Share

第4話

Author:
二日後は、翔太と美咲の結婚記念日だった。

毎年、盛大なパーティーが開かれ、街の有名人たちが招かれて、二人の愛を祝福する。

今年は、里奈が美咲の代わりに主役として現れ、家政婦の中から美咲だけを指名した。

「あんた、こっちに来て。入場のとき、私のドレスの裾を持ちなさい」

美咲はメイド服のまま里奈の後ろに付き従い、腰をかがめてドレスの裾を持った。二人の瓜二つの顔が並んで、会場中がどよめきとざわめきに包まれる。

「この家政婦、誰なの?美咲さんにそっくりじゃない?」

「双子だなんて聞いたことないけど。この人、里奈さんよりも美咲さんに似てない?」

「ありえないでしょ、だってメイド服着てるし」

里奈が手を叩くと、みんなが一斉に二人を囲んだ。

翔太は美咲の前に立ち、あえて里奈の隣に並ぶ。

「この女、三ヶ月前に新堂家の別荘に忍び込んで、自分こそが本物の美咲で、翔太の妻だと騒いでます。それに、私が偽物ですって」

会場は騒然とし、招待客たちが美咲をじろじろ見て、まるで安物の商品でも見るかのような視線を向けてくる。

「笑っちゃうよね、よくいる整形女でしょ。ちゃんと新堂社長と美咲さんの仲を調べもしないで」

「こんなの空気を汚すだけだよ。美咲さんが優しいから許してるだけで、普通だったらとっくにいなくなってるよ」

美咲は背筋を伸ばし、無表情のまま立っている。けれど、手のひらには爪が深く食い込んでいた。

会場の隅で、橘家の両親が前に出てきた。佳子は里奈の手を取って言う。

「美咲はずっと私たちのそばにいます。親が自分の娘を見間違えるわけないでしょう?

私たちの大事な娘を、どこの誰とも知れない女が、真似できるはずないでしょ」

「ハハハ!」という嘲笑が、美咲の耳にぼんやりと響く。

ただ、美咲は誠一と佳子をじっと見つめ、目元がじわじわと赤く染まっていく。

今まで何度も、両親に褒めてもらいたくて必死に尽くしてきたこと。翔太と結婚した後も、ずっと両親の言いなりになって、家族のために尽くしてきたこと。

思い返せば全部、滑稽な冗談みたい。

「翔太、あなたはどう思う?」里奈が笑顔で翔太を振り向く。

翔太は拳を背中に隠し、美咲を無表情で見下ろす。

「自分の妻を見間違えるはずがない。

俺の心にいるのは、たった一人の妻だけ。どんなに似せてきても、他の女に興味を持つわけがない」

そう言って、すぐに翔太は里奈の髪をやさしく撫でた。

美咲の目は真っ赤になり、息も震える。

みんなの視線が美咲を品定めするように突き刺さる。

でも、翔太の何気ないひとことのほうが、ずっと心に重く響く。

この瞬間、自分の人生そのものが、ただの笑い話みたいに思えてくる。

翔太は里奈を連れて背を向け、そのままパーティーが始まった。

大きなスクリーンには二人の日常が映し出される。翔太がカメラを手に、里奈の寝顔を優しく撮っている。「ほら、もう起きなよ……」

人の波が引いていき、美咲は涙をこぼしながらスクリーンを見つめ続けた。

耐えられなくなり、会場を出ようとしたそのとき、ドレス姿の令嬢たちに腕を掴まれ、会場の隅に引きずられた。

彼女たちは全員、里奈の親しい友人。

美咲を押さえつけ、手にしたワインを頭からかけ、ケーキを床に落として顔を押しつけた。誰かがスマホでその様子を撮影している。

「クソ女。野良犬と変わらないのに、新堂社長に憧れてるなんて笑わせるわ。現実を知りなさいよ!」

美咲は必死にもがくが、顔中ケーキでぐしゃぐしゃになる。

そのとき、頭を押さえる手の力が急に抜けた。

顔を上げると、そこには美咲の記憶に焼き付いた恐怖の人物。業界でも女遊びとトラブルメーカーで有名な水野拓海(みずの たくみ)だった。

彼の一番の趣味は女をもてあそぶことで、その手で人生を壊された女は数え切れない。

二十歳のとき、美咲は橘家の両親に無理やり水野のもとへ送り込まれた。あのときは翔太が異変に気づき、ホテルの部屋まで駆けつけて、美咲を助け出してくれた。

そのときの悪夢のような記憶が蘇り、美咲は泣きながら後ずさる。

水野は、にやりと笑って言う。「無理して高嶺の花を狙わなくてもいいんだよ。俺の相手になれば、望むものはなんでもやる」

そう言って、ハンカチで美咲の口をふさぎ、力ずくで会場の上の階の部屋へ引きずっていく。

「んんっ――」

美咲は必死に叫び、もがきながら、水野に腕をつかまれてパーティー会場の外へ無理やり引きずられていく。

ダンスフロアでは、翔太が里奈を抱き寄せて踊っている。

視線がふと扉に向くが、すぐに美咲から目を逸らし、微笑みながら里奈を見つめ続けている。
Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 青い鳥は遠い雲の彼方へ   第20話

    里奈が警察に送られてから二日後、橘家の両親は神谷家の別荘にやって来た。玄関から莉子が出てくると、佳子はすぐに駆け寄り、思いきり彼女を平手打ちしようとした。「美咲!よくも妹を刑務所に送ったわね!あの子はちょっと間違っただけよ。姉なら妹を助けるべきでしょ!今すぐ警察に行って、里奈を出してきなさい!」佳子は美咲にいつも強気で接してきた。神谷家のお嬢様になった今でも、その癖は抜けない。道中では「謝ろう」と思っていたのに、顔を見ると我慢できなかった。どこかで「美咲なら、まだ昔の情に流されてくれるかも」と思っていた。あれだけ自分たちに愛されるため、何年も媚びてきた娘なのだから。だが、佳子の手は空中で止められ、莉子はその手を強く突き飛ばした。誠一が妻を支え、怒鳴ろうとしたそのとき、神谷家の家族が玄関に出てきた。誠一はすぐに頭を下げ、必死にすがりつく。「莉子さん、里奈はただちょっと間違いを犯しただけなんです。あの子は翔太さんにそそのかされて、愛が憎しみに変わってしまったんです。全部あの男が悪いんです。あなたたちは長年姉妹だったじゃないですか、男のことで仲違いする必要なんてありません。どうか今回だけは、里奈を許してやってください」佳子も泣きながらすがる。「美咲、あなたも二十年以上私たちと過ごしたでしょ?母と娘の情で、どうか里奈を許してあげて……」二人は存分に芝居をしてみせた。この一ヶ月、ずっと神谷家の報復を恐れていたが、何も起きなかったので少し安心していた。もしかしたら、美咲はまだ事故の真相を知らないのかもしれない、昔の情や育ててもらった恩を忘れていないのかもしれないと思っていたあれだけ自分たちに尽くしてきた娘だっただから。できれば美咲が里奈を許してくれて、そのうえで神谷家が今後ビジネスで橘家に便宜を図ってくれれば、橘家の地位ももっと上がると。二人はそんな打算まで巡らせていた。だが、目の前の神谷家の家族は、冷たい目で二人の芝居を黙って見ているだけだった。ふと顔を上げると、五人全員の目には、冷たさと憎しみしかなかった。そのとき、パトカーのサイレンが鳴り響く。誠一と佳子は驚き、声を荒げる。「どうして警察なんて呼んだんだ!美咲、里奈を許さないなら、もう二度と会わない!警察まで巻き込むなんて!」佳子も声を震わせる。「

  • 青い鳥は遠い雲の彼方へ   第19話

    一週間後。東雲市の最も豪華な宴会場で、莉子は神谷家の人たちに囲まれて、華やかなドレス姿で歩いていた。彼女の足はもうすっかり回復し、以前のように何の不自由もなかった。彼女が戻ってきてからずっと準備されてきた歓迎会は、ついに幕を開けた。ステージの上で、莉子は神谷家の家族に盛大に紹介される。最前列には健太が立ち、穏やかな笑みを浮かべて莉子を見つめている。莉子がふと彼と目を合わせると、会場の空気に甘いピンク色の泡が浮かぶような錯覚すら覚える。その隅、翔太は人ごみに紛れ、切なげな目でステージ上の彼女を見つめている。一ヶ月前の、あの無力で苦しそうな姿はもうどこにもない。今の彼女は、神谷家と健太に守られて、かつて彼のそばにいたときよりもずっと幸せそうだ。翔太は、少しだけ心が軽くなった気がした。でも、どうしても悔しさが残っている。本来なら、彼女は自分のものだった。すべては自分が間違えたから、こんなことになってしまった。でも、あれほど深い思い出を重ねてきた二人なのに、彼女はどうしてこんなにもあっさりと、自分を切り捨てることができるのか――パーティー会場は祝福と歓声に満ちていた。みんなが莉子を称え、彼女を中心に回っていた。だが、光の届かない会場の隅には、ひときわ暗い目で莉子を見つめる視線があった。それは、まるで闇の中の毒蛇のようだ。莉子は神谷家の父母とともにテーブルを回って挨拶し、兄の大輔と和也も後ろについている。健太もすぐ近くにいた。天井のシャンデリアがきらめき、会場全体をやさしい光で包み込んでいた。そのとき――パンッ!突然、銃声が響いた。ガシャーン――!シャンデリアが爆発し、無数のガラスの破片が床一面に降り注ぐ。神谷家の両親は、すぐに莉子の上に覆いかぶさるようにして彼女を守った。大輔も和也も、健太もすぐさま莉子のもとに駆け寄る。会場は一気に暗くなり、あちこちで悲鳴が上がる。割れたガラスに切られて倒れる人、混乱したまま押し合い逃げ惑う人。だが、翔太だけは人の波に逆らい、莉子の方へと突き進んでいた。そのとき、空気に強いガソリンの匂いが立ち込め、会場の隅から火の手が一気に広がる。燃え広がる炎が、会場全体を真っ赤に染めていく。現場はますます混乱を極めた。大輔と和也は必死に人々を誘

  • 青い鳥は遠い雲の彼方へ   第18話

    美咲はすぐに健太の様子の変化に気づいた。翔太が現れてからの午後、健太は普段より明らかに口数が減り、それでも視線だけは何度も美咲の方へと向けていた。美咲が顔を向けるたび、健太は慌てて視線をそらす。美咲はつい手を伸ばして、健太の袖をつかんだ。「健太さん、翔太のこと、気にしてるの?」健太はしばらく美咲を見つめた。お互い、「気にしない」なんて嘘だって、分かっていた。本気で好きでも、政略結婚の相手でも、美咲の人生に二十年も関わってきた男の存在を、気にしない男なんていない。「うん、気にしてる」健太はまっすぐに認めた。その言葉に、美咲の胸はずしんと沈む。説明できない寂しさが心を締めつける。次の瞬間、健太はもう一度静かに口を開いた。「莉子さん、彼が君に与えた傷も気にしてるし、君にとってあんなに大きな存在だったことも気になる。でも同時に、君を守ってくれていたことに感謝もしてるし、何よりも今は、君のそばにいられて本当に良かったと思ってる。何よりも、僕は君のことが心配でたまらないんだ」健太は美咲の目をまっすぐ見つめる。その瞳は、まるで夜空みたいに澄んでいた。「莉子さん、君のことがどんどん大切になっていく。心から大事だと思うし、もっと早く君を見つけていればよかったって、そう思わずにはいられない。莉子さんでも、美咲さんでも、僕は本気で君を好きになった」その一言に、美咲はドキリとし、まるで頭の中で花火が弾けたような音と、心臓が跳ねる鼓動を感じた。健太がずっと読んでいた恋愛小説も、こういう気持ちを教えてくれたのかもしれない。美咲はそんなふうに思った。頬が熱くなるのを感じながら、健太の目に浮かぶ優しい笑みに気づく。健太がそっと手を伸ばして、美咲の手を握った。「莉子さん、僕と付き合ってくれる?」健太の手のひらから汗ばんだ緊張が伝わってくる。美咲は口元に微笑みを浮かべ、「うん」と頷いた。三日後、美咲は退院した。神谷家の家族も健太も一緒に迎えに来てくれた。ランチのあと、健太が美咲を連れてデートに出かける。その後ろには、少し離れて翔太の車がずっとついてきていた。あの日、病院で美咲を見かけてからというもの、翔太は何度も近づこうとして、健太や神谷家の人たちに阻まれていた。美咲に会いたい。けれど、いつも遠くから、健太と美咲が一緒

  • 青い鳥は遠い雲の彼方へ   第17話

    翔太の視線は、健太が美咲の手を支えているところで止まった。翔太は美咲を見つめながら言った。「美咲、お前、もうあいつのことが好きなのか?」そのまま美咲の目をまっすぐ見て、じりじりと距離を詰め、目の前まで来る。「お前、本当に他の男に心移りしたのか?俺たちが八歳から積み重ねてきた絆や、あの日交わした約束、全部忘れたのか?」美咲は、痛みと問い詰めが混じった翔太の視線を見て、ふいに笑った。その笑みには皮肉が満ちている。「翔太、私にそんなことを言う資格ある?」翔太は目を赤くして美咲の肩をつかもうとする。「お前は俺の妻なんだ――」バシッ――その手は空中で、力強く振り払われる。「翔太、忘れたの?私はただの新堂家の家政婦でしょ。あなたの妻は別にいるんじゃなかった?」「違う、違うんだ!」翔太の瞳には、苦しみがあふれる。「美咲、そんなふうに言わないでくれ。俺が悪かった。お前を守れなかった。お前に隠して、里奈に傷つけさせるんじゃなかった。本当に、本当にすまない……だからもう一度だけ許してくれ。あんなに長い間一緒だったんだ、な?」もう一度美咲の腕をつかもうとする。バシッ!今度は美咲の平手打ちが翔太の顔を思い切り打つ。翔太の顔が横に跳ね、口の中に血の味が広がった。だが翔太はすぐに美咲の手をつかみ、自分の右頬にも同じように打たせる。「美咲、お前が許してくれるなら、何発でも打ってくれ。どんなに殴られてもかまわない。もう一度だけ許してくれ……」美咲が抵抗しても、翔太は必死に食い下がり、涙ぐみながら顔を見つめる。少しでも心が揺れる表情を探して、何度もすがる。そこで、ずっと黙っていた健太が動いた。彼は翔太が美咲の腕をつかんでいるのを静かにほどき、次の瞬間、翔太を思い切り殴り倒した。翔太の目には、憎しみと嫉妬がいっそう色濃く宿る。口元の血を拭い、今にも飛びかかろうとする。二人はもみ合いになり、取っ組み合いの喧嘩になる。「ボディーガードは!?」美咲が声を上げると、隠れていたボディーガードたちがすぐに現れ、翔太を押さえつける。翔太は必死にもがき、美咲から視線を離さない。「美咲、俺はもう全部知ってるんだ。三年前の事故は橘家の仕組んだことだった。里奈が整形して近づいてきたのも全部計画だった。俺も騙されていた。信じてくれ!美

  • 青い鳥は遠い雲の彼方へ   第16話

    病院の最上級VIP病室。美咲は病衣のままベッドに横になっていた。目を開けると、神谷家の家族四人が心配そうに美咲を見守っている。母の真理子が真っ先に駆け寄り、手を握りながら笑う。「起きたのね?もう安心して、手術は大成功よ。足もすっかり元通りだから、もう何も心配いらないわ!」次男の和也がコップに水を注ぐ。「水でも飲んで」長男の大輔は保温ポットを持っている。「スープも」父の剛は二人を押しのけて、威厳のある声で言う。「どこか具合の悪いところはないか?」家族の優しさが美咲の胸にじんわり広がり、青白い顔にも自然と本心からの笑顔が浮かぶ。「お父さん、お母さん、大輔お兄ちゃん、和也お兄ちゃん、私は平気よ。みんな、そんなに心配しなくていいのに」神谷家のみんなが少し離れると、美咲はふと、部屋の片隅にもう一人の男性がいることに気がつく。その男はすらりと背が高く、気品と落ち着きをまとっていた。美咲が目を向けると、男は優しい笑顔で言う。「初めまして。綾瀬健太です」綾瀬健太。美咲が幼い頃から婚約者として名前だけ知っていた相手。神谷家に戻ったあと、家族は彼の話を何度かしてきたが、美咲自身は返事を曖昧にしていた。ところが、神谷家に戻った翌日には、綾瀬家が正式な贈り物を持って挨拶に来ていた。美咲は足の手術もあり、表には出ず三階の温室で絵を描いていた。その日、ふと視線を感じて振り返ると、ガラス越しに長身の男の後ろ姿が見えただけだった。あとから聞いた話では、健太は正式に婚約を受け入れ、美咲の答えを待つことにしたという。神谷家のみんなは気を利かせて、しばらくして病室を出ていく。二人きりになった。健太は美咲のために白湯を用意し、手渡してくれる。そして、自分の年齢や家族構成、学歴や経歴まで一つひとつ丁寧に語り始めた。その堅苦しさに、美咲は思わず噴き出してしまう。耳まで真っ赤になった健太を見て、美咲はふと口にする。「綾瀬さん、今まで恋愛経験ないんですか?」まるで見合いに来たみたいな空気だった。健太は美咲の笑顔に思わず目を奪われ、耳までさらに赤くなったが、少しだけ緊張が和らいだ。真剣にうなずいて答える。「はい、僕は恋愛経験がありません」彼は子どものころから頭が良く、家族に後継者として育てられてきた。恋愛に興味もなく、忙しさ

  • 青い鳥は遠い雲の彼方へ   第15話

    翔太は地面に激しく叩きつけられた。全身に激痛が走るが、体の痛みよりも心のほうが、何倍も苦しかった。まるで心臓を無理やり引き裂かれ、血を滴らせながら空中で握り潰されたようだった。信じられなかった。あの、翔太がちょっとケガをしただけで泣いて心配してくれた美咲が、その美咲が、自分を本気で車で轢こうとするなんて。……いや、きっと車に乗っているのは美咲じゃない。あれは神谷家の人だ。今朝も「美咲の兄」だと名乗る神谷家の男に、さんざん殴られた。絶対に神谷家の人が美咲の代わりに仕返ししているに違いない。だが、車は翔太の目の前で止まった。後部座席の窓がゆっくり下がり、そこから、美咲の冷たい目が現れた。「翔太。二度と私の前に現れないで」窓が閉まり、車はそのまま走り去った。翔太は真っ赤な目で、車が消えていった方角をじっと見つめていた。心が完全に壊れ、もう何も言葉が出てこない。しばらくして、突然、口から血を吐き、そのまま意識を失った。次に意識を取り戻すと、病院のベッドの上だった。病室にはスーツ姿の男が立っている。翔太が目を覚ますと、男は名刺を差し出した。「神谷家の弁護士です。今日の一件、何かあれば私にご相談を」翔太はその名刺を冷たくにらみつけ、手を握りしめて白くなった指を震わせた。「美咲に会わせてくれ」「美咲?」弁護士は眉をひそめる。「神谷家のお嬢様、神谷莉子(かみや りこ)さんのことですか?」弁護士は壁のテレビをつけた。そこでは美咲の父の剛(つよし)が記者会見を開き、「長年行方不明だった娘、神谷莉子をついに見つけました」と発表している。そして、娘が戻ってきた記念に、持ち株の10%を譲渡するとまで言っている。画面には、美咲のプロフィールと写真が大きく映し出されていた。これから彼女は、神谷莉子と呼ばれるのだ。翔太は、心の奥から祝福したい気持ちと、どうしようもない不安に襲われていた。神谷家は、東雲市でも有数の名家。そんな強力な後ろ盾を手に入れた美咲は、もう二度と翔太の方など見向きもしないのかもしれない。許してもらえる日は、もう絶対に来ないのかもしれない。翔太が真っ青な顔で呆然としていると、弁護士はテレビを消し、無表情で言った。「神谷家からの伝言です。お嬢様の過去は、すべて把握していて、新堂家も橘家も、神谷家

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status