Chapter: 【第37話】結婚初夜①(南風アルカナ・談) 無事に挙式が終わると、続く披露宴は同じ会場内にある庭園でおこなわれた。挙式を挙げた場所とは違って屋根は無いが、大きな紅い和傘がそこかしこを飾る様に設置されていて、優しい日影を作ってくれている。それに披露宴会場自体が結界で守られているらしく、全天候対応になっている。椅子も用意してはいるけど、基本的には立食パーティー形式で行われるみたいだ。 こちらからも挙式の会場を華々しく飾っていた藤棚が鑑賞可能で、とても美しい。余裕があるのなら、近くのベンチに座って、時間の移ろいでその色合いを変えていく花々をずっと見ていたいくらいだが、今日の主役は私達なのでそうもいかないのが残念だ。 『管理者』に渡されている膨大な『資料』の中で見た様な、親族一同のカラオケタイムが続いたり、友人達による一発芸の披露みたいな余興の類が無く、普段の夜会の様子と大差なく披露宴が進行されていく。間が持たないなどの理由があるのかもだが、正直それらはいらないよなと思っていた側なのですごくありがたい。でもまぁ、サリアの選んだドレスに何度も着替えさせられていたので、余興タイムがあったとしても、殆ど私に鑑賞時間は無かっただろうけどな。 ◇ 披露宴を終えると、やっと叶糸とゆったり出来る時間がやってきた。 ドレスを脱いだ後は、何故かアホみたいに徹底的に体を磨かれ、林檎っぽい匂いの香水をかけられたり、薄手のナイトウェアを着せられたりとされたが、やっとベッドで休めるのかと思うと心底ホッとする。 剣家にこっそりと居た時とは違って、ふかふかな布団と高級ホテルででも使っていそうな最上級のマットレスにダイブするとか、ホントもう最高だ。 枕に顔を埋めていると、叶糸も寝室にやって来た。……デジャビュかな?腰にタオル、髪はまだ濡れていて、タオルでガシガシと拭いている。 今日は叶糸も朝イチからずっと式の関係でバタバタし続けて大変だったはずだ。衣装替えの為にと離席した回数が私よりは少なかったから、参列者との交流なんかもあって疲労度は私の比じゃないと思う。剣家一同からは嫌味を言われ、それを笑顔で受け流したりもしていたし、きっとストレスフルな状態なのは間違いないだろう。——という訳で、私はささっと横に移
Last Updated: 2026-05-11
Chapter: 【第36話】結婚式当日(南風アルカナ・談) 濃厚な一夜を経て、“剣叶糸”と“南風アルカナ”の結婚式当日となった。 予定通り、南風侯爵家に叶糸が婿入りする形での結婚だ。遺言書の不備により、これで叶糸は相続していた全ての財産や権利を放棄した事になる。結果として、剣男爵家の現当主である剣惺流が、剣エイガの残した一切合切を手にする事となった。 大金を使って迎え入れた叶糸が、剣家の戸籍から抜けるとは想定していなかったエイガのミスが招いた結果だが、一度全てを譲渡した事で、叶糸に向いていたヘイトが一旦リセット出来るのだと思えば、安いものだろう。(冷遇していたんだ。ちょっと考えりゃ簡単に想像出来ただろうに……。でもまぁ、どうせサリア姉さんが全部奪い返してくれるしな) ——なんて、純白の花嫁衣装を着ながら考える様な事じゃないか。「時間になったから、早速会場に向かおうか」 都内に新設された結婚式場の控え室で一人待っていると、ふわりと笑いながらアルサがやって来た。彼も今日は和風の礼装姿である。「あぁ」と短く返し、アルサが差し出す手を取る。代々呉服問屋として財を成した星澤家が用意した、和の中に洋風テイストもふんだんに取り入れた衣装に身を包み、ゆっくり椅子から立ち上がった。 アルサの父親が私の『父』でもあるという設定なのだが、彼はエスコート役を譲らなかった。私としても、隠居して領地暮らしをしている会った事もない『父親』に同行してもらうより、すっかり慣れ親しんだ『兄』に付き添ってもらう方がありがたい。 なので参列する『父』には、式の直前で脚を骨折してしまった|体《てい》でいてもらっている。『地球』とは違って|ハコブネ《此処》には回復魔術があるから、今は少し大袈裟に包帯を巻いているだけだが。「緊張してる?」 「いや、全然」と、可愛げもなく返してしまった。でも本当の事なので仕方がない。『花婿』に恋愛感情を抱いた状態での結婚式ならば、喜びと期待で胸が一杯になったり、緊張もするんだろうが——(私にとっては、最終的な目的を果たす為の過程でしかないからなぁ)「さて、さっさと済ますか」 「漢らしいなぁ」と、アルサは楽しそ
Last Updated: 2026-05-06
Chapter: 【第35話】結婚前夜・こぼれ話(剣叶糸・談) アルカナが起きた時に水を飲みたいだろうからと、眠る彼女を部屋に残して廊下に出た。目指すは調理室だが、今まで住んでいた掘っ建て小屋みたいな家とは違って、南風家の屋敷はタウンハウスであってもかなり広いから、移動だけでも時間がかかりそうだ。(今夜は事前にペットボトルでも用意しておくか) あの後。無茶をさせたせいでキャパ越えでもしたのか、こちらに遠慮など一切せず眠り込んだアルカナは何をしようが全く起きず、柔らかくて温かな太腿を散々使っても目を覚まさなかった。それをいい事に、あの可愛いお口に“ナニか”を押し込んでしまいたい衝動に駆られたがグッと耐え、濡れそぼったままだった秘裂のナカに押し挿れてしまいそうになった欲求からも逃げに逃げ、オレはどうにか『待て』を突き通した。(……五回程は出したけど、まだ腹ん中が重い感じがするなぁ) 水を確保出来たらまた体を使わせてもらうか。——なんて事を考えながら廊下を歩いていると、広大な庭に続く引き戸近くでアルサの姿を見付けた。まだ起きていたのか、早起きをしたのか。どちらとも取れる何とも微妙な時間に、こんな場所にいる理由がわからない。無視したまま素通りするのも何だし、「どうしたんだ?こんな時間に」と声を掛けてみた。「獣種のせいか、行動するのは夜の方が性に合っているんだよねぇ」 窓越しに見える暁の空を見上げたまま、和装姿のアルサが言う。この様子だと、オレが居ると早々に気が付いていたみたいだ。「あぁ、そうか。成る程な」 「叶糸君は、どうしてこんな時間に?明日は君だって色々準備があって早いよね?」 「アルカナの為に水を取りに行く所だったんだ」 アレだけ声をあげていたんだ。起きた時の喉のコンディションは最悪だろうからな。回復の魔術もかけてやるつもりではいるが、水分も大量に失っているだろうから水くらいは用意しないと。「あ、そっか。それは失念していたなぁ。近日中に、二人の部屋の近くに簡易的な調理室でも用意しておくよ。冷蔵庫とかウォーターサーバーなんかもあると便利だよね」 「何もそこまで……」 ただ飲み水が欲しかっただけなのに随分と規模の大きな話になってしまった。だけど遠慮して断ったからってやめてくれるタイプだとは思えないから好きにさせておこう。(そういや、よくよく考えると、二人きりで話す機会なんかそうそう無いよな。前々から少し
Last Updated: 2026-05-01
Chapter: 【第34話】結婚前夜・後編(南風アルカナ・談)「あは♡ホントもう、すっごい濡れてるね。まぁ、知ってたけどさ」 自分の逞しい脚に私の貧相な脚を引っ掛けて、がばっと大きく開かせる。胸の下に腕を回されもして、とてもではないが逃げられそうにない。「は、恥ずかっ——」 「恥ずかしい?でもオレは、アルカナも感じてくれてるんだってわかって、すっごく『幸せ』だよ。めちゃくちゃ興奮する」と言い、臀部に当たるモノをごりっと擦り付けてくる。彼の興奮具合がこっちにまでハッキリ伝わって、変に力んでいる口元が震えてしまった。「うぅぅ……っ」 真っ赤な顔を羞恥の涙が伝う。だからって叶糸は離してくれず、それどころか、私の穿いているショーツを軽くずらして直接秘裂をゆるゆると撫で始めた。「や、やめっ!」と大きな声をあげて彼の手を掴む。止めさせたいのに力が入らず、結局手を添えるだけで終わってしまった。 ぐちゅ、ぬるっと卑猥な水音が微かに鳴る。聴力の優れている彼にはこの音がハッキリ聴こえているのかと思うと、羞恥心がいっそう膨れ上がった。「やめる?本当にいいの?……こんなに濡れてるのに?でも、コレって防衛本能の方じゃ無いよね?気持ち良くって、アルカナも興奮して、こんなふうになっちゃってるんだろう?」 そう指摘しながら、叶糸が濡れた秘裂を指先で輪郭をなぞる様に優しく撫でる。その度に指先が肉芽を掠め、変な声をあげてしまうのを我慢出来ない。情けないやら恥ずかしいやらで脳の処理が追いつかないのか、頭が朦朧としてきた。「明日、明日にさえなれば……式さえ挙げてしまえば、やっとココに……」 浅い部分をぐちゅぐちゅと弄りながら、叶糸がブツブツと呟いている。だけどこんな頭では全然言葉の意味を理解出来ない。「あたたかくって、柔くて、指を入れているだけでも気持ちいいよ」 嬉しそうな彼の言葉にまともな返答を全く返せず、何度も「んぁ!ひぐっ」と卑猥な声をあげてしまう。まだ式も挙げていないのに、こんなことはしちゃいけないのにって頭の片隅に一瞬浮かんでも、叶糸の指が微かに動くだけですぐに霧散した。 どろりと愛液が秘裂から溢れ出て、脚を伝ってベッドのシーツにまで垂れ落ちる。このまま弄られ続けたら水溜りにでもなってしまいそうだ。「こんなに濡れちゃうなんて、アルカナも欲しくって堪らないんだな」「ち、ちやぅ、にょ、——んおッ」 「違う?違うのか?ホントか
Last Updated: 2026-04-28
Chapter: 【第33話】結婚前夜・前編(南風アルカナ・談) 主に、いや、全て“|南風アルサ《お兄ちゃん》”のおかげで叶糸が死に戻る前の『過去』の清算がほぼ終わった。残るは剣家の面々だが、アレらは猫が鼠をじわじわと甚振るみたいに“|南風サリア《お姉ちゃん》”が見事に調理してくれるから、彼らの一件ももう私の中では完了したものとする。 おかげで安心して平穏な日々を送れ、無事卒業式も終えて、とうとう明日は私達の結婚式だ。 沢山の人達の思惑を巻き込み、剣家の面々が私に向けてきた見当違いな期待を踏み潰してここまで来た以上、『中止』という選択肢は流石に無いが、『本当に、叶糸的にはコレで良いのか?』という疑問は残る。私は“消えた過去”を知っている身なので『コレが最善のルートだった』と思ってしまうけど、死に戻る前の記憶を全て失っている叶糸にとってもそうだと言えるんだろうか?他にも道は無数にあったと思うし、私じゃなくても、もっと理想的な結婚相手はわんさかいたはずだ。愛し愛されてという幸せな家庭を築くチャンスを私が潰しやしないかと不安でならない。(でも、本人にその辺の事を訊いても、『今更?』って思われそうでなぁ) 大きなベッドにゴロンと寝転がり、そんな事をちょっと思った。 結婚式目前という事もあって、叶糸も居所を南風家所有のタウンハウスの一室に移している。今までずっとベッドでの生活だった事を考慮して彼の寝室は洋室だ。明日からは『私達の部屋』でもあるから結構広めで、主寝室の他にもそれぞれの私室もセットになっている。中央にこの部屋があり、挟むようにして各私室が並ぶという配置だ。一旦廊下に出ずとも、お互いの私室から直接主寝室に入る為の扉があって移動が楽なのは助かるな。 この部屋だけでももう叶糸が今まで暮らしていたプレハブ小屋みたいな別邸の総面積よりも広く、天蓋までセットになっているワイドキングサイズの大きなベッドがあるのに全然邪魔じゃない。他にはローテーブルやソファー、壁面には飾り棚が、ベッドサイドテーブルなどもあり、それらの装備品はどれも一流の物で揃えてある。だけど華美過ぎて目が痛くなる感じにはしないでくれた配慮は本当にありがたかった。 そんな部屋の大きなベッドで寝転がっていると、「——まだ寝ないのか?」と叶糸が声を掛けてきた。風呂上がりの様で、タオルで髪をガシガシと拭き、腰にはタオル一枚というかなりの軽装だ。「早く乾かしたらどう
Last Updated: 2026-04-23
Chapter: 【第32話】不安要素の排除(南風アルカナ・談) ベタベタに甘い二人を見せ付けて世論を味方にし、結婚式は星澤家が取り仕切りたいと宣伝してもらい、一部の界隈では恋愛運を上げる“幸運のマーモット”グッズを流行らせてしまうなどして外堀を埋めに埋め続け、叶糸が大学四年生になった春、やっと私達の婚約が正式に決まった。 という事は—— 剣男爵家が破滅に向かうカウントダウンが、とうとう始まったという事だ。 彼らの没落に関して自ら直接私が手を下す気は無い。後はもうアルサ達がやってくれるから、私は結婚に向けての準備をするだけだ。とは言っても、招待客なんかは私側ではゼロだし、花嫁衣装はサリアが『お姉ちゃんに任せて欲しいの!』と興奮気味に泣きついてきたので全て任せ、会場の飾り付けや進行等は星澤家とアルサが嬉々として取り仕切っているので、私達がする事はほぼ無い。せいぜい衣装合わせに付き合うくらいだ。どんなものに仕上がろうが何も文句はないし、確実に最高のものに仕上げてくるであろうから結婚に関しては何も心配はないのだが……「どうかしたのか?アルカナ」 南風家のソファーで、“龍の獣人”状態でぐでっとしている私にアルサが声を掛けてきた。今日は久しぶりに叶糸とは行動しない日なので(友人との時間も大事にしてはどうかと言ったら、親友の古村千侑に会ってくると出かけて行った)、私は南風家の方で寛いでいる。「あー……」まで言って、声が自然と途切れる。『叶糸の“消えた過去”の話をしてどうなる?』と一瞬思ったが、アルサであればこのモヤッとした感情をもどうにかしてくれる気がして、私は愚痴程度の思いを言葉にしてみる事に決めた。「兄さんは、“宮東リフ”という青年を知っているか?」 側にあったマーモット型のクッションを抱き締め、室内に入って来たばかりのアルサを見上げつつ訊く。すると彼は同じソファーに腰掛けて「勿論。建築業で有名な宮東侯爵家の次期当主だからね。信仰深い一面があるからか大学では文化学部に進んだけど、既に一級建築士の資格も取っているし、叶糸君と同じく、各種属性の魔術師試験も全て突破している優秀な子だよ」と饒舌に教えてくれた。流石は南風家の当主である。情報の把握量も半端ないようだ。「彼がどうかしたのかい?……アルカナとは、あまり関わって欲しくはない子なんだけど」 「……どうしてだ?」 彼自身の評判は相当良いはずだ。取り巻き達だって《《今は
Last Updated: 2026-04-20
Chapter: 【第40話】異世界への移住④(スキア・談)『……ぁ、ぇ……』 何が起きたのか理解が追いつかず、呆然と固まっているルスに向かい、いかにもな魔法使いっぽいローブに身を包んだ、吊り目が特徴的な少年は構う事なく話を続ける。『初めまして。ボクの名前は“ルートラ”。“輪廻の輪”に引き込まれた貴女を探し出し、やっと悲願のお迎えに……ゴホッ!——し、失礼、失礼。知らん事を口にして警戒されたらマズイから「勧誘に来た」って言えって言われていたんだったな……。勧誘に!勧誘に来たんだ!』 大声になったり小声になったり、また大声で叫んだりと。一人芝居みたいな事をしながら、ルートラと名乗った少年は空中に浮いたままルスに話した。『かん、ゆー……』 そんな言葉をルスが知るはずがなく、何それ?と思っていそうな声色で小さく呟くと、ルートラは何度もうんうんと頷き返した。『そうだよ。貴女が、こんな世界から逃げたい、消えたい、全てを捨てたいと願うのをずっと待っていたんだ』 『……』 爽やかな笑顔をルスへ向けたが、彼女は処理落ちしたみたいにリアンの手を握ったまま黙ってしまった。『いやー。この世界に産まれていた事まではすぐに突き止めていたんだけどね、初代魔塔主の不祥事のせいで異世界への転移魔法陣は禁忌魔法として封印されていたし、仕方なくそれを引っ張り起こしたり、各国の王族供から魔法の使用許可をもぎ取ったりするのとかで苦労しっぱなしでさぁ。いざ使ってみようとしたら“害悪にしかならない不要な存在”しか召喚対象に出来ないっていう制約が魔法陣に根強く紐付けされていたから、それをどうにか“不要な存在の周囲の者も召喚対象者として含む”ってとこまで条件を緩めたり、発動の為にはアホみたいに莫大な量の魔力が必要だったものを異世界のモノを代償として捧げる事で補える様に術式を書き換えたりするので、これまためちゃくちゃ時間かかっちゃって。それ以外にも受け入れ準備をしたり、だけど貴女だけでは目立つから他の移住者も大量に用意したり——ってあぁ!混乱するから言うなって言われてるのにっ!』 己の口の軽さに気が付いて慌てて両手で口を塞ぐが時遅く。だが、ルートラがちらりとルスを見たものの、彼女はやっぱり固まったままで、全く話を理解
Last Updated: 2026-05-13
Chapter: 【第39話】異世界への移住③(スキア・談) ボロボロのアパートの一室。 二人きりになった部屋の中でリアンの寝息だけが微かに聞こえる。まだ相当小さいから、きっとルスの時と同じく、生まれて間もない状態で此処へ連れて来られたのだろう。 ルスはひとまず絵本を床に置くと、背伸びをしてダイニングテーブルの上に置かれたタオルの塊の状態を確認した。ぐっすりと眠っているリアンの姿が見えたが、こちらもやっぱり顔が真っ黒に塗りつぶされていて、どんな顔をしているのかも全くわからない。覚えていたくなかったのか、そもそも人の顔を上手く認識出来なかったのか。 もしくは、母親の面影があるであろう自分達の顔を忘れ去ってしまいたい気持ちの表れの様な気もする。 手を伸ばし、おっかなびっくりとした仕草で自分の方へ引っ張り、ルスが小さなリアンを細腕に抱えた。赤ん坊なんか触るのはこれが初めてだ。ベビーカーで寝ている赤子や親に抱えられている子なら窓越しに見た事はあっても、この部屋から一度も出た事のないルスでは赤ん坊の抱え方など知るはずもなく、ただテキトウに抱えているせいでリアンの頭が仰け反っている。『……やわい』 ボソッと呟き、ルスはリアンを抱えたまま絵本を置いた場所に戻って行った。 硬い床にリアンを寝かせて、ルスもすぐ隣にぺたんと座る。布団に寝かせた方がいいという発想すらも今の彼女の中には無いみたいだが、小さい弟の側には居てやった方がいいとは考えたのだろう。 母から受け取った絵本を手に取り、ルスが表紙をじっと見つめる。子供の目を引きそうな絵がクレヨンで描かれているが、タイトルはない。日々生きるのだけで精一杯で、この部屋にはボタンを押せば音の鳴る板状の機械一つしかルスくらいの年齢の子供が遊べそうな物はないからか、ただ表紙を見つめたまま開こうともしない。絵本を開いて読むという発想自体無いのかもしれない。 しばらく経ち、やっとルスが絵本を開いた。『——むかしむかし。とある……の、とある……では、ニ、ンゲンとマモ、マモ、ノ?……がいつもケンカをしていまし……た?』 ボソ、ボソッと、今にも消えてしまいそうな声でルスが絵本を読み始めた。 真っ黒なクレヨンで描かれた魔物
Last Updated: 2026-05-08
Chapter: 【第38話】異世界への移住②(スキア・談) 突然、ガチャッという音と共に玄関扉が開き、ルスが慌てて顔を上げた。一瞬、ルスは祖母が帰って来たのかと思ったのだが、『ただいまー』と言う声と共に現れたのはルスの母親である“澤口あかね”の姿だった。腕にはタオルに包まれた物を抱えており、すぐ後ろには派手な格好をした男も立っている。 母親が帰って来た。 だが、その事を喜んでいる様子はルスには無い。今は居ないからいいが、祖母が居る時にあかねが来ると、その後数日間は祖母が泣き崩れて家の中が海底に沈んだみたいにどんよりとするからだろう。『あれ?母さんは?』 キョロキョロと室内を見渡しながら、無遠慮に室内へ上がり込む。腕に抱えていたタオルの塊は近くにあったダイニングテーブルの上にドンっと置いた。『ねぇちょっと!母さんは居ないの?』 ルスの存在に気が付いたあかねが問い掛けると、彼女は首を横に振った。『…… ふーん。まいっかぁ、アンタが居るし、そのうち帰って来るでしょ』 楽観的な言葉を口にして、あかねはいつもの様にすぐさま帰ろうと玄関の方へ足を向けた。『ソイツ、何歳くらいなんだ?』と言って、同行していた男がルスを指差す。自分では正確な年齢を把握していないルスが黙ったままでいると、あかねは『産んでから随分経ったし、多分十五、六くらいじゃないの?』とあまりにもテキトウ過ぎる言葉を返した。『いやいや、流石にねぇって!』 冗談であると受け止めた男は豪快に笑ったが、何が楽しいのかわからないルスの表情は硬いままだ。そんなルスの顔をじっと見て、あかねはニヤリと気味の悪い笑みを浮かべた。『でもそうねぇ、そろそろこの子にも働いてもらおうかしら』『は?このチビが?』 『産んでやったんだもん、恩義は返すものでしょ。それにさぁ、幼女趣味の奴っていくらでもお金出すじゃん?こう見えても十八歳です、合法ですよって言えばいくらでも喰いついて来るって』 『ばっか!十八は無理あり過ぎだろ!』 腹を抱えて、再び男が笑った。『親が十八って言えば十八なのぉ』 あかねが子供みたいに不貞腐れた顔をしたが、全く可愛くない。むしろ気持ち悪いとさえ思う。『初物なら高く売れそうじゃない?んでぇその後は日に二、三人は客取らせてさ。そうねぇ、口止め料も含めて請求したら、数週間で新作の鞄も余裕で買えそ!ヤダァ、めっちゃいい考えじゃん!』 頬を赤く染め
Last Updated: 2026-05-05
Chapter: 【第37話】異世界への移住①(スキア・談) …… 先程。契約印に魔力を馴染ませる行為が、とうとう終わってしまった。(終わって、しまった……。——クソッ!) ルスとの出逢いから、かれこれ一ヶ月。そもそも、本来ならば早々に終わる行為を引き延ばしに引き延ばしてきたんだ、流石にもう限界だった。さっさと契約印を定着させて完全に同調し、ルスを産んだ女をとっとと始末してしまうというのも魅力的な案ではあったのだが、それ以上に目の前の欲には勝てなかった。「大丈夫か?水でも持って来ようか」 カーテンの隙間から月明かりが差し込む部屋のベッドでぐったりしているルスに声を掛ける。だが返ってくるのは虚な視線と雑な呼吸音ばかりだ。真っ白なシーツは彼女の愛液でぐっしょりと濡れ汚れ、力の入らぬ手脚はビクビクと小刻みに震えている。何度も何度も達したせいでルスの意識はほぼ無い。だけど水分くらいは摂らせておいた方がいいだろうと考え、僕は冷えた水の入ったコップをどこかから適当に拝借すると、それを口に含んで口移しでルスに飲ませた。「んっ……ふっ、んくっ」 貪るみたいにルスが水を飲み込んでいく。口を離した時には意識をしっかり取り戻せたのか、掠れ声で「ありがと」と呟いた。口の端から垂れている水を指先で拭うと、「んっ」と甘い声がルスからこぼれ出る。そんな声を聞くだけで胸の奥がちょっとくすぐったくなった。「疲れただろう?……あとはもう、寝ておけ」 もう全てが終わったのだとは、どうしても言えなかった。言ってしまえば、この行為をもう出来なくなる。僕の手の中で、馬鹿みたいにぐだぐだになっていくルスの姿をもう見られなくなるのだと思うと、『完了した』の一言がどうにも出てこない。絶望に打ちひしがれて泣き叫ぶ過去の契約者達の姿を思い出すよりもずっと、今さっきまで僕に見せてくれていた快楽で崩れるルスの表情の方がよっぽど心が高揚するせいだ。毎夜下っ腹の重たさに耐えるのは拷問を受けているような気分にはなるが、ルスの体を好きに弄る時間に楽しみを見出してしまっている事はどうしたって否定出来ない。困った事に、この感情はルスの望みなどではなく、自分自身から湧き出てくるものである事も自覚出来ている。何らかのまやかしや媚薬に支配でもされない限り、初心なルスが自分から望むはずがないからだ。この感情はきっと、今までの、肉欲とは無念な少年少女の肉体とは違って、酸いも甘いも知り尽
Last Updated: 2026-04-30
Chapter: 【第36話】勧誘されて来た異世界であろうと、お仕事探しは楽ではない・後編 あれから二日後。 討伐ギルド内にある掲示板に一枚の案内が張り出された。通常の討伐依頼が書かれた紙よりも大きく、とても目立っている。書かれている文言は『討伐ギルド主催・初心者向け討伐講座』とある。完全予約制である事、講師は討伐ギルドの受付嬢が日替わりで受け持つ事、ヒーラーが同行してくれる旨などの記載もあった。注意事項として一番下に、『補助要員が同行してくれますが従者ではありません。横柄な態度、命令などは厳禁です。充分お気を付け下さい』と書かれており、それがどう考えても自分の事だと察したスキアは、貼られているポスターの前ですんっと冷めた顔になっている。(……いやいや。こんなん、絶対に誰も来ないだろ) スキアはそう思ったが、興味深そうにチラチラとポスターを気にしている者が既に何人も居る。一緒にポスターを見上げていたルスがその事に気が付き、隣に居るスキアの袖をくっと引っ張って、「邪魔になっているから座ろっか」と声を掛けた。 ルスとスキアが近くの椅子に座ると、すすっと討伐ギルドの受付嬢であるミント、アスティナ、クレアの三人が近づいて来た。「実はですね、ずっと前からこういった講座をやって欲しいとの要望があったんです、はい。異世界からの移住者達は皆さん適切な教育期間を経てから色々な職種につきますが、過去に戦闘経験の無い人達も『せっかく異世界に来たんだから、過去とは違う事がやりたい』などといった理由で討伐ギルドに登録しに来る人達も結構多いんですよ、えぇ。でもそういった人達は、移住した事で得た戦闘スキルや戦闘知識がどんなにあろうとも、頭デッカチなだけの未経験者であるという理由でなかなかパーティーには入れていません、はい」 ミントがボソボソと小さな声で説明してくれた。彼女の話を真面目に聞いていたルスは初耳だったらしく、そうなのか!と驚き顔になっている。「そうなんですよねぇ。結局ぅ、一人でコツコツと薬師ギルドで薬草集めから始めたり、報酬として得られた回復薬を片手に、一人だったり、運が良ければ同期の移住メンバーと共に苦労してゴブリン討伐から始めるパターンばかりなんですよぉ。移住者の教育係であった魔法使いさん達のおかげで冒険の知識はいっぱい頭の中に入っていても、どうしたって経験が無いと色々苦労も多いので、討伐に行く為の知識を教える講座の必要性は移住受け入れの初期の段階から言
Last Updated: 2026-04-27
Chapter: 【第35話】勧誘されて来た異世界であろうと、お仕事探しは楽ではない・前編 翌朝。 リアンを保育所に預けた後、すぐにルスとスキアは今日も討伐ギルドに訪れた。臨時休業により出鼻を挫かれてしまった日もあったが、あれ以降、最近はそれなりに、『回復役はいりませんか?』とルスは緊張しながらも別のパーティーに声を掛けたりした自身の売り込みを図った。だけど細々とした努力は実らず、全て断られてしまった。『今回の討伐はゴブリンだし、俺達はもう回復薬を買っちゃったから大丈夫だよ。だから他に声を掛けてみてくれないか?』 『ごめん!他の子にもう頼んじゃったから』 ——などと言われては逃げられる。 そんな事が何度も続き、結局はポツンといつも通りギルド内の隅っこで誘われ待ちをするに落ち着いてしまった。 元々受け身で、気質のせいか育ちのせいか積極的な性格でもなく、その上ここまで避けられてしまう要因もイマイチピンときていない中でのこれは、ルスのチキンハートを抉るには充分だったみたいで、『ワタシが悪いんだ。また何かやってしまったんだ』と勝手に自分を追い込んでいる。 そんな彼女の隣に終始寄り添ってるスキアだが、内心『別に働かなくても、(いくらでも掠め取れるから)金はある!』のスタンスのままなので、ルスの営業行為に一切助力はしてくれなかった。なのに声掛けの際には彼女の隣に付き添う。無表情のままルスの後ろに立ち、無言の圧が強く、『むしろ、返ってそれがよくないのでは?』と討伐ギルドの受付嬢達は彼女らの様子を遠目で見ながら思ったが、夫婦間の事なので口出しはしなかった。…… お誘いを待ったまま昼が来て、持参していたスキア作のお弁当を食べ終えた二人は食後のお茶を飲んでいる。引き続き誰かからの誘いを待って、ぼぉとしていると、ルスとスキアの前に受付嬢の三人が現れた。「お疲れ様でーす!お待たせいたしましたぁ!こちら、お約束のお金になりまーす」 二人が陣取っていた丸テーブルの上に、アスティナがドンッと重たそうな袋を置いた。反射的にスキアがこっそり闇を介して中身を確認すると、袋には五十枚もの金貨が入っていた。「この袋の中には報酬の件で不正を働いていた別パーティーから回収出来た分と、ギルドがその不正を見逃してしまっていた事に対するお詫び金を合わせた額、〆て五十ゴールドが入っています。どのパーティーからいくら回収したかといった詳しい内訳を書いた用紙も入れてありますので、すぐ
Last Updated: 2026-04-22
Chapter: 【最終章・第11話】応接室にて③「アイツ等が、いくら断っても全然引いてくれないのってさぁ、貴族には、血統主義の奴等が多いせいだよねぇ」 アイシャの発言を受け、アリスターも「そうなんだ。往々にして、生まれへの不満があがりそうな場合は、まず貴族の養子になってもらってから婚姻を結ぶ場合が多い。だが今回の場合は天文学的な収益を伴う利権を狙っての話だから、その手を使おうが『その血統だけでは、“王”の伴侶には相応しくない』と不満を言う事が目に見えているんだよね」と私見を述べた。「そう、なんですね」 スラム街出身である事を恥じた事はないが、足枷にしかならない事は理解出来る。だけど長年浮世離れした生活を送ってきたせいか、血筋云々を個々の気持ち以上に優先せよと、他人に言われるのは納得がいかない。 でも、それを言ってもいいのか悪いのか。子供らだけの状況であれば平気で口にしただろうが、王族であるアリスターを前にすると、レオノーラはわからなくなって口をつぐんだ。「でね、向こうが、『色狂い』だなんだと噂を立てて、普通なら有り得ない人数の『側妃』を迎え入れる流れを意地でも作ろうってんなら、こっちも攻勢に打って出ようかと思うんだが、どう思う?」 「まぁ、このまま断り続けるだけじゃ何も変わんないもんね。挙式への乱入は日程的に防げるだろうけど、世論や民衆を操作された事で発生する数の暴力的な流れってのも、そうそう無視出来ないし」 アリスターに訊かれ、アイシャがそう返した。「さっきの、薬師を筆頭とした一団は、どうせそれの一環だったんだろう?」 「流石、カラミタはとっくに気付いていたか。まぁ、結構あからさまだったもんね。だけど私は、『恩人に会えそうだけど、どうする?』程度しか伝えてないよ。あれだけの人数が集まったのも、全員本人達の希望さ。まぁ、一応、かなりの人数には諦めてもらったんだけどね」とアリスターが言う。 レオノーラの作った回復薬の効果は絶大だ。 その製法は無駄だらけな自己流ではあるものの、世界樹の恩恵を受けた素材のみで作っているのだから納得である。 彼女が作った薬の存在は、薬師達や支配階級の者達の間では相当有名ではある。だが希少が故に、王族や
Last Updated: 2026-05-12
Chapter: 【最終章・第10話】応接室にて②「——さて、今後の方針をもう一つ話し合っておこうか」と言い、アリスターが軽く手を叩く。すると別室に控えていた者が一名、書類の束を持って彼の元へやって来た。それを受け取ったアリスターを見て、アイシャが眉間に皺を寄せて「……あぁー」とこぼしている。「側妃の話かぁ」 レオノーラには聞き慣れない言葉だ。「……そくひ?」と彼女が首を軽く傾げると、カラミタが「ボクが要求したものじゃないよ⁉︎」と慌てて即座に否定した。『カラは、私以外とも結婚するの?』と、一瞬でも思われたくないからだ。「その通り。なので、早とちりをして、勘違いしないで下さいね」(されようもんなら、このリストの女性達とその家族全員殺されてしまうからね) 以前アイシャ達が話していた事と丸々同じ事を考えながら、アリスターが苦笑いを浮かべてそう言い、書類をテーブルの上に置いて咳払いをした。「知っての通り、新たに『魔王』となった『カラミタ』の要求により、『和平の証』として『樹界のヒューマ族』である『レオノーラ』さんと、式はまだだけど、書類上では既にもう婚姻関係を結んだだろう? すると、前々から『和平の証だと言うのなら、各国からも妃を娶るべきだ』という巫山戯た意見が多くあがっているんだ。そもそもカラミタが激しく拒絶しているという大前提は当然全世界の要人達に伝えてはいるんだが、ヒトによっては複数の伴侶を持つ魔族もいたもんだから、『制度的な問題は無い』と判断した一部の者達が勝手に暴走して、側妃の候補者一覧表を我が国に送り付けてくるんだよ。……困った事に一部の女性達はもう、この城にまで来ている。挙式の日も近いから『正妃』を一目見ようという感じかな。そして『コレが相手ならば自分でもいける』と踏めば、彼女らが何をするやら……」 そう告げ、アリスターがそっと額を押さえる。 脳裏に先程レオノーラに心無い言葉を吐いていた女性達の姿が浮かび、カラミタが「あの女共か」とこぼし、猫被りを忘れてチッと舌打ちをした。「当然、ウチらは『カラミタはそんなもん同意しないよ』って何度も突っぱねたんだけどね、利権狙いの奴らは引かず、このまま強引に押し進めていこうとしてるんだよねぇ。既成事実を作ろうと部屋に侵入したり、私物を掻っ攫って魔法による精神操作を狙ったりと、あの手この手ともうウザ過ぎーっ!」 カラミタの横に陣取ったアイシャが、きち
Last Updated: 2026-05-07
Chapter: 【最終章・第9話】応接室にて① 若干パフォーマンス感のあったひとときを終え、レオノーラとカラミタの二人は無事王城内の王太子殿下の執務室に隣接している応接室に到着した。 王族御用達の薬師であるブラル達とはあの場で別れた。過去にレオノーラの薬の恩恵を受けた身ではないものの、箔付けの一環で彼らの輪の中にいたライゼが王太子殿下の応接室までの同行を買って出てくれた。 そんな彼を筆頭に、ほぼ身内ばかりの集まりだという事もあって、挨拶もそこそこに一同がソファーに座る。もちろんレオノーラの隣には隙間無くカラミタが占領している。『レラはボクの膝にすわっ——』と言いかけたカラミタの言葉は、顔も真っ赤にしたレオノーラにより即座に断られたせいか、少し不満そうだ。 テーブルを挟んだ対面の席には、彼らを招待したアリスター・クラウ・シルト王太子殿下と冒険者ギルドのギルドマスターであるライゼが腰掛けている。もちろん聖獣達はレオノーラの肩の上だ。「セリン達ももうすぐ来るよ。末弟が、育ての親を連れて街まで戻って来るってんで、今日の午後の分と明日の仕事は全てキャンセルしやがったからねぇ」と説明したのはライゼだった。 「各所にある転移魔法陣の使用申請まで出して、文字通り『飛んで帰ってくる』って話だったよ。まぁ……彼等は長年働き過ぎだったからね、このくらいは大目に見ないと、全員が無断で実家に帰ってしまいそうな勢いだったらしいから、即許可が降りたらしい。——にしても、いやぁ、まさか此処まで若い風貌の女性だとは思っていなかったから驚きだよ」 セリン達の近況をアリスターが追加し、続いて驚きの声をあげた。「立場上、レオノーラさんの御子息達とは全員面識があって、出会った当初からよく、育ての親の話を聞いてはいたけど、有能な面々を拾い、立派に育て上げた御人だから正直歴戦の猛者みたいな御仁か、もっとこう……風貌自体も御高齢の女性を想像していたんでね。『さすらいの薬売り』として一部では有名な子連れの女性は、常に目深にフードをかぶっていて年齢不詳でもあったからね。だからカラミタが育ての親でもある女性と『結婚する』と言い出した時には、そりゃもうどう反応していいのか迷ったんだが、この対面で色々納得したよ」と言ってアリスターが楽しそうに笑う。「こんなにも愛らしい雰囲気の女性なら、百五十以上もの年の差すら、どうでも良くなってしまうよね」 彼女が
Last Updated: 2026-05-04
Chapter: 【最終章・第8話】王城にて 先程まではデート中だった二人だが、アリスター・クラウ・シルト王太子殿下からの招待により、レオノーラとカラミタは急遽王城に出向く事となった。「早く帰りたいし、もう転移魔法でパッと行こうか。レラの魔力借りるね」 いつ何時であろうともレオノーラといちゃこらしていたいカラミタがそう提案したが、レオノーラは即座に「待って!」と返した。「転移魔法でパッと移動しちゃったら、さっきの人達がまだ何処にも到着してないよね?聖獣の事が周知される前に、この子らと一緒に登城したらビックリさせちゃうんじゃないかな」 本心としては、『またごっそり魔力を持っていかれたら、その後が大変だ!』とレオノーラは思っている。だが言葉にするつもりは無い様だ。「……そっか。確かにそうだよね」 建前の言葉に納得したカラミタが一度頷き、「じゃあ、まずはさっきの続きを——」とレオノーラの頬に優しく触れる。同時に、とろんと瞳が蕩けだしたが、「そこまでの時間は無いと思うし、そもそも、此処は外だよ⁉︎」と慌てながら少し大きめの声でレオノーラがカラミタの行動を止めた。 彼は少しだけ拗ねた様な顔になり、「半分冗談だよ」と言って作り笑いを浮かべる。『じゃあ半分は本気だったって事か』と思ったが、レオノーラはそれも口には出さずにおいた。「さて、じゃあ、どうやって向かおうかな。徒歩じゃ流石にちょっと距離があるし、仕事終わりで人通りも増えてきたし。もうさくっと屋根でも伝って行く?」 「私はそこまで運動能力高くないよ?」 「やだなぁ、このままボクが抱えて行くに決まってるじゃないか」 カラミタがそう言うと同時に、レオノーラの肩の上を陣取っていた白猿が石床にトンッと飛び降り、次の瞬間には元のサイズにドンッと戻った。そして、まるで『じゃあ、背中に乗ってけよ』とでも言うみたいに彼らに背後を見せつつ体勢を低くする。そんな姿を見て二人は『……聖獣って、完全にこっちの言語を理解しているんじゃ?』と思った。 顔を見合わせ、「乗せてもらおうか」とカラミタが言う。「大丈夫かな、かなり目立つんじゃ?」と返したレオノーラは少し不安そうだ。 「ボクが運ぼうが目立つには目立つだろうから、そんなの誤差だよ。今後の事を考えると、むしろ沢山目立っておいた方がいいかもだし」 「何で?」とレオノーラが訊いたが、「その辺はまた後でね」と、この場
Last Updated: 2026-04-29
Chapter: 【最終章・第7話】デート(レオノーラ・談) 『デート』は、私の中では『好意を持っている者同士が一緒に出掛ける事』って認識だ。だから最初はすごく身構えていたのだけど、いざ始まってみると案外いつも通りで、正直少し拍子抜けしてしまった。(街の中の見応えがすごくて、もうどこから回ればいいのか迷うくらいだし……むしろこれくらいの方が良かったのかも。初めて来た街なのに、『デート』なんだって意識し過ぎて楽しめないなんて勿体ないもんね) この街は各国の中でも最上位に当たる広さだ。一日で観光ポイントの全てを巡るなんて現実的じゃない。だからまずは手近な所から見ていこうと決め、焼き串やサンドイッチを露店で買って半分こにしたり、雑貨や装飾品を売っている店を見て回ったりした。 その間、いつもの様に手を繋ぐのはともかく、周囲の状況次第では何度も縦抱きされたりもする。人通りが多いから逸れない為だと分かってはいるけれど、一応『大人』としてはやっぱり少し気恥ずかしい。これでは『(書類上の)妻』というより『子供』扱いされている気がしなくもない。 それでも、距離が近い時ほどカラミタが嬉しそうにしているのを見ると、結局何も言えなくなってしまう。 にしても、これが『デート』ならいくらでもどんとこいって感じだ。いつものお買い物の延長みたいなものだから、この先も緊張せずに済みそうだ。「『いつものお出掛けと何が違うの?』って思ってるでしょ」 先ほど買ってもらった世界樹をモチーフにした飴細工を割り、聖獣達と分け合いながら食べていると、カラミタにそう訊かれた。「そうね」と正直に返すと、彼は気分を害する事なく微笑んだ。「ボクはいつだって、レラとのお出掛けはデート気分だったからね。そう大差が無いのは当然だよ」 そう言われて、すぐ腑に落ちた。幼い頃から毎日の様に『結婚しようね』と言われていたのだ。家族との買い出しですら、彼の中ではずっと特別だったのだろう。(……よく考えたら、買い物の時はいつもカラが隣に居て、セリン達はそれぞれ別の事をしていた気がするな) 思い返してみると、セリン達とカラミタでは行動がまるで違う。私への距離も、態度も。みんな人懐っこくて優しかったけれど、カラミタだけは昔からずっと変わらない。(って事は……昔から、ずっと?) 改めてそう認識すると、じわじわと彼の好意が実感として染みてくる。触れている箇所から伝わる体温、近い
Last Updated: 2026-04-24
Chapter: 【最終章・第6話】優越感 お互いを補いつつ発動させた転移魔法により、数秒後にはもう、シルト王国の首都であるラウシュベルの主要な門から程近い地点に到着した。 街を取り囲む高い外壁や守衛達が守る門の近くではありながらも、木々などによる物陰が多いおかげで、転移してきた者が居る事に気付く者はない。 本来ならば転移魔法は気軽に使える様な魔法ではない。だが、魔力の豊富さからそれをメインの移動手段にしているレオノーラの為に、カラミタが事前調査しておいた最適な出現地点である。レオノーラの為ならば何だってする彼の行動に抜かりは無かった。 レオノーラは既に着ているローブのフードを、聖獣達ごと目深く被っているせいで、頭のラインが歪な形になっている。長年使い倒した拾い物のローブではなく、子供達から贈ってもらった物だ。折角の洒落たデザインなのに、これでは色々と台無しだ。 ——そんな姿のまま、そっと物陰から顔を覗かせて周囲の様子を伺った。流石は城下町に繋がる一番大きな門だ。行き交う人が多いせいで少し尻込みしてしまう。「ほら、行くよ」 カラミタに手を引かれ、「あ、うん」と返しつつレオノーラが彼の後に続いた。 彼はフードを被るどころか、『魔族』である事を隠す魔導具すら身に付けずに堂々としている。だからか、すれ違う人々が次々に好奇の目を二人に向けてくる。だがその視線に恐怖や怒りなどは殆ど無く、すっかり『魔族』は『畏怖の対象』と言うよりも『新たな隣人』という地位を得始めているのだなとレオノーラは体感した。「……すごいね。以前とは、『魔族』に対する認識が全然違う」「あぁ、兄さん達が四方八方色々と手を打ってくれたからね。有能な商人達からは軒並み『賢い』とか『互いにとって有益な種族である』ってじわじわ広がっていっているし、『魔王の討伐』の一件を演劇にして上演したりもして、少なくとも『種族単位で害意ある存在』じゃない事をアピールし続けているんだ」(きっと、アイシャの考えだ!)「な!何それ!私も観たいんですけど!」 「盛りに盛ってるから、ダァメ」と言いつつ振り返り、カラミタがレオノーラの頭をぐりっと撫でた。余程恥ずかしいのか、ちょっと頬が赤い。自分が舞台に立っている訳ではないのだが、舞台向けに随分と崇高な目的の為に先代の“魔王”を討伐したみたいに語られているから、どうにも見るに耐えないみたいだ。「そっか
Last Updated: 2026-04-21
Chapter: 【番外編③】童話に対して思う事「見てみてーカイル。これ、私が描いたんですよ」 ニコニコと笑い、スカートを翻しながら、イレイラがカイルの元へ駆け寄った。彼女は手にスケッチブックとクレヨンの入る箱を持っている。 ここ数日、せっせとイレイラが机に向かって何かをしているなとカイルも気付いてはいたのだが、『きっといつか教えてくれるはず』と見守っていた。内心ではかまって欲しくて、かまいたくてうずうずしていたのだが、『我慢の先にはきっと喜びが!』と言い聞かせ、数日間必死に昼間だけは耐えてきたのだ。(耐えて良かった、やっと何をしていたのか、本人から教えてもらえる!) カイルは喜びに打ち震える気持ちを胸の奥に押し込み、「どれどれ」と冷静を装いながらイレイラを膝の上に乗せる。猫の時とは違う重たさが心地よく、娶ってからもう随分と経ったのに、前以上に彼女が愛おしい。首筋からは相変わらず今日もいい匂いがするし、目的がある状況でなければ今すぐにでも寝室へ、いや……久しぶりにこのままソファーで抱き合ってもいいかもしれない。「……カイル、聞いてます?」 イレイラの少し拗ねた声を聞き、カイルがハッと我に返る。もうすでに彼女の腰に腕を回し、襲う気満々の直前まで無意識のうちに来ていたので、このタイミングで声を掛けられて本当に良かった。「聞いているよ。絵を描いていたんだよね?」「はい。ここって、平和過ぎてあまり娯楽が無いでしょう?なので、元の世界で読んだ物語を思い出して、再現してみたんです」「まぁ、ここは腐っても神殿だからね。……ごめんね、街へもっと沢山行かせてあげられたら良かったんだけど」 『神子』という彼の立場上、気軽には遊びに連れて行ってやることが出来ず、カイルの気持ちが沈む。だがイレイラは笑顔で、「私はカイルが行う実験だとか魔法だとかをたくさん見せてもらえるんで、毎日が楽しいですよ」と答えた。「でもほら、カイルはそうはいかないでしょう?なら、知らない事を少しでも、私からだって教えてあげたくって、こんな物を用意してみたんです」 そう言ってイレイラはスケッチブックを広げ、背後から彼女の手元を覗き込むカイルに中身を見せた。「これは……絵本、かな?」「はい。私には文才がないので童話を書くまでは無理でしたけど、これくらいなら描けるかなと思って。それに絵本だったら……しょ、将来子どもが生まれても、役立つでしょ
Last Updated: 2026-04-02
Chapter: 【番外編②】第3話 嫉妬心の具現化(桜塚イレイラ・談)『ねぇ、君は誰の奥さん?』 胸がキュッと苦しくて、短い呼吸を繰り返してしまう。『カ、カイルの……奥さんですっ』『そうだよね?——なのに君は、僕の目の前で堂々と何をしたの?』 カイルの声が明らかに怒りで満ち、嫉妬心を前面に晒す。『サビィルはあれでも、妻も子もいる一家の長だ。そんな相手とイチャイチャするって、もう完全に不倫じゃない?』 新情報に一瞬我に返り、『白梟一家とか、絶対に会いたい!』と心の中だけで叫ぶ。…… でもすぐに、私の首に彼が付けた物をくっと引っ張られた事で、私はカイルのおこなう行為へと意識を引き戻された。『ふ、不倫だなんて、そんな…… 』 白梟と戯れただけで不倫扱いとか、意味がわからない。『まだそんな事を言うの?だからこんな物を僕に着けさせられたって分かってる?』 カイルの言う“こんな物”とは、私の首に彼が着けた“首輪”の事だ。 革製かと思われるソレは、カイルが私に、怒り任せにベッドへと引き込んだ途端に魔法を使って着けられた物だった—— ◇ ◇ 私と白梟のサビィルは、初めましてな再会を本日果たした。 あの後も、暫くの間脇目も振らずにサビィルと二人で戯れあっていたら、カイルが段々と黒い目を羊の様な瞳へと変化させていった。どうやらこれは、カイルが我を忘れる程の心理状態になると起きる変化みたいだ。 そうなった彼は行動が極端になり、全てを私にぶつけてくる。だが暴力的なものでは無い。今までのものは全て性的に、なのだが……。それが救いなのか、困った事なのかは微妙な所だ。 周囲の状況も何もかも無視し、カイルはサビィルに仕事へ戻る様命じると、即座に私を二人の寝室に引き込んだ。ハクとウィルを招いての夕食予定など、もうきっと覚えていないと思う。 横抱きにされていた私の体を投げる様にベッドに下ろし、彼も上がってきた。「何をしたのか、わかってる?——ねぇ」 カイルにキッと睨まれ、私は慌てた。怒らせる程の事では無いと思っていた。不機嫌そうな顔には気が付いていたが、『不貞腐れているな』程度にしか考えていなかったのだ。 困惑し、ベッドの上で上半身を起こしてカイルを見上げる。するとカイルは私の首を、片手で締めるみたいな仕草をしてきゅっと包んだ。「イレイラ、いいかい?君は僕の妻だ。サビィルの妻じゃ無い。君はそれがわかっていない。わか
Last Updated: 2026-03-27
Chapter: 【番外編②】第2話 嫉妬心の具現化(桜塚イレイラ・談) 到着の知らせを受けて、セナさんの案内で応接室へと移動する。 このまま式の日まで神子の二人は宿泊するらしく、夕食の席にも招待するそうだ。神子達は基本的に食事は必要ないので、私に付き合ってもらう感じだろうか。それなら申し訳ないなと思う。 セナさんの開けてくれた扉からカイルと私の二人で室内に入り、一礼する。きちんと自己紹介の挨拶をしようとしたら「——堅苦しい挨拶はいらない」と先に遮られた。この声はきっとウィルさんだと思う。「お久しぶりですね、随分と大きくなって」 オオカミのような耳をピンッと立て、灰色の髪の男性が穏やかな笑顔で挨拶をしてくれた。ストレートの髪が腰までと長く、緩く後ろで束ねている。カイルと同じような司祭服に身を包み、親戚の子供でも見るような眼差しを私へ向ける。多分、この方がハクさんだろう。「『大きく』どころの話じゃないだろ。前と全然違うじゃねぇか。——でもまぁ、黒い瞳と小柄な可愛らしさは変わんねぇな」 ハクの言葉を否定しつつも、ウィルさんがちょっと褒めてくれた。 彼の頭から、ライオンのような丸みのある耳が、たてがみを連想させる金色の髪からのぞいていてちょっと可愛いなと思う。その愛らしい耳に似合わぬ巨体を前にかがめ、ウィルさんが私の頭を無造作に撫でてきた。筋肉の凄さが司祭服を着ていようが溢れ出していて、純粋にすごいなと感じる。でも威圧感がないのは、人懐っこい笑顔を向けてくれているおかげだろう。 ハクさんとウィルさんの二人を交互に盗み見る。この二人が婚姻関係にあると以前カイルからチラッと聞いていたので不思議な気分だ。(どっちが……どっちなんだろうか) 読書好きの延長でBLも嗜んでいたので正直気になる。個人的にはハクさん攻めを推したい!ガタイがいいウィルさんが、細マッチョ系のハクさんに押し倒されるのは、なかなかに——「ウィル、僕のイレイラに触るな」 カイルが唸るような低い声をあげ、私は腐海から引き戻された。危なかった、色々と脳内が暴走する寸前だったぞ。 腐海真っしぐらでウキウキしだしそうだった私とは違い、背後に立つカイルが、私とウィルさんに対して嫉妬心丸出しなのが振り返らなくてもわかった。(心配せずとも、彼はハクさんのモノでしょうに……)「おぉ!久しぶりだな、イレイラ。随分大きくなって驚いたぞ。まるで人間みたいだが、何かあったのか
Last Updated: 2026-03-23
Chapter: 【番外編②】第1話 嫉妬心の具現化(桜塚イレイラ・談) カイルと想いを通じ合わせてから、少しの時が流れた。 数々の来訪者達との面会や、快気祝いをネタにした過剰なまでのお祭り騒ぎもようやく落ち着き、神殿の人達は皆、私とカイルの結婚式の準備に日々邁進している。 神殿内での婚姻の儀式に始まり、街中を馬車で巡るパレード。王宮のホールを借りての披露宴を兼ねた夜会などもあると言われた時は目眩がした。(前世は猫な上、今はただの学生だった自分が、何故そこまでさせられるの⁈) ——としか、どうしても思えないのだ。 それらの準備は全て王宮の偉い人や神官などがやるそうなので、私達はお飾りとしてそこに居ればいいだけっぽい。 ホント、『ただ色々な事を理由にしてイベントを開催したいだけなんだな、この世界の人達は』と深く思った。 ◇ ◇ もうあと三日程度で、いよいよ結婚式を執り行うかという時期まできたある日の事。 参列者として早めにやって来た訪問者に、これから会う予定になった。 相手は前回の、騙されたに近いと今の私は思っている“魂の婚姻”の儀式時にも参列していた、神子のウィルとハクの二人だ。 伝達係としてこの神殿で働いているサビィルという者も一緒だと、セナが言っていた。 サビィルは仕事で各地を飛び回り、そのせいでタイミングが合わず、今まで私と会えずにいたので、『いい加減に会わせろ』と騒がれ、急遽参加することになったらしい。 ほぼ知らない二人と、全然知らない一人に会わねばならず、人見知りが発動してとても緊張してしまう。 カイルも一緒だとは聞いているが、一体何を話せばいいのやら。 『快気祝いで来た』みたいな理由なら、それに合った話をして誤魔化せる。でもただ『会おう』とだけ言われるのは、正直ちょっと困った。「タイミング的に、『結婚式おめでとう』『ありがとう』みたいな感じでいいんですか?」 ここ最近着ている事の増えた司祭服を、ダルそうな顔で着こなしているカイルに訊く。「それでいいと思うよ。いっそ、彼等が好き勝手に話すのをただジッと耐えて、聞いているだけでも話は進むから、放置していてもいいんじゃないかな。んで、コッソリ二人で退出して、べッ——」「それは失礼ですよ」と、私はカイルの言葉をぶった切った。 絶対にまた、『ベッドに戻って続きをしよう』と言う気だとわかったからだ。 今日だって起きてすぐに散々抱かれ
Last Updated: 2026-03-17
Chapter: 【番外編①】第3話 来訪者・ライジャ 嵐が去った後の様子を伺うような気分でイレイラは玄関ホールの扉を見つめている。あの兄妹とはもう二度と関わりたくないと思いながら。『面倒くさい。言葉が通じない』とカイルが渋っていた理由が、心底理解出来た。「さぁ、部屋に戻ろうか」 カイルはイレイラの後ろから抱きつき、長い黒髪をそっと手でよけ、首元に軽くキスをした。ツッと同じ場所を舐め上げ、耳を軽く指先で撫でる。「ねぇ……?」 熱い吐息の混じる声で囁き、イレイラの心を誘惑する。ゾクッと体の奥が歓喜で震えるのを彼女は感じたが、必死に淫靡な誘惑を追い払った。「ダメですよ!これからギッシリ予定が入っていると、セナさんが言っていましたからね。——ささ、早く戻って、次の予定をこなしましょう?」「一時間だけでも……ダメ?」「ダメです!」 イレイラは即座に断った。それで済む筈がないと安易に想像出来たからだ。「んー……じゃあせめて、これだけは許してくれる?」 そう言い、カイルはイレイラをひょいっと横抱きにして持ち上げた。妻に触れられる喜びを伝える様に、微笑みを浮かべた顔をイレイラに向ける。「こうすれば、イレイラに触れていられるよね」 このままベッドに運び兼ねない熱い眼差しで囁かれ、イレイラは少し不安になった。が、体格差がすごい彼を相手にしては抵抗など無意味だと知っていたので、ヒヤヒヤしながらも胸の中に収まったままでいる事を選択せざるを得ない。「ドレス姿では運び難いですよね?歩けますから、おろ—— 」 チュッと唇にキスをし、カイルがイレイラの言葉を奪う。「いつもよりは運び難いけど、ドレスって脱がす楽しみは大きいよね。時間をかけて……ゆっくりと……ね?」 爽やかな笑顔と言葉が全然一致していない。(あかん。これ、暴走寸前なんじゃ?) イレイラはそう思い、慌てて話を逸らす事にした。カイルをすぐにでも性欲から引き離さないと、セナ達に迷惑を掛けてしまうからだ。「——そうだ!えっと、あの、召喚魔法って結構簡単に出来るんですね!『あ、何だ、こんな簡単に元の世界に戻れるのか』って思いました」「さっきのあれは移送魔法だよ。それに全然簡単じゃない。君の事は帰さないんだから、そんなの気にする必要なんてないよね?」 カイルの発した言葉の語尾が怒気を孕んでいる。(……そうだ、彼は一度も『帰れない』とは言っていなかった)
Last Updated: 2026-03-12
Chapter: 【番外編①】第2話 来訪者・ライジャ「——は!よくまぁ二人してぬけぬけと、僕に顔を晒せたもんだな!」 カイル達の顔を見るなり、ライジャの第一声がこれだった。 派手好きな中世貴族の様に豪奢な衣装を身に纏い、緩くカールされた深紫色の長髪を優雅に揺らしながらライジャがカイルを指差し、大声で叫んだ。蛇の様な瞳はつり上がり、怒りに燃えている。「会いに来たのは、ライジャの方だろ」 当然のツッコミを、カイルは呆れながら返した。「そうだったな!」(あれ?案外素直な子なのかな?) 偉そうな態度でアッサリ認めたライジャに対し、イレイラは少し首を傾げて思った。「まぁいい。——そんな事よりも、一体これはどういうことなんだ⁈お前は何故そんな者と結婚した!前の体が死んだと思ったら、即また生まれ変わりを呼び戻してイチャイチャしやがって!お前はライサにあんな事をしたくせに!どうしてあの子を受け入れなかったんだ!」 肩を震わせ、憎々しげな顔をライジャは前面に晒す。「お前……ずっと『ライサの気持ちに応えたら殺す』って連呼していたのに、何を言ってるんだ?それに、そもそも僕は最初からライサを何とも思ってない。受け入れる訳が無いよね?」 息を吐き、カイルは面倒くさいと思いながらも返事をする。無視する方が、より面倒な事態になるだろうと予測しての返答だ。「当然だ!あんなに可愛くて美しくて可憐な妹が、お前に釣り合うものかっ。でも、そんなあの子を拒否するのは、もっと許せない!」(あ、間違いなくこの神子、ライサのお兄さんや) 矛盾し過ぎな言葉でイレイラは納得した。こんなんじゃカイルが会うのを渋っていたのも当然だと、額に手を当てながら思う。「あの子は、お前を愛していたんだぞ?毎日神殿まで訪れては顔を覗き見し、ありとあらゆる贈り物を捧げ、手紙を送り続け、日記だって欠かさず何時間も書いていた!あんなに毎日生き生きとしていたのに……今のライサといったら、もう……」(え、待って。それってストーカーじゃない?) くっと泣きそうな声を零し、ライジャが俯く。カイルは心底、『このくだらない話はいつまで続くのか』と言いたげな顔のまま黙っている。「それなのに、それなのになぁ!最近のライサといったら、刺繍を始めたり乗馬をしたり、貴族達の茶会にまで参加するようになったんだ……」「それは、大変だな。大丈夫なのか?」(いや、待って。カイルのそ
Last Updated: 2026-03-10