「ママー、誰とお話しているの?けーくんやあおちゃんも知っている人?」
インターホンの向こうから聞こえてきたのは幼い子どもの無邪気な声だった。その声に、俺は思わず息をのんだ。
「しっ。ふたりはお部屋に戻っていてくれるかな」
華は焦ったように子どもたちをたしなめている。華が子どもたちを抱きかかえ、困った顔をしている様子が目に浮かぶ。
「なんでみーみのようにお部屋に入れないで、ここでお話しているの?」
「けーくんとあおちゃんもお話したい!!」
二人の子どもたちにせがまれている華の様子は、俺が想像していた「監禁された悲劇のヒロイン」とはかけ離れていた。
「はじめまして。一条 瑛斗です」
俺が子どもたちに語りかけるようにインターホンに向かってそう言った瞬間、子どもたちは無邪気な声を上げた。
「わー、お話してくれた!」
「ねー、ママ!あおちゃんちに話しかけてくれたよ!」
「ちょっと、瑛斗!!何を……」
「ママー、誰とお話しているの?けーくんやあおちゃんも知っている人?」インターホンの向こうから聞こえてきたのは幼い子どもの無邪気な声だった。その声に、俺は思わず息をのんだ。「しっ。ふたりはお部屋に戻っていてくれるかな」華は焦ったように子どもたちをたしなめている。華が子どもたちを抱きかかえ、困った顔をしている様子が目に浮かぶ。「なんでみーみのようにお部屋に入れないで、ここでお話しているの?」「けーくんとあおちゃんもお話したい!!」二人の子どもたちにせがまれている華の様子は、俺が想像していた「監禁された悲劇のヒロイン」とはかけ離れていた。「はじめまして。一条 瑛斗です」俺が子どもたちに語りかけるようにインターホンに向かってそう言った瞬間、子どもたちは無邪気な声を上げた。「わー、お話してくれた!」「ねー、ママ!あおちゃんちに話しかけてくれたよ!」「ちょっと、瑛斗!!何を……」
「華、俺が悪かった。俺が間違っていた。今すぐお前を助けに行く」長野へ向かう途中、馳せる気持ちでそう何度も心の中で叫び、連呼していた。別荘に着いたら、まずはしっかり今までのことを謝ろう。華に信じてもらえるまで謝るんだ。そこからあの場所を抜け出して、今までの疑惑を解消するために今後こそ二人で乗り越えるんだ。ピンポーン別荘につき、今回は躊躇することなくインターホンを鳴らす。「はい、どちらさまでしょうか」この前と違い、今日は執事と思われる男性の声が返ってきた。「一条瑛斗と申します。そちらにいる神宮寺華さんにお話があり伺いました。どうしても謝りたいことがあると伝えて頂けますでしょうか。」「は、はあ……。少々お待ちいただけますでしょうか。」執事が華に伝えているのだろうが反応がなく、しばらくの間、玄関で待たされていた。「恐れ入りますが、お話し
華がいなければ、玲は神宮寺家の一人娘として両親から可愛がられたはずだ。しかし、華がいることで「後妻の子」と思われることが嫌だったのではないか?そして、その黒い気持ちが玲の心の中で渦巻き、華を追い出すという計画へと繋がったのかもしれない―――。俺の中で、今までバラバラだった点と点が、一本の線に繋がっていく。長野の別荘の件。あの豪華な別荘は、どう考えても三上が所有できるものではない。華と神宮寺家がまだ繋がっている可能性は高いとみている。繋がりがあるとするなら、あの豪華な別荘も、華の穏やかな暮らしぶりも納得がいく。俺の考察は一つの結論に達した。(例えば、『長野の別荘で誰とも会わずに暮らすこと』を条件に縁を切らないと言われた。そして、俺に言わないだけで、実は玲も華が神宮寺家と繋がっていることを知っており、定期的に実家を訪れ、華のことを監視しているのではないか。そして、玲が華の行方を知らないと言っていたのは、俺に華と接触させないためだったのではないか。)俺は自分の推測にごくりと唾を飲んだ。(そうだとすれば、俺が尋ねた時に動揺した理由も、拒否した理由も分かる。そしてこの前の玲の電話の『監視』というのは、華のことではないか。華はきっと俺に会うのが嫌だったのではない。きっと何らかの事情があって、「嫌なふり」をしなくてはいけない理由があったんだ。俺は、華を深く傷つけ孤独にさせてしまったが、それ自体が罠で、そして今も、華は実は監視され支配から逃れられずにいるのだとしたら……。)
「瑛斗、玲さんって実家には頻繁に顔を出したりするの?」都内の高級ホテルのラウンジで二人きりでコーヒーを飲みながら話し合っていた時だった。空が突然、玲の実家である神宮寺家との関係を尋ねてきた。「いや、俺も玲も互いの予定をほとんど知らないんだ。結婚当初から、玲は休みの日になると朝から出かけることが多くて、別々に過ごしていたから何をしているのかサッパリ分からない」俺がそう答えた途端、空の顔がわずかに曇った。今まで玲の行動に深く関心を抱いたことはなかったことを反省したが、それ以上に、空が玲の行動に対して何か不審な点を感じているのではないか、と気になった。「……何かあったのか?」俺の問いかけに、空は一度視線を落とし、それからニコリと笑って俺の目を真っ直ぐに見つめて言った。「ちょっと気になることがあったんだけど、まだ僕の仮説段階だからいいや。もし誤解で瑛斗を惑わせてしまうことはしたくないし、確証が掴めたらちゃんと話すね」空がラウンジを出た後も俺は、その場を離れずに考えていた。しかし、何を考えているのか、あの質問にどんな意図があったのか分からなかった。玲と神宮寺家には、何か俺が知らない秘密でもあるのだろうか―――玲と華、どちら
訴えを起こしてきた女性は、音声データの存在を告げられると、その態度を一変させたらしい。電話口での声も弱々しく、言葉に詰まり動揺の色が明らかだったという。そして、数日後、彼女の方から「訴えを棄却したい」と連絡を寄こした。理由を尋ねると、彼女は涙ながらに語ったという。「退職後に色々なことがうまくいかなくて、自分を嫌になっていました。そんな時に子会社へ出向したはずの相原さんが、退職理由を尋ねてきて私の話に真剣に耳を傾けてくれたんです。」「その時、勝手に相原さんが自分と同じ境遇を味わった仲間のように感じました。でも、その後、元のポジションよりも昇格して親会社に華々しく戻っていることを知り、一向にうまくいかない自分と比べてしまい、とても羨ましかった。その羨む気持ちが、いつしか恨みに変わってしまったんです。……本当に申し訳ありませんでした」(彼女の証言が真実かどうかは分からないが、完璧で人望の厚い空のような人物でもこんな風に恨みを買うことがあるんだなんて……)一連の騒動はすぐに解決し会社への影響もなかった。だが、俺は今回の件に少なからず動揺していた。空の人間性に対する信頼は揺るがないが、人の心の脆さや嫉妬という感情の恐ろしさを改めて痛感した。「全員分の録音データを残しておいたなんて、さすがだよ」数日後、空と二人きりで事業の打ち合わせを終えたタイミングでそう話しかけた。しかし、空は今回の件にショック
「相原専務、私は専務のことを信じているが、今回の件について、君からも話を聞かせてくれないか」人事部門の役員がいる手前、俺は空のことを「相原専務」と呼び真偽を尋ねた。緊張した面持ちでじっと空を見つめると、空から『大丈夫だよ』と言っているかのような穏やかな視線が返ってきた。「今回の件ですが、十分に配慮したつもりですが、不快に思わせてしまったのは私に落ち度があったと思います。申し訳ございません。しかし、訴えにあるような性的な会話は一切しておらず、接触ももちろんありません」空は落ち着いた口調で、キッパリと断言した。「そして、証拠となるものがないとのことですが、私の方で今回のヒアリングした相手との全ての音声データを残しています。この録音は、報告時に私が故意に事実を隠蔽したり、細工したりはしていないと示すために保管しておいたものであり、業務報告以外では一切使用していません。ファイルのログイン履歴などを調べていただいても結構です」「そうなのですか!それではその音声をすぐに我々で解析して……」役員は安堵の表情を見せたが、空は冷静にそれを遮った。「そのことですが、こちらが勝手に音声を聞いたら、それもプライバシーの侵害と訴えられかねません。ですので、音声データがあることと真相を確かめるため、確認していいか承認を得てからの方がいいかと。データの存在を知ったら、考えを改めるかもしれません。」