタイを無造作に引き絞った。先ほど舞子に引っ張られていたせいで、すでにその結び目は緩んでいたが、今の一撫ですっかりたるみ、少し力を入れれば簡単に外れてしまいそうだった。かおるはどうしたんだ?人を呼びに行ったんじゃなかったのか?まだ戻ってこないのか?苛立ちを隠しきれない表情のまま、賢司はドアに手をかけた。「……たすけて」その瞬間、堪えきれないような泣き声が、背中越しに響いた。嗚咽を混じえたその声は、まるで胸元に熱く燻る煙草の火を押し当てられたかのように、賢司の心をじりじりと焦がした。彼は、唐突に熱を帯びたような感覚に包まれた。こんなことは、ほとんどなかった。「お願い……お金だって払うから……タダじゃないから……」舞子は泣きじゃくりながら、必死にすがるように言った。彼女には、あの男がまだ部屋を去っていないとわかっていた。惨めでみっともない自分をさらけ出してでも、彼に見捨てられることの方がずっと恐ろしかった。賢司は無言のまま、その言葉に対してどこか可笑しさすら覚えて、ふっと笑った。自分は、何だと思われているんだ?苦笑にも似た妙な感情を胸に、彼は振り返り、ベッドに近づいた。呻きながら身をよじる舞子を、静かに見下ろした。彼女の身にまとっていた薄いドレスは、今や見る影もなく乱れていた。胸元は大きくはだけ、白い肌があらわになっている。彼女はなおも、自分のスカートを裂こうとしていた。頬は汗に濡れ、熱を帯びて真っ赤に染まっていた。薬の効果はまだ消えていない。体を焼くような苦しみとともに、舞子の理性はじわじわと侵食されていた。気づけば、賢司の呼吸までもが荒くなっていた。どこか、かおるに似たその顔を見つめながら。舞子は明らかに助けを必要としていた。哀れなほどに助けを求める声をあげ続け、理性が崩れ落ちそうになったその瞬間、唇が塞がれた。その口づけは粗雑で、激しく、技巧のかけらもなく、まるで彼女を貪り尽くすかのような勢いだった。決して心地よいキスではなかった。だが、彼女は抗う間もなく、体の奥がもっと

  • 離婚後、恋の始まり   第1038話

    「動くな」賢司の声は低く、冷徹に響いた。だが、舞子はすでに薬物の影響下にある。賢司の警告が耳に届くはずもなく、むしろ彼女の行動は、本能のままに渇望するものに向かってさらに踏み出していた。彼女の手はためらうことなく賢司の服の内側へ滑り込み、彼の胸元の硬い筋肉に触れた。「ん……」舞子の唇から漏れるかすかな声。その声音が示しているのは、その感触を楽しんでいるのか、あるいは薬物の効果がさらに猛威を振るい始めたのか。しかし、賢司はその声だけで舞子の気持ちを正確に知ることはできなかった。胸の奥でわずかに乱れる呼吸。賢司は一瞬の逡巡の後、すぐさま判断を下した。ここに留まり続けることは危険だ。この理性を欠いた女が次に何をするか、それを予測することなど不可能だ。周囲に視線を走らせると、人気の少ない方向を見定め、素早く裏口に向かった。そのまま外に出た後、別の扉から再び別荘内へ戻り、階段を上がって二階へ向かう。賢司が選んだ最も近くの部屋のドアを開けると、手際よく舞子をベッドの上に横たえた。安心する間もなく、舞子の手が賢司の垂れ下がったネクタイを掴んだ。それは弱々しいはずの手だったが、不意を突かれた彼をそのまま引き寄せるには充分だった。距離は一気に詰まり、鼻先と鼻先がほんのかすかに触れ合うほどに近い。賢司の表情は険しさを増した。その内側では、その表情以上の激しい葛藤が渦巻いていた。意識を手放し、頬を紅潮させた舞子の姿を見つめながら、喉仏は上下し、彼の理性は揺らぎかけていた。彼は男だ。正常な一人の男として、生々しい挑発に対して何も感じないはずがない。だが、同時にその感情を押し殺し、自らを律する術も十分に心得ていた。忙殺されるような日々の中で、そうした感情や欲望を抱かせる相手と巡り会う機会もほとんどなかった。いや、一人だけいた。だがその出会いは遅すぎた。彼女は既婚者で、その夫を深く愛していたのだ。舞子の顔を改めて見ると、均整の取れた美しい造形に改めて気付かされる。完璧に施されたメイク、花弁のように柔らかい唇が僅かに開き、その官能的な膨らみに目を奪われる。彼女は唇の渇きを感じ、時折舌先でそれを湿らせる仕草を見せる。そのたびにピンク色の舌がちらりと覗くさまが、彼の目を釘付けにした。彼女は、かおるに少し似ている。だが

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status