Share

第0013話

Author: 龍之介
高杉グループ本社ビル

輝明がオフィスに到着すると、森下がすぐに駆け寄ってきた。

「社長、陸川様が体調を崩し、病院へ搬送されました。それと、別荘の監視カメラの映像をメールでお送りしています」

輝明は「わかった」とだけ返し、椅子に深く腰掛けると、すぐにPCを開いた。未読のメールに添付された動画ファイルが目に入り、指が一瞬止まる。

脳裏に蘇るのは、綿の震える声だった。

「何度同じことを繰り返すつもり?いつもちゃんと確かめもしないで、最初から私を悪者にする。あなたの『大事な人』が本当はそんなに優しい人じゃないって知るのが怖いの?それとも、私を誤解していたって気づくのが嫌なの?」

マウスを握る手に力がこもる。迷いが生じた。

――まさか、自分が綿を誤解していた?

そんなはずはない。あいつは冷酷で、どんなことでも平然とやる人間だ。これはただの泣き言だろう。そう思い直し、ファイルをクリックした。

画面に映し出された映像を目にした瞬間、輝明の顔色が変わる。

病院・033号室前

病室の前に立つと、中から女性の小さな声が聞こえてきた。

「お母さん、どうしよう……監視カメラがあるなんて知らなかった……」

「何を慌てているのよ。誰が見たって、綿に突き飛ばされたって言えばいいの!」

輝明の顔色はさらに冷たくなる。静かにドアを押し開け、大股で部屋に入った。

嬌が驚いた表情で息をのむ。

「……明くん……」

彼は何も聞かなかったかのように、陸川嬌の母・陸川恵子に軽く会釈する。そして、いつもと変わらない穏やかな声で嬌の頭を優しく撫でた。

「どうした?なんで泣いてる?」

嬌の目から、次々と涙がこぼれ落ちる。その代わりに、恵子が答えた。

「あなたの奥さんのせいよ。彼女と嬌ちゃん、一緒に階段から落ちたのに、あなたは彼女を助けなかった。嬌ちゃんは優しいから、罪悪感を抱いてるのよ!」

「そうだな、嬌ちゃんは本当に優しすぎる」輝明はそう言い、指先で嬌の頬にそっと触れた。

嬌は微かに身を強張らせた。

――何かがおかしい。

いつもなら、この瞬間に安心できるのに。彼の優しさが、今はまるで冷たい刃のように感じられる。

「輝明、嬌はこんなにもあなたのために尽くしてきたのよ。それなのに、いつまで待たせるつもり?」恵子が強い口調で言った。

輝明は黙って恵子を見た。

陸川恵子――陸川家の当主。

その名を知る者なら誰もが恐れる、気性の荒さで有名な女傑だ。気に入らない相手がいれば、遠慮なく叩きのめす。それが彼女のやり方だった。

かつて、高杉家が陸川嬌を受け入れなかった時、恵子は部下を引き連れ、高杉家に乗り込んで詰め寄った。その一件以来、高杉家と陸川家の関係は、どこか微妙なものになっていた。

嬌は、輝明が何も答えないことに胸を締めつけられた。

いつになれば、彼の「本当の妻」になれるのだろうか。

その答えは、永遠に出ないのかもしれない。

「お母さん、輝明を責めないで。彼だって色々と大変なのよ」

嬌は鼻をすすり、輝明をかばった。

「あなたはいつも人のことばかり考えるけど、人があなたのことを考えてくれるとは限らないのよ!」

恵子は嬌の額を軽く叩いた。

その言葉を聞きながら、輝明は冷静な口調で言った。

「伯母さん、少し嬌と二人で話したいので、席を外していただけますか?」

その瞬間、嬌の心臓が跳ねた。

彼が急に病院に来た理由が、監視カメラの映像を見たからだとしたら――

恵子は輝明を鋭く睨み、鼻で笑った。

「偉そうに」

彼は何も言わず、その言葉をやり過ごした。

恵子が部屋を出ていくと、輝明は椅子を引き、ベッドのそばに腰を下ろした。

嬌はベッドにもたれかかり、緊張した指を組みながら、不安げに問いかけた。

「明くん……何の話?」

彼は答えず、冷たい指先を嬌の腫れた頬にそっと触れた。

「まだ痛むか?」

その問いかけは優しくもあったが、どこか冷たかった。

嬌は軽く首を振ったが、彼の視線が鋭すぎて、普段のように甘えられなかった。

――まるで、無言のうちに彼の感情が突き刺さるようだった。

「どうして、あんなことをした?」

彼の声は静かだったが、確かに怒りを含んでいた。

嬌の指先が震えた。

「……何のこと?」

「嬌、君と結婚すると約束した。それなのに、なぜあんな手を使う?」

その鋭い問いに、嬌は視線を逸らした。

「明くん……一体何の話なの?」

輝明は言葉を継がず、スマホを取り出して、動画を再生した。

そこには、嬌が綿の腕をつかんで自分の顔を叩き、そのまま自ら階段を転げ落ちる様子が映っていた。

嬌の顔から血の気が引いた。

「あれは、全部お前の自作自演だな」

輝明はスマホを閉じ、冷たい目で嬌を見下ろした。

「……違うの、あたしは……」

嬌は必死に言葉を探すが、証拠があまりにも明確すぎて、何も言えなかった。

「嬌、自分が何をしたのか、わかってるのか?」

輝明は彼女の顎を軽く持ち上げ、目を逸らさせないようにした。その瞳には、深い失望が滲んでいた。

「じゃあ、あなたは自分が何をしてるのわかってるの?」

嬌の目がじわりと赤くなり、輝明を睨みつける。

輝明の眉がわずかに寄る。

嬌は唇を噛み、涙をためた瞳で彼を見つめた。

「……あたしにこんなこと言うの、綿ちゃんのため?」

輝明は表情を変えず、低く言った。

「それは別の話だ。俺は、嘘をつく女が嫌いだ。お前も知っているはずだろう?」

彼はずっと彼女を信じ、擁護してきた。

無条件に――

だが、彼女は彼の信頼を裏切り、綿の前で彼を愚かな男にした。

「あたしはただ……明くんがあたしを選ぶかどうか、確かめたかっただけ……それの何が悪いの?」

嬌は歯を食いしばりながら訴えた。

輝明はゆっくりと息を吐き、静かに問い返した。

「……俺の気持ちを試していたのか?」

「そうよ!」嬌は叫ぶように言った。「だって、ずっと不安だったもの!」

輝明の黒い瞳がわずかに揺れる。

そして、頭の中には、綿のあの言葉が浮かんだ。

――私が嬌だったらよかったのに……

――今さら私がわがまま言ったって、誰か構ってくれる?

――高杉輝明……心がないのは……あなただよ。

彼は苦笑した。

もしこの言葉が綿の口から出たなら、彼はきっと認めただろう。

彼女が正しいと。

彼は綿に、一度も安心感を与えたことがなかったから。

だが、今、この言葉を口にしているのは嬌だった。

嬌は涙を拭いながら、かすれた声で言った。

「明くん、一人の心に二人は入らないのよ。もし、あなたの心に綿ちゃんがいるなら、あたしは身を引く……」

彼は彼女の言葉を聞き流すことができなかった。

「お前は知っているだろう。俺は綿を――」

輝明は彼女がこういうことを言うのが嫌いだった。彼女も分かっていた、彼は綿を愛していないのだ。

「あたしは……!」嬌は彼の言葉を遮るように叫び、涙をこぼした。「あたしは……あなたを助けた時、何も求めてなかったの。ただ……ずっとそばにいたいだけだったのよ……」

輝明の瞳がわずかに揺れた。

――そうだ。嬌は命がけで自分を助けた。自分は彼女に借りがあるのだ。

嬌は彼が俯くのを見て、わずかに安堵し、退路を見つけたような気がした。

「明くん……ごめんなさい。あたしが悪かったの。ただの気の迷いよ。許して……もう二度とこんなことしないから」

「……ああ」

輝明は淡々と答え、それ以上何も言わなかった。

目の前の嬌を見つめながらも、胸の内はざわつき、頭の中には綿の姿ばかり浮かんでいた。

――俺は、綿を誤解していた……
Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第1110話

    撮影現場に顔を出すだけならまだしも、秋年はしばしば劇組全体にも恩恵を与えていた。たとえば——ある日、彼は二人のミシュランシェフを連れて、フードトラックで直接撮影現場に乗り込んできた。しかも、持ち込んだ食材はすべて高級輸入品。朝から晩まで、グルメ三昧。——もはや人道的ではないレベルだった!この出来事はすぐにネットで話題となり、トレンド入りまで果たした。「羨ましすぎる!」多くの人がそうコメントしていた。だが、その一方で——一部のファンたちは、ふと疑問を抱き始めた。——岩段社長、これって本当に単なる代言人への応援?本当は、玲奈を口説いてるんじゃないの?「ねえ、正直に答えて」綿は好奇心いっぱいに尋ねた。「岩段若社長みたいに、イケメンで金持ちで、しかもこんなに尽くしてくれる男。——心動かない?」やっぱり、玲奈の恋愛は、彼女たちみたいな普通の人とはちょっと違っていた。彼女は外の世界で、あまりにも多くの人と関わってきたのだ。玲奈は一瞬も迷わず、はっきりと言った。「誰でもできる」綿はきょとんとした。——どういう意味?「女はもっとプライドを持たないと」玲奈は落ち着いた声で言った。「ちょっと差し入れしたくらいで、ありがたがってたらダメ。応援したからって愛とは限らない。綿、あなただって私に差し入れできるでしょ?他の男だってできるじゃない。つまり、誰にでもできることなのよ」綿は目を細めた。——玲奈のこの冷静さ。本当に、一生見習うべきだ。「でもね、気持ちを示すってことは、大事な第一歩でもある」玲奈は真剣に付け加えた。綿はうなずき、彼女の考えに同意した。「さてと、私はこれからナイトシーンの撮影だわ」玲奈は嘆きながら言った。「そっちはゆっくり食べてね、見てたらお腹すいちゃったよ」綿は笑いながら頷いた。ビデオ通話を切ったあとも、綿は玲奈の言葉を思い返していた。——差し入れや花束なんかで、愛を測っちゃダメ。追いかけるための第一歩なだけ。綿は肩をすくめ、最後の一口ステーキを優雅に食べ終えた。ナプキンで口元を拭い、支払いを済ませて店を出た。夜風が心地よく吹き抜ける。綿はレストランの前に立ち、賑やかな通りを眺めながら、ふとスマホで一枚写真を撮った。そして——綿

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第1109話

    「やだ〜、私たちに聞かれちゃまずい話でもあるの?せっかく隣に座ってるのに、わざわざメッセージでやり取りしてるなんて」盛晴はリンゴを一口かじり、足を組んで、とても優雅に微笑みながら二人を見つめていた。——娘が幸せになること。それが母親としての最大の願いだった。四年前、綿が間違った選択をした時——盛晴自身にも責任がないとは言えない。娘をちゃんと導けなかった、自分自身を悔いた。だからこそ、今度こそ——綿には、正しい道を選んでほしかった。そして輝明にも願う。——今度こそ、綿を裏切らないでほしい。綿だけでなく、桜井家全体が彼に最後のチャンスを与えたのだから。「ママ、もうからかわないで」綿はうつむき、照れたように微笑んだ。「はいはい、からかいませんよ。娘も大きくなったわね、ちゃんと恥ずかしがるようになって」盛晴は優しく笑った。輝明は静かに二人を見つめていた。以前は、綿は父親・天河に似ていると思っていた。でも今は違った。綿の一挙手一投足、その優雅さ、上品さ——それは盛晴譲りだった。「おじさん、もし会社のことで何かお力になれることがあれば、遠慮なくおっしゃってください」輝明は天河に向かって真剣に話しかけた。綿と盛晴はその様子を静かに聞き、時折口を挟んだ。天河は頷きながら答えた。「ありがとう、高杉さん」「おじさん、そんな高杉さんなんて、堅苦しいですよ」輝明は恥ずかしそうに笑った。天河は大笑いした。——もちろん、冗談交じりだった。「よしよし、高杉くんでいいか」天河は呼び方を変えた。輝明はすぐに嬉しそうに返事した。「はい、そのほうが断然いいです!」四人の間に、和やかな笑いが広がった。「これからは、うちの可愛い娘をちゃんと大事にしろよ。さもないと、容赦しないからな!」天河は茶目っ気たっぷりに輝明を指差した。輝明はすぐに頷いた。「おじさん、絶対に。綿を裏切ったりしません。おじさんとおばさんの信頼も、必ず守ります!」「お前なぁ……」天河は輝明をじろじろと見た。「……本当に信じていいのか?」言葉にはしなかったが、顔にはそう書いてあった。輝明はその意味を察し、笑って言った。「全部、誤解です」——言い訳にしか聞こえなかったが。「ま、もう過去のことはい

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第1108話

    綿は認めざるを得なかった。——彼のお願いを、本当は断れない自分がいることを。でも。「イヤ」彼女はきっぱりと断った。輝明は思わず息を呑んだ。「……冷たいな」ん?——このセリフ、今日だけでも何回聞いたことか。また「冷たい」と言われた。「昔の高杉さんの方が、もっと冷たかったよ?」綿はにやりと笑いながら、彼をからかった。輝明は言葉に詰まった。「桜井さん、君って本当に、人の傷口に塩を塗るのが上手だよな」綿は小さく笑った。「痛い?」「痛くないわけないだろう?」「そう、それでいいのよ。痛い目見せてやるんだから!」綿は腕を組み、ふんっと鼻を鳴らした。その仕草には、少しだけ子供っぽさが混じり、ほんの少しの意趣返しの気持ちが込められていた。輝明は、そんな綿を見ても怒るどころか、むしろ嬉しそうだった。——これが本当の綿だ。彼女には、こうして素直に感情を出してほしい。「はいはい、君は本当に手強い」輝明は優しく繰り返した。綿は、彼が自分をなだめているのをわかっていた。——そして、輝明自身も、無意識のうちに変わっていた。——それだけで、もう十分だった。家に着いた頃、ちょうど盛晴と天河も帰宅していた。玄関先で、四人が鉢合わせた。「家に寄っていかないか?」天河が声をかけた。輝明は綿に視線を向けた。綿は目を細めた。——なに?なんで私を見るの?「どうした、付き合ったばかりで、もう尻に敷かれてるのか?」天河が冗談めかして茶化した。輝明は慌てて首を振った。——ただ、綿が嫌がるかもしれないと思っただけだ。「行こう」綿があっさり答えた。輝明はようやくほっとして、「はいっ!」と答えた。盛晴と天河は顔を見合わせて、思わず笑った。「見た?これからはあんたもそうしなさいよ」盛晴は天河の腕を軽く突いた。天河は口を尖らせた。「やれやれ、あれは熱愛カップルだろ。俺たちはもう年季の入った夫婦だ、いちいちそんなこと……」綿はキッチンに向かい、盛晴にお茶を出してあげた。きっと、母も輝明に色々話したいのだろう。綿は果物を少し切った。リビングでは、盛晴の笑い声が響いていた。「そうなの?年寄りは元気が一番だわね」綿が果物を持って戻ると

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第1107話

    輝明は、森下にレストランの予約を指示しようとしていたが、綿から届いたメッセージを見て、思わず笑った。——冷たい方が、いいんだよ。輝明「もし俺が彼女に情けをかけてたら、君を失ってた」綿はそのメッセージをしばらく見つめた後、ふっと笑い、短く返信した。「夜に会おう」スマホを閉じ、二人はそれぞれの仕事に戻った。こういう付き合い方、綿は結構好きだった。——時間があるときは一緒に過ごして、忙しいときはそれぞれが自分のことをする。浮気の心配もなく、お互い安心していられる。……夜。フレンチレストラン。輝明はすでにコース料理を予約していたので、到着するなり料理が運ばれ始めた。綿は、研究院の最新の進展について話し始めた。なにせ、輝明も出資者の一人だったから。輝明は、黙って彼女の話を聞いていた。彼女が仕事の話をするときの真剣な表情は、やっぱり魅力的だった。もちろん、普段の彼女も十分美しかったけれど。綿が夢中で話している途中、輝明はふと口を挟んだ。「俺と話すことって、仕事の話だけ?」綿は一瞬、言葉を止めた。ん?彼女が輝明を見ると、彼は少し寂しそうに彼女を見つめていた。輝明は続けた。「会うたびに、研究院の話ばっかりだよね。俺たち、他に話すこと、ないのかな?」綿はその意図を理解した。——つまり、会話が弾まないことを気にしているのだ。綿はワインを一口飲み、輝明を見ながら言った。「だって、今の私たち、共通の話題があまりないもの」「それって、関係に影響するかな?」彼は弱々しく尋ねた。綿ははっきりとうなずいた。「するよ」——会話が続かないのは、恋愛において致命的だ。「じゃあ、どうすればいいの?」輝明は苦笑した。「それでも、私と付き合いたい?」綿は彼をじっと見つめた。輝明が答えようとした瞬間、綿は言葉を重ねた。「ちゃんと考えて答えて。簡単に決めないで」輝明は眉をひそめた。「考える必要なんてないよ。もちろん付き合いたい。付き合うだけじゃなくて、いずれ結婚もしたい。今、話題が少ないだけでしょ。一生ずっとそうなわけじゃない」綿は静かに彼の言葉を聞いていた。輝明はさらに続けた。「俺たち、今こうして一緒にいるけど、大事なのはお互いに歩み寄っていくことだ

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第1106話

    まだまだ安心はできない。——妻を追う道のりは、まだまだ長い。輝明はため息をつきながら、そっとLINEを開いた。そして、綿に二つのスタンプを送った。ひとつは「今にも泣きそうな顔」、もうひとつは「しょんぼり顔」。綿はすぐにその通知に気づいた。しかし、眉をひそめるだけで、彼に「ハグ」のスタンプを一個返しただけだった。——早く寝なさい、という意味を込めて。輝明は一瞬で拗ねた。——ああ、なんて冷たい女だろう!……翌朝。輝明と綿の交際宣言は、インターネット中を駆け巡っていた。中には、二人のこれまでの恋愛遍歴を解説する動画を作るユウチュウバーまで現れた。綿が研究院に到着すると、院内の皆が彼女のニュースをチェックしていた。昼食の話題は当然のように綿のことになったが、彼女はもうすっかり慣れていた。コーヒーを手に休憩室の前を通りかかったとき、テレビのニュースが耳に入った。「今朝、陸川家に関する……」綿は顔を上げ、画面を見ようとした。そのとき、スマホが鳴った。画面を見ると、玲奈からだった。綿は視線をテレビから外し、陸川家のことなど興味を失った。「どうしたの、私のスター女優さん。朝っぱらからご指名とは」綿は笑いながらオフィスのドアを押し開けた。電話の向こうから、玲奈の声が聞こえた。「さすがだね!私より目立っちゃって。やっぱり綿と高杉社長は違うわ!」綿はへへっと笑った。すると、玲奈がまた言った。「それにしても、うちの桜井さん、ずいぶん大人になったわね。なんで彼氏のツイッターにコメント一つつけないの?」「なんか、あなた嬉しそうに聞こえるんだけど?」綿は目を細め、柔らかな声で言った。「そんなことないよー!」もちろん、本音では綿が輝明をちょっと苦しめるのを見て、少しスカッとしていた。でも、それはそれ。「綿ちゃん。もう一度一緒に歩くと決めたなら、あまり意地悪しすぎないでね」玲奈は真面目に忠告した。綿は微笑んだ。「わかったよ、うちの毒舌女優さんが、珍しく優しい」「だって、もう選んだ道なら、ちゃんと向き合わないと。私が毒舌吐いたら、余計な問題を増やすだけだし」玲奈はあくびをしながら言った。これから雑誌の撮影があるのだ。「それより、ニュース見た?」玲奈がふと思い出した

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第1105話

    綿はスマホを開きながら、書斎へ向かった。ドアを開け、机に向かって座ると、ちょうどスマホに輝明の最新投稿が読み込まれた。「@高杉輝明これからも、君とたくさんの記念すべき瞬間を重ねていきたい。彼女さん。@桜井綿」添付されていた写真は、さっき玄関先で撮ったツーショットだった。思えば、これが二人にとって初めての正式なツーショットだった。大学時代、綿が彼を心から愛していた頃でさえ、こんなきちんとした写真はほとんどなかった。綿は、コメントや「いいね」の数がぐんぐん伸びていくのを見つめていた。二人の復縁はすでに知られていたが、正式な発表はこれが初めて。みんな興味津々で集まってきた。まもなく、二人の復縁ニュースはトレンドに押し上げられ、各メディアが次々と速報を流した。「雲城エンタメ速報雲城財閥・高杉輝明と元妻・桜井綿、正式に復縁!本日ツイッターで発表!」「雲城経済ニュース高杉グループの高杉輝明と桜井グループの桜井綿、復縁!」「エンタメトレンド速報:高杉輝明と桜井綿、交際を正式発表——二人の8年間を振り返る!」エンタメニュースの時間軸まとめを読みながら、綿は思わず感慨にふけった。大学時代、輝明はすでに四大家族の一つ、高杉グループの後継者だった。二人でこっそり夜食を食べに出かけると、よく写真を撮られたものだった。ただ、当時は今ほどネットが発達していなかったため、それほど騒がれることはなかった。輝明が誘拐されたとき、綿は初めてネットの力を実感した。誘拐事件は連日トップニュースになり、世間の注目を集めた。その後、輝明が結婚するというニュースが流れた。しかし、相手についての情報はほとんど出なかった。ちょうどその頃、綿と輝明の間にはすでに深い亀裂が生まれていた。彼女は強く結婚を望み、彼は嬌と結婚しようとしていた。——命の恩人を間違えたことで、すべてはそこから始まっていた。輝明は嬌を助けた恩人だと勘違いし、必死に綿から逃れ、嬌を選ぼうとしていたのだ。最終的には、綿と輝明は結婚した。だが、結婚生活は幸福とはほど遠かった。パパラッチに、何度も輝明が結婚後も嬌と会っている姿を撮られた。嬌と食事を楽しむ輝明と、ひとり寂しく家に残された綿。さらに——綿と嬌が対立するたびに、輝明は公開の場で綿を辱め、嬌を庇うというニュースも

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status