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第4話

Author: 平安明日香
翌朝早く、「私」の母、つまり「寛一」の姑がやって来た。

いや、正確には寛一の実母で、私にとって最悪な姑・知代子(ちよこ)がやって来た。

彼女は二つの魔法瓶をぶら下げ、部屋へずかずかと入り込んできた。

「お母さん……水が欲しい」

寛一は思わず母親に助けを求め、声はひどくかすれている。

知代子は魔法瓶をテーブルに「ドン」と置いた。

「水なんか飲むんじゃない!スープを飲みなさい!

せっかく濃厚な豚骨スープを長時間煮込んだから!脂がたっぷりで、母乳の出が一番よくなるよ」

彼女は黄色い脂が分厚く浮かんだスープをよそい、寛一の口元に差し出した。

その生臭く脂っこい匂いが、鼻をつくように立ち込めた。

寛一は顔を背けた。

「脂っこすぎる。飲めない。医者はあっさりした食事を勧めてた」

――バシッ!

知代子の平手が彼の背中に鋭く叩きつけられた。

「子供のためなら、毒だって飲み干せ!それが親ってもんよ!!」

寛一はうめき声を漏らした。

彼は助けを求めるように私を見た。

「寛一……お母さんがこんなことをするの、ただ見てるつもり?」

私はソファでスマホをいじり、顔すら上げなかった。

「お母さんがこんな年で、お前のためにわざわざスープを煮込んでくれたんだ。そのありがたみも分からねえのか?

さっさと飲め。お母さんを怒らせるな」

これらの台詞は、全て寛一のかつての口癖だった。

私はすらすらと暗唱できる。

寛一は絶望した。

追い詰められ、彼は覚悟を決めてその脂まみれのスープを口にした。

一口飲んだ瞬間、胃が激しく攣り、「ゲッ」と吐き出してしまった。

知代子の服一面にゲロがかかった。

彼女は一瞬で逆上し、手を振り上げて寛一の頬を平手打ちした。

澄んだビンタの音が部屋に響き渡った。

寛一は頬を押さえ、自分の実母を信じられない目で見つめた。

「お母さん……どうして?

私……お母さんの息子だよ」

知代子は彼の鼻先を指さして罵った。

「私の息子はここに座ってる!子供を産んだぐらいでこんなに狂っちゃって、道理で寛一があんたのことを嫌いになるわけよ」

素江は火に油を注ぐように、わざと驚いたふりをして口を押さえ、さらに事を荒立てた。

「あらあら、寛一のお母さん、そんなにお怒りにならないでください。

新菜さん、わざとじゃないと思うんです……ただ、さっきこっそり『体型が崩れるから授乳は嫌だ、粉ミルクにしたい』って、本当に落ち込んだ様子でおっしゃってて。

もしかしたら、それがちょっと拗ねた気持ちになって、思わずあんなことになっちゃったのかもしれませんね……」

このそそのかして人を陥れる手口は、彼女はもう使い慣れたものだった。

知代子はそれを聞き、さらに頭に血が上った。

「粉ミルク?あんな人工の代物がうちの子に飲ませられるつもり!?

早志家の血を引く子を、きちんと母乳で育てるのが筋ってもんだ!

もし授乳をやめようなんて気でもあるなら、今すぐ出て行け!」

寛一は布団にうずくまり、全身を震わせている。

彼が長年守り続けてきた「慈母」とは、こういう人間だった。

彼が「大変だ」と労るその老人は、実はこういう本性を隠していた。

嫁になるとは、こういう感覚なのか。

まるで野良犬のように、誰からも蔑まれ、蹴飛ばされる存在。

私はこの茶番劇を、心に一片の波瀾もなく見ていた。

むしろ、少し滑稽にさえ思えた。

寛一、もうこんなことで耐えられなくなった?

こういう日々を、私は丸三年も耐え抜いてきたのに。

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