LOGINウルカと瀬田が喫茶店でお互いの事情を確認し合っていた、その時。 華は“青年の姿”をしたカシュを前にして固まっていた。「……誰、かしら?」 華の仕事が終わるのを校内のカフェで待っていたものの、その間に営業時間が終わってしまい、結局は店の前でじっと忠犬の様に愛しい人のお迎えを待っていたカシュを見た華の第一声が、コレだった。「『誰?』って……健気に、華さんの仕事終わりを待っていたボクに対して、それは流石に失礼じゃないですか?」 スラッと背の高い、スーツ姿のカシュが拗ねた顔をする。見覚えはあれども姿形が違うため確信を持てなかったのだが、彼の表情を見て、やっと華は『この人はカシュなのね』と思った。「だって、いつもと全然違うんだもの。仕方ないでしょう?でも……ごめんなさい、失礼な言い方だったわ」 反省し、華がカシュへ謝罪を伝える。常に気高い雰囲気を持つ華がしゅんっと凹んだ様子になった姿を見て、カシュは胸の奥が喜びからギュゥと苦しくなった。「いいですよ、ちゃんと迎えに来てくれましたし。——あぁ、でもそうだな、頰でもいいんで、軽くキスをしながら『ごめんなさい。貴方が好きよ、お詫びに結婚しましょうか』なんて言ってもらえたら、とっても嬉しいです」 そう言って、カシュが自身の頬を指で軽くトントンッと叩く。すると華は「すぐ調子に乗って、悪い子ねぇ」と言いながら、彼の足を強めに踏み付けた。「痛い、痛いです華さん!」 「自業自得よ!」 全く……と呆れ顔をする華に対し、カシュがクスッと笑みをこぼす。ほんの数時間の短い別れでしかなかったのに、やっと好きな人の側に戻れた事が嬉しくて堪らなかった。「じゃあ、一緒に帰りましょうか」 「えぇ、そうね。そのために待たせてしまったのだし。それに、その姿なら、誰も貴方を“転入生のカシュ”だなんて思わないでしょう。だけど……貴方って、そんな姿にも……その、なれるのね」 視線をスッと彼から逸らし、華が先に帰路に向かって歩みを進める。 自分よりも高い身長、細身なのにスーツの上からでもわかるスタイルのよい身体、サラサラとした金髪に、切れ長でシトリンっぽい色をした瞳の好青年に変化したカシュの姿は、正直、彼を子供扱いしている華から見てもかなりの好印象だった。(この姿で、ベランダにカシュが現れていたら、あのまま流されていたかもしれないわ…
「ロリコンは、実年齢と外見年齢が同じ、“少女”が好きな事を指すだろう?」 「まぁ、はい……」 「俺は、見た目は幼ければ幼い程に嬉しいが、実年齢は十八歳以上じゃないとダメだ。そういった“合法ロリ”が好きなのと、“ロリコン”は完全に非なるものだ。いずれは合法幼妻を迎え入れたいとなると、やはり年齢は重要だし、何よりあまりに幼いと話していてもつまらない。セフレと違って、嫁は『抱ければそれでいい』という対象ではないだろう?だからその辺りが非常に重要だ。その点ウルカは、見た目は自在に変えられるし、年上だから話に詰まる事もないだろうと思うと、それだけで興奮してくるな」 ペラペラと熱く語り、眼鏡の奥に瞳がキラッと輝いた気がする。(……あれ?もしかして浩二さんって、真面目で誠実そうな見た目と違って、ちょっと変わった思考をする人なのだろうか)「じゃ、じゃあ、えっと、もう一つ訊いても?」 「何だ?いい機会だ、なんでも答えようじゃないか」 「好きな男性のタイプは?」「んなもんあるか」 こちらも即答だった。不快感マックスといった感じから、本心なのだとすぐにわかる。“ロリっぽい女性”が好きなように、ショタもOKとかではなくってちょっと嬉しい。まぁ……もし合法ショタコン要素まで彼が持っていたとしたら、自分の姿を変えてでも対応しましたけど。「でも、じゃあ……水谷さんの件は?ワタシとしては、早々に別れていただけると嬉しいというか、別れてくれないと心境的にかなり嫌なのです、けども」 ちょっと言い難かったが、ちゃんと伝える。この先円満に夫婦関係を続けていくには重要な事だからだ。「ちょっと待ってくれ。別れるも何も、アイツと俺が付き合っているワケがないだろうが」 浩二さんが苦虫でも噛み潰したみたいに渋い顔をする。何故自信を持ってそう言い切れるのか、そっちの方がワタシからしてみれば不思議でならない。それに、ワタシと同様に水谷さんがそうは思っていない以上、このまま彼への説得を続けねば。「いいえ、付き合っています。だって浩二さんは彼に『好きだ』と言われて『俺もだ』と返したじゃないですか。しかも二回もです。ワタシには、ワタシには……一回も、言ってくれていないのに」 拗ねた顔をすると、頬を優しく撫でてくれた。「……それは、本当にすまなかった。あー……でも、その言葉をお前に言うのは、ち
「……——そうか。そうなのか」 長々と一人語りをしてしまったのに、ただじっと浩二さんは全てを聞いてくれ、納得した様な顔でそう言った。 『重い。そんな重たいサキュバスなんぞ、扱いが面倒だ』と言われやしないかとヒヤヒヤしていたのだが、不安でいっぱいになりながらも浩二さんの顔をじっと見ていると、彼はふっと優しく笑ってくれた。 腕をこちらに伸ばし、くしゃっとワタシの髪を無造作に撫でる。その表情が今までで一番甘ったるくって、嬉しそうで、胸の奥がギュッと強く締め付けられた。「あ、あの……ワタシは、この先も浩二さんの、傍に……居ても構いませんか?」 祈る様に手を組み、必死に懇願してみる。もう“契り”は結ばれているので、これで『無理だ』と言われたらもう、ワタシには傷心による自害以外に道は残されていない。なので、一生に一度と言ってもいいくらいの必死なお願いだった。「当たり前だろう?俺にとって、お前程の“理想の嫁”はいないからな」と答えてくれ、また髪をがしがしっと撫でてくる。嬉しさに溢れたその顔を見て、ワタシはやっと安堵というものを得られた気がした。「理、理想?……ワタシが、ですか?」 心地いい言葉をもらい、ちょっと照れてしまう。でもワタシの一体どんな部分が、彼にとっての理想そのものなのだろうか?「あぁ。そう言えば、ウルカには話していなかったな」 何をだろうと思い、軽く首を傾げる。すると浩二さんはワタシの頭を撫でていた手をテーブルの上に戻し、クスッと短く笑みをこぼした。「俺の好みは、見た目だけが幼い女性なんだ。その条件を満たしてさえいれば、例え年齢が何歳だろうが、未成年者でない限りは惚れる自信があるぞ」 ドヤ顔で言われたが……え?自慢出来る部分は、一体どこだろうか。「だから、お前が“サキュバス”だろうが、実年齢が百五十歳だろうが、愛おしくってしょうがないんだ。しかも“淫魔”とか、“性欲の権化”みたいな種族なのに、一途に自分だけを見てくれるだなんてな。自分の理想をここまで体現した様な女性と巡り合うだなんて、俺は一体、前世でどんな徳を積んできたんだろうなって不思議に思うくらいに嬉しいよ」 浩二さんの話を聞き、色々と腑に落ちた。初めて逢ったあの時の彼の反応の全てが、やっと理解出来たのだ。(そうか、あの時の浩二さんの対応は、倦怠期による反応じゃなく、ただ
『俺が言ってもいいのか?』とは、一体どういう意味なのだろうか? 夫であるならば、愛の言葉を贈る行為は大前提ではないの? それともワタシの考え方が古い? 自分が押し掛け女房なのがまずかった? それとも目的は変幻自在なこの体だけで、心にまで興味は無いとか? ——あぁ、ダメだ。 全てが全て悪い方にしか考えられず、少しの間で色々と深読みし過ぎてしまう。それなのに、浩二さんが次に口にした言葉は、今のワタシには、とても意外なものだった。「ウルカはサキュバスだから、そういった言葉はうざいんじゃないかと思って避けていたんだが……違うのか?」 失敗した!と言いたげに、浩二さんが額を押さえる。「あー……ほら、サキュバスといえば“淫魔”の代表みたいなものだろう?だから、性には奔放なんだろうと思ってな。いくら“夫婦”としてウルカの一番近くに居られるとしても、『好きだ』『愛してる』の類は重たいんじゃないかと考えていたんだ」(なんだ……そうか) ワタシ達を一般的な視点で見ると、そうだよね、そうだったよね。サキュバスやインキュバスが魔女に呪われていて、もう性に奔放なド変態淫乱淫魔なんかじゃないだなんて、そもそも人間が知っているはずがなかったんだ。 自分が生まれた時にはもう今みたいに“呪われた種族”だったから、人間達が抱くサキュバス達への普遍的なイメージの事なんて、すっかり忘れていた。「欲しいです!『好き』って、『愛してる』って、『お前だけだ』って沢山言われたいです!束縛だってされたいし、いっそ監禁されたってどんとこいってくらいに燃えちゃうし、嫉妬されたりとか、出来ればしたくはないけど、嫉妬したりとかだってしちゃうんです!『いっそ三人ででも楽しみましょう』って気分には、どうしてもなれないんですっ」 喫茶店の中なので出来る限り声は抑えめにしたが、語気だけは強めに伝える。今この勢いで言わないと、きっとワタシはまた怖気付いてしまって、また何も言えなくなってしまうだろうから。「そうなのか? かなり意外、だな」 浩二さんが口元に手を当てて、驚いたように軽く目を見開いている。今までのワタシの態度も悪かったのだろうが、ちっともそんなふうに考えているとは伝わっていなかったみたいだ。「……ですよね、そうかとは思います。でも、でも今は、“そういう種族”なん
「待たせたか?」 勝手に流れ落ちる涙を誤魔化すみたいにテーブルへ突っ伏したままになっていると、上から瀬田さんの優しい声が聞こえ、それと同時に温かな手がそっとワタシの髪を撫でてくれた。さっきまで、“嫁視点”から見ても“友人以上恋人未満”な相手に塩対応をしつつも『好きだ』なんて言葉をかけ合っていたとは到底思えぬ甘ったるい顔をして、ワタシの座る四人掛けの席の対面に彼が腰掛ける。 水を運んできてくれた店員さんに「珈琲を一つ。豆は……そうだな、何か適当にオススメなやつを」と浩二さんが簡単に注文をした。「ウルカはどうする?何かおかわりでもするか?」 頭を撫でながら、ワタシにもちゃんと訊いてくれる。最初に頼んだリンゴジュースはほぼ飲み干していて、氷くらいしかグラスに残っていなかったからだろう。「じゃあ、同じ物を飲もうかと。リンゴジュースを追加でお願いします」 軽く頭を上げて、店員さんに自分で告げる。その時、ちょっとだけ浩二さんの眉間にシワが寄った気がするのは気のせいだろうか。「リンゴジュースが好きなのか?」 「そうですね、美味しいと思います。これまでに色々試したワケではないですけど、比較的甘い物が好きな方かもしれません」 「……そうか。覚えておくよ」 片肘をつき、浩二さんがワタシの方をじっと見てくる。ちょっと顔をあげてはいるものの、テーブルに突っ伏したこの姿が滑稽なのだろうか?「何か、ありましたか?」「ん?あぁ、いや。ただ……嫁の好きなモノも、俺はまだ全然知らないんだなぁと思ってな」「仕方ないですよ、逢ってまだ私達は日が浅いですし」 そうは言っても、全くもってその通りなのだとワタシも思う。『もっと話し合え』とカシュ兄さんにまで言われてしまうくらい、ワタシ達はお互いの事をまだ何も知らない。住居などの個人情報は把握済みではあれども、浩二さんの好きな物、嫌いな物、今までどんな経験をしてきたのかだとか、知りたい事が山積みだ。(彼を知りたい、もっともっともっと——)「あ、あの!」 「ん?どうした、そんな顔をして」と、勢いよく顔を上げたワタシの頬を浩二さんがそっと両手で包んでくれる。彼の瞳に映る自分の顔はちょっと焦ったような表情をしていたので、浩二さんにそう訊かれるのも当然だと思った。「……目元が少し赤いな。まさか泣いていたのか?」 「え……あ、いえ
校内の巨大な図書館で、未来の義姉候補である華さんが、館長である本多さんから部屋の引き継ぎをされていた、その時。 ワタシは一人で学校の近くにある商店街まで来ていた。『仕事が終わるまで喫茶店で待っていて欲しい』という浩二さんとの約束を守るためだ。「ここ……かな?」 首を傾げながら店の看板の前に立ち、店名を確認する。この辺には他に喫茶店もなさそうなので、きっと此処でまず間違いないだろう。 扉をそっと開けると、カランッと大きな呼び鈴が鳴る。たったそれだけの事なのに、ちょっとレトロな感じがして何だか少し嬉しくなった。「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」 大学生くらいの若い店員さんに声を掛けられ、ちょっと驚いた。格闘技をやっているっぽい引き締まった体格にエプロンを着けた姿がどうにもちぐはぐなのだが、むしろそれが少し可愛らしい。他にも、古くからある感じの商店街のお店に、“店員”として居るタイプの子ではないなとも思った。 おどおどとした声で「……はい」と答え、窓の近くにある四人掛けの席に座る。すると水と一緒にメニュー表を持って来てくれたので、ワタシはリンゴジュースを頼む事にした。 ほっと息を吐き、窓から外に視線をやる。 見える全てが“昭和時代”を思い起こす『昔ながらの商店街』だ。だけどまだまだ活気があり、買い物客達が数多く歩いている。烏が遠くで鳴き、夕陽に染まる空がとても綺麗だ。 そんなテンプレ的夕方の光景は、ただぼおっと見ているだけでちょっと癒される。今まではずっと、人目を気にし、影に隠れて淫夢でも見そうな人を探すだけの身だったので、ここまで『人間の生活』というものに関わってみた事がなかった。こうも穏やかな生活を、世の人々は送っていたのかと改めて思った。 光景を楽しみつつ、リンゴジュースを飲みながらのんびり店内で浩二さんのお迎えを待っていると、うっすらと彼の匂いが遠くから漂ってきた。どうやら仕事を終えて、こちらに向かって来てくれているみたいだ。 ありもしない獣耳がピンッと立ったみたいな反応をし、嬉しい気持ちを隠す事なく匂いのした方へ顔を向ける。すると、窓越しに小さく浩二さんの姿を