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第8話
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零れ落ちるこの人生 第8話
白弥は私の体の上にうつ伏せ、何度も繰り返して泣き叫ぶ。「俺が悪かった、舞雪、頼むから目を覚ましてくれよ」彼がそんなに近くに寄り添うと、心臓の鼓動が聞こえるほどだ。「ドクンドクン」と暴れる彼の鼓動は、どんどん弱っていく私の鼓動とはまるで別物だ。病室のドアが大きく開き、梨々子が慌てた声で呼び込む。「白弥、医者が家族のサインが必要だって言ったよ。サインしてくれない？」彼女の声は悲しげで、どこか憐れみを誘う調子も混じっている。もし私が白弥だったら、きっとためらわず彼女についていく。だが彼はまるで氷のように冷たく、低い声で言う。「俺は舞雪のそばを離れない。他人を探して」梨々子は白弥に断られるとは思わなかったらしく、「あ」と声を出したあと、慌てて取り繕うように言う。「え、舞雪さんは元気だったのに、なんで急に入院なんて……それってあなたの気を引こうとしてるんじゃないの？」その言葉を聞いて、白弥は激怒した。「梨々子、俺と君はただの友達だ。自分の立場をわきまえろ！それにこれは俺と彼女のことだ！」ああ、彼らは恋人同士じゃなかったんだ。安堵と同時にちょっとした喪失感が胸をよぎる。彼、何年も彼女作ってないの？梨々子は怒って足を踏み鳴らし、泣きながら病室を飛び出していった。病室は一気に静まり返る。友人がため息をついて、「店で緊急の用がある」と白弥に言って、そして去って行った。私は目を開けられないが、白弥が私の手を握っているのを感じていた。彼は何度も繰り返して問い続ける。「なんで？なんで……」なんでだろう？だって彼だけが私を本当に気にかけてくれた人だからだ。子どもの頃から両親は男の子優先で、何でも弟を先にした。最新の冬服、流行のスニーカーなど、全部弟に買ってやった。私は母の残りものを着るしかなかった。ぎこちない青春期、偶然白弥と出会った。あの時、彼は白いシャツと青いジーンズを着て、髪が少し長く、前髪が風になびく少年だった。彼は特別なことをしなくても、ただ日差しの下で笑ってくれるだけで、私の枯れた心が救われた。しかも彼は絵を売って、その金で私に可愛いワンピースを買ってくれた。画筆を置いて工場でレンガを運んで来学期の学費を稼いでくれることもあった。彼の優しさは多すぎて、数
零れ落ちるこの人生 第7話
彼が苛立った声で問いかけてくる。「ここに来て、また何を企んでんだ？」私が答える前に、両親が媚びた笑みを浮かべて先に声をかける。「おお、白弥じゃないか！いやあ、今じゃすっかり金持ちになったんだな！」彼は多分そう思ってる。私が彼の出世を知って、わざと金に目がくらんだ両親を連れて金をせびりに来たんだろうって。その瞬間、恥ずかしさで胸がいっぱいになる。私は車椅子の中で、まるで頭を砂に埋めようとするダチョウみたいにうずくまり、何も見たくない、何も聞きたくない。梨々子が弱々しい声で説明する。「舞雪さんが、私が事故で怪我したって聞いて、わざわざ献血しに来てくれたんだよ。白弥、そんな言い方しないで」そう言うと、彼女はさらに私の両親に向かって頭を下げる。「おじさん、おばさん、舞雪さんを連れてきてくれてありがとうございます」「いやいや、大したことじゃないさ。舞雪が血をあげられるなんて、むしろありがたいくらいだ」そのときやっと気づいた。梨々子は、私の血を買おうとしていたんだ。今、彼女は怪我で救急室に横たわっていて、白弥は片時も離れず傍にいる。心が痛くないわけがない。でもそれ以上に、まだ白弥と同じ空気を吸えていることに安堵していた。けれど白弥は予想外に怒りをあらわにする。「全身の血を捧げても、俺がお前を許すなんて思うな！」私はニヤリと笑った。「許さないなら、許さなくていいわ」多分、私のどうでもいい顔が、彼の神経を逆撫でしてしまったんだ。彼は怒ってドアを叩きつけるように出て行った。私は血を抜かれてから、トタンの家に戻された。両親は私の暮らす環境を見渡して、舌打ちする。「女のくせに、ボロい所に住んでるだけでもみっともないのに、掃除もろくにしてないのか！」そう言い捨てると、彼らは梨々子からもらった金を握りしめて、振り返りもせず帰っていった。私は木のベッドに横たわり、笑いながら、いつの間にか涙が溢れていた。涙に任せて泣き続けていると、スマホの着信音が鳴る。それは白弥専用に設定してある着メロだ。電話口の彼は切羽詰まった声で、「今、お前のマンションの外にいる」と告げた。頭の中で必死に思い返して、やっと思い出した。私が白弥を振った時、「あの成金が、私たちがかつて『新居を買おう』って約束
零れ落ちるこの人生 第6話
全身の力が、一瞬で抜けたみたいだ。私は後ろに真っすぐ倒れかかり、友人が慌てて受け止めてくれた。意識がふわりと遠のく。白弥とのあの幸せだった時間が、走馬灯みたいに頭の中をぐるぐる回り始める。彼が何度も私の耳元で呼ぶ声が聞こえる。「舞雪……舞雪……」夢と現実が重なる。意識が戻ると、友人は私の肩を揺すって叫ぶ。「舞雪、起きて！舞雪！」私は手を動かし、空洞の目を開けた。友人は喜んで言う。「医者が言ってたんだ。今このまま意識が戻らなかったら危なかったって。今すぐ医者呼んでくる」点滴の「チクチク」という音は長く続かなかった。友人は医者を連れて走り戻ってきた。医者はいつものように私の様子を診て、穏やかに言う。「現状はあまり楽観できない。薬をきちんと飲まず、養生を怠れば、一ヶ月もたたないだろう」友人は慌ててほかの方法がないかと医者に聞いた。医者はただ首を振るだけだった。医者が出て行った後、私は小声で友人を慰める。「大丈夫よ。神様が五年も時間をくれたんだから、それだけでも私は得したと思ってる」友人は返事せず、嗚咽が途切れ途切れに聞こえるだけだ。話題を変える方法を探して雰囲気を和らげようとするその時、病室のドアが重く叩かれて開いた。「舞雪！舞雪がどうして病気に？」久しぶりに聞く母の声だ。記憶の中ではずっと遠ざかっていたその慈悲深い声に、鳥肌が立った。続けて、低くて厳しい怒鳴り声が聞こえる。「いい加減にしろ、さっさと用件を言え！」父の声だ。私は戸惑った。五年前に両親と絶縁して以来、連絡はなかったのに、どうして今突然来たのか。考えていると、母が私の手を掴んで号泣しながら訴える。「可哀想な舞雪よ、あなたの弟が事故に遭って大金が必要なの。姉として見捨てられないでしょ？」私は驚いて手を引っ込める。「でも、私お金ないよ」父は鼻で笑って声を荒げる。「分かってる。だが今、金を稼ぐチャンスがある。行けばすぐ稼げる」盲目の私にそんな「金を稼ぐチャンス」って何だろうと、私は想像できない。だから私は率直に尋ねる。「どんなチャンス？」母は泣きながら早口で説明する。「ある女が事故でAB型の輸血が必要で、もしあなたが行って血を提供してあげるなら、向こうが二千万円の謝礼を出すって
零れ落ちるこの人生 第5話
白弥は一瞬呼吸を止め、やがて大きな嘲笑を爆発させる。「あははは、何言ってんだよ。角膜を提供したあの善意の人は胃癌で死んだぞ、どうして彼女なわけがあるんだ！」彼の軽蔑と嘲りの声は、私の匿名の好意がなんて愚かだと嘲るようだ。私は胸の痛みを必死に抑える。唇をきつく噛んで、友人の手をこっそり叩いて黙らせる合図を送る。友人は仕方なくため息をつき、私の後ろに立った。白弥は私の沈黙を「言い当てられた」と思ったらしく、さらに私を嘲笑する。「お前、そんな騒ぎを起こして、盲人マッサージ師の格好してまでここに来たのは、成金に捨てられて戻ってきたくなったからだろ？」彼は嗤っている。まるで地獄から悪魔が這い上がってきたように続ける。「藤村舞雪、お前の打算は最初から無理だ。二度とお前を愛したりしない。一度でも間違えた相手には二度と手を出さないんだ！」白弥は裏切りや見捨てられることを極端に嫌う人間だ。幼い頃、彼は両親に捨てられ、祖父母に育てられた。彼が「もうお前を愛さない」と言うなら、それは本気なんだろう……胸がナイフで突き刺されたように痛みがぐるぐると掻き回される。私は呼吸すら苦しくなり、かすれた声で返す。「ふん、私もあなたをもう愛さないから」彼の顔が固まるのがわかった。言葉で相手を打ち負かした爽快感が胸に湧き、さらに一言付け加えた。「じゃなきゃ、あのときあんたを振って成金と一緒に行ったりしないよ！」場内は凍りついた。白弥の呼吸の声がどんどん荒くなる。梨々子は柔らかく彼をなだめる。「白弥、舞雪さんはわざと私を押したわけじゃないの！もうこの件はいいじゃない？それに舞雪さん、蟹を剥いて手を怪我してるんだから、それでチャラにしてもいいでしょ？」私は反射的に両手を背中に回す。こんなみっともない姿を、白弥の前にさらしたくない。その仕草が梨々子の注意を引いた。彼女は駆け寄り、私の手を引っ張って、驚いて口を押さえる。「えっ、舞雪さん、そんなに深く怪我してるの？」そう言うと梨々子は小声で白弥を責める。「白弥、見てよこれ、全部あなたのせいよ！早く舞雪さんを病院に連れて行って！」彼女の言葉は私を庇っているようでいて、どこかじゃれ合いめいた響きも含んでいる。脳裏にふと、かつて私が同じように
零れ落ちるこの人生 第4話
「全てが白弥のせいだよ。私、ちょっと『腰が痛い』って言っただけなのに、彼がこっそり手配して、今月の社内活動がここでのマッサージになったんだって」そう言うと、梨々子は疑うように私に聞く。「舞雪さん、あなたも体調悪くてマッサージ来たの？でもなんでマッサージ師の制服着てるの……」私は服の裾を不自然に引っ張る。「違うのよ、ここ海鮮が美味しいって聞いて、ちょっと味見に来ただけなの」言い終えてすぐ、自分の出した言い訳に後悔した。なんて薄っぺらい言い訳だろう。でも友人のマッサージ店は湯浴みも併設でビュッフェがあるから、この言い訳も完全的に外れるわけでもない。「プッ」梨々子が堪えきれずに吹き出した。続いて何人かが「ハハハ」と笑い声を上げた。どこからか女性の声が現れて、私を徹底的に嘲笑い始める。「これが社長の元カノか。成金にしがみついたんじゃなかったの？ちぇ……」「顔はまあまあだけど、残念ながら成金に振られたんだってさ！」「振られて当然だよね。だって前に見る目がなくて社長を捨てたんだから」数本の悪意に満ちる視線が、真っ直ぐ私を射抜いた。私は慌てて数歩後退すると、足元がふらついて危うく転びそうになる。「舞雪さん！」と梨々子が慌てて叫ぶ。なんとか体勢を保つと、白弥は氷のような声で言う。「出ていけ！」場内が凍りついた。私は苦笑いで頷き、静かに「わかった」と返す。振り向いて去ろうとするところで、梨々子が代わりに弁護してくれる。「みんな、舞雪さんを責めないでよ。彼女は白弥を捨てて年寄りの成金にすがったのはきっと理由があるんだし、今振られたって可哀想じゃない？」その言葉は同情を呼ぶどころか、白弥の周りの同僚の怒りに火を注いだ。彼女たちは一斉に私に突進してきて、手にしていたタオルやナプキン、果物を次々と私に投げつけた。投げつけてもまだ足りないかのように、何度か唾を吐きかけた。私は頭を伏せて、何も言わなかった。梨々子が慌てて駆け寄り、私を守ろうとする。「やめてよ、舞雪さんはもう十分可哀想なのよ」私は彼女の肩に手を置き、礼を言おうとした瞬間、彼女が「いやぁ」と声を上げた。重い物が落ちる音がして、彼女は嗚咽混じりに泣き出す。「舞雪さん、私どこが悪かったの？なんで押したの？」私は一瞬
零れ落ちるこの人生 第3話
私は彼を責めない。だって、白弥が私を庇うため事故で目を傷つけた時、私たちには本当にお金がなかったから。私はほとんどの親戚や友人に借金を頼み込んだ。千円、二千円、百円、二百円……少しずつかき集めた。両親は「そんな小銭を借りて恥をかくな」と嫌がり、四万円を投げつけて「縁を切る」と言った。なぜなら彼らには、西海市でマンションを買う予定の息子がいて、他人のためにお金を借りる私に回す余裕なんてなかったから。私は両親からの「絶縁金」を受け取ったけど、白弥の百二十万円の手術費まではまだ数十万円も足りなかった。どうにもならず、私は危うくネットの裏道に手を出そうとした時、白弥に気づかれて止められた。彼はプライドを捨てて、とっくに離婚した両親に頭を下げた。十年以上音信不通だったのに、久々の連絡が「金を貸してくれ」だったから、彼は断られるんじゃないかと震えていた。でも結局、多少の嫌味と「借りだから返せ」という条件付きで、彼らは入院口座に金を振り込んでくれた。あとは合う角膜を待つだけだった。けれど西海市はあまりに大きくて、彼の前には何十人も待っていた。順番が来る頃には、どんなに天才的な画家でも埋もれてしまうだろう。私は食事を疎かにしていたせいで、胃癌を患ってしまった。どうせ死ぬのは時間の問題なら、いっそ早めに角膜を彼に譲ろう。せめて白弥にチャンスを掴ませて、夢を叶えてほしいと思った。「ゴホッ、ゴホッ……」手のひらに熱くて粘る感触がある。自分の時間がもう長くないことを悟る。帰り道で、杖も持たずに道路を手探りで渡ろうとする私を見て、ある善意の人が家まで送ってくれた。……村で。トタンで囲まれた狭い部屋が、私の家だ。風が吹けば隙間風、雨が降れば雨漏り、雷が鳴れば落ちてくるんじゃないかと怯えるような家だ。でもこの部屋は安い。一ヶ月の家賃はただ二万円だ。私は盲目だから電気はいらない。生活用水は井戸で事足りる。生き延びるだけの私には、この部屋はむしろ聖地だ。一番大事なのは、川の向こうに、かつて白弥と「新居を買おう」って約束したマンションがあることだ。私はもう見えないけど、同じ風を受けられるだけで満足だ。海鮮フルコースは結局食べられず、代わりに代行サービスの料金を払うことになった。ま
