家に帰り、玲は瑛斗の会社での一連の出来事を思い返していた。「お姉ちゃんが妊娠したのが分かった時はどうしようかと思ったけどうまく言ったわ。これで瑛斗もお腹の子どもに興味を持たなくなるし、何にも信じなくなるでしょ。」私は社長室で瑛斗と空と三上の話を立ち聞きして状況をすぐに把握した。詳細を聞きたくて三上を問い詰めたが、全く相手にされず教えてもらえなかった。しかし、瑛斗たちには三上から聞いたことにしてお腹の子は別の相手でお姉ちゃんは不貞で姿を消したことにした。「ふふふ、私ってば頭いい。神宮寺家の娘だから専属医の三上から話を聞けたって設定もいい線いってるわよね。瑛斗も空くんも子どもの父親までは調べていないようだったから反論出来なかったし。」あ自分の機転の利いた筋書きが瑛斗たちの心を揺さぶることが出来て満足していた。「チッ……でも、産まれきてDNA鑑定とか騒ぎ出したら面倒よね。もし瑛斗の子どもだってバレたら私の信用もなくなってしまうし。その前に手を打っておかなくちゃ。」日本に戻ってきてからずっと実家にいるが姉は一度も家に帰ってきていない。両親も姉からの連絡がないので離婚の事を知らずにいた。
エレベーターに乗りながら三上は今日の一連の出来事を振り返っていた。(……もしかして華ちゃんは妊娠のことを誰にも話をしていない?)夫の瑛斗と共に会社を経営している空という男性が私の元へ来て、華の様子を聞いてきた。「この書類は本当か?華さんは妊娠しているのか?」探偵でも雇ったのか、見せられた写真には盗撮でもしたような距離感でお腹の大きくなった華が映っていた。そして、コピーだろうが妊娠が分かった時に華に渡した妊娠報告書も持っている。その只ならぬ様子に驚き、空がどこまで把握しているか確かめることにした。「この書類や写真はなんですか?本人が知らないところで撮ったように見えますが。」「そんなこと今は関係ない。この書類が事実かどうかだけ答えてくれればいい。」妊娠が分かった翌日に華から電話が来たときの事を思い出した。(双子を一人で育てることは可能か?そう言っていたが、あの時既に夫婦関係は破綻していたのでは……そして妊娠を告げずに去ったのか?)「……患者のプライバシーに関することなのでお答えできません。そのような書類も誤解を与えるといけませんので返してください。」「
コンコン----社長室のドアがノックされて俺と空が視線を向けると、そこには玲が立っていた。「瑛斗?三上先生から話聞いた?まさか、お姉ちゃんが妊娠していたなんて……。」「……なんでそのことを?」「今、ここに来る途中で三上先生に会ったの。三上先生が瑛斗の会社にいるなんておかしいから理由を聞いたら、お姉ちゃんが妊娠していたって。」「ああ……。断言はしなかったが間違いないと思う」俺が沈んだ声で返すと、玲は声を震わせながら涙ながらに続けた。「しかも、それが瑛斗ではなく別の男性だなんて。私、瑛斗の気持ち考えたら悲しくて悔しくてしょうがないの……」「え?なんだって!?玲?それは本当か?」「……ええ。三上先生から聞いたわ。でもこれが本当ならお姉ちゃんが出ていったのも納得いくわよね。お姉ちゃんは、他の人の子どもが出来たから瑛斗の元を去ったのよ!!そうでなければ、夫である瑛斗に言わないなんておかしいもの。今頃、タイミングよく離婚を切り出されて良かったと喜んでいるのよ。だからすぐにサインして家を出ていったんじゃないの?」「…………。」
「空……華は本当に妊娠しているのか?」三上がいなくなってから空に聞き返した。「ああ、間違いないよ。瑛斗が仕事に集中できてなかったから気になって華さんのことを調べてもらっていたんだ。そうしたら、ほら……」空は別の封筒から華の写真を見せてきた。そこにはお腹だけが大きく膨らんでいる華の写真が何枚も写されている。日を重ねるごとにお腹も目立ち、誰もが妊婦と分かる状態だった。「華さんが家を出てから五か月。写真のお腹の膨らみを考えると9か月か臨月らしい。でもそれなら瑛斗も変化に気が付いたはずだし華さんも妊娠のことを話したはずだ。それで詳しく調べたら……」先ほどの『双胎妊娠』と書かれた妊娠報告書を見せてきた。「三上も否定しなかったということと、日に日にお腹が大きくなっていることを考えると双子の妊娠は間違いないと思う。」「そうか。俺は、俺は……、俺はなんてことを華にしてしまったんだ。」離婚を切り出した時の切なそうな華の顔を思い出す。あの時、華も話があると言っていたが俺が先に離婚話を切り出したので華は何も言わずに寝室へ行ってしまった。顔を歪めて大粒の涙を流しながら俺を見つめていた華。
「華が妊娠していた……?まさか……そんな状態で俺は華を追い出したと言うのか?なあ、華は今どんな状態なんだ?どこにいる?」空と争っていた三上の元へ行き、華の状態を問い詰めた。「患者のプライバシーのため私の口からは言えません。あなたは夫なんだからご自身で聞けばいいのでは?」たった今、妊娠を知ったばかりの俺が華と連絡が取れるわけがない。しかし、三上はそのことを承知の上で冷たくあしらうように言い返してきた。三上は華の実家・神宮寺家の専属医だ。いくら結婚して一条家も繋がりが出来たとしても神宮寺家への忠誠心から華のことは話さないだろう。「では失敬。」苛立ちながら書類を取り戻すと、三上は部屋を出ていった。一方、玲はこの日も瑛斗に復縁してもらうために会社に顔を出していた。しかし、入ろうとした時に部屋から瑛斗が驚き叫ぶ声が聞こえて全てを悟った。(あの女が、妊娠……? 離婚させてせっかく瑛斗から引き離したというのに……。瑛斗との繋がりを持つ子供がいるなんて絶対に許せない……!すべて私の計画通りに進んでいたはずなのに……。あの女、絶対に許さない。必ず徹底的に潰してやるんだから。待っていてね。お・ね・え・さ・ま。)部屋の前で立ち聞きしていたが、三上と鉢合わせになった。「ああ、これは玲さん。お久しぶりです。帰ってきていたんですね。」「姉はどんな状態なの?私は神宮寺家の人間よ。話してよ」「申し訳ございませんが、いくら身内でも華さんから承諾を得ないと私の口からは話せません。瑛斗さんも気にしていましたし、あなたと瑛斗さんで華さんに連絡をすればいいのではないのですか?」そう言ってにこやかに微笑み去っていった。(あの三上って男なんなのよ。私は神宮寺家の令嬢よ。なんで私の言うことが聞けないの?連絡できないだろって見下しているような態度もムカつく!!)
「また華さんのこと考えているの?離婚したんだからもう忘れなよ」親友でありビジネスパートナーでもある空の言葉が重く胸に響く。華が出て行ってからもう四ヶ月が経つ。離婚を切り出した翌日、家に帰るとリビングのテーブルには離婚届と結婚指輪が置かれていた。その後、華からは一度も連絡はない。「まさか華があっさりとサインするとは思わなかったんだ……」苛立ちを隠せずスマホを弄びながら呟く。「妹とヨリを戻すために離婚を切り出しておいて、戻ってくるのを期待していたのか?」空の言葉は正論すぎて言い返す言葉が見つからない。(あれほど俺のことを好きだった華があんなにもあっさりと離婚に応じるとは思わなかった。難航すると思っていたから、わざと冷たい態度をとったのにすぐに家を出ていくなんて。もしかして玲の言う通り今までの華は全て演技だったのか? 本当はずっと俺と別れたかったのか?)ぐるぐると巡る思考の渦に頭が締め付けられる。「離婚のことはまだ両親に話せていないんだろう?いい加減、話した方がいい。先月、お前の父さんが“華さんは元気か”と気にかけていたぞ」「……何と答えた?」「元気でやっていると思う、と答えておいた」安堵と罪悪感が同時に押し寄せる。家のこと、会社のこと、そして華のこと。すべてが重くのしかかり離婚の二文字を口にする勇気が出なかった。社長室で一人になり、華との生活を思い返していた。この結婚は、神宮寺家との繋がりを得るための政略結婚だった。最初は家のためだと割り切っていた。しかし、華の純粋で真っ直ぐな瞳に見つめられるうちに、政略結婚ということは忘れて純粋に彼女に惹かれていった。だが今まで割り切った態度を取った手前、急に華に対して愛情表現をすることが出来なかった。俺は、何かきっかけを探していた。今までのことは忘れて華と新しい生活をやり直すためのいい出来事を……。もし、子どもが出来ていたら父親として、夫として華を支えたいと思っていた。しかし、玲の告白ですべてが変わった。帰国した玲はその足で瑛斗の元に来て泣きながら訴えてきた。「私、無理やり海外へ行かされたの……。すべてお姉ちゃんのせいよ。一条家の財産を得るためには私が邪魔だったみたい。だから海外へ行くよう父たちを欺いたのよ。瑛斗も騙されているの。嘘だと思うならこれを見て。」そこには、華の名義の海外口座で多額の金