「部屋、狭くない ? 」
「全然。快適」
恵也がドアを開けるとシャドウが部屋の中からぴょーんと霧香の胸へ飛び込んできた。
「シャドウ君〜ここに居たの〜 ? 」
ふわふわの毛に頬を寄せる。
動物と美少女が撮れた所で、恵也……渾身の演劇 !
「俺の部屋にいるの珍しい !
なぁ、俺にも撫でさせてぇ」「いいよ。はい」
ハゥーーーーーーッ !!!!
「よっこいしょ……イデーーー !!!!! 」
シャーーーッ !! バリバリ !!
「「ぎゃははは」」
ヤラセとはいえ、シャドウも派手にやったものである。
鼻のてっぺんとTシャツに三本線を付けた恵也が悶絶。「痛〜」
「はぁ〜ウケる。
あ、んでこれが炎上の写真ね ? 」「ん痛ぇ〜そうそう。俺ここに猫の写真あるの知らなかったんだよ」
「サイもケイも加入して、その日のうちに同居だもんね。
ってか、え、大丈夫 ? 流血やばいんだけど」実はカメラはだいぶ前から下を向いている。
「ちょっと映せないかな。YouTube 血液NGなんだよ」
「まじで !? ティッシュティッシュ」
焦る恵也だが、指で血を拭ってから気付く。通常より止血が早い。契約者ならではの身体の変化だった。特に護衛役の第五契約者は余計に頑丈に変態する。
「大丈夫 ? プププ」
「大丈夫……ではねぇよ。全然懐かねぇのアイツ」
「触り過ぎるんじゃないの ? 」
「もう〜痛ェなぁ。
じゃあ、俺の案、箱に入れるな。それ ! よし ! 気を取り直して次はスタジオかな」恵也の部屋の向かい側がスタジオ。
スタジオを映し、設備や機材の話を終え二階に上がる。
霧香が途端緊張してきたのが彩には分かった。
この急激な感情の変化に気付くのが第一契約者の特色四人を乗せたタクシーは、海沿いにあるオフィス街の大きなビルディング……に挟まれた細長い小さなビルの前で止まる。「着いたわ。アイテール株式会社さんよ」 この名前に反応したのは恵也だった。「アイテール !? ゲームの ?! 」「そう。大手ゲーム会社の子会社だけど、ソーシャルゲームの四割を担当してる会社なの」 ドンピシャ。 サブカル系ファンの多いモノクロにとってはゲーム関係は是非とも欲しい仕事である。「ここは……咲さんの知り合いとかがいるんですか ? 」「知り合いもいるし、何度か人を紹介もしてるわ……今回は営業も兼ねてまずはお話よ」「営業……呼ばれてはいないけど、売り込みをかける……って事ですか」「まぁ、全くの0からの売り込みじゃないから安心して」 三人は咲に言われるままフロントへ入る。 フロント嬢と咲は顔見知りのようだ。そしてフロントから誰かへ内線を繋げて話している最中、二人の男がエレベーターから姿を現した。 蓮とハランの二人だった。「お前ら何してんの ? 」「霧ちゃん、迎えに来てくれたの ? 」「え !? なんで二人がここにいるの !? 」 驚く霧香をハランは勝手にエレベーターに連れていく。「じゃあ、行こうか」「どこに ? ハラン何してるの ? 」 フロントで騒ぐモノクロの元へ今度は通常階段を猛ダッシュで降りてくる一人の男。「オメーら !! 会議するって言ってるだろ、脱走すんなよ !! 」 千歳である。「もしかしてAngel blessのお仕事中 ? 」「そう。でも、どうせモノクロームスカイにも声がかかるとこだったし、担当も一緒だし、一緒に行こ」 既にAngel blessが会議していた場にモノクロも行くことになる。Angel bless
彩と再び待ち合わせ。 先程と同じカフェである。 着替えを済ませて先に到着していた彩に恵也が話し込む。「そんでさ〜キリの服見た時、モリリン固まっててさぁ〜」「そうか……」 最初こそ汗だくだった彩だが、少し仕事モードに切り替わって来たようだ。更には道すがら、霧香とミミにゃんのツーショットがネットに上がると、すぐに咲の用意した差し金だと気付いた。 人脈があるのだろう。借りを作れるぐらいに。有名モデルがたまたま同日、会議だったとしてもスケジュールを前倒しで来いと指図出来るとは……藤白 咲と言う人間はかなりヤリ手なんだろうと把握する。 故に『これから会わせたい人』とはどんな人間なのか興味深くもあった。「既製品を着てくる人は多いだろうけど、完全に改造しまくった形だからね〜。 お姉さん、元のワンピースの写真見てビックリしちゃった ! 」「跡形も無いっすもんね」「それで兎子の清水って人は…… ? 機嫌を損ねましたか ? 」「諦めきれない感じかな ? 本当は「もういいか」って空気が出てたけど、ミミにゃんが来て仲良くしてたから気が変わった……みたいな。 焦りが出たんじゃない ? あの子人気だし、大事な広告塔だからね。私生活で仲のいい有名人同士は話題になるし、霧香さんの外見なら彼女が褒めても遜色が無いものね。 しかも……その彼女まで兎子との契約を悩んでるって、すぐそばで話されちゃって……」「あのブランド、評価低いんすね。趣味があれだから……客が少ないのかと思ってたわ俺」「ロリータ系ショップで本当に人気なブランドはもっと賑わってるわよ。 さぁ ! お姉さん、紹介したい人がいるの。行きましょ。 タクシー♪タクシー♪」「お姉さん ! 前見て ! 」 ベチョ !「はぅ !! 」
「うわぁ !! お話中、すみません !! もしかしてモノクロのキリさんですか ? そうですよね ? フォロワーのミミにゃんです ! 」 名前の通り、猫耳姿がトレードマークのこの少女は霧香より更に年下の中学二年。なかなかの美少女である。「あ……ミミにゃんさん !? 初めまして ! キリです ! 」「ヤダー ! 現実世界でお会い出来るとは思ってませんでした ! 」「わたしも、まさかここで会えるなんて ! 嬉しいです ! 」 彩と出会った日、霧香がインスタに上げた一番最初のロリータ写真を見て、最初にフォローしてきた有名モデルである。 読者モデルながら天性の明るさとウォーキングの実力は瞬く間に爆破的人気を集め、今やバラエティにも引っ張りダコ。 それがこの女子中学生にミミにゃんだ。「今日は商談ですか ? 清水さんと ? 」「あ……うん。まあ、マネージャーがお話を聞いたみたいで」 何とも言えない。 まさか今の今、その商談を蹴ろうとしている瞬間とは。 だが次の一言が決定打となる。「そんな事より ! そのワンピース、新色ですか ? 超可愛いです ! モノクロさんのイメージにピッタリですね !! それ、わたしも欲しいなぁ〜。 清水さん、キリさんと写真撮ってもいいですか ? インスタに載せます ! 」「え……。 あ、ああ。もちろんいいよ〜 ! 歓迎だよ〜」「やった〜 ! キリさん、ここの観葉植物の所にしましょうよ ! 」 この時の悪魔のような微笑みを、実の悪魔の霧香も見逃さない。ついでにデリカシー0な癖に、変に勘がいい恵也も見逃さない。「うふふー。可愛い女の子が二人 ! いいわね〜。最高 ! お姉さんが撮ってあげる ! 」 咲が席を立つ。 清水が
「なるほど……なるほどね」 先に彩の考えを咲に話しておくことにした。 咲は立ち止まると、霧香の全身を見る。「一応ね。お姉さんプロだから。みんなの曲は全部聴いてきたのよ。動画も。 リーダーの意向は霧香さんも恵也さんも同意って事なのね ? 」「はい。サイもこんな事になるなら、最初から清水さんって人と会う予定を受けない方が良かったかもって悩んでました」 不安そうにする霧香に、咲は力コブを作るポーズを決める。「よし ! お姉さんに任せて ! 霧香さん、今の服。写真に撮ってもいい ? 」「えと……大丈夫だと思いますけど……」 咲は持っていたタンブラーを霧香に持たせ、カフェの店先で写真を撮る。 大人雰囲気のテラス背景と、甘い服装の霧香はミスマッチな様で妙に引き立つ。 それを恵也のスマホに送り、恵也からの発信で「仕事中の一息」としてSNS にあげる。そしてその写真の違うポーズの物も霧香が自分のインスタにあげた。 その間、咲は誰かにメッセージを送っていた。「どうするんですか ? 」「ふふ。重い石があったら、お姉さんは迷わず重機を使うの ! 便利で強くて、手っ取り早いなら使うべきだと思うんだ ! さぁ行こう」 □□□ 兎子アパレル公司のフロントに行くと、すぐ側のラウンジから一人の男が近付いてきた。 背が高い狐顔の男で、なんとも掴み所の無さそうな印象だ。「清水 森人です。お待ちしておりましたぁ〜」「初めまして、モノクロームスカイの水野 霧香です。リーダーのサイは本日体調不良でして、わたしたちが代理となります。よろしくお願いいたします」「ドラム担当の稲野 恵也です。よろしくお願いいたします」 清水は目を細めると霧香と恵也を見下ろす。「よろしく〜。若いのにしっかりしてていいね」 そして、本来いないはず
兎子アパレル公司 本社ビル付近。 三人は咲とカフェで待ち合わせをした。「あ〜いい天気。海行きてぇなぁ」 恵也は客が少ないのをいいことにダラリともたれて、空を見上げ、だらしなく口を開けている。「ほんと。オープンカフェって初めて来たけど気持ちいいね」「へぇ。初めてかぁ。女の子ってこーゆー店好きなのかと思ってたわ」「まぁた女の子で括られた ! ケイそれ良くないよ」「ゴメンて。って言うかよぉ………………サイ大丈夫 ? 」 二人が彩をチラ見する。 汗ダク。 白いシャツの背中が既に変色。 気温は20度前後だ。 暑いわけでもないだろう。「咲さんって、樹里さんの知り合いなんだろ ? だったらおばさんなんじゃないの ? 」「サイの女性の認識範囲、九十代でも女性だよ。アウト 」「マジかよ ! 」「…………」「おーい。……ダメだこりゃ。喋りもしねぇ」 二人の間に不安が押し寄せる。 これは彩はいないものとして考えないといけないかもしれないと。なんなら喋らないなら、いない方が余程自然とまでありうる。 その時、カッカッと鳴るヒールの音が近付いて来た。「お待たせ〜 ! モノクロームスカイのゲソ組ね ? かぁわいい ! 」「あ、はい。初めまして水野 霧香です、ベースとチェロ担当です ! 」「知ってるよ〜KIRIちゃん」 スレンダーで二十代後半程の女性だ。 全身白いスーツにアイボリーのパンプス。 ローポニーを三つ編みに纏めた髪が清潔感のある印象だ。「ここデザート美味しいよねぇ。昼過ぎで店の中は混んできたわー。お姉さんもなにか飲み物頼んでからと思ってさ〜」 そう言い、サイの横の空いた椅子に向かうが、軽快な音を
「で、今日はアパレルの人と会うんだっけ ? 彩が行くの ? 相手男性 ? 女性だったらどうするの ? 」 ハランが不安そうに聞いてくる。「一応、電話してきた奴は男らしいんだけど、サイとキリと俺が行くことになった。 でもあいつ、ノり気じゃないんだよね」 初めは見目を考えて霧香と蓮を考えた彩であったが、クール系の蓮にトーク力は期待しなかったのである。 そして、相手がリアルクローズ──所謂、普通使いの洋服を推して来る話が本当ならば、バンド内で一番耽美と程遠い恵也を連れていこうという試しでもあった。「そういえば樹里さんはなんて言ってたの ? 」「何も知らないらしい上に、六十万のシーリングライトの話された」 蓮の怪しい話に全員食いつく !「何それ詳しく」「ははは、誰が買うんだよ」「怖っ ! 聞きたい ! 」「実は、そのシーリングライトは……」 シャドウは食洗機のスイッチを押すと、猫型に戻り欠伸をしながら窓際で寝転ぶ。 人間は何故、くだらない物体を買わされたりするのかと呆れ返って寝た。 □□□□□□□ 樹里の事である。抜かり無く彩に直接意向を聞き、人材を派遣してくれた。「じゃあ、樹里さんの知り合いが同行するの ? 」 彩の部屋へ今日の一日の服を取りに来た霧香と恵也は、同時にスケジュールを確認していた。 清水 森人と会う前に、別な人間に会うと彩が言うのだ。「そう。名前は藤白 咲さん。職業はインフルエンサーマーケティング会社の代表。樹里さんの紹介。あの人本当に顔広いよな。 俺としてはこっちが本命」 インフルエンサーマーケティング会社は、インフルエンサーを探してる企業とインフルエンサーになりたい人間をマッチングさせる仲介業者である。 更に藤白 咲と言えばボカロPや歌い手界隈のマッチングから始めたベテランで、ミュージシャンとしてはこれ以上ない適役である。「清水 森人とは通話でのやり取りを