LOGIN慶と碧の1歳の誕生日から、三上先生はさらに頻繁に別荘を訪れるようになった。
時には休日のほとんどをここで過ごし、子どもたちと庭で遊んだり、昼寝をする双子の隣で静かに本を読んだりする彼の姿は昔からそこにいた家族のようだった。
久保山執事と談笑したり別荘のスタッフたちも彼に心を開いているようだった。彼が来る日は、私自身も笑顔が増えて、別荘の空気が明るくなる。
夜、子どもたちが寝た後も私たちはリビングでのんびりと過ごす時間が長くなった。
子どもたちも大人と同じように1日3回の食事が取れるようになったことで私はお酒を解禁した。その日、三上先生は今までお酒を控えてきた私にと少しいいワインを用意して持ってきてくれた。
リビングで一緒にワインを開けながら談笑していると、2年ぶりのお酒のせいか今まで以上に酔いが回るのが早く、私はテーブルに伏せてしまった。
そして、瑛斗に裏切られて悲しかったこと、家族から不貞を疑われたこと、社会から隔絶されて感じていた孤独と恐怖など、今まで誰にも話せずに心の奥しまっていた感情を、ポツリポツリと打ち明けた。
先生はただ黙ってたまに優しく相槌を打ちながら、私の言葉に耳を傾けてくれた。
「華ちゃんは本当に強く頑張ってきたね。僕には、華ちゃんのつらさが痛いほどわかるよ」
そう言
瑛斗side「なんでしょうか?申し訳ないですが今日はプライベートでして。仕事の込み入った話でしたら平日にお願いしたい。それに、どうしてここの場所を?」俺の質問に答えることなく、彩菜は逆に聞き返してきた。「仕事ではなくプライベートの予定ならお会いして頂けるんですね?この前の富裕層ビジネスの有料講演会のチケットですわ。昨今には珍しく紙で届いたので、お渡ししたくて」(チケット……紙だから残しておく必要があるのは分かるが、わざわざ今日渡すことか?しかも、事前のアポなしに、今日は休日の夜だぞ?)「……ご丁寧にありがとうございます」俺の警戒心を察しているのか、いないのか、彼女はただ優雅に微笑んでいる。チケットを受け取ると、彩菜はまじまじと俺の全身を見るように視線を動かしている。「いつもとは雰囲気が違いますね。キャップにTシャツですか。こんなカジュアルな格好の一条社長をお目にかかることが出来て良かったわ」「今日は、用事があって出掛けていたんです。それでは、失礼いたします」早々にこの場を切り上げようとすると、彩菜はさらに一歩踏み込んできた。
瑛斗side華や子どもたちと別れて、俺は充実感に満たされながら今日一日のことを思い返していた。移動中、子どもたちが飽きないようにDVDを用意していたが、みんなで話をしていたらあっという間に着いて、結局、DVDの出番はなかった。帰りの車では、走り出してすぐに夢の中ですやすや眠る子どもたちの寝顔をバックミラー越しに見て癒されていた。「慶と蒼ね、瑛斗と水族館に行くのをすごく楽しみにしていたの。今日はありがとう」「お礼を言うのはこっちの方だ。子どもたちと過ごせて楽しかった。華もありがとう」子どもたちが起きないように小さな声で華が俺に話しかけてきた。俺も素直な気持ちを告げると、車内は、結婚していた頃のような温かい空気が戻ってきたような気がした。(そうだ。一緒にいた頃の華は、穏やかでよく笑っていて、俺がしたこと一つ一つに喜んで、こうしてよくありがとうって言ってくれていたな……)華を疑い突き放すような態度を取ったこともあった。そのことで華と離婚し、一時は連絡さえ取らないことさえあった。誤解が分かり再会した時には、今度は華が俺を拒絶していた。その後も、わだかまりが残ったままで会話も事務的な物ばかりだったが、今、こうして自然と会話が出来ていることが、まるで奇跡のようだった。(今日、華と子どもたちと遊びに行けて本当に良かった。華とも久しぶりに楽しく会話
華side二人が見たかったイルカのショーや、愛らしいペンギンと幻想的なクラゲ、そして巨大な水槽にいる色とりどりの魚を見て、子どもたちの興奮は止まらず、なかなか帰ろうとしなかった。瑛斗も終始笑顔で子どもたちと手を繋いで歩いたり、解説パネルを読んで聞かせたりしていた。閉館の午後五時までたっぷりと遊んで、外でご飯を食べて午後八時前に家についた。「今日はありがとう、本当に楽しかったよ」「え、瑛斗、今日も帰っちゃうの?まだ一緒にいようよ」「遊び足りないよ。明日も休みだから大丈夫」瑛斗が帰ろうとすると、子どもたちは必死に引き留めようとしている。瑛斗は少し困りながらも前回私がしたように説得を続けた。「でも、もう寝る時間だろ?実はこのあとどうしても外せない用事があるんだ。それに明日も朝早いから帰らないといけないんだ。ごめんな。また今度遊ぼう」「……また遊んでくれる?」「ああ、もちろんだ。また遊びに行こう。約束だ」「うん、約束!」子どもたちは納得したようで、頬を膨らませながらも瑛斗の手を離した。午後八時半、瑛斗は子どもたちと次に会う約束をして、車に乗り込
華side「ねえ、瑛斗はまだ?あと何分?」「いつ来るの?早く行こうよ!」着替えを終えた子どもたちは玄関前で外を覗きながら、瑛斗の車が到着するのを心待ちにしていた。この日は、土曜日の休日。子どもたちの希望で水族館に行く約束をしていた。瑛斗の車に乗れることも、一日遊べることも楽しみで三日前から指折り数えていたと。「僕、絶対イルカのショーをみたい!一番前の席がいい!」「私はペンギン!あと、クラゲも見たい!」はしゃいでいる子どもたちを見て、私も動きやすいパンツスタイルとスニーカーにして準備は万端だ。瑛斗:あと5分くらいで着く連絡が来て、ガレージで待っていると、家の駐車場に瑛斗の白いSUV車が滑らかに入ってきた。「お待たせ。遅くなってごめんね」運転席から降りた瑛斗は、仕事の時とは違ってハードワックスでセットをしていない髪にキャップとTシャツに細身のパンツ姿にサングラスとラフな格好をしていた。普段、スーツにシャツとネクタイ姿を見ることが多かった子どもたちは、いつもと違う雰
空side「それにしても、なんで今になって部門の収益を聞いてきたんですか?過去のデータを見れば一目瞭然なのでは?」成田の質問には不満と警戒が混じっていた。「それにチェックをするのなら実際に処理を行っていた僕らが互いをチェックするのではなく、第三者に見てもらった方が客観的に見れるのでは?」松本も続けて言葉を選びながらも反論している。「ああ、二人の言う通りだ。実は、社長が『ある問題』を懸念されていてね。徹底的に洗い出すようにと強く言われている。しかも急ぎでやって欲しいとのことだ。そのため、元々の内容が分かる君たちにしか頼めないんだ。力を貸してもらえるか」「問題ですか?それはどんな内容でしょう?」「ある問題」という言葉に成田が反応してすぐさま聞き返してきた。松本も息をのんで僕からの返答を待っている。「申し訳ないが、それは僕からも詳しく話せないんだ。実際に君たちがまとめた資料を見て、社長が直接整合性を確認するらしい。あとこのことは私たち三人だけで進めるから、他のメンバーには話さないでくれ。資料の取り扱いにも気を付けてくれ」ただならぬ空気を察して二人は頭を小さく縦に振ったが、その表情は蒼白だった。互いに顔を見合わせるその瞬間、二人の間に明確な不信感が
空side「成田くん、松本くん。少しいいかな」この日、俺は二人を呼び出して、それぞれ新しい仕事をお願いすることにした。玲さんとの繋がりについてはまだ分からないから危険人物ではあるが、このまま本性を出してくるのを待っているだけでは時間ばかりが経過してしまう。これは小さな賭けだった。二人の前に、新しいファイリングボックスと監査に必要な資料を広げた。「社長に、君たちが以前いた部門の収益の詳細に確認して欲しいと言われてね。実際に処理を行っていた君たちが確認をするのが最も適任だと思ったんだ。お願いできるかな」「分かりました……。自分が処理した内容を見返せばいいのですね」松本が、いつものように慎重に言葉を選んで確認してきた。「ああ、そうだ。だが、今回はチェックの意味合いも兼ねて、以前やっていた業務内容を互いに確認しあって欲しい。つまり成田くんは松本くんがやっていたことを。松本くんは成田くんがやった処理について整合性を見てもらえるかな?」俺の提案に、二人の間に明確な緊張が走った。「えっ……自分がやっていたこととは違う内容を確認するということですか?」