All Chapters of 植物人間の社長がパパになった: Chapter 1111 - Chapter 1113

1113 Chapters

第1111話

桃は奥歯を噛みしめ、無言のままお椀を握りしめると、スプーンを手に取って、ゆっくり一口ずつ口に運んでいた。お粥はとろとろに煮込まれていて、味も悪くない。でも今の桃には、食べる気なんてこれっぽっちもなかった。それでも、隣でじっと自分を見つめている雅彦の視線を感じて、無理にでも食べきるしかなかった。最後の一口にたどり着くころには、吐き気が込み上げてくる。それでも、胸のむかつきを抑えながら、残さずすべてを喉へと流し込んだ。桃が黙ってすべて食べ終えたのを見て、雅彦は再び薬を差し出した。「これも飲んで」それが何の薬かはわからなかったが、考える気力もなく、桃は黙って受け取ると、そのまま口に入れて飲み込んだ。薬をきちんと飲んだのを確認すると、雅彦は満足げにうなずき、彼女の頭を軽くぽんぽんと叩いた。「よくできたな。そう、それでいいんだ。これからも、ちゃんとこうやって言うことを聞いてくれ」その言葉には、いつになく柔らかい響きが混じっていた。けれど桃には、それが優しさとはまったく感じられなかった。むしろ、背筋を這うような寒気を覚えた。この男の話し方は、対等な人間に向けるものじゃない。まるで、よく調教された小動物にでも話しかけているようで、どこか不気味さを感じさせた。だからこそ――雅彦が優しければ優しいほど、ぞっとする。内側から滲み出るような、得体の知れない恐ろしさがあった。雅彦が何か言いかけたそのとき、彼のスマートフォンが鳴った。画面を見ると、かけてきたのは美穂だった。今桃が美穂に強い憎しみを抱いていることを知っているため、余計な問題を起こさないよう、部屋を出て行った。雅彦はドアを閉めてから、電話に出た。電話の向こうから、美穂の声が聞こえた。「雅彦、昨夜ずっと帰ってこなかったけど、何かあったの?」もちろん、昨日海外から桃を連れ戻してきたことなんて言えるはずもない。「いや、ただの飲み会だよ。久しぶりに友達と会って、ちょっと飲みすぎた。だからそのまま泊まって……」その返事を聞いて、美穂は少し安心したようだった。雅彦がようやく外で友人と過ごす気持ちになれたことが、彼女にとっては前向きな変化に思えたのだろう。過去の恋に引きずられているより、よっぽどいい。「でも、今度はちゃんと連絡してね?子どもたちも心配するから」その言葉に、雅彦は少
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第1112話

雅彦が素直に耳を傾けている様子を見て、美穂は満足そうにうなずき、それ以上は何も言わずに電話を切った。やはり、あの桃という女さえ雅彦の心を乱さなければ、彼は決して人を失望させるようなことはしない。――幸いなことに、今やその女は、完全に雅彦の生活から姿を消していた。……部屋の中では、薬を服用してからそう時間も経たないうちに、副作用がじわじわと現れ始めていた。桃は軽いめまいを覚え、まぶたもだんだんと重くなっていく。まだ目覚めたばかりなのに、こんなにすぐ眠くなるなんて――本当は避けたかった。聞きたいことも、まだいくつかあったのに。けれど薬の効果には逆らえず、やがてベッドの端にもたれるようにして、静かに目を閉じ、そのまま眠りに落ちた。その姿を見たのは、ちょうどドアを開けた瞬間だった。雅彦は、ベッドにもたれて眠る桃の寝顔をじっと見つめた。いつもの刺々しい態度はすっかり消えていて、その顔はまるで天使のように穏やかだった。目元の腫れや、ところどころに残る小さな傷がその美しさをわずかに損ねていたが、かえってそのか弱さを際立たせていた。雅彦は声をかけることもせず、静かに桃のそばへと歩み寄ると、つい無意識に、そっと彼女の頬に手を伸ばしていた。その瞬間、半ば夢の中にいた桃は、誰かの気配を感じ、誰かに抱きしめられていることに気づいた。目を覚まそうと、かすかに身体を動かそうとする。だが、解熱剤に含まれていた睡眠成分が、すでに彼女を深い眠りへと導いており、わずかに眉をひそめるのが精一杯で、完全に目覚めることはできなかった。そのうち、誰かが優しく髪を撫でてくれるのを感じた。その手の感触はどこか懐かしく、けれど少しだけ違和感もあった。桃が再び目を覚ましたのは、翌朝だった。目を開けて間もなく、雅彦が部屋にやってきた。彼はすでに外出用の服に着替えていて、その姿は相変わらず整っていた。どうやら今日は、ここに張りついているつもりはないらしい。そのことに気づいた途端、桃はほんの少しだけ、肩の力が抜けるのを感じた。今の彼女にとって、雅彦の存在はあまりにも大きな重圧だった。できることなら、毎日でも外に出ていてほしい――そうでなければ、彼のそばにいるだけで心がすり減ってしまいそうだった。雅彦は、そんな桃の目をじっと見つめた。昨日と比べれば、表情は明らかに穏やか
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第1113話

桃は食事を終えると、空になったお椀をそっと雅彦に見せ、ちゃんと全部食べたことを無言でアピールした。おとなしくしているのだから、あまり無理は言わないでほしい――そんな気持ちも込めて。雅彦に、それが伝わらないはずがなかった。だが、言葉ではなく行動で気持ちを示そうとする桃の様子が、なぜか彼を苛立たせた。しばらくして、桃がふと思い出したように口を開いた。「……お母さんに、会わせてもらえる?ここに閉じ込められてから、ずっと様子もわからないの。せめて、今どうしているのかだけでも知りたい」雅彦は少し黙ったあと、静かに言った。「会えるかどうかは、君の態度次第だ。さっきみたいなやり方じゃ、『特に問題はないよ。体調も安定してる』って伝えるだけだな」桃は拳をぎゅっと握った。この人、いったい何がしたいんだろう。自分はできるだけ逆らわず、大人しくしているつもりなのに、それでもまだ不満なの?「じゃあ、どうすれば……あなたは満足するの?」まっすぐに雅彦の目を見つめながらそう尋ねた。駆け引きなんてしている余裕も気力も、もう残っていない。ただ、答えが欲しかった。雅彦は口元をわずかにゆるめて笑った。彼女が自分のために、必死に正解を探そうとするその姿が――たとえそれが仕方なくであっても――妙に心地よかった。「自分で考えてみな。たとえば、今から俺が外出するとしたら、君はどうする?」桃は唇を噛み、雅彦の様子をじっと観察した。まだネクタイを締めていないし、シャツのボタンも一つ多く開けたままだ。少し考えた末に、桃はおずおずと尋ねた。「……ネクタイ、選んであげればいい?」雅彦は肩をすくめ、肯定とも否定ともつかない反応を見せた。桃はそれを「了承」と受け取り、使用人にネクタイのある場所を尋ねたうえで、今日の服に合いそうな一本を選んで持ってきた。そして彼の前に立ち、つま先でそっと背伸びをして、慎重にネクタイを結び始めた。雅彦は下を向き、黙々と作業する桃の指先をじっと見つめた。胸の奥に、説明のつかない感情がふわりと湧き上がってくる――けれど、それを味わう暇もなく、桃はすでに手際よく結び終えていた。かつて、何度もこうしてネクタイを結んであげたことがあったからだろう。迷いもなく、ほんの数秒で仕上がった。桃が一歩下がって小さな鏡を手渡し、出来栄えを確認させると、ようや
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