瑛斗side
「今回の異動は、本人も直前になって聞かされ、寝耳に水だったそうです。もちろん希望などしておらず、秘書として各部門の業務内容を把握している彼女は、自分を追い出すための人事ではないかと怯えていました」
空と人事部長同席のもと、玲の元秘書に話を聞いたところ、今回の異動は、本人の意思とは全く関係のない、突然の出来事だったそうだ。
『私、何かしたのでしょうか……。少し前から副社長の当たりが少し強くなった気がしていたのですが、以前より日によって波がある方でしたので、気にしないようにしていました。しかし、先週末に急に呼び出されて異動を告げられたんです』
そう言って、顔を青くして憔悴したように言う秘書の姿に空は胸を痛めたという。
彼女の法務部への異動は取りやめ、別の部署を探すことを約束し、当面は休暇を取ってもらうことにした。そして数日後、総務など今までの業務に関連のある部門への異動が決定し、彼女は安堵の表情を見せたという。
玲は、自分の秘密を漏らした人間を容赦なく切り捨てた。そして、新しい秘書を社内の人間ではなく、社外から呼び寄せるという異例の抜擢をした。
玲のいる副社長室を訪ね、業務の話を終えてから俺は新しい秘書について尋ねた。
「今度の秘書は、社外から来た人物だ
瑛斗side「空は、新しい秘書についてどう思う?」玲の元秘書を救った数日後、空と俺は執務室で新しい秘書について話し合っていた。「まだ会ったことないから分からないけれど、玲さんが人選したなら、きっと玲さんに都合のいい人のはずだ。警戒するに越したことはないと思う」「そうか。俺も同じ意見だ」俺が火曜午後の会議を固定し、玲の行動を制限しようとしたことで、玲から「火曜日の午後は出来るだけスケジュールを入れないように」と言われていることを空に話してしまった元秘書は、不当に異動させられた。そして、新しい秘書は玲が人選した外部から来た人間だった。玲は、自分の秘密を漏らさない人間を外部から呼び寄せたのだ。数日後――――「この度、副社長秘書になりました長谷川です。よろしくお願い致します」新しい秘書の長谷川という女性が玲に連れられて挨拶にやってきた。黒縁眼鏡に、綺麗に櫛で梳かされた黒髪を耳の後ろで一つ縛りにした、真面目で礼儀正しそうな人物だった。「ああ、社長の一条だ。よろしく頼むよ」その後、空
瑛斗side 「今回の異動は、本人も直前になって聞かされ、寝耳に水だったそうです。もちろん希望などしておらず、秘書として各部門の業務内容を把握している彼女は、自分を追い出すための人事ではないかと怯えていました」空と人事部長同席のもと、玲の元秘書に話を聞いたところ、今回の異動は、本人の意思とは全く関係のない、突然の出来事だったそうだ。『私、何かしたのでしょうか……。少し前から副社長の当たりが少し強くなった気がしていたのですが、以前より日によって波がある方でしたので、気にしないようにしていました。しかし、先週末に急に呼び出されて異動を告げられたんです』そう言って、顔を青くして憔悴したように言う秘書の姿に空は胸を痛めたという。彼女の法務部への異動は取りやめ、別の部署を探すことを約束し、当面は休暇を取ってもらうことにした。そして数日後、総務など今までの業務に関連のある部門への異動が決定し、彼女は安堵の表情を見せたという。玲は、自分の秘密を漏らした人間を容赦なく切り捨てた。そして、新しい秘書を社内の人間ではなく、社外から呼び寄せるという異例の抜擢をした。玲のいる副社長室を訪ね、業務の話を終えてから俺は新しい秘書について尋ねた。「今度の秘書は、社外から来た人物だ
会議室で役員たちがいなくなると、玲は不機嫌を隠すことなく俺に問い詰めてきた。「火曜日午後の役員会議ってなに?なんで私も毎回出席なのに事前に連絡もなく決めるのよ?」「何か困ることでもあるのか?役員会議以外にもみなやることはある。だから他の会議とかぶらないように、俺の秘書にここ数か月の予定を確認させて、一番都合がつけやすそうな日にしたんだ。スケジュールが空いていたが、人に言えない用事でもあるのか?」玲の顔がわずかに引きつった。その瞳には、焦りと俺への強い怒りが入り混じっている。「――――っ、ないわよ。でも、こういうことは今後、事前に連絡ぐらいして欲しいわ」玲は睨むようにしてその場を去った。俺は、玲の背中を見送りながら静かに微笑んだ。それから二週間後―――――――「瑛斗、ちょっとこれ見て!!!」空が、慌てた様子で社長室に入ってきた。手に持っているのは、既に決済された人事異動関連の書類だ。玲の秘書の一人である女性社員が一名異動になっている。「どうしたんだ?これがなんだと言うんだ?」「彼女、玲さんの秘書の一人だよ。あと、僕に火曜日の午後にスケジュールを入れな
瑛斗side「今まで曜日が不定期だった役員会議だが、これからは基本的に火曜日の午後に行うことにする。専務以上は毎回出席だが、効率化のため、出席者は該当部門のみであとは資料にて共有とする。何か意見があるものはいないか?」役員会議の最後に俺がそう告げると、会議室が静まり返った。玲は一瞬、俺の顔を見てから、すぐに手元の資料に視線を落とした。他の役員たちの中には、毎回出席しなくてもいいことに安堵の表情を浮かべるものもいる。意見がないのは賛成とみなして会議を終わらせた。火曜日の午後、それは玲が神宮寺家を訪問している日だった。空が玲の行動を調べているうちに、毎月必ず火曜日の午後に数時間の外出をしていることが判明した。調べてみると、秘書にも予定を入れないように指示していた。不審に思い、空が探偵に尾行を依頼すると玲は神宮寺家を訪れていた。そして、その日は三上の往診日で、玲が滞在しているタイミングで三上も屋敷内に入っていた。神宮寺家は、玲の両親が本邸に住んでおり、祖父は旧本邸にいる。そのため、三上と玲が同じタイミングで敷地内に入っても顔を合わせない可能性はある。問い詰めるために玲に尋ねると、玲は少し動揺してから、祖父の調子が悪いから実家に行っていると言っていた。もし本当に祖父の体調を気にしての訪問なら、主治医である三上と顔を合わせたり話をしたりするのではないだろうか?ただの見舞いにしても、その頻度
華side父との電話を切った後、私の心の中で疑惑の渦が少し大きくなったのを感じた。(玲は、平日の昼間に実家に顔を出している?玲も仕事があるのに、平日の昼間に実家に行っているというの?護さんは、玲とは会っていないと話していたけれど、もし護さんが、玲が来る曜日に合わせて実家に出入りしていたら……。)護さんが以前、私に「玲とはもう何年も会っていない」と話していた言葉が頭の中で反芻される。しかし、玲は平日の昼間に実家へ行っているらしい。護さんは毎日、神宮寺家を訪れているわけではないので、必ずしも居合わせるとは限らない。この情報だけでは、護さんが嘘をついていると断定することはできなかった。そして、父から聞かされた話も私の心に重くのしかかる。『三上くんが、私が別荘を訪問した次の日に電話をくれたんだ。華と付き合っていることを本来ならすぐに報告すべきところを黙っていて申し訳なかったと言っていたよ。』護さんの真面目な性格につい笑みが零れたが、次の言葉で表情は硬直した。『真剣に付き合っていて、結婚も考えていて既に華にも伝えたと聞いた。それで、今までの事や、色々と問題もあるから、結婚を機に家族四人で暮らしたいと伝えられたんだ。場所も長野ではなく全然違う場所がいいとね。今の場所に何かトラブルでもあったのか?』結婚の返事をまだしていないことにしびれを切らした
華side月曜日、昼休みの時間帯を見計らって父に電話を掛けた。この時間なら仕事で会社にいるため、継母や神宮寺家の人間に会話を聞かれることはないと思ったからだ。「この前は、子どもたちにお祝いをありがとうございました。ランドセルや入学準備などに使わせてもらいますね。ご迷惑でなければ写真を送ってもよろしいでしょうか?」「ありがとう。楽しみにしているよ。あの子たちは、私の孫には変わりないからな……」少し戸惑いながらも受け入れようと言い聞かせているようにも聞こえる口調で、父は答えた。父としては複雑な心境だが、それでも子どもたちのことを認めてくれたことがとても嬉しかった。「みなさん、お元気ですか?おじいさまの体調はいかがですか?」「大丈夫だ。薬は飲んでようだが、元気にやっているよ」父の言葉は、以前護さんが話してくれた時と一致している。私は、わずかな手の震えを抑え、小さく深呼吸をして呼吸を整えてから、一番聞きたかったことを尋ねた。「それなら良かったです。あの、玲とはよく会っていますか?家に来ることはあるのですか?」父は、一瞬だけ沈黙した。その沈黙が私の心臓を強く締めつけた。