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第3話

Author: 君に花を贈る
私は彼を責めない。

だって、白弥が私を庇うため事故で目を傷つけた時、私たちには本当にお金がなかったから。

私はほとんどの親戚や友人に借金を頼み込んだ。

千円、二千円、百円、二百円……少しずつかき集めた。

両親は「そんな小銭を借りて恥をかくな」と嫌がり、四万円を投げつけて「縁を切る」と言った。

なぜなら彼らには、西海市でマンションを買う予定の息子がいて、他人のためにお金を借りる私に回す余裕なんてなかったから。

私は両親からの「絶縁金」を受け取ったけど、白弥の百二十万円の手術費まではまだ数十万円も足りなかった。

どうにもならず、私は危うくネットの裏道に手を出そうとした時、白弥に気づかれて止められた。

彼はプライドを捨てて、とっくに離婚した両親に頭を下げた。

十年以上音信不通だったのに、久々の連絡が「金を貸してくれ」だったから、彼は断られるんじゃないかと震えていた。

でも結局、多少の嫌味と「借りだから返せ」という条件付きで、彼らは入院口座に金を振り込んでくれた。

あとは合う角膜を待つだけだった。

けれど西海市はあまりに大きくて、彼の前には何十人も待っていた。

順番が来る頃には、どんなに天才的な画家でも埋もれてしまうだろう。

私は食事を疎かにしていたせいで、胃癌を患ってしまった。

どうせ死ぬのは時間の問題なら、いっそ早めに角膜を彼に譲ろう。

せめて白弥にチャンスを掴ませて、夢を叶えてほしいと思った。

「ゴホッ、ゴホッ……」

手のひらに熱くて粘る感触がある。

自分の時間がもう長くないことを悟る。

帰り道で、杖も持たずに道路を手探りで渡ろうとする私を見て、ある善意の人が家まで送ってくれた。

……

村で。

トタンで囲まれた狭い部屋が、私の家だ。

風が吹けば隙間風、雨が降れば雨漏り、雷が鳴れば落ちてくるんじゃないかと怯えるような家だ。

でもこの部屋は安い。一ヶ月の家賃はただ二万円だ。

私は盲目だから電気はいらない。生活用水は井戸で事足りる。

生き延びるだけの私には、この部屋はむしろ聖地だ。

一番大事なのは、川の向こうに、かつて白弥と「新居を買おう」って約束したマンションがあることだ。

私はもう見えないけど、同じ風を受けられるだけで満足だ。

海鮮フルコースは結局食べられず、代わりに代行サービスの料金を払うことになった。

まさか梨々子がそこまでケチだとは。使い走り代までも私が出すなんて。

五千円の大金が消えて、この月の家賃は払えなくなった。

仕方なく、友人に電話をかけた。

彼は高級なマッサージ店を経営していて、私は盲目になってからそこで生活費を稼いでいた。

ただ胃が痛む日が多くて、体調のいい時にだけ出勤し、数百円から数千円程度を稼いでなんとか暮らしている。

友人は車を手配し、さらにスタッフに私を洗髪や入浴に連れていかせてくれた。

新しい制服に着替えると、気持ちが晴れやかになって元気が出した。

でもサングラスを失った私は、同僚からマスクを借りるしかなかった。

まだきちんとつけ終わらないうちに、梨々子の驚きの声が響く。

「舞雪さん、どうしてマッサージ師の制服着てるの?」

彼女の声と同時に、ほのかな白檀の香りが伝わってくる。

それは白弥が好む香りだ。

彼も来ているの?

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