エレベーターに乗りながら三上は今日の一連の出来事を振り返っていた。
(……もしかして華ちゃんは妊娠のことを誰にも話をしていない?)
夫の瑛斗と共に会社を経営している空という男性が私の元へ来て、華の様子を聞いてきた。
「この書類は本当か?華さんは妊娠しているのか?」
探偵でも雇ったのか、見せられた写真には盗撮でもしたような距離感でお腹の大きくなった華が映っていた。そして、コピーだろうが妊娠が分かった時に華に渡した妊娠報告書も持っている。その只ならぬ様子に驚き、空がどこまで把握しているか確かめることにした。
「この書類や写真はなんですか?本人が知らないところで撮ったように見えますが。」
「そんなこと今は関係ない。この書類が事実かどうかだけ答えてくれればいい。」
妊娠が分かった翌日に華から電話が来たときの事を思い出した。
(双子を一人で育てることは可能か?そう言っていたが、あの時既に夫婦関係は破綻していたのでは……そして妊娠を告げずに去ったのか?)
「……患者のプライバシーに関することなのでお答えできません。そのような書類も誤解を与えるといけませんので返してください。」
「
華side「今日はありがとう。子どもたちが待っているから庭に行きましょう」瑛斗の傷ついた顔を見ることは辛かった。この行動が、瑛斗の純粋な気持ちを傷つけていることも痛いほど理解している。私は、逃げるように瑛斗の顔を見ることなく一足先に庭へ向かう道を歩いて行った。「待ってくれ……」瑛斗は、私の手首を掴むと、自分の方へと引き寄せて後ろから優しく抱きしめてきた。首元から瑛斗の熱が伝わってくる。「それは、華の本心なのか?華自身の意見なのか?」瑛斗は震える声で私に問いただす。その言葉を聞いた私も全身が小刻みに震えていた。瑛斗が話すたびに当たる吐息に涙が出そうになるのを堪えて、気持ちを落ち着かせてから静かに言った。「―――ええ、そうよ。確かに子どもたちはあなたの子どもよ。時間は掛かったけれど、証明できてよかったわ。でも、だからと言って一緒になることは望んでいないの」「華は、俺のことを憎んでいるか?華自身は、本当はもう会いたくないほど憎くて仕方がないのか?」私が、自分以外の事情を考えて本心を言っていないと瑛斗は考えているようで、しきりに『華自身は』という言葉を使ってくる。そのことが、私に言葉を詰まらせる。
華side「ママ、お話したいことがあるから慶と碧はお庭で遊んでいてくれるかな?終わったらすぐに行くからね」「えー……うん、分かった。約束だよ」「慶くん、碧ちゃん終わったら必ず行くから待っててね」ケーキを食べ終えた二人にそう言うと、不満そうな表情を浮かべながらもすぐに庭を駆けていった。時折、こちらを確認して振り返る姿を可愛く思いながら、手を振って見守っていた。二人の背中が見えなくなるのを確認すると、時が止まったかのように私たちは静かに見つめ合っていた。「華、俺は華とやり直したい。」瑛斗は私の顔を見て、そうしっかりと断言をした。「華とやり直して、子どもたちと一緒に暮らして。本当の家族になりたいんだ。七年間も側にいなかったのに、DNA鑑定の結果が出たら急に父親面して、華が俺のことを許せないのも分かる。だけど、これからは俺が華のことを支えたいし、誠意を見せていきたいんだ」瑛斗の言葉一つ一つが、私の心に深く響いている。「瑛斗……。瑛斗のご両親は、今回の結果のことは知っているの」「ああ。この前、
屋敷に入ると、先程プレゼントされたおもちゃは、もう既に包装紙が破かれており、早く遊びたくてウズウズしているようで、子どもたちが瑛斗の側に再び駆け寄ってきている。「プレゼントありがとう。あと美味しそうなケーキも!」「どういたしまして。好きなケーキが分からなかったから色々買ってきたんだが、慶くんと碧ちゃんは何が一番好きかな?」瑛斗の質問に、子どもたちは身を乗り出して、興奮気味に答える。「慶くんはチョコレートケーキ!甘いのがいい!」「このケーキのチョコも美味しい!」「碧はフルーツがたくさん乗ったタルト!!」二人が元気よく答える姿に瑛斗は目を細めて優しく微笑んでいる。「分かった、今度は二人が好きなケーキの美味しい店を見つけて持ってくるからね。約束だ」「わーい、ありがとう!」二人は瑛斗の膝にしがみついて無邪気にはしゃいでいた。家政婦にお茶とケーキの準備をしてもらっている間も、瑛斗は子どもたちと一緒に持ってきたおもちゃで遊んで、丁寧にパーツの説明をしている。その顔には、心の底からの喜びが満ちていた。
華side神宮寺家に子どもたちと訪問してから一週間後の土曜日の午後、瑛斗が長野の別荘にやってきた。子どもたちに「会ってもいい」と伝えてから初めての訪問だ。瑛斗の車のエンジン音が敷地に響くと、子どもたちは喜びで弾んだ声を上げ、一目散に駐車場まで迎えに走っていった。慶と碧が車の前に立ち、瑛斗が降りるのを今か今かと待ち構えている。瑛斗は車から降りると、笑顔で腰をかがめ、子どもたちの頭を優しく撫でた。その姿に、七年間見られなかった温かい家族の光景が重なり、私の胸にも温かい気持ちが広がった。「慶くん、碧ちゃん、今日はありがとう。これ、少しだけどプレゼントだよ」そう言って渡したのは、二人で遊べる最新のおもちゃと大きなケーキの箱だった。「わー嬉しい!ありがとう、瑛斗!」二人は満面の笑顔を浮かべ、満面の笑顔で瑛斗にお礼を言っている。満たされた二人は、落とさないように注意しながらも、早く中身を開けたくて、歓声を上げながら屋敷の中へと走っていった。「子どもたちにたくさんありがとう。」「いや、いいんだ。これくらい当然だよ。あと、これは華に」そう言って手渡されたのは、両手で抱えるほどの真っ赤な薔薇の
瑛斗side「はい、前回は逮捕された専属医、三上が判定しています。しかし今回は、神宮寺家と一条家と関わりのない専門の施設で厳密な手続きのもとで行いました。違う結果が出た理由は、専属医である三上が何かしらの方法で細工をした可能性が高く、これも警察に調査と事情聴取をすすめてもらっています」「華さんの子どもは、一条家の子どもに間違いないということか……。七年間、私たちは、華さんを裏切り者と信じ込んでいたというのか。」父は書類を机に置き、深くため息をついた。その顔に強い自責の念を浮かばせ、言葉を詰まらせた。「はい。ですので、私は……」「ちょっと待て。それ以上は言うな」まっすぐに父を見て自分の決意を伝えようとすると、父は額に手を置いて俺の言葉を制してから、そのまま深く沈黙した。そして顔を上げると、先ほどまでの自責の念を振り払うかのように、冷徹な会長の眼差しに戻った。「お前は一条グループの代表だ。今の会社の状況を見てみろ。お前の前妻だった玲さんは、不正送金とハラスメントで会社を蝕んだ。そのうえ失踪となれば社員の士気が下がるのは明白だ。その上で玲さんの姉であ
瑛斗side父は、玲が逃げる寸前に書いた離婚届について言及してきた。「はい、離婚届についてはすでに提出をして受理されています。そのため、玲は一条家からは完全に籍が抜けており、現在、『一条玲』の名義のものは全て使用できません。仮に誤って使用すると各会社に通知が入るようになっており、そこから警察へ連絡するようになっています」「そうか。誤って使用して場所を特定できればいいが」「はい、ただ集団的犯行となると、痕跡がつかない現金で行動する可能性が高く、期待は薄いそうです。ただ玲は一条家の財産には一切アクセスできなくなりました」「何も解決していないが、会社としては刑事事件にはなっていないし、一条家とも関係のない人物となった。マスコミに騒がれたら、被害を理由に離婚したことを公表すればいいだろう」父は深く頷き、経営者の顔になっている。そして俺は、今日の本題を報告すべく小さく息を吐いた。内容の重さに、再び緊張が走る。「あと、もう一点報告があるのですが……」「なんだ」「玲の失踪後、玲の姉である華が、神宮寺家の専属医であった三上護に約二週間、監禁されていました。現在は無事保護され、専属医は逮捕されました」