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第932話

Author: 似水
聡は口元にうっすら笑みを浮かべ、星野に手を振った。まるで昔からの友人にでも挨拶しているかのようだった。

けれど、星野は無表情のまま視線を逸らし、早織と一緒に立ち去った。

そのときになって、聡はようやく彼女――早織の顔をちゃんと見ることができた。たしかに、文句なしに可愛かった。

車に乗り込んだ隼人が口を開いた。

「聡さんって、どのへんに住んでるの?」

聡は住所を伝え、「ありがとう、隼人さん」とお礼を言った。

隼人は穏やかに微笑んだ。

「有美ちゃんの友達でしょ。そんなにかしこまらなくていいよ」

聡は口元の笑みをほんの少しゆるめて、気だるげに言った。

「有美は有美。兄貴は兄貴。いっしょくたにはできないよ」

隼人は一瞬、言葉に詰まったようだった。そして改めて、じっと聡を見つめた。

彼はずっと、聡のことをおとなしい人だと思っていた。だけど今、二人きりになってみると、何かが違って見えた。

聡は、他人の目なんてまるで気にしていないように見える。自分のやりたいことだけをやる。自由奔放で、どこか掴みどころがなくて、誰にも縛られない――まるで、ひらひらと飛び回る蝶のようだった。

車はまもなくマンションの入り口に到着した。

聡が車を降り、「隼人さん、さようなら」と言うと、隼人は軽くうなずき、彼女が建物に入っていくのを見送った。

そのときだった。

一組の中年夫婦が走り寄り、左右から聡の腕をつかんだ。

「希嗣だ!やっと見つけたよ!私が……私が君の母親なの!」

中年の女性は必死の形相で聡の腕をつかみ、逃がすまいと力を込めていた。

聡は眉をひそめ、しばらくもがいてみたが、振りほどけなかった。そして冷たい声で言い放つ。

「離してください。お前たちのことなんて、全然知りません」

それでも中年の女性は、さらに激しく泣き始めた。

「希嗣、あなたは希嗣よ!うちの娘なのよ!信じられないなら、病院でDNA鑑定してもいいから!」

隣にいた中年の男性も加勢するように言った。

「そうだよ。俺が君の父親だぞ」

その光景は、どこか滑稽にすら見えた。

聡は吐き捨てるように言った。

「離して。離さないなら、警察呼びますよ」

だが中年の女性は怯むどころか言い返した。

「呼べばいいじゃない!そうすれば私たちの身元もはっきりするでしょ。私たちは本当に、君の両親なんだから!
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