華side
「華に会って話したいことがあるんだが時間を作ってもらえないだろうか?」
「はい、私はいつでも大丈夫ですので、お父様のご都合のいい時でお願いします」
瑛斗からDNA鑑定の結果報告の連絡を貰った二日後、父から電話がかかってきた。玲や櫻子さんが相次いで失踪し、三上が事件を起こした動機に苦しみ、心労が絶えないようだった。疲れの滲む声に憔悴具合が伝わってくる。
数日後に届いたメールに、私は驚いて目を見開いた。
「華さえよければ、子どもたちも連れて家に来てくれないだろうか」
父と会う時は、いつも花村の運転で長野の別荘に来ていた。そして、子どもたちが帰ってくる前に用件を済ませると、すぐに帰ってしまうのだった。そのことが、子どもたちのことを受け入れてもらえていない気がして、密かに傷ついていた。
(子どもたちも?父はこの子たちと会ってくれると言うの?)
別荘には執事や家政婦、それに運転手など使用人はいるが、私以外に子どもたちと血縁関係のある『家族』はいない。産まれてから、子どもたちを家族として紹介できないことに申し訳なさを感じていたので心から嬉しかった。父の苦難の後に、ようやく家族としての絆を取り戻そうとしている。
週末の土曜日――――
華side部屋に着くと、既にコース料理が注文済みで上品な和食器がテーブルに並べられていた。私たちは、飲み物のオーダーだけ聞かれてウーロン茶を頼んだ。飲み物が届いて、瑛斗は一口だけ飲むとすぐさま本題へと入った。「話と言うのは、玲のことなんだ」「玲?玲が逃げ出したことは聞いたけれど、何があったの?」「ああ、俺の父親を通して神宮寺会長には玲の失踪を告げたけれど、実際はかなり包み隠して報告している」瑛斗は、周囲をもう一度確認するように見渡す。料亭の個室は静かで、外の喧騒も全く届かない。隣の部屋も使われていないようで私たち以外の声は一切聞こえなかった。「包み隠す……どういうこと?」「実は、玲の他に協力者がいる可能性が高いんだ。その人物は、裏社会にも精通しているかもしれない」「まさか、玲はそんな怪しい人物と繋がりがあるかもしれないと言うの?」私の言葉に瑛斗は静かに首を縦に振った。私の背筋に冷たいものが走る。「あくまでも状況証拠に過ぎないが、玲が逃げた時、玲の秘書だった女性も一緒だった。そして玲と秘書は、会社の玄関前に待機していた車の後部座席に乗り込んで逃げたん
華side瑛斗が長野の別荘を訪れてから二週間が経った平日の午前十一時、私は長野駅の改札前で瑛斗を待っていた。「華、お待たせ。急に来てもらってすまない」スーツ姿の瑛斗が小さく手を振ってこちらに近付いてくる。「いいのよ、こちらこそ長野まで来てもらってごめんなさい。来てくれると言ってくれて助かったわ」「何、首都高を使えば一時間半で着く。何の問題もないよ。ただ、この場所で話すわけにはいかない。ちょっと車で移動するから行こうか」「え、この周辺じゃないの?行ってくれればそっちに最初から行ったのに」「ああ、俺に会ったことや場所は特定されない方がいいと思って、あえてここにしたんだ。コインパーキングに車を停めてある。個室の店を予約してあるから、そこで話をしよう」瑛斗の用意周到さに、話の重大さが伝わってきて鞄を持つ手に思わず力が入った。「どうぞ、乗って」瑛斗は、車に着くと助手席のドアを開けてエスコートしてくれた。乗り込んだ車は、結婚していた時に乗っていた車種ではなく、高級感のあるSUVに変わっていた。離れ離れになって七年が経ち、時の流れと、瑛斗の日常も大きく変わったことに、少しの寂しさを覚えなが
華side「慶くん、碧ちゃん今日はありがとう。また来るよ」「うん、待ってる!また遊んでね!!」瑛斗を見送るため、駐車場まで子どもたちと四人で向かうと、瑛斗は腰をかがめて視線を子どもたちに合わせて頭を撫でながら笑顔で話しかけている。子どもたちも嬉しそうに瑛斗の腕にしがみついて笑っていた。「華も今日は本当にありがとう。楽しかった」「ええ。こちらこそ、ありがとう」瑛斗は辺りを見渡して、誰もいないことを確認してから真剣な表情で静かに言った。その声のトーンは、さっきまでの和やかな雰囲気とは打って変わって緊張の響きを持っていた。「あと一つ真面目な話があるんだ。一度、二人だけで話す時間をもらえないだろうか」「真面目な話?」「ああ、神宮寺家に関わる話だ。出来ればここではない、第三者の目が届かない場所だと嬉しい」「神宮寺家に関わる話」という言葉が、私の胸に重くのしかかった。「……分かったわ。場所や時間はまた連絡する」
華side「わーママやっと来た!遅い!待っていたんだよー!」子どもたちは私を見ると、走って駆け寄ってきて手を引っ張ってきた。両手を引っ張られながら転ばないように私も小走りになると、瑛斗が優しく、でも自分がどこまで踏み入っていいのか悩んでいるようで少しだけ寂しそうにこちらを見ている。私は子どもたちの頭をそっと撫でてこっそり耳打ちをすると、二人は笑顔で大きく頷きすぐに瑛斗の元へと走って行った。「ねー!一緒に遊んで。ボール蹴りたいの!」「いいよ。一緒にやろう。慶くんと碧ちゃんの先生になるよ!」子どもたちに誘われて、瑛斗は顔を輝かせ嬉しそうにボールを持って走り出した。元サッカー部だった瑛斗は、子どもたちが時折、ボールに当たらなかったり変な方向に飛ばすと、すぐに走って寄り添い、膝をついて目線を合わせてから丁寧にコツを教えている。「慶くんいいね!上手にまっすぐ蹴れているね!」「碧ちゃんはボールの横を蹴るんだよ。お兄ちゃんみたいにできるかな?」子どもたちと瑛斗が仲良く過ごしているのが新鮮で、私は庭の椅子に座りながら、その三人だけの温かい世界を遠くから見ていた。
華side「今日はありがとう。子どもたちが待っているから庭に行きましょう」瑛斗の傷ついた顔を見ることは辛かった。この行動が、瑛斗の純粋な気持ちを傷つけていることも痛いほど理解している。私は、逃げるように瑛斗の顔を見ることなく一足先に庭へ向かう道を歩いて行った。「待ってくれ……」瑛斗は、私の手首を掴むと、自分の方へと引き寄せて後ろから優しく抱きしめてきた。首元から瑛斗の熱が伝わってくる。「それは、華の本心なのか?華自身の意見なのか?」瑛斗は震える声で私に問いただす。その言葉を聞いた私も全身が小刻みに震えていた。瑛斗が話すたびに当たる吐息に涙が出そうになるのを堪えて、気持ちを落ち着かせてから静かに言った。「―――ええ、そうよ。確かに子どもたちはあなたの子どもよ。時間は掛かったけれど、証明できてよかったわ。でも、だからと言って一緒になることは望んでいないの」「華は、俺のことを憎んでいるか?華自身は、本当はもう会いたくないほど憎くて仕方がないのか?」私が、自分以外の事情を考えて本心を言っていないと瑛斗は考えているようで、しきりに『華自身は』という言葉を使ってくる。そのことが、私に言葉を詰まらせる。
華side「ママ、お話したいことがあるから慶と碧はお庭で遊んでいてくれるかな?終わったらすぐに行くからね」「えー……うん、分かった。約束だよ」「慶くん、碧ちゃん終わったら必ず行くから待っててね」ケーキを食べ終えた二人にそう言うと、不満そうな表情を浮かべながらもすぐに庭を駆けていった。時折、こちらを確認して振り返る姿を可愛く思いながら、手を振って見守っていた。二人の背中が見えなくなるのを確認すると、時が止まったかのように私たちは静かに見つめ合っていた。「華、俺は華とやり直したい。」瑛斗は私の顔を見て、そうしっかりと断言をした。「華とやり直して、子どもたちと一緒に暮らして。本当の家族になりたいんだ。七年間も側にいなかったのに、DNA鑑定の結果が出たら急に父親面して、華が俺のことを許せないのも分かる。だけど、これからは俺が華のことを支えたいし、誠意を見せていきたいんだ」瑛斗の言葉一つ一つが、私の心に深く響いている。「瑛斗……。瑛斗のご両親は、今回の結果のことは知っているの」「ああ。この前、