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第4話

作者: ピリ辛かも
「お願いします」という一言が、黎月に残された最後の尊厳まで粉々に打ち砕いた。

治正の瞳が揺れた。この数年、どれほど徹底的に復讐しても、黎月が彼に屈したことは一度もなかった。

地獄のような高校3年生の頃、男子生徒たちに腕を踏みつけられ、骨折した時も、黎月は泣かなかった。

大学入試で全国トップクラスの成績を収め、喜びに胸を膨らませて受け取った難関大学の合格通知を、治正に目の前で破り捨てられた時も、涙を見せなかった。

治正にまともな仕事をことごとく潰され、物乞いや路上で歌うことを強いられても、決して屈しなかった。

刑務所へ送られた時でさえ、口にしたのは「妹だけは見逃して。私が罪を償うから」という一言だけだった。

その黎月が今、治正の足元にひざまずいている。骨ばった手で機嫌を取るようにズボンの裾を掴むその姿は、卑屈どころか、彼の目にはひどく浅ましく映った。

本来なら、治正はたまらなく愉快な気分になるはずだった。

ところが胸に湧いたのは、理由の分からない怒りだった。何度か呼吸を整え、ようやく口元だけに冷たい笑みを作った。

「黎月、人にものを頼むなら、そんなやり方じゃ駄目だろう」

治正は黎月の顎を持ち上げた。

「俺を満足させてみろ。

お前みたいな女にも、まだ捨てきれないプライドがあるのか見せてもらおう」

治正は、黎月が演技をしていると決めつけていた。かつて治正が彼女に甘かったことを利用し、哀れな姿を装って同情を引こうとしているのだと。

だが床に膝をついていた黎月は、突然服を脱ぎ捨て、治正の膝の上にまたがった。

唇にそっと口づけられて初めて、治正は黎月が何をしようとしているのか悟った。

こうしたことに慣れていない黎月の動きはぎこちなく、それがかえって痛々しかった。

治正は思わずその唇に応えそうになった。だが、彼女への憎悪がすぐに彼を正気へ引き戻した。

次の瞬間、治正は黎月の顎を乱暴に掴んだ。骨がきしむほどの痛みが走る。

黎月は感情の消えた目で見つめ返した。「御影さん、私のやり方のどこがいけなかったでしょうか?」

――気に入らない。その態度の何もかもが!

治正は冷たく笑った。

「性悪なだけじゃなく、骨の髄まで卑しい女だったとはな!

お前が母さんを階段から突き落とした時、俺が何をしていたか知ってるか?手術台の上で、お前を助けた時に煙で傷めた喉の手術を受けていたんだ!あの時、喉がどれほど痛かったか分かるか?お前を問い詰めたくても、声すら出せないほどだったんだぞ!

黎月、俺の何がそんなに悪かった?母さんを殺そうとするほど、俺が憎かったのか?」

あの時、手術室へ運ばれる直前まで、治正は黎月に「心配するな」と慰めていた。

麻酔から覚めて、医師から無事に手術が成功したと聞いた瞬間も、自分の喉が治ることより、これで黎月の罪悪感を少しでも軽くしてやれると喜んでいたのだ。

だが、完全に意識を取り戻した治正を待っていたのは、あまりにも残酷な知らせだった……

母は重体となり、愛する女には裏切られた。

目の前が真っ暗になるほどの絶望だった。

治正はどうしても信じたくなかった。だが監視カメラには動かぬ証拠が残されており、信じるしかなかった。

……

黎月は目を伏せ、黙って胃の痛みに耐えていた。

治正が怒鳴り終えると、黎月は再びおそるおそる治正に口づけた。

「御影さん、これで満足していただけたら、就労証明書の件、忘れないでください」

――治正、苦しかったのはあなただけじゃないよ。

今度は治正が黎月を押し倒し、ソファに組み伏せた。

罰を与えるかのような荒々しいキスが、黎月の頬や唇に容赦なく降り注いだ。

たちまち呼吸が苦しくなり、黎月は行き場のない手で治正の背中を強く掻きむしった。

窒息しそうになった頃、治正はようやくわずかな息継ぎを許した。「どうした?さっきまであんなに誘ってきたくせに。就労証明書が欲しいなら、もっとその気にさせてみろ!」

そう言うと、再び黎月の唇を塞いだ。

黎月の頬が羞恥で真っ赤に染まった。

――さっきの私はどうかしていた。治正にあんなことをするなんて!

「動くな!」治正が低く唸った。

黎月は激しくもがき、その拍子に治正のシャツを破いてしまった。

指先が彼の背中に残るひどく引きつれた傷痕に触れた瞬間、黎月の全身からふっと力が抜けた。

手のひらほどもあるその火傷の痕は、高校時代の用具室の火事から黎月を救い出した時、治正が彼女をかばって負ったものだった。命を奪いかねないほどの一撃を、黎月の代わりに受けた痕だ。

黎月は抵抗をやめた。

胸の奥に、苦い思いが込み上げた。

――治正、あなたは私にこんなに残酷なことをするのに、私にはあなたを憎む資格すらないんだ。

黎月の涙に気づき、治正は動きを止めた。

治正は、自分の下で身を縮め、声もなく涙を流す黎月を見つめた。ふと手を伸ばし、その苛立たしい涙を拭ってやりそうになった。

その時、バンッとドアが勢いよく開いた。

入り口には、目を見開いて立ち尽くす芽衣の姿があった。「治正……なにを……」

彼女はそう叫ぶと、泣きながら走り去った。

「芽衣!」

治正は弾かれたように立ち上がり、追いかけようとした。だが、黎月がその服の裾をきつく掴んだ。「御影さん、私の就労証明書は……?」

治正は振り返り、その長い睫毛の奥から、底知れぬ憎しみのこもった目を向けた。「お前が芽衣より優先されるとでも思ってるのか?」

黎月の手を乱暴に振り払い、氷のような一言を突き刺した。「ここに残れ。芽衣の憂さ晴らしの道具にしてやる」

黎月は苦笑し、安物の鎮痛剤を2錠取り出した。

口元ににじんだ血を飲み込む。

――憂さ晴らしの道具、か。

――ええ、分かりました。

薬さえ飲めば、きっと耐えられるよね……?

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