All Chapters of 離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった: Chapter 381 - Chapter 390

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第381話 彼女の言ったことが本当だった

次の瞬間、パソコンの画面に望愛の情報が表示された。鈴の目に最初に飛び込んできたのは、入学当時の学生証写真だった。今よりあどけない表情をしていたが、面影ははっきりと残っていて、整った顔立ちはむしろ今より印象的だった。そして、学籍情報には――彼女が鈴よりも一学年上であることが、確かに記載されていた。「……本当だったんだ」鈴が小さくつぶやく。仁も隣に寄って画面を覗き込む。鈴の手元では、マウスの動きが止まることなく、次々と情報を開いていく。データの最終項目までたどり着いたとき、彼女の指がふと止まった。望愛の学生時代のデザインファイルを開いたその瞬間、鈴の目に驚きの色が宿る。「……これ、どういうこと……?」画面に映し出されていたのは、現在バイヤーショップで主力として販売されているあの服のデザイン。完成品と比べて粗削りではあるものの、明らかに原案と思しき図だった。「こんなの、あり得ない……!」声に力がこもる。「この中に、絶対何かある」もう一度マウスを操作し、他のファイルを確認する。そこには、同じ系統のデザインが複数存在し、どれも技術的に完成度が高い。描いた者の力量が如実に表れていた。「このデザイン……君の?」仁が静かに尋ねると、鈴は迷いなく首を振った。「初稿はこんなのじゃない。この図は私が描いたものじゃない。なのに、どうして……どうしてこんなにも似てるの?」画面の中のデザインと、自分の記憶の中にある図案の重なり――それは、偶然では済まされない「類似」だった。言葉の端々に迷いが滲む。そのとき、資料室の扉が開いて、ケリーが戻ってきた。鈴の顔色に気づき、自然と視線を画面へ向ける。「……赤穂?鈴、彼女のこと知ってるの?」鈴はピンと張り詰めたような眼差しで顔を上げると、ケリーの腕をとって問いかけた。「先生、彼女のこと……ご存じですか?」「ええ、知ってるわ。あなたより一つ上の学年よ。ただ、私が担当していたわけじゃないの。彼女の指導教官はウィリアム教授だったはず。……何かあったの?」鈴は画面を指差し、声を震わせながら尋ねた。「先生、このデザイン……彼女の作品なんですか?」ケリーは困惑した表情を浮かべながらも答える。「彼女のファイルにあるということは、そういうことなんだと思うけど
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第382話 人生を疑う

実験室の前に着くと、ケリーは二階の一番右を指さして言った。「ほら、あそこ。きっといるはずよ。行きましょう」鈴はすぐに後を追った。二階の実験室のドアは少し開いており、ケリーが軽くノックして声をかける。「ウィリアム教授、いらっしゃいますか?」返事はなかった。ケリーはそのままドアを押し開けて中へ入っていく。鈴も続いて廊下を進んでいくと、最奥の研究スペースでひとりの男性が白衣姿で実験に没頭していた。白髪まじりの髪、白衣の袖をまくり上げ、真剣な表情で手元のガラス器具に向かっている。彼はスポイトを使い、何かの液体を慎重に試験管へと落とし込んでいた。すると、瓶の中がぱっと発光し、淡くまばゆい光を放った。「……ふふ」彼は満足げに笑みを浮かべると、手元のノートに何かを書き込んだ。その後、保護ゴーグルを外しながら、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。「また実験ですか、ウィリアム教授」ケリーが声をかけると、ウィリアムは明るい顔で答えた。「今のデータ、かなりいい傾向が出てきてね。月末に出す予定の論文も、ようやく道筋が見えたんだよ」そのまま鈴の方へ視線を移し、問いかけた。「こちらは?」鈴は一歩前に出て、丁寧に挨拶する。「はじめまして、ウィリアム教授。私は三井鈴と申します。以前、デザイン学院に在籍していました」ウィリアムは軽くうなずき、思い出すように目を細めた。「デザイン学院……どの期だったかな?」「19期です」「……ああ、18期と19期は印象に残ってるよ。特に一つ上のジョイオンはね、私の教え子だった。今では国際的にも有名なデザイナーになってるらしい」思いがけず名前が出てきたことに、鈴の胸に一瞬、灯がともった。「ウィリアム教授、もし差し支えなければ、ジョイオンさんについて少しお話を伺ってもいいですか?」ウィリアムは手袋を外し、鈴をじっと見つめたあと、水をひと口飲んでから、ゆっくりと語り始めた。「……あの子はね、苦労が多かった。才能はあったし、向上心もあった。ただ、不運にも在学中に事故に遭って、ご両親を亡くしてしまったんだ。結局、彼女自身も長く入院して、そのまま退学になってしまった。でも、その後きちんと回復して、今の活躍を見ると、本当に嬉しくなるよ」「……ということは、彼女は卒業していない、ということで
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第383話 偽物は本物になれない

ウィリアムはそう言いながらスマートフォンを取り出し、普段使っているクラウドサービスにログインした。指先が素早く画面を滑り、2019年のフォルダで止まったところで、彼はそのまま端末を鈴へ差し出す。「この年の審査員は私だった。全試合の映像と写真が記録されてる。表彰式の動画もあるから、自分で見てごらん。彼女が一位だったかどうか」鈴はスマートフォンを受け取り、該当する動画を開いた。しかし、どれだけ目を凝らしても、自分の姿はどこにもなかった。画面の中で表彰台の頂点に立っていたのは――赤穂望愛。その隣でトロフィーを手渡しているのは、紛れもなくウィリアム本人だった。頭の中が真っ白になった。まるで、世界そのものが狂ってしまったような錯覚に陥る。信じられずに資料写真も見直した。けれど出場者リストに、鈴の名前はなかった。けれど、あのとき彼女は確かに、勝ち上がって決勝まで行った。そして、優勝したはずだった。「……ケリー教授、こんなの、おかしいです……」鈴は最後の希望をケリーに託した。過去を知る彼女が、何か一言でも、自分の記憶が正しいと証明してくれることを願って。しかし、画面に映る証拠の前に、ケリーは唇をかすかに噛んでこう言った。「鈴……記憶違いじゃない?あなたが出たのって、もしかしてこの大会じゃなかったんじゃないかしら?」鈴はかすかに首を振った。「……違います、間違えてません」彼女の声は震えていたが、言葉には確信があった。あれは、彼女が初めて手にした、本物のデザイン賞だった。間違えるはずがなかった。ウィリアムとケリーがちらりと目を合わせた。互いに不安の色を浮かべながらも、ケリーはそっと鈴の腕に手を添え、静かに声をかけた。「鈴……家で何かあったの?」鈴は口を閉ざし、視線を落とした。ウィリアムは続ける。「ジョイオンは、私が出会ってきた中でも、稀に見る優秀な学生だった。もしあの事故がなければ、彼女の人生はもっと……完璧なものになっていたと思う」語る口調には、どこか哀れみすら感じられた。鈴の心の中で、すべてが崩れかけていた。今や何ひとつ、自分の正しさを裏付けるものがない。まるで、自分こそが盗作した側であるかのような錯覚にさえ陥る。――そのとき、ポケットの中のスマホが鳴った。我に返り、表
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第384話 憧れの「X」

「ハハハ……三井鈴、ほんと身の程知らずね」そう言い残して、望愛は一方的に通話を切った。ツー、ツー……という無機質な音が耳元で鳴り続けるなか、鈴は手にしたスマートフォンをぎゅっと握りしめ、目の奥が徐々に暗く沈んでいった。しばらく無言のまま俯き、やがてふっと息を吐いて、連絡先を一つ開く。「悠希兄さん、今、忙しい?」電話口の悠希は、一瞬、誰かと聞き間違えたかと思って画面を見返し、軽く茶化すように笑った。「おやおや、鈴が俺に連絡してくるなんて、ずいぶん珍しいことじゃないか」「そんなことないよ、ねえ、悠希兄さん……」「で?何か頼み事でしょ?」彼女の言葉を遮るように、先回りして本題を促す声が返ってくる。「ふふ、小さなこと。ちょっとだけ、助けてほしくて」「ほう……」「悠希兄さん、コロンビア大学のアーカイブシステム、入れる?」その瞬間、受話器越しにむせ返るような激しい咳き込みが聞こえた。数秒後、驚きを隠しきれない声が返ってくる。「鈴……まさか、それってハッキングしろってこと?」「……うん。中に入って、誰かがデータを改ざんした痕跡があるかどうか調べたいの」疑念と不安が混ざるような声音で、鈴はぽつりと続けた。「……とはいえ、アーカイブシステムは国のシステム。セキュリティは専門の管理者が常駐してるし、普通のハッカーじゃ太刀打ちできない。たとえ侵入できたとしても、無事に出てこれる保証なんてない。……俺でも、見つからずにやりきれるとは限らない」悠希の言葉に、鈴は眉を寄せ、唇を引き結んだ。やっぱり無理なのか……。その時、電話口の声がふっと色を変える。「でも、一人だけいる。確実に突破できるやつが」「誰?」鈴の声に一瞬、期待が混じる。「俺の永遠の憧れ――X様!」そこだけ妙に誇らしげに、そして真剣に語る悠希。「技術はまさに神域、誰にも真似できない。ハッカーランキングでは常に首位。生ける伝説、その名に恥じない男だ」言葉の最後に、ため息混じりに呟く。「一度でいい、X様と腕を競い合えたなら、俺はそれだけで……満足なんだがな……」「悠希兄さん、その人に頼めないかな?報酬はいくらでも払うから……」「違う。金じゃないんだよ、鈴ちゃん。あの人には、金なんて必要ない」鈴:「…………」「問題
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第385話 デザインスタイルが違う

鈴は眉をひそめてぽつりと呟いた。「悠希兄さん、さすがに行動力えぐすぎない?」……だが、二人は知らなかった。すでに、悠希よりも先に動いていた人物がいた。書庫の中では、カタカタとキーボードを叩く音が静かに響いていた。モニターには、コードの羅列が次々と流れていく。仁の指は迷いなく動き、わずか2分でシステムへの侵入に成功。ついでにシステム内の不具合をいくつか修復してしまった。さらに五分後、彼は満足げに口元をわずかに緩め、収集した情報をすべて自分のスマートフォンへ転送。痕跡もきれいに消去してから、何事もなかったかのように書庫を後にした。その頃。鈴はウィリアム教授のスマホを借りて、あの「大会映像」を改めて確認していた。さっきの通話の後だったこともあり、彼女はますます確信した。この動画、加工されている。だが、それを教授の前で口にすることはなく、あくまで冷静を装って尋ねた。「ウィリアム教授、この映像……コピーをいただいてもよろしいですか?」教授は特に疑う様子もなく、「クラウドにバックアップすればいい」とあっさり返す。礼を言った鈴は、動画を自分のスマホへ保存した。そのとき、仁が来た。「仁さん、この映像……編集されてる形跡があるか、見てもらえる?」仁は教授たちの前では多くを語らず、鈴の手からスマホを取ってそのまま教授に返した。そして静かに言う。「鈴、ちょっといい?」「えっ、なに?」説明もせず、仁は鈴の手を取り、そのまま実験室の外へ引っ張っていった。不思議に思いながらも、鈴は彼のあとをついていく。廊下を抜けたところで、蒼士が駆け寄ってきた。手には数枚の資料。「ボス!さっき送ってもらったデータ、全部印刷してきましたよ。オレ、優秀でしょ?」仁は軽く「うん」とだけ答え、資料を受け取って鈴に手渡した。「……見てみて」鈴はきょとんとしながらも資料を受け取り、最初のページに目を落とす。一枚目の写真には、若かりし頃の望愛。もう一枚は、最近のものらしきポートレート。「……これって?」細かくは聞かず、そのままページをめくっていくと、一枚のデザイン画が現れた。鈴はじっと見つめたあと、首をかしげた。「これ、何の資料……?」「次のページも見て。比べてみて、気づくことない?」促されて見た
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第386話 本当の望愛じゃない

ただ、鈴は少し驚いていた。仁のパソコンスキルがこんなにすごいなんて。一流ハッカーである悠希ですら「このシステムに侵入するのは難しい」と言っていたのに、仁はあっさりと入り込み、しかも最新の一次情報まで手に入れていた。「仁さん、どうやってできたの……?」そばにいた蒼士が小さく咳払いをする。本当は説明してあげたかったが、うっかりしゃべりすぎてボスの「正体」がバレてしまうのが怖くて、結局何も言えずにいた。仁も軽く咳をして、あまり多くを語ろうとはしなかった。「君のファイルは確認した。改ざんされていた情報は、すべて元に戻してある」その言葉を聞いた鈴は、胸のつかえが下りた気がした。これで望愛の計画はすべて水の泡だ。「ただ……」仁は一拍おいて続けた。「ファイルの中に、盗作された元のデザインは見つからなかった」その一言で、鈴の思考が一瞬止まった。信じがたい言葉に、表情が凍りつく。「そんな……ありえない……!」仁は真剣な顔で言った。「考えられる可能性はひとつだけ。あのデザインは最初から君のファイルに登録されていなかった。だから、どれだけ探しても情報が出てこないんだ」それってつまり、自分がしてきたことは全部意味がなかったってこと?潔白を証明する証拠は、何ひとつ残っていなかった?そして、望愛はその一点を見抜いていたから、あんなにも堂々としていられたのか?鈴は沈黙し、手に持っていたA4の紙を無意識にぎゅっと握りしめた。再び目を向けたのは、あの2枚のデザイン図。「仁さん……でも、この2枚の図ってどういうこと?」ようやく核心にたどり着いた鈴に、仁はどこか嬉しそうな表情を浮かべた。それこそが、自分がシステムに侵入して得た大きな発見だった。「1枚目は、赤穂が5年前に描いたデザイン。意図的に削除されていたけど、さっき復元した。もう1枚は、今彼女のファイルに登録されているデザインだ」仁の説明を聞きながら、鈴は頭の中で情報をつなぎ合わせていく。そして顔を上げた。「仁さん、この2枚のデザイン、雰囲気もタッチも全然違う。同じ人が描いたものとは思えない……」仁は微笑んで、静かにうなずいた。ふたりの間には、言葉にしなくても通じる確かな信頼があった。仁はさらに言葉を続ける。「それから、この
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第387話 友人のふり

コロンビアを出発して望愛の家に向かうには、およそ2時間ほど車を走らせる必要があった。道中はところどころ揺れが激しく、舗装の甘い箇所もあった。その道すがら、蒼士が望愛の家庭事情について大まかに説明してくれた。要点をまとめると――ひとりっ子で、裕福な家に育ったということだった。それらの印象的なキーワードを胸に刻みつつ、一行がたどり着いたのは、イギリス風の一軒家。見上げた先には、クラシックな造りの洋館が佇んでいた。正面には広々とした庭があり、草花は丁寧に手入れされていて、しばらく無人だったとは思えない。「ボス、ここっす」そう言って蒼士は先に車を降りた。「行こう、見てみよう」仁が鈴の手をぎゅっと握る。その温もりが不思議と心を落ち着かせてくれて、鈴は小さく「うん」と頷き、彼の後に続いて車を降りた。玄関の前で足を止めた一行は、しばらく屋敷を眺めた。蒼士がぽつりと口を開く。「ボス、本来ならこの家、もう何年も人が住んでないはずなんですけど……この様子だと、ちゃんと掃除されてる。全然空き家って感じがしないですよね」そう言い終えると、蒼士はインターホンに手を伸ばし、チャイムを鳴らした。しばらくして、屋敷の中から五十代か六十代くらいの女性がのそのそと現れ、門の向こうから声をかけてきた。「どなたをお探しで?」鈴が一歩前に出て、にこやかに答える。「こんにちは。こちら、赤穂望愛さんのお宅でお間違いないでしょうか?」女性は鈴を頭から足元までじろりと見つめ、やや警戒した様子で言葉を返す。「あなたたちは……どちら様?」鈴が口を開きかけたそのとき、隣の仁が先に口を挟んだ。「望愛さんの友人です。本人に頼まれて、ある物を取りに来たのですが」その言葉に、鈴は思わず仁を振り返る。視線が重なった瞬間、仁は「大丈夫」とでも言うような、穏やかな目を向けてくれた。女性はなおも不審そうに眉を寄せる。「あなたたち、本当にお嬢さんのご友人?」「はい……そうです」彼女が何かを言いかけたそのとき、蒼士がすかさずスマホを取り出し、画面を女性に見せた。「ほら、これ見てください。あなたのところのお嬢さんから送られてきたメッセージです。設計図を受け取ってほしいって」女性は画面を覗き込み、確かに望愛の名前が表示されたL
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第388話 真実を知る

鈴は、その言葉の中のある一節に反応した。何気ないふうを装って、ふと問いかける。「望愛さんの家には、ずいぶん長くお勤めされてるんですね?それなら、もうご家族みたいな存在じゃないですか」家政婦はうんと頷いた。「お嬢さんがまだ小さい頃からお仕えしていますから、もうかれこれ、20年近くになりますね」鈴と仁は顔を見合わせた。そして鈴が声を弾ませる。「じゃあ、望愛さんのことをずっと見守ってきたんですね!」家政婦は懐かしそうに目を細め、微笑みながら言った。「うちのお嬢さんはね、小さい頃から本当にお利口で……旦那様や奥様の言いつけをよく守る、素直な子でした。それに、勉強もできて、旦那様と奥様の自慢の娘だったんですよ。旦那様と奥様がご健在だったら、きっとお嬢さんは世界一幸せな子になっていたはずなんです。でも……」ふっと、家政婦の表情が陰る。ため息交じりに続けた。「旦那様と奥様は運が悪くて、五年前の交通事故で亡くなってしまって……お嬢さんは奇跡的に助かりましたが、病院に入院していたのは2年近く。それ以来、悲しみから立ち直れず、まるで別人のように性格が変わってしまいました」「望愛さん、事故のあと病院に2年間も……?その間、あなたが付き添ってたんですか?」鈴の問いに、家政婦は首を横に振る。「いえ……あの事故でお嬢さんは心も体も深く傷ついて、病院側の配慮もあって、私は病室に入れませんでした。仕方なかったんです……」そこまで話して、ふと口をつぐむ。そして話題を変えるように言った。「それで……お嬢さんから、設計図を取りに来るよう頼まれたとか?」鈴は察して頷いた。「はい。お手数おかけしますが、お願いできますか?」「ええ、もちろんですとも。ただ……お嬢さんの設計図はたくさんあるもので、どれを探せばいいのか……とりあえず見てみますね」そう言って、家政婦が立ち上がろうとすると、鈴もすぐに腰を上げた。「私もお手伝いします!」ところが、数歩踏み出したところで、家政婦に手で制された。「いいえ、大丈夫です。この家には、お嬢さんの決めた決まりがあるんです。不在のとき、画室には誰も入れてはいけないと。それを破るわけにはいきません。私が持ってきますね」鈴はその場で立ち止まり、にこやかに微笑んで応じた。「そうでしたか
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第389話 事故の源

家政婦は静かに説明した。「お嬢さんは、あの事故以来……思い出すのがつらいみたいで、滅多にこの家には戻ってこないんですよ」そして、目の前にある図面の束に目をやる。「これらは全部、昔の作品ってことになりますね。お嬢さんが言っていた設計図は、やっぱり見つかりませんか?」「いえ、そうじゃなくて……」鈴はそう言いながら、スマホを取り出した。「実は私も、どれなのかはっきりわかってなくて。写真を撮って、本人に確認してみますね」家政婦は特に怪しむ様子もなく、穏やかにうなずいた。「ええ、どうぞ。ついでにお嬢さんに聞いてくれませんか?いつ帰ってこられるのかって。……できれば、一度顔を見たいんですよ」その声には、どこか期待のにじんだ響きがあった。鈴はふと顔を上げ、家政婦を見つめた。思い出したのは、自分の子ども時代。両親がそばにいない生活を支えてくれたのは、家で暮らしていた優しい家政婦だった。そのおかげで、日々はどこか穏やかに過ぎていたのだ。「……おばさん、望愛さんのこと、小さい頃から見てきたんですよね。きっと、すごく仲が良かったんじゃないですか?」そう尋ねると、家政婦は少し間を置いてから首を横に振った。「お嬢さんはお嬢さん。私は……ただのお手伝いさんですから」その一言に、自らの立場と距離をきっぱりと線引きするような、どこか寂しさがにじんでいた。鈴はそれ以上は踏み込まず、黙って図面の写真を撮っていった。「実は、私たち……望愛さんの友人ではあるんですけど、まだあまり彼女のことをよく知らなくて。もうすぐ誕生日だって聞いたので、何か喜ぶものを贈れたらなと思ってるんです。おばさん、彼女の好み、教えていただけませんか?」望愛の話になると、家政婦の顔がふっと明るくなった。そして、口調も自然と軽やかになる。「お嬢さんはね、小さい頃から本当に性格が良くて、人懐っこい子でしたよ。旦那様と奥様も、それはそれは可愛がっていて……お絵描きが大好きでね、奥様が『この子には才能がある』っておっしゃって、5歳の頃から本格的に先生に習わせてたんですよ」話し始めると止まらず、家政婦は日常の細かな思い出まで丁寧に語ってくれた。その口ぶりには、ただのお手伝い以上の想いが滲んでいた。やがて、ふっとため息をつく。「……もし、旦那
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第390話 真実を探る

『蒼士、例の事故の件、進展があったよ』スマホ越しの報告に、蒼士の口元がわずかに上がる。「事故を担当した警官、見つけたか?」『うん。今、署にいるって。来られる?』蒼士は仁と鈴の顔をちらりと見て、迷うことなく答えた。「行く。すぐ向かうって伝えて」通話を切ると、すぐさま鈴に向き直る。「とにかく、行ってみましょう。行けば、何かわかるかもしれませんから」その言葉を聞いた鈴の胸に、なぜか小さな不安がこみ上げてきた。理由のない、妙に胸をざわつかせる感覚。その不安は、車が警察署の前に到着するまで、消えることはなかった。そんな鈴の様子に、隣の仁が静かに声をかける。「大丈夫。どんな結果でも、一緒に向き合うから」鈴は小さくうなずいた。「……ありがとう、仁さん」助手席からそのやり取りを見ていた蒼士は、思わず吹き出しそうになった。――ボス、いつからそんなに優しくなったんだよ。どうやら、鈴さんには本当に不思議な力があるらしい。「仁さん……これ、また別の謎が出てくるだけだったらどうしよう」すっかり自信をなくしている鈴に、仁は柔らかく答える。「そんなことない。真実は、たいてい一番近い場所に隠れてる。いま目に見えてるものが全部、本物とは限らないよ」そのとき、警察署の重い扉が開いた。中から現れたのは、やや年配の男性。署長の荒船だった。彼は急ぎ足で蒼士のもとへ駆け寄ると、にこやかに頭を下げた。「やあ、天笠さん……まさか、こんなところでお会いするとは」地元では誰もが顔を知る名家の息子・蒼士。市長ですら気を遣うという彼に、荒船署長も笑顔を崩せない。蒼士は軽く会釈し、仁と鈴を指して紹介する。「俺のボスと、その奥さん。今日は二人を連れてきた」荒船局長の表情が一瞬だけ引き締まる。――天笠蒼士がボスと呼ぶ相手……これは相当な人物だ。「これはこれは……天笠さんのご友人なら、私にとっても大事なお客様です。お名前をお伺いしても?」「田中仁」その名を聞いて、荒船の目にわずかな戸惑いが浮かんだ。コロンビアの地でその名前に聞き覚えはなかったが、蒼士が敬う相手なら、只者ではないはずだ。「田中さん、どうぞ中へ。ご用件があれば、なんなりとお申し付けください」蒼士は遠慮なく切り出す。「荒船署長
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