「華さんが見つかったかも、って喜んでいたのに、なんで瑛斗はそんなに元気をなくしているの?もしかして別人だったとか?」探偵からの報告を聞いてすぐに俺は抑えきれない興奮のまま空に連絡をした。空は、仕事の合間を縫って俺の元へ駆けつけてくれたが、俺の意気消沈した姿を見て戸惑いを浮かべていた。「これ……」俺は力なく、ただ黙ってスマホの画面を渡した。空は、ゆっくりとスクロールし画像一枚一枚を丁寧に確認しているようだった。俺の視線は、空の指の動きに合わせて、再び写真へと引き寄せられる。華と子どもたちの穏やかな日常。遠目からでもわかるあの幸福そうな雰囲気。「これ、どう見ても華さんだよね?」空の声に、かすかな驚きと確信の色が混じっていた。「ああ、華で間違いないと思う。住所も分かった」俺がそう答えると、空は「え……」と小さく声を漏らした。三枚目、そして四枚目の写真を見たところで、全てを察したようだった。空の顔には眉間に深い皺が刻まれ、その表情は一瞬にして硬くなる。四枚目に送られてきた写真は、カフェらしき場
探偵から興奮気味に電話がかかってきたのは、あの長野での出張から二か月が経過した頃のことだった。「社長!調査対象の条件に非常によく似た人物と、双子のお子さんがいるご家庭を見つけました!現在、ご自宅を特定し写真数枚と場所をデータでお送りします!」探偵の声は、喜びと達成感に満ちており、その興奮が受話器越しにひしひしと伝わってくる。「分かった、ありがとう。すぐに頼む」俺は震える声でそう伝え、電話を切った。もしかしたら華にまた会えるかもしれない。今度こそ、華とちゃんと話ができるかもしれない。数年間、探し続けても見つからなかった華の姿を捉えたかもしれない、そう思うと、胸が高鳴り心臓が波打つように高揚して落ち着かなかった。ピコンーー数分後、メールの受信を告げる着信音が鳴り響き、急いで写真を確認する。盗撮のため画像は少し荒かったが、そこに写っている女性は、紛れもなく俺がずっと会いたかった相手――華だった。柔らかな横顔や目元のホクロは、間違いなく華だ。次の写真には庭で無邪気に遊ぶ小さな子どもたちと、それを見守り優しい眼差しで微笑みあう姿があった。華が住む家は、都会の喧騒から離れた人里離れた山奥にある別荘だった。周囲は豊かな自然に囲まれ、穏やかな空気が流れているのが写真からも伝わってきた
「そっか!パパ、お空にいるんだ!」「パパー、見えてる?けいくんとあおちゃんだよー」子どもたちは護さんの言葉を素直に受け入れたようで、無邪気に空を見上げ手を振っていた。その姿を見て、私は胸が締め付けられた。子どもたちが寝て護さんと二人になった後、昼間のことを尋ねてみた。「護さん、どうしてあの子たちに、パパは『お空にいる』って言ったの?本当は、瑛斗はまだ生きてるのに……」護さんは悲しそうな瞳をしながら真っ直ぐに私の目を見つめている。「華ちゃん、嫌な思いをさせたならごめんね。でも、僕は、慶くんと碧ちゃんが真実を知って悲しむようなことはさせたくなかったんだ。それに、もう二度とあの男と会うことはないのだから、問題ないだろう?」護さんが言うように瑛斗と子どもたちが会う可能性は限りなくゼロに近い。しかし、それでも生きている人間を死んだことにすることには抵抗と違和感を覚えた。戸惑っている私の手を取り、護さんは隣に座るように優しく手を差し伸べる。導かれて隣に座ると力強く抱きしめられた。髪を優しく撫でながら切なそうに言葉を絞り出した。「それにね、子どもたちだけじゃなくて華ちゃんも悲しかっただろう。華ちゃんにも悲しい過去を思い出させる
「ねえ、ママ。どうしてパパがいないの?」ある日の夕食時、慶が素朴な疑問を投げかけるように澄んだ瞳で私を見上げた。隣で食事をしていた碧も、フォークを止めて私に視線を向けた。「けーくんとあおちゃんのパパはどこ?」私は一瞬言葉に詰まった。子どもたちにどこまで話すべきか。まだ幼い彼らに残酷な真実を伝えるには早すぎる。だが、嘘をつくこともしたくなかった。私はゆっくりと言葉を選びながら説明しようとした。「パパね、ママとはちょっとお話し合いをして今は別々に暮らしているの。でも、慶も碧もパパにとって大切な子どもたちだよ」私がそう言いかけたその時、横に座っていた護さんが明るい声で話題を変えた。「慶くん、碧ちゃん、今日は幼稚園で何が一番楽しかった?護さんに教えてくれるかな?」子どもたちは護さんの問いかけにすぐに飛びつき、先ほどの質問を忘れたかのように楽しかった出来事を話し始めた。護さんはにこやかに二人の話を聞き、相槌を打ちながら、ちらりと私を見た。その目には「それでいいんだ」というメッセージが込められているように感じた。しかし、その場は収まったものの、数日後、同じような質問が再び投げかけられた。今度は、私と護さんがリビングでくつろいでいる時だった。「ねえ、ママ?パパはいつ帰ってくるの?」碧が、純粋な好奇心から尋ねた。私が再びどう説明しようかと考えていると、護さんがすぐに口を挟んだ。彼の声は絵本を読み聞かせるように穏やかで優しい。「慶くんと碧ちゃんのパパはね、今はお空にいるんだよ。お空から慶くんと碧ちゃんのこと、いつも見守ってくれてるんだ」その言葉を聞いた瞬間、私の心にごくわずかな引っかかりが生まれた。(……瑛斗は、生きている。 それなのに護さんは「お空にいる」と説明するなんて。)瑛斗の存在を、子どもたちに記憶させないように、そして私の人生から完全に排除しようとしているかのように感じられた。
長野での生活も4年が経過して、子どもたちはこの春から近くの私立幼稚園に通い始めた。朝、小さな手を引いて幼稚園バスを見送るたびに胸いっぱいの喜びが込み上げてくる。瑛斗との結婚生活での苦悩は、遠い過去の出来事のようだった。別荘の大きな窓からは、朝日に輝く新緑が目に飛び込んでくる。澄み切った空気の中で、鳥のさえずりが心地よく響いた。毎朝、私は慶と碧を起こすことから一日が始まる。護さんは休みの前夜から別荘を訪れるようになり、休みの日の朝は、私たちと食卓を囲むようになっていた。「華ちゃん、慶くん、碧ちゃん、おはよう!」護さんが優しく声をかけると子どもたちは笑顔で護さんに駆け寄る。彼は二人の頭を撫で、温かい笑顔を向ける。その姿はまるで本当の父親のようだった。「今日は幼稚園で何するの?」護さんが慶に尋ねると、慶は目を輝かせながら「ねんど!」と答える。碧はまだ眠そうな顔をしながらも、護さんの膝の上にちょこんと座り黙ってパンをかじっていた。護さんはそんな碧の頭を優しく撫でながらコーヒーを一口飲む。この何気ない朝の時間が、私にとって何よりも大切な宝物だった。朝食後、護さんは子どもたちの幼稚園の準備を手伝ってくれてる。上着を着せたり、靴を履こうとする二人を辛抱強く見守る。「行ってくるねー」
玲が副社長になってからというもの、社員たちは顔色を伺い、常に委縮していた。会議では誰も発言しようとせず閉塞的な空気だった。以前は社員食堂も静寂に満ちており、会話もひそひそ声だったが、空が復帰してからは笑い声が聞こえるようになった。廊下で社員同士が立ち話をする姿も増え、皆の表情に生気が戻りつつあるのが見て取れた。知能・経験・実績・人脈、どれを取っても空の方が優れているのは明らかだった。玲の具体性のない発言に対しても理路整然と話す空に、玲は言い返す言葉を見つけられずに口を閉ざすしかなかった。玲の理不尽な命令も減り、それに伴い、異常なまでに上昇していた離職率も抑制され始めたのだ。人材が流出するスピードが明らかに鈍化している。空は大変な役目だっただろう。だが、空の冷静沈着な対応が、玲の暴走を食い止め一条グループに再び光をもたらし始めていた。そして、玲はこの頃には苛立ちを隠すこともせずに表情や態度に出すようになっていた。玲にとって、空の存在は予想以上に邪魔だったはずだ。空を脅威に感じたからこそ、子会社に異動させて俺から空を遠ざけたはずだ。しかし、空は俺が全面的な信頼を寄せ、役員たちも賛同する形で最も重要な事業戦略部門の責任者として返り咲いた。玲は、社内での自分