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第492話

Auteur: 似水
里香はそっと目を逸らした。雅之の視線があまりに真剣で、気づけば彼女はそれに抗えなくなっている自分に気づいたのだ。

やはり距離を保つのが一番いいだろう。

屋敷に入ってから、里香は雅之に目を向け、「これで話してもらえる?」と尋ねた。

雅之は冷淡に答えた。「海外の仮想番号だ。追跡させたところ、二宮家のボディーガードが使っていた」

里香は眉をひそめた。「誰がそいつを指示して、こんな写真を私に送らせたの?目的は何?」

雅之は問い返した。「この写真を見たとき、最初に浮かんだのは?」

里香は唇を引き結び、「かわいそうに、助け出したいって思った」と答えた。

雅之はさらに冷たい口調で言った。「でも僕が啓を解放するわけがないとお前も分かってるだろう。それが、お前の望む方向とは真逆だ。写真を送ってきた奴の狙いは、僕たちの間に内紛を引き起こすことだ」

里香も同意するように頷いた。「私の予想通りね」

雅之は少し驚いた表情で彼女を見た。「そこまで見抜いたのか?」

「私もバカじゃないのよ。それに、前に私が倉庫に閉じ込められたときも、誰かがわざとやった気がする。窓から出たらちょうど地下室の入口が見えたって、偶然にしては出来すぎてるわ」

「賢いな」

雅之はそう褒めると、里香の予想に間違いがないことを示した。しかし里香の心には重苦しい影が浮かんでいた。二人を監視し、仲違いを狙っている誰かが常に見張っていると証明されたからだ。それも、二人が完全に反目するのを待ち構えているように。

その人物とは一体誰なのか?

雅之はワインキャビネットからボトルを取り出し、グラスに注ぐと一口飲んだ。喉仏がごくりと上下し、その瞳に冷たい光が浮かんだ。

「僕と手を組んで、ちょっとした芝居を打つのはどうだ?」

里香は不思議そうに雅之を見た。

「何のこと?」

雅之はグラスを置き、里香に歩み寄ると、彼女を抱きしめた。里香が思わず身をよじると彼は言った。

「こういう風にしておかないと、僕の家にも盗聴器が仕掛けられてるかもしれないからな」

里香は彼の側腰に当てていた手の力を緩め、彼の清々しい香りに包まれるままにした。

「それってどういう意味?」とそっと尋ねた。

雅之はその微かに紅く染まる里香の耳元に視線を向け、低い声で言った。

「相手が見たがっているのは、僕たちが互いに敵対し、憎しみ合う姿だ
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