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第530話

Author: 似水
月宮は必死に彼を止め、「雅之、お前はもうやめろよ。怪我もしてるし、しかも里香とはもう離婚してるんだぞ。決めたなら、前を向けよ!」と言った。

月宮にはどうしてもわからなかった。なぜ雅之がそんなに里香に執着するのか?

もともと、雅之は里香のことを嫌っていたはずだ。里香は、雅之の一番弱っていた姿を知っていたから。記憶を失くし、声も出せず、まるで別人のようだった。彼が思い出したくない過去の姿を、里香だけが目撃していた。

だからこそ、最初は離婚を強く望んでいたのだ。それが今になって、また里香に執着し始めたなんて、本当に狂っているとしか思えない。

雅之は怒りで額の青筋が浮き上がり、月宮を睨みつけるようにして「僕は里香と離婚していない。彼女はまだ僕の妻だ!」と吐き捨てるように言った。

月宮はその言葉に呆然として、「今......何て言った?」と訊き返した。

雅之は、先ほどの動きで傷口が開き、かすかな血の匂いが漂っていた。彼は冷たく笑みを浮かべながら、「あいつが離婚証を欲しいって言うから渡しただけだ。本物か偽物かは、あいつが見分けるべきだ」と言った。

もし里香がすぐに偽物と気づいていれば、二人は本当に離婚していたかもしれない。だが、里香は気づかなかった。だったらしょうがないのだ。

里香は僕の妻でしかありえない。たとえ僕が死んでも、里香の配偶者欄には『未亡人』と書かれ、『離婚』とは絶対に書かせない。

「お前、マジで狂ってるぞ......」

月宮は呆然と雅之を見つめ、里香に偽の離婚証を渡していたことに驚きを隠せなかった。

「もし、いつか里香がこの嘘に気づいて、お前と大喧嘩したらどうするつもりだ?」と月宮は病室で雅之を座らせながら眉をひそめて聞いた。

月宮には、雅之があえて破滅に向かっているようにしか見えなかった。

里香の性格は頑固で、この嘘が発覚したら、ただ事では済まないだろう......雅之は後悔するかもしれない。

「構わない」

雅之は目を閉じ、静かな口調で言った。「どれだけ騒ごうと構わない。彼女は僕の妻なんだ」

月宮はしばらく何も言えなかった。彼には雅之の狂気が理解できなかった。

雅之は少し休んで体調が戻ると、冷たい表情のまま再び立ち上がろうとした。月宮は彼の肩を押さえて、「ここでじっとしてろ。俺が代わりに様子を見てくる」と言った。

雅之は薄い唇
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Comments (2)
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YOKO
笑笑 かおるサンと月宮氏の遭遇、楽しみ
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YOKO
oh...︎見直したわよ。中々やるねー雅之!
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