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第5話

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美咲は激しく抵抗していたが、やがて痛みと絶望に飲み込まれ、力が抜けた。

そのまま引きずられていった。

個室に閉じ込められ、ベッドに押し倒され、服を無理やり破られる。

水野は目を血走らせ、興奮した様子で美咲の体を乱暴にまさぐる。美咲が抵抗しなくなると、ますます好き勝手に触り続けた。

美咲は虚ろな目で天井の灯りを見つめながら、そっと手をベッドサイドに伸ばした。

水野が油断した瞬間、ベッド脇のスタンドを手に取ると、全力で水野の頭めがけて振り下ろした。

鈍い音と共に、額から真っ赤な血が流れ出す。

美咲は急いで部屋のドアを開け、そのまま逃げ出した。

パーティー会場を抜けて、道路沿いをひたすら走る。

涙があふれて、風に吹き飛ばされていく。

この瞬間、翔太と過ごした日々が走馬灯のように頭をよぎる。

必死に自分を守ってくれた翔太の姿。命がけで水野と殴り合ったあの日のこと。悪夢にうなされた夜、やさしく抱きしめてくれたこと。

でも、思い出の中の翔太はやがて里奈を抱きしめて踊り、冷たいまなざしで美咲を見下ろす今の姿に変わる。

その視線は、鋭い刃物みたいに、何度も心を切り裂いていく。

どれだけ走ったか分からない。ふと、高級車が目の前で止まり、美咲は立ち止まった。鼻の奥に血の匂いが広がる。

運転席には無表情な翔太、その隣には憎しみに満ちた目で睨む里奈がいる。

二人が車を降りて近づいてくる。里奈が声を荒げた。「私の許可なく、勝手にパーティー会場を抜け出すなんて、誰が許したの!

礼儀も知らないくせに。今日、あんたがどれだけの人に迷惑をかけたかわかってる?みんな大事なお客様なのよ!その人たちの世話なんて本来なら光栄なことなのに、空気も読めずに、新堂家の名を汚して!」

美咲の心臓がきゅっと縮まる。極限の怒りで目が真っ赤になる。

それでも美咲は翔太をまっすぐ見つめて問いかけた。「……あなたもそう思ってるの?」

里奈も翔太を見つめる。

翔太は視線をそらしたまま言った。「妻の考えは、俺の考えだ」

その瞬間、美咲の胸が音を立てて砕けていく。

「わかった」拳を握りしめ、目に涙をためて、声を震わせる。「翔太、あなたが望むなら、全部やる」

これで全部、翔太に守ってもらった恩も、命を救われた借りも、返したことにする。

ここから先は、もう何も残らない。もう翔太に、何一つ借りを作らない。

翔太は、美咲の壊れそうな姿を見て、胸がきゅっと締めつけられる。どうしようもない不安が、心の奥から込み上げてくる。

このままじゃ、何か取り返しのつかないことが起きそうな気がして――

だが翔太が口を開くより早く、里奈が遮る。「約束は守ってよ。明日、みんなの前できちんと謝罪してもらうから!」

翌日、美咲は乗馬クラブに連れていかれた。

昨日、美咲をいじめた令嬢たちが全員そろい、上流階級の若者たちも大勢集まっている。

美咲はメイド服のまま、里奈に無理やり乗馬場の中央まで引っ張られた。

里奈が意地悪く笑いながら言う。「口だけの謝罪なんていらない。本当に誠意を見せたいなら、今日、私たちのゲームに付き合いなさい」

美咲は馬に乗った令嬢たちと、里奈が手に握るロープを見て、不安がこみ上げる。「どんなゲームなの?」

里奈が冷たく言い放つ。「競馬」

そう言って、ロープを美咲の手に巻きつける。

恐怖が全身を襲い、美咲は必死に抵抗する。「嫌だ、絶対に無理!」

里奈はイラついた様子で叫ぶ。「翔太、手伝って!」

柵の外にいた翔太が、一瞬固まるが、ゆっくりと歩み寄ってきた。

美咲がその姿を見た瞬間、それまでの抵抗が止まり、二人がかりでしっかりとロープを手首に結びつけられる。反対側は馬の鞍につながれている。

翔太は最後まで美咲の目を見ようとしない。

里奈が馬に乗って合図を出すと、馬は一気に走り出した。美咲はバランスを崩して転び、地面を引きずられる。

一周、二周、三周……地面には鮮やかな血の跡が何本も残る。

すぐ後ろで馬のひづめが迫ってきて、何度もあと少しで踏まれそうになる。

乗馬場には、令嬢たちの楽しそうな笑い声が響き、周りの観客からも、面白がるような歓声が飛んでくる。

美咲だけが、歯を食いしばり、声を出さずに必死に耐えていた。

ふと、群衆の中で翔太が柵を握りしめ、白くなるほど手に力を込めているのが見える。彼だけは周りの盛り上がりと全く違う顔をしていた。

だけど、美咲はもう、翔太の顔なんて見たくなかった。

馬が大きくひづめを振り上げて、甲高い鳴き声が響く。ひづめが振り下ろされる瞬間――

「やめろ――!」

翔太の叫びが乗馬場に響いた。

美咲は絶望の中、そっと目を閉じ、頬を涙が伝う。
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