All Chapters of 植物人間の社長がパパになった: Chapter 1161 - Chapter 1163

1163 Chapters

第1161話

雅彦は拳を固く握りしめ、胸の鼓動がやけに鮮明に響いていた。周囲は不気味なほど静まり返り、意識はただ桃を探すことだけに向かい、ほかの思考は一切なかった。どれほど歩いたのかも分からない。息が詰まりそうな重苦しさに押し潰されそうになったそのとき――雅彦の視界に、少し先で横たわる桃の姿が飛び込んできた。「桃!」見開いた目で名を叫び、我を忘れて駆け出す。転がる石に足を取られかけても、痛みすら感じていない。よろめきながらも必死に桃へと近づいていった。たどり着くと、桃は静かに地面に横たわっていた。血の気を失った顔に小さな傷がいくつも刻まれ、ところどころ血がにじんでいる。衣服は無惨に裂け、乾いた血に覆われ、その姿はあまりに痛ましかった。その光景を目にした瞬間、いつも冷静な雅彦でさえ呼吸が乱れ、胸を締めつけられた。震える指先を伸ばし、彼女の鼻先にそっと手を当て、かすかな息を探る。――生きている。かろうじて感じられる呼吸に、止まりかけていた心臓が再び打ち始める。だがその息づかいはあまりにも弱く、危うい状態であることを物語っていた。雅彦は素早く自分の上着を脱ぎ、桃の身体に掛ける。触れた体は氷のように冷たく、まるで魂を失った殻のようだった。彼は桃をそっと抱き上げた。だがその瞬間、見えない傷口から新たに血がにじみ出す。鼻をつく血の匂いに、彼は凍りついた。無闇に動かせないと悟り、再び桃を地面に横たえる。そこで初めて、後頭部に深い裂傷があるのに気づいた。倒れた際に突き出た石に頭を打ちつけたのだろう。手の震えは止まらない。べっとりとついた血の赤が目に焼きつき、心臓を抉り、息を奪う。このままではいけない。出血が続けば、桃は助からない。彼は自分の服を裂き、頭に応急の包帯を巻きつけた。しかし薬もなく、こんな簡易な処置で血が止まるはずもない。すぐに彼の手は赤く染まった。不用意に動かすこともできない。雅彦は自分の衣服を次々に脱ぎ、桃に掛けていった。せめて体温だけでも守ろうとして。「桃……死んじゃだめだ。耐えてくれ……まだ翔吾や太郎、それにお母さんにも会わなきゃいけないだろ?」そう言いながら、彼自身でも皮肉だと感じた。こんなときでさえ、桃を引き留めるために、彼女が最も大切にする者たちの名を持ち出すほかないとは。なんと卑劣で、情けな
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第1162話

深夜の空気は刺すように冷たかった。とりわけ長く日が差さないこの場所では、底冷えする寒さが骨の髄にまで染み込んでくる。雅彦は体が強張っていくのを感じながらも、それどころではなかった。彼はただ桃を抱きかかえ、息を荒げながら必死に、さっき飛び降りた場所まで走り戻った。どうやって桃を連れて上に戻るか思案していたとき、頭上から救助隊の声が響く。「雅彦さん! どこですか、聞こえますか!」海は雅彦の身に異変があったと知ると、すぐに最も経験豊富な隊員たちを率いて駆けつけていた。隊員たちは腰にロープを巻き、額に灯りをつけて、一人ずつ降下して雅彦を探していた。「ここだ!」雅彦は顔を上げ、呼びかけに応じるように、必死に声を張った。海も心配で自ら降りてきた。雅彦の声を聞いた瞬間、胸を締めつけていた不安がほどけ、急いで近くまで下りて怪我がないか確かめようとした。だが雅彦はそれを遮り、低くきっぱりと言った。「時間を無駄にするな。彼女を先に上げろ!」その腕にぐったりと気を失った桃を抱いているのを見て、海は一瞬驚いたが、すぐに頷いた。海は自分を支えるロープを外し、雅彦に結びつけた。何よりもまず、傷ついた者を救い出すのが最優先だった。雅彦も余計な言葉は省き、桃と自分をしっかりと一つに縛り合わせた。ロープに支えられ、上からも力強く引かれるおかげで、登るのは格段に容易になった。ほかの隊員たちも加勢し、二人がかりで雅彦を支え落下を防ぎ、先頭には道を確認する者が立つ。そうしていくつもの苦しい瞬間を越え、ようやく雅彦は桃を抱えたまま山の上へ戻ることに成功した。そこには、すでに待ちきれない様子の莉子がいた。二人の姿を見つけるや、慌てて駆け寄る。「雅彦!大丈夫?怪我は?」だが今の雅彦に応じる余裕はなかった。「俺は平気だ。海はまだ下にいる。ここを見張れ。全員が上がるまで動くな。――負傷者がいる!」視線の先には救急車が停まっていた。おそらく海が事前に手配していたのだろう。雅彦は桃を抱き直し、急いで駆け寄った。とにかく頭の傷の手当てが先だった。そこでようやく莉子も、雅彦の腕に抱かれているのが桃だと気づいた。その瞳が大きく見開かれ、信じられないものを見るように震えた。桃が……生きている?本来なら、もう死んでいるはずなのに。「も……桃さん?どういう
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第1163話

雅彦は桃を抱えて救急車に乗り込み、そのまま傍らに付き添い、医師が彼女の傷を手当てするのを見守っていた。桃の体は傷だらけだったが、命に関わらない擦り傷や打撲にかまっている余裕はなく、医師は後頭部の処置に全力を注いでいた。血で真っ赤に染まったガーゼが次々と取り替えられ、床に落ちていく。その鮮やかな赤は目をそむけたくなるほどだった。雅彦は横に座り、何ひとつ手助けできないまま、ただ押し寄せる無力感に胸を締めつけられていた。これほど自分が無力だと感じたことはなかった。すべてが指の間をすり抜けていくようで、自分はただ事の成り行きを見ているしかない。もし桃がこのまま永遠に自分のもとから去ってしまったら――考えるだけで手が震え、恐怖が全身を覆った。不吉な想像を頭から振り払い、彼は昏睡したままの桃をじっと見つめていた。まばたきすら惜しむように。今にも目の前から消えてしまいそうで怖かった。やがて救急車は病院に到着した。医療スタッフはすでに待ち構えていて、車が止まるや否や、桃は担ぎ込まれ、手術室へと押し運ばれていった。雅彦は必死に後を追ったが、冷たい手術室の扉が前に立ちはだかり、そこで足を止めざるを得なかった。ほんの一枚の扉を隔てただけなのに、その向こうはまるで別世界のように遠かった。少しして、莉子もやって来た。彼女はこの状況に直面して、改めて自分の車椅子を憎んだ。何をするにも誰かの助けが要り、思うように動けない。扉の前で魂の抜けたように立ち尽くす雅彦を見て、桃の容体が決して良くないことを悟り、胸の奥で「どうか手術台から降りられませんように」とひそかに願った。だが顔に出たのは沈痛な色で、彼のもとへゆっくり近づき、声をかけた。「雅彦……桃さんは、どうなの?」雅彦は我に返り、傷だらけの莉子の姿を見た。だが気を遣う余裕などなく、苛立ちをにじませて言った。「まだ手術中だ。どうしてここまで来たんだ。海のそばで待っていろと伝えたはずだろう」彼の心はいま桃の安否だけでいっぱいだった。莉子には海が付き添っているし、ここにいても足手まといになるだけだった。「わ、私……ただ雅彦が心配で」莉子は涙ぐみ、今にも泣き出しそうな顔で言った。「焦りすぎて、もし何かあったらと思うと……それに桃さんの容体も気になって。邪魔したいわけじゃないの……」「……」以前な
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