Chapter: 【第29話】聞き耳(南風アルカナ・談) 狼の獣人であるが故に音には敏感な叶糸が、じっと外の方に意識を集中している。私も彼に倣って騒ぎの元凶がいる方へ視線をやると、そこには大学の警備員と揉めている剣家の三兄弟が立っていた。「うわ……」 つい私が素でこぼすと、叶糸がクスッと笑った。その笑顔が本当に楽しそうで嬉しくなる。出会った時は目の下のクマが酷かったけど、あの頃とは雲泥の差な眩しい笑顔だ。「ウチの義兄達が揃いも揃って来たみたいだね。此処まで来るのが早かったって事は、大学の近くにいたのかもな」 「何故近くに?彼らの通う大学も大学院も、どっちも此処からは遠いでしょうに」「そりゃ、アルカナに会う為でしょ」「げっ」 「『げっ』て」と言って叶糸がまた笑う。 美丈夫ながらも可愛いこの笑顔をいつまでも見ていたくなったが、外がまた煩くなってきた。気にはなるけど、私には南風家一同の様に唇を読む技量は無い。三義兄弟達の声を聞くにはどんな魔法が適当かと考えていると、叶糸が口を開いた。「『——いいから中に入れろって!』『ですから、きちんと申請をしてからお願いします、と』『薬関係の学部にいる“剣叶糸”の義兄だってんだろうが!親族ならいいじゃねぇか!』『だから、そうはいきません。警備の都合上、親族のみでは、許可が無いと立ち入りが出来ない箇所が多いんです!弟さんに許可申請を頼み、同行してもらって下さい』のやり取りを、馬鹿みたいに何度も繰り返しているな」 国内最高峰の大学だ。歴史的な価値もある建物をちらりとでも見てみたい観光客や、学生との待ち合わせにも使う人がいるから、このカフェ付近までは立ち入れるはずだ。なのに正門の前で止められているのは、彼奴らが騒ぎ過ぎたせいか?それとも、低脳過ぎて彼らの家族が通っていそうな雰囲気じゃないからだろうか。「聞こえるのか?この距離で、向こうは外だっていうのに流石の聴力だな」 「雑音を拾い過ぎても脳が疲れるから、普段は意識して聞こうとでもしないと音は拾えないけどな」 「そうなのか。でもまぁ確かにそうじゃないとキツイよな」と納得していると、ちらりと周囲に目を配り、そっと叶糸が息を吐いた。 「……どうかしたの?」「あ、いや。予想通り過ぎて嫌になるなと思ってな」「予想通り?」と私が不思議に思っていると、「義兄達の到着が随分と早かっただろう?」と叶糸が言う。 「あぁ。でもそれは
Last Updated: 2026-03-26
Chapter: 【第28話】カフェでのアピール(南風アルカナ・談) 叶糸の通う大学の構内はかなり広大だからか、併設されているカフェは四ヶ所もあるそうだ(その他にも食堂や購買などもある)。学生のみが利用出来るお値打ちな店もあれば、やや価格は高めだがゆったりとしていて寛ぎを重視した店、貴族専用の店、そして私達が入った正門近くのこのカフェのように部外者も利用可能な店など様々だ。利用者の立場や同行者の有無、財布事情に合わせて店を選べるのはありがたい。 ここは部外者も利用可能とはいえ、主な利用者はやはり学生だ。その為、テーブルの高さや椅子はリラックス重視ではなく、自習のしやすさを優先した造りになっている。奥には四人から六人ほどが座れるソファー席もあるが、両サイドはしっかりと壁で仕切られており、個室のような造りになっているため議論が白熱しても問題ない。二人掛けの席でもテーブルは広めで、資料や本を広げやすい。店内で流れている音楽もクラシカルで勉強に集中しやすそうだし、細部にまで将来を担う学生達への配慮が感じられた。(カフェは本来自習室じゃないけど、どうしてもそういう使い方をする生徒が多いから、こうなったのかな) 店員に案内されて席に着く。二人掛けの席ではあるのだが、横幅のあるソファータイプだからなのか……何故か叶糸が私の真横に座った。向かいの空席には、私達のマーモットバージョンにそっくりのぬいぐるみが二体並んでいる。叶糸版はすらっとしていて大きく、私の方はずんぐりとしていて可愛くない。先程までは、最近叶糸が研究・開発したらしい『亜空間への収納魔法』に収められていた物を、何故か彼がわざわざ取り出したのだ。(在籍しているのは薬学部なのに、何をやっているんだ君は。……にしても、第三者視点で見ると、ホント『|マーモット版《私》』は太っていて可愛くないなぁ……) 目付きは悪いが、圧倒的に叶糸版の方が可愛くて、つい対面に腕を伸ばして撫でたくなった。だが、「——わざわざ出さなくても……」と私が呟くと、「アルサからの依頼でもあるんだ。オレ達の『噂』に便乗して、『幸運のマーモット』的なグッズ展開をしたい家門があるらしい」と教えてくれた。「|ハコブネ《此処》の貴族達は随分と商魂逞しいな!」 小声ながら、叫ぶような勢いになってしまった。「今じゃどこもこんなもんだよ。領地から得られる収入だけで豪遊しているようじゃ、すぐにネットで叩かれて、御貴族様だろ
Last Updated: 2026-03-20
Chapter: 【第27話】待ち合わせ(南風アルカナ・談) 南風の邸宅に剣家御一行が異議申し立てと新たな婚約者の提案をしてきやがった日以降、アルサとサリアの二人から、私はミッションを与えられた。『叶糸君と仲睦まじくしているシーンを、多くの者達に目撃されておいてね』というものだ。 叶糸が大学の構内でマーモットのぬいぐるみと戯れている様子は度々誰かしらの目に留まってはいるが、よくよく考えると、確かに『南風アルカナ』と『剣叶糸』が二人で居るシーンを目撃されているのは星澤家の夜会くらいなものだ。身分差の恋が故に『噂』だけは一人歩きして知名度を得ているが、今のままでは信憑性に欠けるのだろう。 ——という訳で、本日は早速叶糸と大学の正門付近で待ち合わせをしてみた。同世代のカップルという|体《てい》なのだから通学路も一緒にと、私としてはそう考えたのだが、双方とも『貴族』なので、逆に違和感しかないとアルサ達に指摘されて構内での合流となった。 基本的に爵位の高い貴族令嬢が外に出る時は護衛を連れて、となる。政敵の思惑や身代金目的の誘拐の危険が高いためだ。私も叶糸も警護なんか必要ないくらいには有能である自信はあるが、一応は『深層の貴族令嬢』で『高位貴族』ともなると、実際の腕っぷしがどうであれ人様の目があるので『お好きにどうぞ』とはいかないらしい。(とは言っても、私は叶糸の家に居候している身だから、ギリギリまでは一緒だったのだけどもな) 婚約がきちんと成立するまでは義家から出られないため、叶糸はまだ剣家の敷地内にあるプレハブ小屋のような家から大学に通っている。そんな彼を一人にはしたくないので、私も今まで通りそこで生活しているのだが、最近では敢えて剣家の義家族の前で|マーモットな私《この姿》を晒している。 偏に『希少なマーモットをプレゼントされるくらいに、南風アルカナ令嬢とは良好な関係を築けていますよ』というアピールの為だ。 この程度でアイツ等の慢心と欲望が止まる気はしないが、叶糸が『私』を抱っこしている時には剣家の一同が彼に手出しをしてこない。『生き物』だし、何よりも『南風侯爵家』からの『贈り物』に害を与えるのは得策じゃないからだろう。所詮は『虎の威を借る狐』状態に近いが、効果はちゃんとあるので、このままでいこうと思う。(『|南風アルカナ《私》』がマーモットを抱っこしていたのをアヤツ等も見ているので、本物の『贈り物』であること
Last Updated: 2026-03-17
Chapter: 【第26話】婚約騒動④(南風アルカナ・談)「すぐに別件の予定もありますので、見送りは家令にさせますね。私達は此処で失礼します」 アルサは惺流にそう告げ、執事風の格好をした家令を呼び出すと、剣家御一行を笑顔で押し付けた。そして四人が完全に退室した事を確認してから大きなため息を吐き出し、気持ちを切り替えるみたいに顔を上げ、「——さて、早速隣の部屋に移動しようか」と私達に提案する。「隣に何かあるのか?」と訊きつつ、「行けばわかるよ」と返して移動を始めるアルサとサリアの後に続く。もちろん腕にはマーモットなままの叶糸を抱いて。そして彼を宥めるみたいにずっと頭を撫でてやる。拗ねて、でもずっと怒ってもいて、そして過度なストレスにも晒されているみたいで見ていてかなり可哀想だ。(私的には、あそこまで突き抜けていると、むしろ面白いなと思えてしまうんだよなぁ) 既にもう達観している私とは違って、叶糸は爪で自分の手のひらを引っ掻き始めた。そのうち体を噛んだりまでし始めそうな彼を立て抱きにし、私は赤ん坊をあやすみたいに背中を軽く叩いてやった。「アレはないよな、わかるよ。でもまぁ心配は不要だ。そもそもあんな話が通る訳がないんだから」「オレもそれはわかってる。わかってるけど、義父が気色悪い類でのアホだったせいで、どうしたってイライラするんだ。……アルカナを馬鹿にもされてムカつくし」 「そうか。私の為に、そんなに怒ってくれているのだな」 彼に触れる手が自然と一層優しくなる。自分に対してだけだったなら、きっとこうはならないのだろうな。本当に優しい子だ。 懐から取り出した鍵で扉の施錠を外し、魔術のロックも解くと、アルサ達が隣接する部屋へ入った。私達もその後に続く。 隣接していた部屋はさっきまで居た応接室と同じくらいの広さで、数台のパソコンと複数台のモニターが壁一面にずらりと並んでいた。そしてそれらのモニターには様々な部屋の室内と廊下の様子などが映し出されている。まるで監視室の様だ。多分この部屋は大元の監視室の簡易版程度のものだと思う。本丸は強固な監視体制と巨大な結界に守られている地下にあるんじゃないだろうか。「この部屋は、ご覧の通り、邸宅内に複数ある監視室のうちの一つだよ」 私の読みを捕捉するみたいにアルサがそう教えてくれた。 サリアに促されて室内にある椅子に座る。するとアルサが一つのモニターを指差した。そこには
Last Updated: 2026-03-12
Chapter: 【第25話】婚約騒動③(南風アルカナ・談) 南風家側の一同の表情が固まり、室内の空気までもが冷ややかになる中。剣家側の御一行は『その通りだ、親父!』とでも思っていそうな雰囲気になっている。前当主である故・剣エイガ氏が、もしこの場に居たら、息子の惺流の首根っこを掴んで退出していたに違いないと思う程、明後日の方向での意見であった自覚は微塵もない様だ。 知識、才能、学歴、容姿、体格、魔力の質や保有量など、もうどれを取っても、この三兄弟よりも叶糸の方が遥かに優秀だ。 『平民』の出であるというハンデを補ってあまりある程に。 そもそも南風家は初代からずっと『貴族』だ『平民』だのと固執していない一族だ。『叶糸が平民の出である』という点のみを責めるやり方は、やる気と技能さえあれば血筋は気にしない一族に対して行う演説としては完全に落第点だ。そんな義父に対して相当イライラしているのか、叶糸はテーブルを爪で引っ掻き始めてしまった。『クソ親父が!』と叫ばないだけ偉いとは思うが、後で直しておかないと。 そんなマーモットな叶糸にチラリと視線をやり、惺流が『ふっ』と馬鹿にした様に軽く笑った。「まぁ、そもそも、こういった席にペットを同行している時点で実に幼い」 口元がひきつったが、反射的に言い返すのは何とか耐えた。「噂によると、その幼さを補う為なのか、ウチの|叶糸《アレ》に家庭教師を依頼しているらしいですなぁ」 「えぇ、大学の学長直々の推薦です。高成績なだけじゃなく、人望もあって、指導役にも向いているからと」 「あの大学の今の学長は確か、南風侯爵家の遠縁の者のはず。あぁ、ならば御令嬢を慮っての采配でしょう。あやつは不出来が故に常に忙しくしておりますからなぁ、すぐにでも担当を変えた方がいい!」 アルサの言葉に対し、『忖度で教師を決めるとは、実に馬鹿馬鹿しい』とでも思うみたいにゆるゆると惺流が首を振った。二人が大人しく聞いているからか、態度がもう完全に侯爵家の当主夫婦をも『若輩者め』と小馬鹿にしている感じである。「……婚約に向けての交流の意味もあるので、変える予定は御座いません。それに教え方も丁寧で、義妹もとても喜んでいますから」 そう言ったサリアの表情が凍ったままだ。夫のアルサ程には感情を上手くコントロール出来ないとみえる。「いやいや、|叶糸《アレ》では教える内容もすぐに枯渇するでしょう。それに、婚約を前提とした
Last Updated: 2026-03-10
Chapter: 【第24話】婚約騒動②(南風アルカナ・談) 自主的に私の『兄(仮)』となってくれたアルサの後をついて行く。腕には私の代わりにマーモット化してもらっている叶糸を抱き、本邸内の和風造りの廊下を進んで行くと、ハイカラな古き良き時代を感じさせる洋風な印象の混じった建築物に足を踏み入れる事になった。『地球』の歴史に倣い、この国にも西洋の文化が入って来た頃合いに建造された箇所だろう。手入れがしっかりされているからか、木製の床を足袋で歩いても軋む事なく歩いていける。壁のオイルランプと共にずらりと並ぶ硝子窓の向こうに見える庭の景色も建物の雰囲気に合わせて洋風な造りになっていて、設計者のこだわりを垣間見た気がした。 途中で、アルサの嫁であり、私の義姉となったサリアも合流。流石は『猫』の『獣人』だ、隣を歩いていても足音がまるでしない。「剣家の面々と会話をした経験はあるの?」 隣を歩くサリアに訊かれ、「星澤家での夜会の時に叶糸をダンスに誘っても?と義父に訊いたくらいかな。他の奴らとは、どっちの姿でも面識は無い」と返した。「かっさらうみたいにアレらから叶糸を引き離す事が出来るのなら、何も考えずに姿を晒して、文句の一つでも言ったかもな。だけど、今みたいな情報化された社会じゃ、単純に『逃す・逃げる』だけを選ぶと『普通』に生きていくのも困難になるから厄介だ」 「オレ的には、それでも」と言った叶糸の意見は笑顔で流す。この子はあまりに不遇に慣れすぎだ……。 「何処で誰が見ていて、彼らの元に情報が届くかわからないものね。今はもどかしくても、正攻法で引き離すのが一番と考えたのは、長い目で見ると正しいと私も思うわ」 サリアの言葉に対し、『だよね』と思いながら、ギュッと叶糸を抱き締める腕に力が入った。「婚約さえ成立してしまえば、『花婿修行だ』なんだと言って南風家に連れて来られるだろうから、もうちょっと耐えてくれな」 「わかってるよ」と言い、叶糸が顔を上げて私の頬に擦り寄ってくる。新品のぬいぐるみみたいにほわほわの毛が肌に擦れて気持ちいい。お互いにふわふわとした気持ちにもなりながら進んで行くと、対戦の場となる部屋の前に到着した。「さて、叶糸君を同行させなかった理由を訊いてあげますか」 どうせくっだらない理由なのだろうなと覚悟しつつ、アルサが扉を開け、私達は西洋風にあしらわれた応接室に足を踏み入れた。私が初めて来た時に案内された
Last Updated: 2026-03-06
Chapter: 【第3章・第10話】チョロイン(レオノーラ・談) 十分程ぼんやりとしているうちに何とか持ち直してきた。 思考回路もまぁまぁ正常だと思う。ただ、またあんな行為をこの先何度もされるのかと思うと気が重くなる。無いものとしようと蓋をして目を背けただけで、奥の奥ではまだ燻っている熱は軽い刺激でも戻ってきてしまいそうでちょっと怖い。挙式をあげるまではと『最後まで』からだけ逃げるんじゃなく、この行為もやめてもらうのが一番だろう。『親愛』と『恋情』の履き違えや、壁画の『男』が残した無念からくる刷り込みか何かでカラミタの未来を潰したくない。 この先、本当に愛せる人と出会った時に、今のこの行為を後悔して欲しくもないから。「大丈夫?もう動けそう?」 敷物以外の荷物は片付き、服装も整え終わった。さっきまで履いていたズボンもちゃんと違う物に着替え終わったし(カラの私物からまた借りた)、あとは敷物さえ鞄に仕舞えばダンジョンからいつ出ても大丈夫そうだ。「うん」と返事をし、まだ少し力の入らぬ体を両手で支えながらその場で立とうとした時、ふと左手の薬指に目がいった。黒い物がぽつんとある事が前にも気になった箇所だ。「……あれ?形状が変わってる」 立ち上がり、まじまじと指を見る。 以前は黒子か瘡蓋みたいなものがただ少しあるだけだったはずなのに、何というか、今は種子から蔓か芽が少しだけ出てきたみたいな雰囲気に変わっていた。「どうかした?」 「あ、えっとね、指に何かあるの」 じっと指を観察している事が気になったのか、カラミタも一緒になって私の指を見始めた。「あぁ、『黒珊瑚の欠片』か。それがどうかした?」「え?コレが何か、カラは知ってるの?」 「そりゃね。誰でも知ってると思うけど。——あ。そっか、『魔族なら』の話だったな。レラ達が知るはずがないのか」とカラミタが言い、失念していたなといった表情になった。「えっとね、それはね、『愛情の種』みたいなものなんだ」「『愛』……じょ?」 「ちなみにね、本当に『黒珊瑚』そのものが埋まっているって訳じゃなく、ただ黒いからそう呼称しているだけだよ」と追加で説明しつつ私の手を掴み、軽く腰を屈めて私の左手の薬指にバードキスをする。貴族とかなら挨拶みたいな行為なんだろうけど、こちとら生粋の平民なので勘弁して下さい。どうしようもなく口元が戦慄くじゃないか。 「今にして思うと、その『欠片』は壁画で
Last Updated: 2026-03-24
Chapter: 【第3章・第9話】ダンジョンの中ではしちゃいけない事(レオノーラ・談) ダンジョンの隠し部屋という異質な場所でカラミタがニタリと笑っている。地上よりはどうしたって光源が少ないせいか正直ちょっと怖く感じた。多分、慣れ親しんだ雰囲気とは随分と違うせいもあるだろう。私の名前を呼んで、脚や体にしがみついて、可愛く甘えてくれていた頃が懐かしくなってしまう。「……えっと」 この状況をどうにかしたくて声を発したまではいいが、続きの言葉が思いつかない。何か、何かないかと必死に考え、「——私達も、家に戻ろうか?」の一言をなんとか捻り出した。「えぇー」と不満そうにしながら私の頬をキュッと押す。そのせいで変な顔になったと思うのだが、カラミタは嬉しそうに額にキスしてきた。照れてしまい、カッと顔が赤くなった気がする。こっちは全然耐性が無いんだからやめて欲しい。「もうちょっとだけ、此処に居よう?……どうせ誰も来ないんだし、さ」 カラミタの言う通り、まだしばらくの間は此処には誰も来ないだろう。街に戻ったリトスかアイシャが新ダンジョンの発見報告をし、冒険者ギルドをあげての探索準備を終えてからだろうから、随分先の話になりそうだ。今後はきっと近傍の町(とは言っても、相当距離があるけど)が今よりは活気付くに違いない。(でも、もう攻略済みでもあるから、冒険者の人達はガッカリだろうなぁ) 古代遺跡系のダンジョンは財宝の詰まった部屋以外での実入りが少ないから、圧倒的に人気なのは道中で鉱石などの採取も出来る洞窟系だって、買い物目的で町中を歩いている時に何となく聞いた事がある。遺跡系は魔物のリポップ的な現象も無いせいで色々な魔物素材の入手にも向いていないから、冒険者達には一層魅力が半減してしまうそうだ。 逆に古代文明などの歴史研究者達に人気なのは圧倒的に遺跡の方なので、きっとここにも人々が訪れる様になるだろう。 ——何て事を考えているうちに、いつの間にか敷物の上に寄り掛かれそうな程に大きなクッションがドドンッと出現していた。半端ない存在感だ。どうやらカラミタが収納魔法が付与された鞄の中から引っ張り出したようだ。「……まさか、いつも持ち歩いているの?」「流石に違うよ。帰省前に、ここ数年ボクが使わせてもらっていた部屋の物を全部回収しておいたから、それの一部さ」 「ぜ、全部?何でまた。この先、まだ街に戻る予定があるんだよね?」 「そりゃあるけど、部屋に私物を放
Last Updated: 2026-03-18
Chapter: 【第3章・第8話】予想外の結果(レオノーラ・談) いや、無い無い無い!『既にもう御年百八十歳の超御高齢なお婆ちゃんだったぞ(テヘッ)』なんて冗談じゃない。もしこの鑑定結果が本当に正しいとすると、私は『鑑定』の結果的にも『ヒューマ族』で間違いないらしいから、普通ならもうとっくに死んじゃっているはずじゃないか。最高齢寿命がせいぜい百歳の種族で、存分に世界樹の恩恵を受けたとはいえ、流石に数字を盛り過ぎていると思いたい。 何よりも一番『有り得ない』と思うのは、今までずっと、百歳もサバを読んでしまっていた事実の方だ。 随分前にしたセリンとの会話で何となく自分の推定年齢を叩き出し、『いつまでも若いフリをしている痛々しい人』にならぬ様、ちょっと多めに見積もって『今の私は八十歳くらい』だと思い続けてきたのに、百年もサバを読んでいたとか!恥ずかし過ぎて死んでしまいそうだ。 そのせいで、身長、体重、スリーサイズなどの情報も脳裏に浮かんだのに、記憶にはちゃんと残ってはいるけど読み逃したみたいな状態になってしまっている。『魔王・カラミタの嫁』とも浮かんだ気がするが、こっちは自分から見なかった事にした。「どうだった?何か新しい事がわかった?」 カラミタにそう訊かれたが、唸り声しか返せない。すると察したみたいにアイシャが「あ、もしかして、思ったよりも年齢いってたとか?」と大正解な指摘をされてしまった。「え?何?何歳だったんだ?母さん」とリトスが無邪気な顔で訊いてくる。大きいくせに、表情も尻尾もケモミミも可愛いけど、何ともまあ容赦無い問い掛けだ。「……百、八十、歳……だった、みたい」 視線を三人から逸らしたまま、ボソッと呟く。 すると「あ、思ったより上だったんだね」とカラミタまで無遠慮に私の心を抉った。「一人きりの時期に沢山寝ちゃってて、年月の感覚があやふやだったんだね」 そう言って、カラミタに頭を撫でられてしまった。全くもってその通りなのだけど、子供に子供扱いされているみたいでちょっと拗ねてしまいそうだ。「でも百歳程度なんて誤差の範囲だろ。別に気にする必要なくね?」 「だよねぇ、リトスの言う通り、誤差誤差。ちゃんとした年齢わかって良かったじゃん」 「そうだよ。レラが可愛いって事実は不動なままなんだし」 三人共揃いも揃って御長寿種族なせいか全然私の気持ちをわかってくれていない。しかもさらりとカラミタが私を褒めて
Last Updated: 2026-03-13
Chapter: 【第3章・第7話】推察(レオノーラ・談) スラムで生まれ育ち、物心ついた時にはもう私に親はいなかった。顔も名前も、抱き上げてくれたであろう腕の温もりさえも記憶に無く、生まれた日だって知らない。着古したブカブカのボロ服を纏い、汚泥を啜り、痩せたネズミを齧って生きていた頃さえある自分が、カラミタ達が思うような立場の者だとは到底思えない。 だけども……意思疎通は出来ずとも、聖獣達に日々助けられ、世界樹の麓での生活を許されているのは確かな事実だ。 故に完全には否定出来ない。 しかも魔力量が人一倍多く、一人だけでも転移魔法が使える。本来ならば魔導師を複数人数集めるか、各地に点在している魔力溜まりを活用した転移用の魔導具を使わねば自在には操れぬ程の高度な魔法であるにも関わらずだ。 だからって壁画で語られていた『世界樹』となった女性の様に新たな生命の器を生み出せる気はしない。育て、見守れる人数だって今の五人が限界だ。とてもじゃないが『後継者』的な立ち位置に自分が置かれているとは到底思えず、ただただ唸り声をあげてしまった。「そんなに気にする必要はないんじゃない?別に、誰かから『後を継げ』とか、『何かしろ』って言われた訳じゃないんだし、そもそも確定事項でもないんだから」「そう、だよね」 カラミタにそう言われ、ほっと息を吐いた。 確かにその通りだ。突如すんごいヒトから『次世代はお前』って告げられたでもなく、何かしらの天啓があったとかでもないのだ。何も深く考える必要なんか無いのかとすぐに納得した。 ——でも、だ。 『魔族』が『黒珊瑚』の生み出した者である事が妙に引っ掛かる。深海の奥底で『黒珊瑚』となった『男』が『世界樹』と化した『女』の存在に気が付き、恋求めて少しでも傍にと願う気持ちが溢れ出たモノが『魔族』なのでは?と仮定すると、『魔族』は『世界樹』により近い存在に焦がれてしまってもおかしくはないんじゃないだろうか。そして今現在最も世界樹に近い存在は?となると『私』である可能性は非常に高い。(……って事は、カラミタの『恋心』って、やっぱり刷り込みのせいなのでは?) その方が腑に落ちるし、しっくりくる。五人育てたうち、カラミタだけが私に恋愛感情を抱くという事自体がそもそも可笑しな話なのだ。だけど『魔族だったから』だともなれば、『成る程ね!』と容易く納得出来た。「……何考えてるの?」とカラミタが私の顔を
Last Updated: 2026-03-11
Chapter: 【第3章・第6話】壁画に書かれた物語・後編「——えっと、つまりは、だ。これが正しい『伝承』なら、この世界は一回滅亡してるって事?」 「ただの妄想じゃないんだったら、そういう事になるよな」と、アイシャの推測にリトスが言葉を添えた。 「小説めいた空想を、わざわざ何カ所ものダンジョンの最奥にある壁に書いて、厳重に保管はしないんじゃないかなぁ。魔王討伐前までは、この壁画の部屋は、サーチ系の魔法ですら感知出来ていなかったみたいなんだし」 「うん。レラの言う通り、間違いなく、これはこの星の歴史の一部だよ」と、いつの間にかレオノーラを膝の上に座らせてご満悦状態にあるカラミタが頷いた。 「それって、魔族達が『継承してる記憶』のおかげで得た確信ってやつ?」 アイシャに訊かれ、「あぁ」とカラミタが返す。 真剣な雰囲気の中。彼は腕の中に居るレオノーラをぎゅっと強めに抱いて柔らかな感触を存分に堪能している。その事にリトスもアイシャも気が付いてはいたが、慣れたものでさらりと流した。「なら余計に、この続きもきっちり翻訳して、報告しねぇとな」 「そうだね」 リトスの言葉にレオノーラが同意すると、また彼らは壁画に書かれている文章の続きを読み解き始めた。 ◇ 死の星となった世界の中で、辛うじて残った大陸の中央部に女の魂が降り立った。 女の魂は大地に根を下ろし、小さな芽吹きは瞬く間に大樹と化し—— 祈りと共に『世界樹』へと姿を変えた。 大陸の何処からでも見える程に壮大で巨大な世界樹を起点とし、大地は息を吹き返した。 以前とは様変わりした大地には新たな植物も無数に根付き、多種多様な容姿の『新たな器』の中には浮遊したままになっていた数多の魂が宿った。 『完全なる復活』は無理でも、新たな『生』を女は皆々に返してあげたのだ。 その光景は、無数の流星が大地に降り注ぐ様だった。 この日を境に世界樹は『再生』の象徴となった。 生み、育み、見守る『全ての母』の誕生である。 母なる者へ感謝を捧げ、力ある者が聖獣となり、世界樹を護ろう。 次世代へと引き継がれるまで、永遠に。 二度と誰にも、傷付けられぬ様に。 ◇「——なるほどねぇ。『世界樹・ユグドラシル』は、こうして生まれたって訳か」 翻訳した文章を紙に書き終えたアイシャがペンを置き、そう口にしながら息を吐き出した。「これらの絵か
Last Updated: 2026-03-09
Chapter: 【第3章・第5話】壁画に書かれた物語・前編 恐る恐るといった感じで、最奥にあった部屋の前に四人で立つと、室内の四方に設置されていたらしき魔導具が自動的に明かりを灯し始めた。光属性の魔法を付与された魔水晶を使用でもしているのか、蝋燭どころか松明よりもずっと明るく、その四ヶ所だけで部屋の全貌がほぼほぼわかる程度には明るい。「……罠は、無いみたいだね。隠し扉とかもなさそうな感じだよ」 魔法による索敵や罠の有無を確認し終えたアイシャが我先にと前に進む。がらんとした室内にはこれといって何もなく、四人共少し拍子抜けしてしまった。「この部屋には床面以外の全方向に壁画があるだけ、みたいだね」 そう言ってカラミタが周囲の壁をぐるりと見渡す。レオノーラも釣られて見上げてみると、天井がかなり高く、天井画には流星や瞬く星々、他には太陽と月が彫られていた。石製の壁にはカラミタが告げた通りに巨大な壁画と、古代文字がそこかしこに書かれている。「世界樹が描かれているね。あっちには……男女の絵、かな?」 「ウチらは他のを見た訳じゃないけど、別のダンジョンで発見されたのと同一の物っぽいな、これは」 「そうだね。報告書に書かれていた下手くそな絵や文字と、それなりには似てるもんな」とカラミタもアイシャに同意した。(『下手くそ』って……辛辣だなぁ) アイシャはそう口にしかけたが、心の中だけに留めた。カラミタ所有の『猫被り』用の猫が何匹か家出したみたいだが本人は気にしていない様だ。 絵の隣に彫られている古代文字は経年劣化のせいなのか少し読み取りにくい。だけど一文字ずつ慎重に進めていけばどうにか読み解けそうだなとレオノーラは思った。「——おい、こっちも見てみろよ」とリトスに言われ、別の壁画を見上げていた彼の元に三人が集まる。するとリトスが立っていた壁には、一面に『世界の終焉』でも表現したかの様な悲惨な光景と、その左右それぞれに泣き叫ぶ男と女の絵が描かれていた。「何だろう?これ。……何だって、隠されていた部屋に、こんな絵が?」 口元に手を当ててレオノーラがぽつりと呟く。他のダンジョンと同じく、此処も先代魔王が討伐される前まではずっと閉鎖状態だった可能性が非常に高く、大事に大事に保管されていたらしき場所でもあるので、この絵や文字にはきっと深い意味がある様な気がした。「……書かれている文章は、『物語』っぽい、ね」 壁画に近づき
Last Updated: 2026-03-05
Chapter: 【第31話】『僕らが欲しいのは服であって、新しい“虫”じゃない』②(スキア・談)「こちらも素敵ですよー。ハイネックタイプですが、腕や胸元のギリギリにまでリーフレースを使っているんですー。後方から見た時のシルエットは長めのスカートっぽいデザインですが、前から見るとミニスカートタイプになっているので、魔物との戦闘時にはショーツがチラ見えして滾ること間違いなしですよー。こちらの商品も男性向けを展開しているので、夫婦でお揃いの物を着て、周囲にラブラブアピールすることが可能ですー」 こちらがドン引き状態になっていることに気が付いていないのか、そもそも気にしていないのか。アンズは構わず服を選んでは、次々僕らの元に持って来る。 オススメポイントはイカれているが、デザインはどれも文句なしの品ばかりだ。ルスのまな板胸をちゃんと考慮して選んでいるし、どれも子供っぽい細身のボディラインを綺麗に見せてくれそうでもある。 ……ただ、ルス向けの服を最初にチョイスしているせいで、男性向けに作られたお揃いのデザインの方が僕に似合っているかどうかは、正直ちょっと微妙なものも混じっている。「んー……。だけど、どれも『コレだ!』って感じじゃないですねぇー」 色々と選びながら本人もそのことに気が付いていたみたいで、アンズが棚に服を戻しながら唸りをあげた。「そうだー。いっそ、オーダーメイドにしましょうかー。お二人とも推せるくらいに素敵な雰囲気ですから絶対楽しそうですしー。支払いは材料費と人件費だけで結構なので、どうですかー?」「え?で、でも」 背後から一切出て来ないまま、僕の服をギュッと掴んでルスが困った声色で呟いた。 オーダーメイドの装備はどうしたってお高いので、割り引いてもらえるとなるとどうしたって気になるが、初対面の者にそこまで甘えてもいいんだろうか?という気持ちが邪魔をしているのだろう。もしくは単純に、『こんな変質者に頼んでも大丈夫なんだろうか?』という怖さがあるのかもしれない。「今この場で即ご依頼頂けたら、オマケで総レースのショーツとえっちなデザインのフロントホックタイプのブラも作っちゃいますよー。ここは敢えてのクマさんパンツもアリかもですけど、ソレは追々でー。奥様は脚のラインが綺麗なのでガーターベルトもつけちゃいましょうかー。そちらは靴下を履いたままのえっちとかをするのにオススメしますー。旦那さん向けの装備は雄っぱいを強調する物にしましょうねー。逞しい
Last Updated: 2026-03-25
Chapter: 【第30話】『僕らが欲しいのは服であって、新しい“虫”じゃない』①(スキア・談) ルスが話していた装備品を売る店は討伐ギルドから程近く、同じ並びにある。近隣には他にも彫金ギルドや武器・防具などを作成するギルドもある為、討伐任務や護衛などを仕事にしている者達でそれなりに賑わってはいるが、夕方から開店する飲み屋も多いので目抜通りよりは人が少なく、すぐに辿り着く事が出来た。「いらっしゃいませー」 扉を開けて二人が店内に入ると、後衛職向け装備を中心とした完成品がずらりと並んでいた。 僕が持っている六年前の知識では、服や装備品はデザイン帳の中から気に入った物を選んでからオーダーメイドで注文するか、金の無い者達は布だけ買って来て自分で縫うのが当たり前だったのだが、今では大雑把なサイズ展開をしている既存品の中から好きな物を買うというスタイルが主流になっているようだ。これは異世界からの移住者達がやり始めたシステムだそうだ。「何かありましたら、遠慮なくお声掛け下さいね」 「はい」 店員に対して、笑顔ながらも短く答えると、ルスは早速服を選び始めた。だが、どう見ても彼女が着るには大き過ぎる物ばかりだ。『まさか』と思い、「もしかして、僕の装備を見ているのか?」と訊くと、彼女は迷いなく「うん」と言う。この先討伐にも一緒に行くなら、ちゃんと装備を一式揃えた方がいいとの判断なのはわかる。だけどまずは真っ先に自分の物を選んだらどうだ?だが、当然の様に自分を後回しにしてしまうのは、ルスの性分なのだろうな。「僕は僕で探すから、自分の装備を選んだらどうだ?」 そう言うと、ルスはハッとした顔をして、「そ、そうだよね、好みとかあるもんね」と申し訳なさそうに俯いた。 別に服装なんか、よっぽど酷いデザインでないのなら正直どんな物でもいい。僕の服なんてわざわざ買わずとも、いつも通り無難な物を何処かから拝借すればいいだけの話だから。今此処で買う必要すらもないのだが、楽しそうに選んでいた姿を思い出すと強くは出られない。「……別に、好みとかは。——そうだ、一着ずつ、お互いの服を選ばないか?好きなデザインが、イコールで自分に似合うとは限らないからな」 僕からの提案が余程気に入ったのか、「いいね!」と言ってルスがぱんっと軽く手を叩く。反射的にその目を潰してやりたくなるくらいに笑顔が眩しい。だがそんな衝動的な行動はぐっと堪え、二人で並んで、まずは僕の服から選ぶ事になった。「そ
Last Updated: 2026-03-19
Chapter: 【第29話】臨時休業 ソワレの目抜通りをスキアとルスの二人が歩いている。軽食を提供している店やアクセサリー店、家具などを売る店と共に、野菜や果物といった傷み易い食材を売る露店が数多く出店されている中を人混みを縫う様にして横切って進む。目指す先は様々なギルドや防具店などが並ぶ、此処よりは一本奥に入った通りだ。「今日もまずは、討伐ギルドに行くのか?」 スキアがそう訊くと、彼に寄り添うように真隣を歩いていたルスが「うん」と答えた。 目的地は討伐ギルドだが、今日のルスは、一着しか持っていなかった修道女風の仕事着はゴミ同然になってしまった為、普段着である黒いスキニーに安物のスニーカーを履き、上はオーバーサイズのパーカーといった動きやすそうな格好をしている。隣を歩いているスキアも同様に、動きやすい様にとゆったりめの七分丈のシャツと茶色いチノパンに革のロングブーツといったラフな服装だ。「今日も討伐ギルドに行って、帰りは食材の調達をしてからリアンを迎えに行こうかなと思ってるの」 本日の予定を聞き、「そうか、わかった」と答えてスキアが頷いた。彼は何やら少し思い悩んでいるのか、心ここにあらずといった雰囲気だったが、鈍感なルスは気が付いていない。そんな彼女の呑気な様子に少しだけスキアは呆れ顔をし、また思案するみたいに視線を遠くにやった。 ◇ 数分後。 目的地に到着したはいいが、扉には一枚の貼り紙があった。その紙には可愛らしい丸文字で『本日臨時休業』と大きく書かれている。情報を補足するみたいに小さな紙も追加で隅っこに貼られており、そちらの紙には几帳面そうな綺麗な字で『書類整理の為』とあった。「あちゃー……。今日はお休みかぁ」 「あぁ、そうか。それでここ数日は、急ぎの依頼しか掲示板に貼っていなかったんだな」 「え?そう、なの?」 ギルドへ休みなく通いはすれども積極的に依頼を受ける訳じゃなく、いつも受け身でしかなかった。だからルスはその事にすら気が付いていなかったみたいだ。「まぁ、アン……ルスは、依頼書の掲示板の方はほとんど見ていなかったもんなぁ」 途中で『アンタ』呼びから『ルス』と名前呼びに言い直しつつ、スキアは呆れ顔でそう言う。そして「あのな、ただ座って声を掛けられるのを待って、お茶ばかり飲んでたんじゃ、この先はもう仕事を貰えないと思うぞ」とルスに事実を突き付けた。
Last Updated: 2026-03-16
Chapter: 【第28話】キッチンにて③(スキア・談)(——可愛い、可愛い、可愛い!) ルスはこちらにお尻を突き出した状態で、言われた通りキッチンの洗い場の端に必死に掴まっている。すっかりとろんと蕩けて焦点の合っていないカシス色の瞳と、その目頭に溜まる涙。僕の指が口内を撫で回しているせいで閉じられずに唾液が口の端から垂れ落ちている口元に、何度も吐き出される熱い吐息と真っ赤な頬。 僕は、僕に裏切られて落胆と絶望に歪むルスの顔を見たいはずなのに、快楽で歪むこの顔を前にすると心が満たされてしまううえ、下っ腹がやたらと重くなる。その事実に不快感を覚える余裕も今は無く、ただただ『もっとこの顔を快楽で崩してやりたい』と思う気持ちで胸の中が一杯だ。「ココが好きなのかい?」 小さなルスの体では僕の指だけでも彼女の子宮口を指先で触れる事は容易い。しかも今は子宮が降りてきてまでいるから一層簡単に指先で執拗に攻める事が出来る。軽く最奥を擦るたんびにビクビクと体を震わせて、ルスが言葉にならない淫楽に染まる音を叫ぶ。 熱くてふかふかなナカからは次々に愛液が溢れ出てくるせいで僕の指はすっかりびしょ濡れなんだが、その事実で心が弾む。僕のちょっとした些細な動きだけでこの子をこんなにも乱れさせる事が出来ているんだと思うと、自然に口角が上がった。あぁ、だけど、ここまでやっては、昨夜まではトロ火で炙るみたいにルスの体を溶かし、『魔力を馴染ませる』という|体《てい》をどうにか保ってきたが、今回はそれさえも無理そうだ。(なら、もういっそ、その事に気が付けないくらいにさせてしまえばいいのか) 無自覚に何度も何度も絶頂まで達し、既にルスはもう息も絶え絶えの状態にある。この指は長さだけじゃなく太さもあるとはいえ、たかが指でコレでは、僕のモノを挿れてしまったらどうなるんだろうか?一瞬そんな事を考えたが、ごくっと生唾を呑み込んでしまった後で、イヤイヤと否定するみたいに軽く首を横に振った。(流石に、そこまでやったら何も言い訳が出来なくなる) 僕らは“夫婦”ではあっても愛情を持った間柄じゃないんだから、いき過ぎた行為は避け方がいいだろう。そうだ、そうに決まっている。憑依しているせいでルスからの影響が強い今の状態では、本来の僕では持ち合わせていなかったはずの情が湧いてしまいそうだしな。(……でも、もう少し、もう少しくらい、この体を味わってもバチは当たらな
Last Updated: 2026-03-11
Chapter: 【第27話】キッチンにて②(ルス・談) キッチンは料理をしたり洗い物をしたりする空間だ。それ以外の使い道なんてワタシは知らないのだが、どうやらスキアは違うらしい。彼の口から出てきた『キッチンプレイ』という単語を聞いて、最初はてっきりおままごとに使うキッチンセットとかの話をし始めたのかと思ったのだが、呆れた様な視線を向けられたので流石に間違っている事に何となく気が付いた。それと同時に着ていた服のエプロン以外の一切を瞬時に消されてしまったので、それは確信に変わった。 普段は垂れ目がちなのに妙に色っぽい雰囲気のある瞳が、今は据わっているような気がする。ぎゅっと容赦なく抱き締めてくる腕の力はやけに強くって骨から少し軋む様な音がしたが、彼に『ちょっと痛い』と伝える前に、スキアの大きな手がワタシのお尻をもにゅっと掴んできた。「んんんっ⁉︎」 スキアの手品で服が消えているせいで彼の手が直にワタシのお尻に触れてしまっている。恥ずかしさから体を少し捩ってみたのだが、全然彼の腕からは逃げられない。『夫婦らしい事』って、もしかして、い、いやらしい事でもする気なんだろうか?(だけど、こ、こんな、場所で?) で、でも確か、特殊性癖を持つヒト達はベッド以外の場所ででも、そういった行為をする場合があるという。まさか、スキアはそういう類のヒトなんだろうか?だから此処でワタシをこんな格好にしたのだとしたら、この先の行為は火を見るよりも明らかだ。「ね、ねぇ、スキア」 「——ん?」 心ここにあらずといった声が返ってくる。本当にこのままこんな場所で不埒な事をされてしまうのかもと思った時、脳裏に夜の行為が蘇った。毎夜の様に下着の中に手を入れられ、ゴツゴツとした男性らしい指が体のナカを容赦無く弄ってくるあの感覚を思い出してしまい、それが勝手に体中を駆け抜ける。彼はただ、契約印が体内にあるので仕方なくワタシのナカに触れてきているだけなのに、触れられる度に可笑しな反応をしてしまっている自分の姿を客観的に捉えてしまい、今更すごく恥ずかしくなってきた。 彼の背に腕を回して服をぎゅっと強く掴む。お尻を揉んだり、撫でたりされているせいで、このままではまた変な声が出てしまいそうだ。昨夜だけじゃなく、その前も、更に前も。執拗にナカを弄られ、我慢が出来ずにアホな声や熱い吐息が口からこぼれ出てしまった。ただ彼は魔力を馴染ませているだけなのに、スキ
Last Updated: 2026-03-09
Chapter: 【第26話】キッチンにて①(スキア・談) ヤタからの報告によると、ユキとはもう子作りに励んでいるらしい。二羽とも鳥だし、春は丁度繁殖時期でもあるから、番=交尾というのは自然な流れなのだろう。ただ、純真そうなユキの同意をちゃんと得ているとは思えないので、上手い事言って丸め込み、追い込んだに違いないが。(……羨ましい) そんな事を一瞬考えて、すぐにぶんぶんと頭を横に振る。そしてすぐに、善人の塊である“ルス”という名の猛毒の回りの早さを実感して背筋に寒気が走った。さっきは間抜けな笑顔を見て『可愛い』だなんて思ったし、ヤタ達の番っぷりを『羨ましい』と感じてしまうこの感情が煩わしくて仕方がない。 予想よりも、侵食が早い。 だけど、だからって今すぐ逃げるのは、正直悔しい。この肉体も、フェイスタイプが色気ダダ漏れなオッサンであるという点を除けば結構気に入っているので、起きてもいない事を先読みし、勝手に不安になって手放すには勿体ないという気持ちの方が強かった。今までの緩い遊びじゃなく、難易度の高い対象であるからこそ、ルスを選んで取り憑いたのだから、今更逃げてたまるか。(何とかギリギリまでとどまって、絶対先に、僕がルスを攻略してやる) じゃあ、その為には何をしたらいいんだ?さぁ、どうする。 真剣に今後の対策を考えても、食器を洗い終え、片付けも完了したルスの能天気な顔を見ていると、すぐにどうでもよくなってきてしまうのも非常にマズイ気がするが、彼女が傍に居ると気が散って仕方ないから、今はその不安からそっと目を背けておくことにした。 「ユキ達の番祝いは何をしてあげようか」 キッチンの作業台や洗い場をタオルで拭きながらルスが唸っている。全然何も案が浮かばないのは、一度もそういった経験が無いせいだろう。「プレゼントを用意して、果物と一緒に贈るとかでいいんじゃないか?相手は鳥な訳だし、パーティーだなんだと豪華にやっても騒がしいだけで嬉しくはないだろ」 「そっか。そうだね、そうしよう」 両の手をぐっと握って、ルスは二、三度うんうんと頷いた。すごく嬉しそうに口角が上がっている。誰でも思い浮かぶような簡単な提案だったのに、あの程度で本当に喜んでくれるのかと思うと、チョロ過ぎて不安になってくる。 ルスの背後から抱きつき、彼女の頭の上に顎を軽く乗せた。ぴんっと伸びた獣耳が両頬に当たって少しくすぐったい。「なぁ、良案
Last Updated: 2026-03-05
Chapter: 【番外編②】第3話 嫉妬心の具現化(桜塚イレイラ・談)『ねぇ、君は誰の奥さん?』 胸がキュッと苦しくて、短い呼吸を繰り返してしまう。『カ、カイルの……奥さんですっ』『そうだよね?——なのに君は、僕の目の前で堂々と何をしたの?』 カイルの声が明らかに怒りで満ち、嫉妬心を前面に晒す。『サビィルはあれでも、妻も子もいる一家の長だ。そんな相手とイチャイチャするって、もう完全に不倫じゃない?』 新情報に一瞬我に返り、『白梟一家とか、絶対に会いたい!』と心の中だけで叫ぶ。…… でもすぐに、私の首に彼が付けた物をくっと引っ張られた事で、私はカイルのおこなう行為へと意識を引き戻された。『ふ、不倫だなんて、そんな…… 』 白梟と戯れただけで不倫扱いとか、意味がわからない。『まだそんな事を言うの?だからこんな物を僕に着けさせられたって分かってる?』 カイルの言う“こんな物”とは、私の首に彼が着けた“首輪”の事だ。 革製かと思われるソレは、カイルが私に、怒り任せにベッドへと引き込んだ途端に魔法を使って着けられた物だった—— ◇ ◇ 私と白梟のサビィルは、初めましてな再会を本日果たした。 あの後も、暫くの間脇目も振らずにサビィルと二人で戯れあっていたら、カイルが段々と黒い目を羊の様な瞳へと変化させていった。どうやらこれは、カイルが我を忘れる程の心理状態になると起きる変化みたいだ。 そうなった彼は行動が極端になり、全てを私にぶつけてくる。だが暴力的なものでは無い。今までのものは全て性的に、なのだが……。それが救いなのか、困った事なのかは微妙な所だ。 周囲の状況も何もかも無視し、カイルはサビィルに仕事へ戻る様命じると、即座に私を二人の寝室に引き込んだ。ハクとウィルを招いての夕食予定など、もうきっと覚えていないと思う。 横抱きにされていた私の体を投げる様にベッドに下ろし、彼も上がってきた。「何をしたのか、わかってる?——ねぇ」 カイルにキッと睨まれ、私は慌てた。怒らせる程の事では無いと思っていた。不機嫌そうな顔には気が付いていたが、『不貞腐れているな』程度にしか考えていなかったのだ。 困惑し、ベッドの上で上半身を起こしてカイルを見上げる。するとカイルは私の首を、片手で締めるみたいな仕草をしてきゅっと包んだ。「イレイラ、いいかい?君は僕の妻だ。サビィルの妻じゃ無い。君はそれがわかっていない。わか
Last Updated: 2026-03-27
Chapter: 【番外編②】第2話 嫉妬心の具現化(桜塚イレイラ・談) 到着の知らせを受けて、セナさんの案内で応接室へと移動する。 このまま式の日まで神子の二人は宿泊するらしく、夕食の席にも招待するそうだ。神子達は基本的に食事は必要ないので、私に付き合ってもらう感じだろうか。それなら申し訳ないなと思う。 セナさんの開けてくれた扉からカイルと私の二人で室内に入り、一礼する。きちんと自己紹介の挨拶をしようとしたら「——堅苦しい挨拶はいらない」と先に遮られた。この声はきっとウィルさんだと思う。「お久しぶりですね、随分と大きくなって」 オオカミのような耳をピンッと立て、灰色の髪の男性が穏やかな笑顔で挨拶をしてくれた。ストレートの髪が腰までと長く、緩く後ろで束ねている。カイルと同じような司祭服に身を包み、親戚の子供でも見るような眼差しを私へ向ける。多分、この方がハクさんだろう。「『大きく』どころの話じゃないだろ。前と全然違うじゃねぇか。——でもまぁ、黒い瞳と小柄な可愛らしさは変わんねぇな」 ハクの言葉を否定しつつも、ウィルさんがちょっと褒めてくれた。 彼の頭から、ライオンのような丸みのある耳が、たてがみを連想させる金色の髪からのぞいていてちょっと可愛いなと思う。その愛らしい耳に似合わぬ巨体を前にかがめ、ウィルさんが私の頭を無造作に撫でてきた。筋肉の凄さが司祭服を着ていようが溢れ出していて、純粋にすごいなと感じる。でも威圧感がないのは、人懐っこい笑顔を向けてくれているおかげだろう。 ハクさんとウィルさんの二人を交互に盗み見る。この二人が婚姻関係にあると以前カイルからチラッと聞いていたので不思議な気分だ。(どっちが……どっちなんだろうか) 読書好きの延長でBLも嗜んでいたので正直気になる。個人的にはハクさん攻めを推したい!ガタイがいいウィルさんが、細マッチョ系のハクさんに押し倒されるのは、なかなかに——「ウィル、僕のイレイラに触るな」 カイルが唸るような低い声をあげ、私は腐海から引き戻された。危なかった、色々と脳内が暴走する寸前だったぞ。 腐海真っしぐらでウキウキしだしそうだった私とは違い、背後に立つカイルが、私とウィルさんに対して嫉妬心丸出しなのが振り返らなくてもわかった。(心配せずとも、彼はハクさんのモノでしょうに……)「おぉ!久しぶりだな、イレイラ。随分大きくなって驚いたぞ。まるで人間みたいだが、何かあったのか
Last Updated: 2026-03-23
Chapter: 【番外編②】第1話 嫉妬心の具現化(桜塚イレイラ・談) カイルと想いを通じ合わせてから、少しの時が流れた。 数々の来訪者達との面会や、快気祝いをネタにした過剰なまでのお祭り騒ぎもようやく落ち着き、神殿の人達は皆、私とカイルの結婚式の準備に日々邁進している。 神殿内での婚姻の儀式に始まり、街中を馬車で巡るパレード。王宮のホールを借りての披露宴を兼ねた夜会などもあると言われた時は目眩がした。(前世は猫な上、今はただの学生だった自分が、何故そこまでさせられるの⁈) ——としか、どうしても思えないのだ。 それらの準備は全て王宮の偉い人や神官などがやるそうなので、私達はお飾りとしてそこに居ればいいだけっぽい。 ホント、『ただ色々な事を理由にしてイベントを開催したいだけなんだな、この世界の人達は』と深く思った。 ◇ ◇ もうあと三日程度で、いよいよ結婚式を執り行うかという時期まできたある日の事。 参列者として早めにやって来た訪問者に、これから会う予定になった。 相手は前回の、騙されたに近いと今の私は思っている“魂の婚姻”の儀式時にも参列していた、神子のウィルとハクの二人だ。 伝達係としてこの神殿で働いているサビィルという者も一緒だと、セナが言っていた。 サビィルは仕事で各地を飛び回り、そのせいでタイミングが合わず、今まで私と会えずにいたので、『いい加減に会わせろ』と騒がれ、急遽参加することになったらしい。 ほぼ知らない二人と、全然知らない一人に会わねばならず、人見知りが発動してとても緊張してしまう。 カイルも一緒だとは聞いているが、一体何を話せばいいのやら。 『快気祝いで来た』みたいな理由なら、それに合った話をして誤魔化せる。でもただ『会おう』とだけ言われるのは、正直ちょっと困った。「タイミング的に、『結婚式おめでとう』『ありがとう』みたいな感じでいいんですか?」 ここ最近着ている事の増えた司祭服を、ダルそうな顔で着こなしているカイルに訊く。「それでいいと思うよ。いっそ、彼等が好き勝手に話すのをただジッと耐えて、聞いているだけでも話は進むから、放置していてもいいんじゃないかな。んで、コッソリ二人で退出して、べッ——」「それは失礼ですよ」と、私はカイルの言葉をぶった切った。 絶対にまた、『ベッドに戻って続きをしよう』と言う気だとわかったからだ。 今日だって起きてすぐに散々抱かれ
Last Updated: 2026-03-17
Chapter: 【番外編①】第3話 来訪者・ライジャ 嵐が去った後の様子を伺うような気分でイレイラは玄関ホールの扉を見つめている。あの兄妹とはもう二度と関わりたくないと思いながら。『面倒くさい。言葉が通じない』とカイルが渋っていた理由が、心底理解出来た。「さぁ、部屋に戻ろうか」 カイルはイレイラの後ろから抱きつき、長い黒髪をそっと手でよけ、首元に軽くキスをした。ツッと同じ場所を舐め上げ、耳を軽く指先で撫でる。「ねぇ……?」 熱い吐息の混じる声で囁き、イレイラの心を誘惑する。ゾクッと体の奥が歓喜で震えるのを彼女は感じたが、必死に淫靡な誘惑を追い払った。「ダメですよ!これからギッシリ予定が入っていると、セナさんが言っていましたからね。——ささ、早く戻って、次の予定をこなしましょう?」「一時間だけでも……ダメ?」「ダメです!」 イレイラは即座に断った。それで済む筈がないと安易に想像出来たからだ。「んー……じゃあせめて、これだけは許してくれる?」 そう言い、カイルはイレイラをひょいっと横抱きにして持ち上げた。妻に触れられる喜びを伝える様に、微笑みを浮かべた顔をイレイラに向ける。「こうすれば、イレイラに触れていられるよね」 このままベッドに運び兼ねない熱い眼差しで囁かれ、イレイラは少し不安になった。が、体格差がすごい彼を相手にしては抵抗など無意味だと知っていたので、ヒヤヒヤしながらも胸の中に収まったままでいる事を選択せざるを得ない。「ドレス姿では運び難いですよね?歩けますから、おろ—— 」 チュッと唇にキスをし、カイルがイレイラの言葉を奪う。「いつもよりは運び難いけど、ドレスって脱がす楽しみは大きいよね。時間をかけて……ゆっくりと……ね?」 爽やかな笑顔と言葉が全然一致していない。(あかん。これ、暴走寸前なんじゃ?) イレイラはそう思い、慌てて話を逸らす事にした。カイルをすぐにでも性欲から引き離さないと、セナ達に迷惑を掛けてしまうからだ。「——そうだ!えっと、あの、召喚魔法って結構簡単に出来るんですね!『あ、何だ、こんな簡単に元の世界に戻れるのか』って思いました」「さっきのあれは移送魔法だよ。それに全然簡単じゃない。君の事は帰さないんだから、そんなの気にする必要なんてないよね?」 カイルの発した言葉の語尾が怒気を孕んでいる。(……そうだ、彼は一度も『帰れない』とは言っていなかった)
Last Updated: 2026-03-12
Chapter: 【番外編①】第2話 来訪者・ライジャ「——は!よくまぁ二人してぬけぬけと、僕に顔を晒せたもんだな!」 カイル達の顔を見るなり、ライジャの第一声がこれだった。 派手好きな中世貴族の様に豪奢な衣装を身に纏い、緩くカールされた深紫色の長髪を優雅に揺らしながらライジャがカイルを指差し、大声で叫んだ。蛇の様な瞳はつり上がり、怒りに燃えている。「会いに来たのは、ライジャの方だろ」 当然のツッコミを、カイルは呆れながら返した。「そうだったな!」(あれ?案外素直な子なのかな?) 偉そうな態度でアッサリ認めたライジャに対し、イレイラは少し首を傾げて思った。「まぁいい。——そんな事よりも、一体これはどういうことなんだ⁈お前は何故そんな者と結婚した!前の体が死んだと思ったら、即また生まれ変わりを呼び戻してイチャイチャしやがって!お前はライサにあんな事をしたくせに!どうしてあの子を受け入れなかったんだ!」 肩を震わせ、憎々しげな顔をライジャは前面に晒す。「お前……ずっと『ライサの気持ちに応えたら殺す』って連呼していたのに、何を言ってるんだ?それに、そもそも僕は最初からライサを何とも思ってない。受け入れる訳が無いよね?」 息を吐き、カイルは面倒くさいと思いながらも返事をする。無視する方が、より面倒な事態になるだろうと予測しての返答だ。「当然だ!あんなに可愛くて美しくて可憐な妹が、お前に釣り合うものかっ。でも、そんなあの子を拒否するのは、もっと許せない!」(あ、間違いなくこの神子、ライサのお兄さんや) 矛盾し過ぎな言葉でイレイラは納得した。こんなんじゃカイルが会うのを渋っていたのも当然だと、額に手を当てながら思う。「あの子は、お前を愛していたんだぞ?毎日神殿まで訪れては顔を覗き見し、ありとあらゆる贈り物を捧げ、手紙を送り続け、日記だって欠かさず何時間も書いていた!あんなに毎日生き生きとしていたのに……今のライサといったら、もう……」(え、待って。それってストーカーじゃない?) くっと泣きそうな声を零し、ライジャが俯く。カイルは心底、『このくだらない話はいつまで続くのか』と言いたげな顔のまま黙っている。「それなのに、それなのになぁ!最近のライサといったら、刺繍を始めたり乗馬をしたり、貴族達の茶会にまで参加するようになったんだ……」「それは、大変だな。大丈夫なのか?」(いや、待って。カイルのそ
Last Updated: 2026-03-10
Chapter: 【番外編①】第1話 来訪者・ライジャ 一週間の休暇……という名の監禁生活が終わった翌日。 第一の来訪者として、神子のライジャが来たとの知らせをカイルは受けた。深紫の髪と瞳を持ち、蛇のような眼と舌をした神子・ライサの双子の兄だ。 正直カイルはライジャに会いたくはなかった。昔から得意な相手ではないし、仲が良かった時期もない。彼の妹・ライサとは過去に一悶着あったから、余計に。 それでも正式に来訪者として来た者を追い返すことも出来ず、カイルは深いため息をついた。「面倒くさい……。会いたくない。好きじゃないんだ、話が通じないし」 廊下を歩きながらカイルがひたすら文句を垂れる。それを、水色の質素なドレスに身を包んだイレイラが、隣に付き添い宥めた。「そう言わずに。快気祝いとして来てくれたんでしょう?」「絶対に違う。『快気祝いだ』と言えば、追い返せないからってだけだよ。何を言われる事か……」 カイルは不快感を隠す事なくぼやき、前髪を搔き上げる。ライジャの待つ玄関ホールはもう目前だが、彼の足取りは今尚重かった。「そもそも、あそこに君を連れて行きたくはないんだ。なのにイレイラにも会いたいだなんて。謁見の間ででも待っていてくれたらいいのに」 覗き見たカイルの端正な顔には、眉間にシワがよっている。本当に嫌そうな顔だ。それを見てイレイラが苦笑する。カイルの反応は仕方がない事なのだが、心配し過ぎだとイレイラは思った。「私はもう平気ですよ。それに、すぐ帰るから玄関ホールで待つと言っていたそうだし、渡りに船なんじゃ?」「まぁ……そうなんだけど。……キツイと思ったら言ってね?すぐに誰かに迎えに来させるから」 今から少し前。 イレイラは玄関ホールで倒れ、昏睡状態になった。その事で酷く動揺したカイルが、のちに目覚めたイレイラと交代するように寝込むという流れがあった為、カイルが過剰に心配してしまうのは仕方のないことかとイレイラも思う。でも、いつまでも引き摺られては玄関ホールに入れない生活を送る事になるので、それはそれでちょっと変だろう。なのでイレイラは、なんとかカイルの機嫌を持ち直させる事が出来ないかと考えた。「何かあっても、カイルが守ってくれるでしょう?」 少し体を前に倒し、イレイラがカイルの顔を下から覗き見る。笑顔を浮かべて問うた姿に、カイルは当然破顔した。プルプル震え、高揚していく様が有り有りとわかる。
Last Updated: 2026-03-06