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第24話

Author: 春桃烏龍
二日後、友沢はようやく目を覚ました。

彼は震える手で自分の顔に触れた。

分厚い包帯が巻かれているのが分かった。

「鏡だ。鏡を持ってこい」

使用人たちは困り果てていた。

洋介が、決して友沢に鏡を渡してはならないと、固く命じていたからだ。

自分の無惨な姿を見て、彼が苦しむのを案じてのことだった。

だが、使用人たちが渡そうとしないほど、友沢の不安は募っていった。

彼もまた、自分が醜い化け物になってしまったのではないかと恐れていたのだ。

彼は、使用人に向かって狂ったように当たり散らし始めた。

「よこせ!鏡を探して、俺に持ってこい!」

友沢は力任せに使用人の髪を掴んだ。

使用人は、痛みに悲痛な叫び声を上げた。

この一方的な暴力は、明日奈が部屋に入ってきたことで、ようやく収まった。

彼女の姿を見て、友沢は興奮して言った。

「早く、明日奈、早く鏡を持ってきてくれ。頼む」

「自分が今、どんな姿になっているのか見たいんだ」

明日奈は動かなかった。

彼女は黙ってベッドのそばに座った。

「友沢さん、見るのはやめましょう」

その一言だけで、友沢は真実を悟るには十分だった。

自分の顔は元には戻らない。

醜い化け物になってしまったのだと。

彼は突然、苦痛に自分の頭を抱え、声もなく泣いた。

彼は誰よりも、自分の美しさを愛していた。

誰よりも、自分を着飾るのが好きだった。

彼には、自分が醜くなったという事実を受け入れることなどできなかった。

部屋に、彼の小さな嗚咽が響いた。

どれほどの時間が経っただろうか。

彼はようやく尋ねた。

「明日奈、今の俺は、とても醜いか?」

明日奈も、友沢に何と声をかけていいか分からなかった。

結局のところ、彼は自分を救うために顔を失ったのだ。

彼女は首を横に振った。

「醜くなんかないわ。今の医療技術はとても進んでる。顔の傷が治ったら、修復手術を受けに行きましょう」

「きっと良くなるわ。そうだ、友沢さん。助けてくれて、ありがとう」

その言葉は、明日奈の心からのものだった。

そうでなければ、今頃ミイラのように包帯を巻かれているのは、自分の方だったのだから。

そうなっても、彼女自身が大きな影響を受けるわけではないだろうが、顔を失えば、音楽への道もまた、困難なものになっていたはずだ。

この世界で、容姿
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