All Chapters of 慌てて元旦那を高嶺の花に譲った後彼が狂った: Chapter 351 - Chapter 360

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第351話

私は少し迷い始めていた。――なにしろ、藤原奈子のことなんて、ほとんど知らないのだ。黙っているしかなかった。奈子は鷹のそばににじり寄り、しゃがみ込んで、怯えた小動物みたいに首を傾けた。「鷹くん……どうしたの?声が冷たいよ……」「まだ、奈子になりすますつもりか?」鷹は彼女をじっと見据えたまま、静かに口を開いた。「俺がいつからお前を疑ってたか、わかるか?」「え……なに言ってるの……?」彼女の目には、まっすぐな困惑が浮かんでいた。鷹はわずかに笑った。「奈子はな、俺のことを『鷹くん』なんて呼んだこと、一度もないんだよ。最初に会ったとき、その時点でお前はもうボロを出してた」――なるほど。鷹があんなにも確信していた理由が、ようやく腑に落ちた。とはいえ、あのDNA鑑定のせいで、彼も簡単には決断できなかったのだろう。「わ、私……」奈子の視線が揺れ、指をもじもじと絡めながら、今にも涙をこぼしそうな表情を浮かべる。「じゃあ……子どもの頃、私はどうやって呼んでたの……?」「子どもの頃のこと、結構覚えてるみたいだよな?」鷹は見逃さず問いかけた。「どうして、俺の呼び方だけ覚えてないんだ?」――鷹。その問いかけに、「鷹」という呼び捨ての響きが、頭の中に真っ先に浮かんだ。何も考えず、自然に。本能のように。藤原夫人は地面に座り込んだ奈子を慌てて抱き起こすと、鷹を振り返った。「鷹、私たちがどれだけ苦労して奈子を見つけたと思ってるの?たかがそんなことで、なんでそこまで疑うの?」「彼女が俺と結婚したいって、言ってたんだろ?」鷹は小さく笑みを浮かべ、目元を伏せて言った。「なら、俺としても、自分の将来の妻が本物なのか偽物なのか、はっきりさせたい」彼は老夫人と目を合わせ、無言の同意を得ると、執事の佐々木を呼んだ。「佐々木さん、悪いけど医者に連絡を。アレルゲン検査を頼んでくれ。山芋にアレルギーがあるのか、それとも、何か食べて蕁麻疹を作ってごまかしてるのか……確認したい」「服部鷹、どういうつもり?」藤原夫人がきつく睨みながら言った。「彼女が私の娘かどうか、私が見分けられないとでも?」「検査したくないなら、婚約は解消する」鷹は一歩も引かず、冷静に言い切った。「あなたには娘を認
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第352話

その場で応急処置が施され、まもなく意識が戻った。だが、この茶番劇に付き合う気も失せたのか、鷹は藤原のおばあさんに一言挨拶をして、私の後ろ襟をぐいと掴んだ。「行くぞ」「ちょっと!なんであんたって、いつもそんなに紳士じゃないの!」私は襟元を引っ張られたせいで苦しくなりながら、門を出たところで彼を睨んだ。鷹は私を横目で見て、ぽつりと聞いた。「腹減ってないか?」「……当たり前でしょ」時刻はもうすぐ八時。さすがにお腹も空く。私は、ここで彼が少しは優しくしてくれるのかと思った。けれど、鷹はあごを軽くしゃくって言った。「行こう。お前、まだ何回か飯おごるって約束しただろ。奢ってくれ」「……」……はいはい、王様のご命令ですねでもまあ、自分で口にした約束だし、仕方ない。車に乗り込んでから私は聞いた。「何が食べたいの?」「カップラーメン」……冗談だと思った。だけど、コンビニの前に車が止まると、彼は本気で私を降ろして、カップラーメンを二つ買ってくるよう言った。私は言われた通りに買ってきて、彼に手渡す。その瞬間、彼の目にふっと深い色が差した。「清水……誕生日も、血液型も、アレルゲンも、味の好みも、俺の直感も――もし全部ただの偶然だったなら、仕方ない。俺の負け。俺の運が悪かったってだけだ」「……奈子さんも辛口のカップラーメンが好きなの?」私は不安げに尋ねた。私は昔から面倒くさがりで、カップラーメンの新商品がどれだけ出ようと、結局いつも同じ味を選んでいた。新しい味を試すのが、ただただ面倒だったから。鷹は眉をひとつ動かしてうなずいた。「……ああ」私はそっと視線を落とす。この瞬間、胸の奥が少しざわついた。一つや二つなら、偶然と言えなくもない。でも、こんなにもいくつも重なっていたら……本当に、全部がただの偶然なのか。けれど、山田先輩もちゃんと私の身元を調べてくれた。彼が私を騙すはずがないし、あの資料だって嘘ではない。鷹は私をホテルの部屋の前まで送ってくれた。私は手のひらにぎゅっと力を込め、昨夜からずっと胸に引っかかっていた疑問をようやく口にした。「鷹……昨日、血液を採られるとき、どうして私を助けてくれたの?」あの時点では、彼は私が奈子だと完全に信じていたわ
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第353話

――迎えに来る。そのひと言で、目の奥がふっと熱くなった。こんなにも、長い年月が経っていたのに。誰ひとりとして、私にそんな言葉をくれた人はいなかった。彼が、はじめてだった。私は懸命に目を見開いて、涙がこぼれないように必死で堪えた。上を向いて、彼を見つめながら言った。「鷹……もし、私が奈子じゃなかったら……それでも、私たちって……友達でいられるのかな?」ほんの少しでも、このあたたかさにすがりたくなっていた。たとえ、ただの友達でもいい。ただ、それだけでも。鷹は片眉を上げ、余裕のある笑みを浮かべながら、きっぱりと一言を投げた。「無理だな」……そのまま私はなんとなく部屋へ戻った。ソファに腰を下ろして、しばらくぼーっとしていた。気づけば、自分でも彼が何に対して「無理だ」と答えたのか、わからなくなっていた。私は藤原奈子じゃない――それが「無理」?それとも、私たちが友達でいること――それが「無理」だったの?「え、さっき帰ってきたの?」来依がちょうどシャワーを終えて、髪をタオルで拭きながら声をかけてきた。私は我に返り、こくりと頷いた。「うん」来依はパックを取り出して顔に貼りつけると、白くてすらっとした足をぶらぶらさせながら、私の隣にドサッと座った。手でパックをぴったりと密着させつつ、興味津々に聞いてきた。「服部があんな勢いであんた探してたけど、何があったの?事件?」「……彼、私のこと藤原奈子だと思ってるの」私はミネラルウォーターのキャップをひねり、アレルギーの薬を取り出した。来依が手を伸ばして、それを止めた。「ちょっと待って。ご飯食べてからにしなよ」「食べたよ」私は笑って返した。カップラーメンは、まだアレルギー反応が残っていたせいで、鷹に止められた。でもホテルに戻る前、下のレストランでちゃんと食べた。もちろん、私のおごりで。……そう。私が払った。「それなら、どうぞどうぞ」来依はようやく薬を渡してくれて、ぽそっと続けた。「でもさ、なんで急にあんたを藤原奈子だなんて?藤原家にはもう奈子がいるんでしょ?しかも、あんた山田先輩に調べてもらったじゃん、身元」「……こないだの藤原家の宴でね。私、山芋食べてアレルギー出たんだけど、あっちの奈子は全然平気
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第354話

以前にも、おばさんに身元のことを尋ねたことがあった。でも、結局はいつもはぐらかされて終わった。今になって改めて聞いたとしても、たぶん何も答えてはくれないだろう。来依もそれには頷いて、ソファに背を預けて仰向けになったまま、しばらく考え込んでいた。やがて、ぱっと顔を向け、瞳をきらりと光らせながら言った。「じゃあさ、南って服部と結婚の約束をしてた、伝説の婚約者ってやつじゃないの!?」「ぷっ……ゴホッ、ゴホッ!」ちょうど水を飲んでいた私は、不意打ちのその一言で盛大に吹き出して、むせ返った。ひとしきり咳き込んでいると、来依はお腹を抱えて笑いながら、ティッシュを何枚も差し出してきた。「なに慌ててんのよ?」「別に慌ててないし」「いやいや、絶対動揺してるって。服部の伝説の婚約者ちゃん~」にやにやしながら首を振る彼女を見て、私は肩をすくめるしかなかった。その後の二日間、何をしていても、どこか心ここにあらずだった。親子鑑定の結果が、ただ将来を左右するだけじゃない。26年間生きてきた私の「過去」そのものを否定するかもしれない。大切な記憶のなかにある、両親の愛情の一場面一場面までも、全て嘘だったと告げられるかもしれない。そう思うと、胸の奥がずっと重たかった。心のどこにも、確信なんてなかった。まるで、それまで地に足つけて立っていたはずの自分が、突然、海の真ん中に投げ出された小舟のようだった。それでも、時は流れて、ついにその日がやって来た。鑑定結果の出る日。鷹がホテルまで迎えに来た。藤原家の屋敷へ向かう車の中――春だというのに、私の手のひらにはじんわりと汗が滲んでいた。緊張していた。星華の父と母……もしあの二人が私の本当の両親だったとしたら、私はどうすればいいんだろう。特に、あの藤原夫人が――あの時、私を暗い小部屋に閉じ込め、雪の中にひざまずかせた人が、もし本当に母だったのだとしたら。鷹は片手でハンドルを握り、もう片方の手で、私の手の甲を包み込んだ。「……怖いか?」「うん」私はうつむいてうなずき、ちらっと彼の顔を見た。「……あなたは、怖くないの?」彼だって、きっと怖いはずだった。あれだけ長い間、奈子の帰りを待ち続けて――私のことを、ずっと「彼女」だと信じていたんだ。
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第355話

藤原夫人の顔には、数日前のような焦りはなく、代わりに静かな怒りが浮かんでいた。ふっと笑みを浮かべながら、私に向かって皮肉を投げる。「報告書、今日出るんでしょ?で、どこにあるのかしら?」「すぐに来る」鷹は短くそう返した。藤原夫人は私に視線を向け、鼻で笑う。「清水さん、報告書が出たら、私はあなたにひとつだけお願いがあります。二度とこの藤原家に足を踏み入れないこと。うちの家をこれ以上引っかき回さないでくださる?」「黙りなさい!」ぴしゃりと鋭く、藤原のおばあさんの声が飛んだ。そのあとで、優しく私に目を向ける。「南さん、気に病まなくていい。おばあさんがついてるから」「……はい」その言葉を聞いた瞬間、どうしようもなく心がほぐれた。何が起きても、もうひとりじゃない。たとえ本当に私が奈子だったとしても、藤原家に戻ることになったとしても、少なくとも――おばあさんが、私の味方でいてくれる。藤原夫人はふっと笑いを漏らし、皮肉を滲ませた声で言う。「お義母さん、そんな祖母ごっこ、もうおやめになっては?あの子が奈子であるわけがないでしょう」「ずいぶん自信があるな。もう結果を知ってるのか?」鷹が軽く首を傾げながら、探るように問いかけた。藤原夫人は少し慌てたように、早口で否定する。「し、知らないわよ!知ってるわけないじゃない!」「へぇ、そうか。うちの病院でやった鑑定なのに、おばさんのほうが俺より詳しいって、ちょっと不思議だったんだよね」鷹はにやりと笑いながらも、どこか冷たさをにじませて言う。その余裕たっぷりな口ぶりに、場の空気がぴんと張り詰めた。藤原夫人は何か言い返す隙も与えず、急いで言葉を継ぐ。「だから、報告書はまだなの?」その瞬間、部屋の扉がノックされ、一人の若い男性が入ってきた。彼は二通の封筒を手にして、鷹の前まで歩いてくる。「鷹さん、これ。鈴木先生が自ら俺に手渡したよ。途中で誰にも触れられてない」その言葉を聞いて、室内の空気が一層緊迫した。だが、藤原夫人はあえて「見せて」とも言わず、ただ鷹の反応を待っていた。鷹は一通目の報告書に目を通しても、何の表情も浮かべなかった。けれど、二通目を開いた瞬間――空気が変わった。彼の顔つきが、きっぱりと冷たくなった。普段はどこか気
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第356話

「はい」執事が静かに応じる。――やっぱり。この「藤原奈子」は偽物だった。その瞬間、「藤原奈子」は目に見えて動揺した。潤んだ黒い瞳で私を見、それから藤原夫人と星華に視線を移す。そして、最後に鷹の前に膝をついて崩れ落ちた。「服部さん、どうか、どうか許してください!……私が悪かったです、欲を出して、身のほど知らずで……」「……」鷹は、元々他人に対してそこまで我慢強いほうじゃない。彼は眉をひそめ、冷たく言い放った。「呼ばれた相手のとこ行って頼めよ。俺に言う筋じゃねえだろ」「わたし……」彼女が視線を泳がせ、助けを求めるように周囲を見回しかけたその時、藤原夫人が一喝した。「佐々木!何をぐずぐずしてるの、さっさと連れ出して!私から言わせてもらえば、もうあんな子を置いておく理由なんてないわ。来た場所にそのまま返してあげればいいのよ!」おばあさんはその言葉に一切反応せず、鋭い目で藤原夫人を一瞥したあと、鷹のほうへと視線を向けた。「鷹、海外の鑑定結果、もう届いてるのでしょう?」「届いてる。まもなくここに来る」鷹はうなずき、ちらりと腕時計を見た。「あと五分ってとこだな」「そう……」おばあさんは息を吐き、椅子にもたれた。その後の五分間、応接間は水を打ったように静まり返った。落ちる針の音すら聞こえてきそうだった。私は鷹の表情を盗み見ながら、なんとなく結果を察した。心臓が、ばくばくと鳴っていた。手のひらは冷や汗で、何度も濡れて、また乾いて。藤原夫人と星華の様子は、見てわかるほど落ち着きがなくなっていた。夫人は腕時計を見ては、落ち着きなく目を泳がせていた。残り二分。藤原夫人がついに堪えきれず、声をあげる。「仮に、二ヶ所で鑑定結果が違ったからって、それがどうしたっていうの?海外のが正しいって、どうして言い切れるの?あなたが自分の都合で偽造した可能性だってあるじゃない!」鷹は鼻先で笑った。「心配性だな、おばさん。海外の鑑定は、監視カメラの下で全部記録されてる。その映像も、ちゃんとコピーしてもらったから」「……!」藤原夫人は悔しさに奥歯を噛みしめながらも、顔には平静を装った笑みを浮かべる。「まぁ……そこまで準備してるなら、見せてもらいましょうか」私は黙って、その様子を見ていた。
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第357話

鷹が素早くおばあさん身体を支え、すぐに執事へ声をかけた。「佐々木さん、救急車は?」「すでに門前で待機しています」さきほど藤原のおばあさんが吐血したのを見て、佐々木はすぐに使用人に命じて医療チームを呼んでいたのだ。もともとは「奈子」の体調に備えた準備だったが、まさかこんな形で役に立つとは思ってもみなかった。おばあさんは救急車に乗せられ、私は鷹の車で病院へと向かった。到着したときには、すでにおばあさんは救命室に運び込まれていた。胸の奥がざわつく。泣きたい気持ちはあるのに、涙は出てこない。それよりも強かったのは、どうしようもない焦りと恐怖だった。廊下に響く乱れた足音。藤原家の三人が駆けつけてきた。星華が駆け寄り、勢いよく私を突き飛ばしてきた。「清水南、あんた一体何がしたいの!?ほんっと疫病神!!」よろけながらも体勢を立て直し、私は冷ややかな視線を向けた。「倒れたのは私のおばあさんよ。私がどうしようと、あなたには関係ないでしょ?」もしかしたら、これまでの私はどこかでまだ迷っていたのかもしれない。けれど今は、そんなことを考える余裕すらなかった。ただ、おばあさんの容体が気がかりでたまらなかった。「おばあさん、ですって?」星華の口元が嘲るように吊り上がる。「よくそんな厚かましいことが言えるわね。服部家の病院での鑑定だって怪しいのに、海外の鑑定一つで藤原家に入れるとでも思ってるの?」「……何が言いたいの?」眉をひそめて尋ねると、星華は声を荒らげて言った。「鷹お兄さんがあんたに甘いから、あの鑑定に使った髪の毛、本当にあんたと誰のだったかなんて分からないじゃない!」「星華の言う通りだわ」藤原夫人が口を挟んできた。私の存在を露骨に拒絶していて、受け入れる気など微塵もない。「清水さん、あなたは外の人間よ。自分の立場くらい、ちゃんとわきまえたら?」まるで、私は彼女の娘ではなく、仇の娘ででもあるかのような物言いだった。私は無意識のうちに藤原家当主の顔を見た。唇をわずかに震わせながら問いかける。「……藤原さん。あなたも、そうお思いですか?」一瞬、彼の顔に苦悩が浮かんだように見えた。だが、何か言いかけた彼の腕を、夫人がしっかりとつかんだ。「あなたも分かってるでしょ?あのとき奈子が
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第358話

ここは藤原家の持つ病院で、医師はまっすぐ当主のもとへ駆け寄った。「藤原社長、おばあさまは持病の再発ではありません。毒によるものです」「毒――?」当主の顔色が見る間に変わった。私と鷹も表情を引き締める。おばあさんはこの数日、ずっと屋敷にいて、結果を待っていただけのはず。それなのに、こんなことになるなんて……「どんな毒なんだ?ばあさんの容態は?」鷹が尋ねると、医師は冷静に答えた。「まだ詳しくは検査中ですが、神経や肝臓、腎臓を急速に損傷させる毒性が確認されています。検査科のベテランの見立てでは、30分以内に解毒剤を服用できていれば、大事には至らなかっただろうと。ただ……おばあさまはその時間を超えてしまっていて、幸い搬送は間に合ったので命に別状はありませんが、いまだ昏睡状態で、いつ目を覚ますかは……不明です」私は思わず拳を握りしめた。なんて卑劣なやり口……視線を横に向けた瞬間、星華と目が合う。何も言わないうちに、彼女の方が一足先に噛みついてきた。「清水南、まさか、あんたが毒を盛ったんじゃないでしょうね!?おばあさんがあれだけ優しくしてくれたのに、なんでそんな酷いことができるのよ……!」「――ッ!」頬を打つ乾いた音が、廊下に響いた。私は手を振り上げ、星華に平手打ちを見舞った。「誰がおばあさんを毒にかけて一番得するか、あなたが一番分かってるでしょ」それは――星華しかいない。彼女は、きっと前から私の身元を知っていた。今日の毒は、その結果を待つための罠だった。もし、鷹が念のため準備していなかったら。もし、服部家の病院で出た報告書でおばあさんを騙せていたなら。その後、さりげなく解毒剤を飲ませて――すべてが丸く収まるはずだった。でも、計画は崩れた。だから――毒が発症した。「……あんた、よくも殴ったわね!?まさか自分が藤原家のお嬢様だとでも思ってるわけ!?」顔を押さえ、星華が怒りに満ちた声で詰め寄ってくる。私は彼女の腕をつかみ、そのまま振り払った。「自分が藤原家のお嬢様って思い込んでるのは、むしろあなたじゃない?」星華が言い返すより早く、藤原夫人が声を上げた。「清水南!あなた、正気なの?鷹がいなかったら、とっくに百回は死んでたわよ!」その一言に、胸がざわつい
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第359話

その言葉を聞いた瞬間、鷹の口元がわずかに持ち上がった。茶色の瞳がまっすぐにこちらを捉えたまま、静かに、しかしはっきりと口を開く。「――ああ。お前は奈子、俺の婚約者だ」それは確信だった。宣言だった。「鷹……」胸の奥がざわつく。けれど、ほんの少し、安堵もあった。「ありがとう、あなたは……本当に、一度も私を見捨てなかった」必要なときに、いつだって駆けつけてくれて。私の存在が誰かにすり替えられたときも、どうにかしようとしてくれた。みんなが諦めた私を、ただ一人、諦めなかった人。そのまま鷹に連れられて、藤原家の近くにある小さなレストランへ向かった。通されたのは個室だった。けれど、中にいたのは私と鷹だけじゃなかった。そこには、執事の佐々木さんの姿もあった。私たちが入っていくと、佐々木さんはぱっと立ち上がり、こちらをじっと見つめたまま、ぽろぽろと涙をこぼした。もう六十歳近いというのに、その目からは、どうしようもない感情が溢れていた。手には、あの海外の研究所から届いた鑑定報告書が握られている。きっと、それをすでに見たのだろう。「お嬢様……!」その呼び方に、思わず体が反応した。初めて聞いたわけじゃない。むしろ、どこかで、何度もそう呼ばれてきた気がした。午前中からずっと溜め込んでいたものが、一気に崩れ落ちて、目から涙がこぼれた。「……佐々木さん……」「ええっ……!」声を震わせながら返事をし、慌てて手の甲で涙を拭う。「ご無事で……ご無事で大きくなられて……本当に、よかった……!」「佐々木さん、座って。彼女、まだお腹すかせてるから」鷹が私の肩を引き、そっと席へと座らせた。すぐに料理を注文してくれた。給仕が部屋を出たあと、佐々木さんは感情を整え、すぐに話の本題へと入った。鷹に向かって、密封された小袋をふたつ差し出す。「確かに見つかりました。ただ、星華様の部屋ではなく、奥様の部屋からです」「それって……毒よね?」私が先に問いかけると、佐々木さんは険しい表情で頷いた。「おそらく、そうです。……病院に向かうとき、鷹様が私を止めてくれたおかげで、家の中を調べる時間が取れました。もし私まで病院に行っていたら、これらはきっと処分されていたでしょう」鷹は黙ってそれを受け取り
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第360話

私は視線を落としたまま、まだその現実を受け入れられずにいた。どこか、背筋がぞわりとするような感覚さえあった。――私を藤原家に戻さないために、彼女はおばあさんに毒を盛った。あの人たちよりも、私は幼い頃、私をまるで宝物のように大切にしてくれた、あの「両親」の方が、ずっと好きだった。……もちろん、今思えば、それすらも他人の代わりだったのだけれど。運命って、本当に残酷だ。ふいに、鷹が口を開いた。「病院に、当時の産婦人科の記録は残ってないのか?藤原家の知り合いで、あの数日間に出産してた人とか」佐々木さんは首を横に振った。「それは……さすがに古すぎて、もう調べようがありません」食事を終えて、私はもう一度病院に戻りたいと思った。けれど、鷹はきっぱりと反対した。「行く必要はないよ。あそこは藤原家の病院なんだ、ちゃんと専門のチームがついてる。お前が行ったところで、何かできるわけじゃないし……星華とまたぶつかるだけだ」「でも……」気持ちの整理がつかなかった。おばあさんのそばにいないと、どうにも落ち着かない。鷹もおばあさんのことが気になっているはずなのに、それでも私の頬をつまんで、落ち着いた声で言った。「俺が保証する。ばあさんはきっと無事だ。目を覚ましたら、すぐに知らせる」「……病院から連絡が来るの?」「来ないよ」「じゃあ……」彼は唇の端を緩めて、意味ありげに言った。「抜け道くらいあるさ」「……わかった」「だから、お前はホテルに戻って、仕事してな」そう言って、鷹は私を車に押し込んで、ホテルへと向かった。本当なら、今日で一段落つけて、鹿児島に戻るつもりだった。正月も終わりが近づいて、南希もそろそろ仕事が始まる。それなのに、結局、自分がどっぷり巻き込まれる形になった。おばあさんがいつ目を覚ますのか――それすら、まだ分からない。そんなことを考えているうちに、私はふと決意を固めた。「午後、鹿児島に戻りたい」藤原夫人の態度には、どうしても引っかかるものがあった。本当の母親なら、たとえどんなに嫌いでも、ほんの少しは迷いやためらいがあるはず。でも彼女には、それがまるで感じられなかった。鷹は私の考えをすぐに見抜いた。「お前のおばさんに会って、身元のことを聞くつも
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