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霧が晴れてこそ、愛を語る
霧が晴れてこそ、愛を語る
Author: 春桃烏龍

第1話

Author: 春桃烏龍
【確認します。宿主様は好感度99%の全てを、小林恵美(こばやし めぐみ)に譲渡しますか?】

【好感度がゼロになり次第、宿主様はミッション失敗と見なされ、存在を完全に抹消されます……】

遠野明日奈(とおの あすな)は、魂の抜けたような声で、力なく「ええ」とだけ答えた。

江口洋介(えぐち ようすけ)と江口友沢(えぐち ともざわ)が、あれほどまでに恵美を慈しみ、彼女のためならば明日奈を傷つけることさえ厭わないというのなら、いっそ自分が恵美のミッション達成を手伝い、彼女が永遠にこの世界に留まれるようにしてあげよう、と。

【再考を推奨します。あと1%でミッションは成功です。それに、洋介と友沢はあなたの幼馴染。かつてはあれほどあなたに優しかったではありませんか。もう少しの辛抱で、ミッションが完了する可能性は高いのです】と、システムはあくまで無機質に続けた。

ほんの少し前まで、明日奈もそう信じていた。

洋介と友沢は幼い頃から共に育ち、自分を実の妹のように可愛がってくれた。

これほど簡単なミッションはないとさえ感じていた。

少しばかり好意を示せば、二人の好感度は上がっていったのだ。

だが、彼女は自分がとんでもなく愚かだったことを、やがて知ることになる。

恵美がいる限り、自分のミッションが成功することは永遠にあり得ないのだと。

洋介と友沢は、恵美が攻略者であり、ミッション失敗の代償が「抹消」だと知っていた。

だから、明日奈が告白を決意したあの日、彼らは氷のように冷たく、彼女を突き放した。

「すまない、明日奈。俺たちは君を好きにはなれない」

「もし君への好感度が高くなりすぎると、恵美がミッション失敗と見なされ抹消されてしまう。彼女が死ぬのを、黙って見ているわけにはいかないんだ」

彼らは、明日奈にも攻略ミッションがあり、失敗すれば同じく抹消される運命だと知りながら、それでも恵美を生かすためだけに、頑なに好感度を99%で止めたのだった。

明日奈は力なく微笑んだ。

「もう、説得は要りません」

【承知しました。これよりクリアランス計画を起動。七日後、この世界における宿主様の存在痕跡は全て消去され、好感度は小林恵美に譲渡されます。蓄積ポイントにより、新たな身体との交換が可能です】

明日奈がシステムに礼を言った、その時だった。

別荘のドアが開き、友沢と洋介が、まるで稀代の宝物を守るかのように恵美を左右から囲んでいた。

そして、明日奈の姿を捉えると、その眼差しは瞬く間に氷のように冷たくなった。

「遠野明日奈、自分の過ちを認めたか?」洋介が薄い唇を歪め、吐き捨てるように尋ねた。

友沢もすぐに、嫌悪を隠そうともせずに続けた。

「兄さん、こいつは今夜ずっと外で跪かせておくべきだ。こんな性悪女、放っておいたらまた恵美をいじめるに決まってる」

A市の冬は気温が零下まで下がり、地面には厚い氷が張っている。

三人は暖かいコートに身を包んでいるというのに、明日奈は薄っぺらな春着一枚で雪の中に跪かされており、四肢の感覚はとうに凍えて失われていた。

恵美は唇を尖らせ、いかにも純真そうな顔で言った。

「洋介さん、友沢さん、もう明日奈を立たせてあげましょうよ。私の一番好きだった写真を割っちゃっただけなんだから。わざとじゃなかったのよ……」

友沢がその言葉を遮った。

「そんな簡単に許すな。君が甘いから、こんな悪辣な女にいつも利用されるんだ!」

彼女を陥れたのは恵美の方なのに。

しかし、洋介と友沢は明日奈の弁解に耳を貸さず、彼女が恵美に嫉妬しているのだと決めつけた。

雪の中で跪いて懺悔させるために、彼らは江口家が十五年間彼女を育ててやった恩まで持ち出したのだ。

彼女は麻痺したように頷いた。

「……はい。私が愚かで、恵美さんに嫉妬していました。申し訳ありません、全て私のせいです」

洋介は彼女を冷ややかに見下ろし、言い放った。

「君が傷つけたのは俺じゃない、恵美だ。彼女の許しを得られたら、見逃してやる」

その言葉に、明日奈ははっと顔を上げた。

一瞬、自分の耳がおかしくなったのかと疑った。

三歳の時、両親を事故で亡くした葬儀で、洋介と友沢は幼い彼女に固く誓ってくれたはずだ。

「明日奈ちゃん、怖がらなくていい。これからは僕たちが君の家族だ。誰にも君をいじめさせないと誓う」

だが今、彼女の尊厳を踏みにじっているのは、その彼ら自身だった。

明日奈の苦悶に満ちた表情を見て、恵美は勝ち誇ったように口角を吊り上げてから、偽りの優しさで言った。

「もういいじゃない。明日奈ちゃんはもう跪いて謝ってくれたんだから、これ以上いじめないであげて」

だが、洋介と友沢は黙ったままだ。

明日奈は、彼らが自分からの完璧な謝罪を待っているのだと悟った。

一体自分がどんな天理に背く大罪を犯したというのか。なぜ彼らは自分をこれほどまでに邪悪な人間だと信じて疑わないのか。

喉まで出かかった言葉を、彼女は飲み込んだ。もはや、真相が何かなんて、どうでもよかった。

明日奈は操り人形のように、冷たい雪の上に重々しく額を打ち付けた。

「申し訳ありません、恵美さん……私が、間違っておりました」

新しい身体を手に入れたら、洋介と友沢から遠く、どこまでも遠く離れよう。そして、二度と会うことのない人生を。

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