All Chapters of 慌てて元旦那を高嶺の花に譲った後彼が狂った: Chapter 1431 - Chapter 1440

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第1431話

清孝はもう何も言わなかった。海人と鷹が掛け合いをしていると、彼は敵わない。篤人とはそこまで親しいわけでもなく、味方になることもできない。「彼女たち、お昼は焼肉らしい」鷹はスマホを置いて、「さっき食材を注文したばかりだ」*紀香は延長コードを二本見つけて、ホットプレートをテラスまで持ってきた。「ここにこういうのがあって本当に良かった。じゃなきゃ焼肉なんてできなかったよ」「この家、どうしてこんなに調理器具が残ってるの?」静華が聞いた。「前にしばらく住んでたから」紀香は食器を並べながら答えた。「ここに物を残してあると、なんだかおじいちゃんがまだいるみたいな気がするの」静華は少し申し訳なさそうに謝った。紀香は気にせず笑った。「そんなの気にしないで。これからは謝るのもなし。私たち、もう本当の姉妹だから」静華はうなずいて、笑顔で「うん」と答えた。「ねえ、紀香ちゃん」「何、お姉ちゃん?」来依が言った。「二人の義兄さんはどっちもホテルを持ってるし、この旧宅に泊まる必要ないから安心して」紀香はすぐに意味が分かって、「分かった、今すぐドアに鍵をかけてくる」と返した。ついでにドアに紙を貼った。——お義兄さん立入禁止海人はそこに人を配置していて、その貼り紙の写真を撮って鷹に見せた。ついでに篤人にも見せて、「藤屋夫人は伊賀夫人より年下だから、お義兄さんの中にお前も含まれるだろう」と言った。篤人はコーヒーを一口飲んで、笑みを浮かべながら何も言わなかった。清孝は一目見て、軽く笑った。残りの三人の視線が彼に集まる。清孝はゆっくりと袖口を整え、上着を手に立ち上がった。「俺はこれから結婚式の準備で忙しい。お前たちはご自由に」「旧宅には俺の部下を置いてある。俺の結婚式までは、平和であってほしい」彼が出ていくと、海人が言った。「結婚式じゃなかったら、絶対あんなに得意げにさせないのにな」鷹は特に何も言わず、篤人も黙っていた。*この日の焼肉は、みんなゆっくりと楽しんだ。昼から黄昏まで、しゃべったり焼いたり、お酒もちょっと飲みつつ、のんびりとした時間。夕方の風も気持ち良く、とても心地よかった。「本当に、この旧宅、いいわね」来依が感慨深そうに言った。「海人さんの家には、レースができるくらいの大
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第1432話

静華は片付けを終えると、そのままベッドに入って眠った。彼女には、寝る前にスマホを触る習慣がなかった。石川に来る前に仕事はすべて引き継いできた。何か急な用事があれば、誰かが電話をしてくるはずだ。だから特にスマホを確認することもなく、そのまま寝てしまった。結果として、篤人からのメッセージを見逃してしまった。……篤人はホテルのバルコニーにいた。スマホを小さなテーブルに置いたまま、手にはグラスを持ち、ゆっくりと酒を揺らしていた。視線はずっとスマホに注がれていた。だが、夜が明けるまで静華からの返信はなかった。男は唇を少し歪め、タバコに火をつけた。両腕をバルコニーの手すりについて、夜明けまで空を眺めていた。……静華は朝目覚めると、すぐに洗面を済ませた。それから荷物の中から本を一冊取り出し、テラスのブランコに座って読書を始めた。キッチンを通りかかったとき、自分でコーヒーを淹れた。彼女はあまり動き回るのが好きではなく、大半の時間を自分磨きや勉強に使っていた。できるだけ多くを学びたいと常に思っていた。それに、彼女は以前タッチ式のスマートフォンを使ったことがなく、海人に見つけてもらったときに初めて持たされたものだった。今の人たちは皆スマホを片手に持ち、目覚めてすぐ画面を見るが、静華にはそんな習慣はない。スマホは持ち歩いてはいたが、画面を見ることはほとんどなかった。時間を見るのも、昔から腕時計派だ。以前は中古市場で見つけた安い時計を使っていたが、それでも十分役に立った。今つけているのは、篤人にもらったものだ。——篤人。その名前を思い出したとき、静華はようやくスマホを開いた。二人の間で特に話すこともないけれど、篤人から何か連絡があったら困ると思ったからだ。案の定、彼からのメッセージが届いていた。【持っていったスーツケースには本が多くて、服はもう一つのスーツケースに入れてある。届けようか?】静華は服にあまりこだわりがなかった。もし持ってきていなくても、紀香の服を借りれば十分だし、身長や体型も似ている。スキンケアも、何を使うかにはこだわらない。だから、服については全く気にしていなかった。本さえあればそれでよかった。【必要なら自分で取りに行けると思う、でも多分必要ないわ
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第1433話

五郎は「分かりました」と答えて、振り返ってそのまま去っていった。来依は足でドアを閉めて、テラスに戻ると、静華がすぐに手伝いに来た。朝食をテーブルに並べていると、ふと違和感を覚える。来依と南が目を合わせた。来依は不思議そうに言った。「なんでここに、私と南ちゃんが苦手なものが入ってるの?」「海人と鷹、ちょっと手抜きしたわね」静華はすぐに言った。「もし食べないなら、私が全部食べるよ」彼女は食べ物の好き嫌いがなく、ただ昔は食べられないことが多かったから痩せているだけだった。来依はさっき、五郎が篤人について何も言っていなかったことを思い出す。「これ、篤人がわざわざあんたのために用意したと思わない?」静華はきょとんとした。南が指をさして言った。「私たちの好物は、いつも鷹と海人が用意するやつ。わざわざ私たちが食べないものが多いって、どういうことだと思う?」静華は一瞬考え込んだ。彼女はてっきり来依が朝食を頼む時、自分と紀香の分も加えて、多めに買っただけだと思っていた。「篤人?」彼女は、篤人がそんなことをするとは思えなかった。彼が自分を気遣うのは、結局のところ自分のためだと思っている。たとえば、彼女に病院へ行かせて体重を増やさせるのも、抱き心地がよくなるとか、体調がよくなれば自分のためになるとか、そんな理由だ。日々一緒に生活していても、そんなに細かいことは気にしていなかった。彼が料理を取り分けてくれるのも、単なるマナーか、長年の遊び人の習慣だと思っていた。「たまたまでしょ」来依は肉まんを手に取って、「どうして篤人があんたのために準備したとは思わないの?」静華は首を傾げた。「来依さん、なんでそんなふうに思うの?私たちがどうして結婚したか、分かってるでしょ」「理由がどうであれ、結婚したからには縁があるんだから、これから本当の夫婦になる可能性だってあるでしょ?」「……」静華は、そんなことを考えたこともなかった。たとえこの利益結婚が一生続くとしても。あるいは途中で何かが起きて、早く終わるかもしれない。結婚前にも、「もし篤人が本当に好きな人ができたら、自分はすぐにでも離婚に応じるし、揉めたりしない」と伝えていた。本当に結婚して子供を持つつもりもなかった。一人でも十分だと思って
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第1434話

紀香はまだ特に予定を考えていなかった。「どこか行きたい場所ある?」来依が言った。「じゃあショッピングに行こう」それから南を見た。「歩ける?」「大丈夫よ。疲れたらその時休めばいいし」来依は今度は静華の方を見た。「静華はどう?」静華はこくりとうなずいた。すぐに意見がまとまり、四人はショッピングへと出かけることにした。五郎はリンゴをかじりながら、彼女たちが一緒に出てきたのを見ると、すぐに駆け寄った。「奥様、どこへ行かれますか?お送りしましょうか?」来依は彼の後ろに停まっている一台のワゴン車を見た。「一番大きいショッピングモールに送って」「かしこまりました」ワゴン車は大きく、運転手の五郎以外は彼女たち四人だけで、十分な広さがあった。「奥様、隣にヨーグルトとお菓子があります。全部、奥様の好きなものです」来依はちらりと見て言った。「海人に伝えておいて。やらかしたことはもう取り返しがつかない、今さら謝っても遅いって」五郎はそのままの言葉を海人に伝えるだけで、他のことには関与しない。「承知しました、奥様」すぐにショッピングモールに到着した。来依たちが車を降りるのを見届けると、五郎は海人に電話をかけ、一言一句正確に伝えた。海人はもう慣れている様子で、「ああ」とだけ答えて電話を切った。ビリヤードのキューを構え、ボールを一球打ち込む。鷹は海人の性格をよく知っている。「自業自得だな。あんなことしたんだから」「お前にも非があるだろう」海人は彼を横目で見った。「目くそ鼻くそを笑う、ってやつだ」鷹はうなずいた。確かにそうだ。彼が南にかけた電話は出てもらえず、メッセージにも返信がなかった。ブロックされていないだけ、子どもの父親としての情けだろう。まあ、今はどうでもいい。清孝と紀香の結婚式があれば、きっとまた仲直りできる。今は女同士たちでゆっくり過ごさせてやるのが一番だ。「お前、篤人の義兄なんだし、誘えばよかったんじゃないか?」清孝は結婚式で忙しく、静華も南たちと出かけているし、篤人には特に用事もなさそうだった。海人はもう一球打ち込みながら答えた。「誘ったよ」来なかったのか?鷹が眉を上げた。「もしかして、お前、篤人が静華のことを好きだって知ってて、あえて義妹にしたのか?」
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第1435話

鷹はスマホをポンとテーブルに置き、「これも妹夫婦の結婚式へのご祝儀ってことで」と言った。海人は何も言わなかった。清孝からも同じような内容のメッセージが届いていた。-そのころ、篤人のもとにも、静華の動向が報告されていた。買い物くらいは特に気にならなかったが、正直、あまりいい気はしなかった。彼女にはブラックカードを渡して、好きなものを自由に買っていいと言ってあった。けれど静華は一度もカードを使ったことがなかった。「篤人様……」部下が遠慮がちに報告した。「お買い物が終わった後、奥様は菊池夫人たちと一緒に、マッサージに……」「……」篤人が情報を得ているなら、海人たちももちろん同じだ。半日連絡がないのは、どうやら真面目なマッサージらしい。「分かった」*来依たちは、フェイシャルとアロママッサージをしに行った。本当にきちんとしたサロンだった。正直言って、以前バーに行った時も、ただお酒を楽しむだけで、変なことは一切していない。問題なのは、男たちがいまいち信用していないこと。「私はフェイシャルだけでいい。肩も少し揉んでもらえれば……」静華は小さな声でそう言った。こういう場所は慣れていない様子だ。来依はバスローブを手渡しながら、「静岡では美容サロンに行ったことないの?」と言った。静華は首を振った。篤人と一緒にいるか、仕事や勉強をしているか、その繰り返しだった。そもそも美容やリラクゼーションにはほとんど興味がなかった。「肩がちょっと凝ってるだけなの。長時間座りっぱなしで仕事してるからだと思うし、軽くほぐしてもらえれば」「任せて。絶対いつもと違う感じになるって。それに女同士なんだから、何も変わらないよ。恥ずかしがらないで」来依の熱意に押されて、静華はしぶしぶバスローブに着替え、結局全身マッサージと薬湯まで体験することになった。終わったあとは、思いがけずとても気持ちよかった。本当に新しい体験だった。「気持ち良かった?」と来依が聞いた。静華はこくりとうなずいた。フェイシャルの後で、頬がほんのりピンク色になった。おとなしく返事するその姿を見て、来依は思わずキスしたくなった。そのまま静華の頬に軽くキスして、静華はびっくりした。南はもう慣れた様子で、前にもよくキスされていた。
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第1436話

紀香は来依たちを見て、パチパチと瞬きをしながら聞いた。「だよね、お姉ちゃんたち?」来依はうなずいた。「そうよ。今日は女子会、男はお断り」「また男はお断りか?」清孝は後ろにいる三人の男たちを意味ありげに見やった。紀香は来依の意見に従い、南も特に異論はなかった。静華はちらりと篤人を見たが、自分はこの数日は紀香のところにいると彼に伝えていたし、つまりもうこのグループに入ることを事前に知らせてあった。だから特に何も言わなかった。篤人は口元をわずかに引き、何も言わなかった。レストランのマネージャーは、なぜかこの一行が入口で揉めているのか分からず、少し考えてから言った。「当店には個室が一つしかございません。最初にご予約いただいたのは藤屋様ですが、奥様方、ご一緒にお席をお使いになりますか?」来依は笑った。「大雨の日に出かけたら、必ず部屋が一つしか空いてないってやつ?」マネージャーは清孝の顔色をうかがいながら、「当店は予約制でして……」と説明した。紀香はすぐに言った。「予約したのは私よ。藤屋夫人だけど、藤屋清孝の名前で予約しちゃだめ?」「……いえ、大丈夫です」マネージャーはこれ以上何も言えず、そっと身を引いた。夫婦間のことに口を出す気はない。男三人は黙ったまま、清孝は紀香の手を握り直し、もう一度優しく言った。「せっかくだから一緒に食べよう?」「皆ここにいるし……」と顔を寄せて小声で言った。「お願い」「……」でもこの件は、紀香一人が決めることじゃない。彼女は来依を見る。来依はもう面倒くさくなって、「一緒に食べましょ。お腹空いたし」と言った。全員で個室に入ることになった。来依は本当は女四人で一緒に座りたかったが、男どもが動きが早くて、うまく分断されてしまった。篤人は静華の椅子の背に腕をかけて、何気なく尋ねた。「美容サロンに行ったんだ?」静華は無意識に頬を触った。確かに肌がつるつるしている。こくりとうなずいた。篤人はまた聞いた。「楽しめた?」「うん、楽しかった」男は「うん」とだけ返し、それ以上は何も言わなかった。来依は自分から話す気はなかったので、海人が先に口を開いた。「お酒飲む?」来依は無言だったが、海人がグラスに酒を注いだ。隣では鷹が南の肩を抱き、彼女の顎を指で持ち上げ
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第1437話

静華はうなずいて、「とても美味しいよ」と答えた。「それならよかった」紀香は何も話題がなくなって、黙ってスープを飲んだ。篤人は静華にハムを取り分けてやり、「気に入ったなら、帰りに少し持っていけ。今後、定期的に静岡にも送らせよう」と言った。静華もハムは好きだが、基本的に物事に執着しないタイプだった。欲をかくのは良くないと思っている。少し考えてから尋ねた。「あなたは好き?」篤人は「まあまあかな」と答えた。静華は「それなら少し持ち帰ってもいいけど、わざわざ送らなくて大丈夫。何でも食べ過ぎると美味しさが薄れるから」と返した。篤人は「うん」とだけ答えた。……食事の途中で、来依がトイレに立ち、南も席を立った。紀香も慌ててついていった。静華も少し考えてから、みんなについていった。個室に女たちが出ていくと、海人は篤人に向かってお茶のカップを軽く掲げた。来依が飲酒しているため、彼は酒は控えた。「静華、来依たちと一緒にいるのが楽しそうだし、結婚式が終わったら大阪にしばらく住むのもいいんじゃないか?」篤人はグラスをテーブルにコツンと置き、「考えてみる」とだけ答えた。女子トイレ。紀香は好奇心でたまらず、「お姉ちゃん、海人さんと一体何があったの?バーの飲み会の罰ゲームのせい?」と尋ねた。来依は鏡の前で髪を直しながら、「まあ、それもあるけど、それだけじゃないよ。ベッドの話なんて、あんた聞きたくないでしょ」と返した。「……」紀香はそれ以上聞かなかった。来依は、そばで立っている静華を見て笑った。「あんたはトイレじゃないのに、なんでついてきたの?篤人とケンカした?」「ううん……なんとなく、今日は一致団結しなきゃいけない気がして」静華もよくわからなかった。来依は彼女の肩をぽんと叩いた。「いい心がけだ」「じゃあ、このまま直接帰ろうか」「でも荷物が……」「大丈夫、あいつらがちゃんと持ってきてくれるよ。スマホさえあれば問題ない」静華はこの流れがなんだか新鮮で面白いと感じて、みんなでレストランを出た。個室に残った男たちは、女たちがいつまで経っても戻ってこないことに嫌な予感がして、しばらく待った末に様子を見に行った。すると、マネージャーが「奥様方は皆さまご一緒に手をつないで退店されました」と報告
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第1438話

清孝は海人の言葉を聞こえないふりをして、「服、ちゃんとしてる?ネクタイ曲がってない?」と尋ねた。海人はもう相手にしなかった。鷹はもうまぶたさえ持ち上げる気がなかった。そんな中、篤人が前に出てきて、清孝のネクタイと襟を手早く直してやった。その顔には淡い笑みが浮かんでいる。清孝はすぐに察して、「由樹、確実に来るって」と一言。「藤屋さんと高杉さんって、どうしてベストマンにならなかったんだ?」と篤人は聞いた。「うちの妻にあまり好かれてないんだ」「竹内心葉の件?」清孝はうなずいた。「心葉と妻は青春時代の親友だった」実際、紀香は根に持つタイプじゃないが、清孝としては結婚式に余計な波風を立てたくなかった。本来、由樹が来るかどうかはどうでもよかった。篤人のためじゃなければ、無理に呼ぶつもりもなかった。篤人は全てを察した。空が白み始める。静華は花嫁支度室の前で、来依からの連絡を待っていた。会場のスタッフにも「男性は入れませんので」と念を押されている。突然、コンコンとノックの音がした。「寒くないか?」篤人の声に静華は数秒驚いたまま、ドア越しに聞いた。「藤屋さんの付き添いで来てるの?」「いや、さっき廊下で見かけたから。ずっと立ってたろ」「どうやって分かったの?」言い終わると、静華はドアの隙間からすっと伸びた二本の長い指を目にした。自分のドレスの裾が少し出ていたのだと気づく。「寒くないか?」と篤人がまた尋ねた。「上着、持ってくる。少しだけ開けてくれ」石川は暖かいとはいえ冬だ。ドレス一枚で外に立っていればさすがに寒い。けれど「開けて」と言われて、静華は反射的に警戒した。「今は開けられないわ。ここ、男性は入っちゃダメって言われてるの」「……」篤人は少し呆れた。「入る気はないよ。上着渡すだけだ」静華は結婚式もブライズメイドも未経験で、何をどう守ればいいのか分からない。ただ来依の言うことは全部正しいと思っている。「ダメ。とにかく開けない」「……」篤人は折れた。「じゃあ自分で上着取ってこい。風邪ひくぞ」「……うん!」静華は慌てて上着を取りに行った。ちょうど来依が出てきて、「静華、まだここにいたの?」と聞いた。静華は首を振り、来依が「何でそんなに慌ててるの?」と問
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第1439話

「来た来た!」南が静華に目配せして、小声で促した。「静華、いったんドア閉めて。中、見えちゃうから」静華は戸惑った。「でも来依さん、まだ戻ってきてないよ」「清孝より遅いってことは、たぶん誰かに捕まられたでしょ。心配いらない」南はさらりと言った。「でも、うちの兄があんなに藤屋さんの味方してて、後で怒られないかな……」南は笑った。「大丈夫。これは式場あるあるみたいなものよ。新郎側はそわそわ、新婦側はちょっと意地悪して盛り上げる。ほんとに連れていけなくなるわけ、ないでしょ」静華はようやく腑に落ちて、「ごめん」と小さく頭を下げた。「いいの。初めてなんだし、普通だよ」「じゃあ今、私は何をすればいい?」「私の合図に合わせてくれればそれでいい。そんなに緊張しなくて大丈夫」そのとき、ドアの向こうから清孝の声がした。ノックは控えめで、やけに丁寧だ。「服部夫人。何か必要なものがあれば遠慮なく言ってください」南はくすっと笑って返した。「藤屋さん、目も頭もいいんでしょ?当ててみたら?私がいま一番ほしいもの」鷹がのんびり歩いてきた。まだ眠たげな顔をしている。清孝の視線にも、まるで気にしない。肩を軽く叩かれて、鷹はようやく焦点が合ったように瞬きをする。「……何だ」清孝が小声で伝えた。「奥さんの欲しいもの、当てろって」鷹は面白そうに笑った。「まあ、何もなしで花嫁さらっていけるほど甘くねえよな」「……」余計なことを言うな、と清孝は心の中でため息をついた。清孝はドア越しに言った。「服部夫人、どうする?ご主人も来てるよ」南は即答した。「いらない」清孝が鷹を見ると、鷹は平然と返した。「俺を見てないでさ。どうしたらうちの奥さんが機嫌よく通してくれるか考えろよ」「……」この夫婦にはコメントのしようがない。清孝は頭を回転させた。南はきっと、本当に何かが欲しいわけじゃない。ただ新郎を軽く困らせて、場を温めたいだけだ。とりあえず言ってみる。「ここ数日、娘さんに会えてないでしょう。服部夫人も、会いたいんじゃない?」南は鼻で笑った。「朝から娘を巻き込む気?藤屋さん、本気で今日、花嫁迎えたいの?」「……」読めない。そもそも南は、欲しいものがあるタイプじゃない。お金も宝石も家も車も、全部自分で
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第1440話

ファンデーションでも隠しきれないほど、頬がうっすら赤く染まっていた。静華が内向的な性格なのも、今は来依や南のフォローもなく一人きりで、この状況が彼女にとって地獄同然だということも――紀香には痛いほど分かっている。「清孝!」「はい!」勢いのいい返事に、紀香は思わず吹き出してしまった。呼び止めたはずなのに、何を言いたかったのか一瞬で飛んでしまう。清孝は一歩前へ出て、片膝をついた。控室の前で待たされ続けたせいか、もうやる気満々の顔だ。静華が慌てて止めに入ろうとしたが、篤人にさっと肩を抱かれて廊下の端へ連れていかれる。「それはダメ!」抵抗しても、男の力には敵わない。支度室の中に残ったのは、紀香と清孝だけだった。部屋は式場特有の柔らかな照明で、鏡台やソファが並び、ドレスの裾が床に花のように広がっている。清孝は片膝をついたままブーケを差し出し、わざと芝居がかった口調で言った。「藤屋夫人。……さあ、一緒に行こう」紀香はブーケを受け取ると、ドレスの裾を少しだけ持ち上げて足元を見せた。「……靴、ないんだけど?」清孝は眉を上げる。「どうしたら見つけられる?」「私に聞くの?」「うん」「教えない」「……」清孝も、そう簡単にいくはずがないと分かっていた。来依や南が段取りの邪魔をするタイプじゃないのは知っている。だからこれは嫌がらせじゃなく、ただのお約束だ。挙式前は時間が命なのに、わざわざ一手間かけて笑わせる。そういうのが、あの二人らしい。清孝は腕時計をちらりと見た。「このままだと入場の時間に響く。香りん、頼む。靴の場所、教えて」紀香はすぐに聞き返す。「……私の言うこと、ちゃんと聞く気あるの?」「ある。今ここで証明する」紀香はくすっと笑った。「さっき静華さん、廊下で早口言葉出してたのに、やらなかったよね。自分でチャンス捨てたんだよ?」「……」清孝は針谷に目配せした。「静華は?」針谷は淡々と答える。「静華様は篤人様と先に会場側へ。来依様と南様も、スタッフと打ち合わせに回られました」「……」針谷が気を利かせて言う。「旦那様、奥様をそのまま会場へ――」だめだ。さすがにそれは段取り違反になる。清孝は息を吐き、紀香を見つめた。「……早口言葉でいいのか?」
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